ピアニストのシャイ・マエストロがアルバム『Solo : Miniatures & Tales』を発表した。本作は全編ソロ演奏で構成されており、自身としては初のソロピアノによるアルバムだ。さらに、近く日本でもツアーを予定している。
本人は「ずっとソロピアノをやってみたいと思っていた」と語るが、心のどこかにソロピアノ作品に対する躊躇もあったという。一体どんな葛藤を抱えていたのか。
「8年くらい前に、ソロピアノのアルバムをつくってみようと思ったことがありました。ところが当時の仲間に “まだ準備できていないのでは?” と言われて、結局、断念してしまった。仲間にそう言われたことに腹が立って『そんなことはない。自分は十分準備できている』と反論しましたが、いま振り返ってみれば、彼は正しかったと思います」
仲間の忠告は正しかった─そう思えたのは、彼が自分の未熟さを知ったからである。
「これまでジャズの世界で、たくさんのピアニストたちがソロピアノに取り組んできました。ソロピアノの演奏でピアノを十分にコントロールするためには、自分自身が成熟しなければなりません。いろいろな試行錯誤や経験を経て、初めて自分の思うようなソロピアノの演奏ができるのです。自分は若い頃とても生意気だったし、ピアノ演奏の名手になりたくて、あんな演奏もこんな演奏もできるんだと証明したくて、躍起になり過ぎていました」
とは言え、彼の演奏技術は卓越しているし世間もそれを認めている。しかし彼は自分の技巧に対して、ジャズの歴史も俯瞰しつつこんな結論を導き出す。
「ピアノの奏法については、ファッツ・ウォーラーやアート・テイタム、そしてハービー・ハンコックやチック・コリアらレジェンドがほぼやり尽くしています。そうしたピアノの技術の面で、自分が新たな預言者になることはあり得ません。ひたすら密接に、そして正直にピアノに向かい合い、ウィスキーを蒸留するかのようにピュアに、エッセンスに近づいていくしかないのです。そこには派手な演奏も超絶的な技巧も必要ありません。ひたすら時間をかけて研ぎ澄ましていくしかないのです」
そのことに気づいたとき、ふたたび「ソロピアノのアルバムをつくりたい」と思い始めた。
「でもいざ進めてみようとなると、どういった曲をつくろうとか、どんなふうに表現しようとか、考えすぎて自意識過だけが肥大して…手が止まってしまった。自分のエゴが前に出過ぎてしまったのです」
ではどうやって自意識を克服し、今回のアルバム完成に漕ぎ着けたのか。
「ある日、思い立ってふらっと立ち寄ったスタジオでの演奏がヒントになりました。その時の私は、その瞬間に生まれる音楽にひたすら集中していて、録音を終えたときにとてもリラックスした気分になれました。自分の中に “ソロピアノの作品をつくるぞ”という意気込みもないし、自分の将来のことを考えたり、余計な自意識もない状態。それが良い結果をもたらしたのだと思います。自分の夢やエゴを実現しようと頑張りすぎて、音楽にダメージを与えることもありませんでした」
加えて、過去にやったベルリンやユトレヒトでのコンサート演奏でも同様の心境だったことに気づき、今回のソロピアノ作品の骨格が出来上がっていった。さらにアルバムの選曲についても一家言ある。
「私は音楽への “扉” が大切だと考えています。例えば私の大好きなブラッド・メルドーが演奏する楽曲は、決して消化しやすい楽曲ばかりではありません。噛み締めて、消化して、自分も音楽と共に成長しなければならない、そんなアルバムもあります。だけどブラッドはいつもリスナーが入れるような扉や窓を用意してくれています」
「例えばレディオヘッドやビートルズなどの楽曲を取り込むことで、ブラッドはいつもリスナーの手を握ってきてくれました。『手を握っているから、大丈夫。こちらの世界に飛び込んできて』とでも言うような感じです。それで、いざリスナーが飛び込んでみると、そこにはブラッドの宇宙が広がっているのです。私はアルバムの選曲をする際に、このような扉をつくることがとても重要だと思っています。特に最初の2曲はリスナーへの招待状の意味も含むので肝心です。リスナーが開けてみたいと思ってくれるような扉をつくっておくことが大切だと思っています」
こうして完成した初めてのソロピアノ・アルバム。「こんなふうに最初のソロピアノ・アルバムがつくれて、今はただとても幸せです。もうこれ以上、悩むこともない」と笑顔で語る彼は、本作を携えた日本ツアーも間近にひかえている。
「来日公演では、新譜に収録した楽曲も演奏するし、それ以外の即興演奏も予定しています。キース・ジャレットやセシル・テイラー、ジェイソン・モランのように、シンプルなメロディを分解して再構築するようなこともやってみたいと思っています。まるで音をパズルにように組み合わせながら、みなさんと冒険したい。すごく楽しみにしています」
photo/Lorena Dini
シャイ・マエストロ
Solo Piano Concert Japan Tour 2025【東京】
日時:2025年6月18日(水) 17:30 開場 18:30 開演
会場:自由学園明日館 講堂(東京都豊島区西池袋2-31-3)【兵庫】
日時:2025年6月19日(木) 18:30 開場 19:30 開演
会場:神戸100BAN Hall(神戸市中央区江戸町100番地)【福岡】
日時:2025年6月20日(金) 開場 18:30 開演 19:30
会場:おりなす八女 はちひめホール(福岡県八女市本町602-1)【熊本】
日時:2025年6月21日(土) 開場 18:30 / 開演 19:30
会場:ラフカディオホール(熊本県熊本市中央区安政町5-26 紅蘭亭ビル6F)【東京】
日時:2025年6月23日(月) 18:00 開場 19:00 開演
会場:ヤマハホール(東京都中央区銀座7-9-14)