©︎廣田達也
ピアニストの壷阪健登が新作『Lines』を発表した。自身の名義としては2作目となるアルバムだ。ちなみに前作『When I Sing』はソロピアノ作品だったので、いわば自己と向き合い、ピアノと対話するかのような作風。一方、今回はピアノ・トリオを基軸にした内容で、ドラマーとベーシストとの対話を存分に楽しんだ。
念願のピアノ・トリオ作品
──壷阪さんのデビューアルバムとなった前作『When I Sing』はソロ演奏でしたが、2作目となる今回の新アルバム『Lines』はトリオ編成ですね。
小曽根真さん(※前作と今作のプロデュースを務める)の提案で1枚目はソロになりました。その一方で、自分の中ではトリオに対する強い思いもあって。じつは学生時代から “自分の1枚目はトリオになるだろうな…” とも思ってもいました。やはりジャズのフォーマットの中でピアノ・トリオは特別な編成ですから。
ファーストアルバムの録音の最終日に、小曽根さんと朝ごはんを食べている時に「次はどんなものを作ろうか」という話になって、そこで僕は「トリオやりたいです」という話をしました。
小曽根さんもトリオの構想があったみたいで、スウィングすることにもっと焦点当てた作品を作れば、2つのまったく性格が違う作品を発表することになる。それが今後のキャリアにおいて重要になるんじゃないかって。それで今回、念願のトリオ・アルバムを作ることになりました。
──ピアノ・トリオのどんなところに惹かれますか。
シンプルな編成だけど自由度が高い。少ない人数で密な会話ができるところが魅力だと思います。
──頭の中で描いていたそのアルバムのイメージや、指針になった作品はありますか?
フリーなものをやりたいと思っていました。でも、ただアヴァンギャルドなものではなくて、ジャズのスタンダードを演奏する延長上でフリーをやりたかったんです。
レファレンスとして頭の中にあったのは、ピアノ・トリオではないですけど、オーネット・コールマンの『At The Golden Circle, Stockholm』です。オーネットのフリーはメロディアスだし、ブルージーでもあって、すごくスウィング感もある。そういう、音楽の温かさとフリーさが両立したものを自分もやれないかな、と思っていました。
メンバー選出の経緯
──そこで共演者として選ばれたのが、チャーリー・リンカーン(ベース)と、デイヴ・キング(ドラム)。チャーリーはバークリー音楽大学でともに学んだ仲間だとか。
初めて彼の演奏を聴いた時から素晴らしくて、在学中ずっと僕のプロジェクトやレコーディングに呼んでいました。まず音色が素晴らしい。そして、彼の演奏にはスペースがある。ベースをブーンって一音鳴らせば、そこにたくさんのアイデアやインスピレーションが入ってくるんです。
なので今回、ニューヨークでレコーディングすることが決まった時に最初に思い浮かんだのが、いまニューヨークに住んでいるチャーリーでした。チャーリーは寡黙で知的で誠実。すごく強い意志を持った人で、彼が重心になって演奏のバランスをとってくれました。
──ドラマーのデイヴ・キングは、バッド・プラスのメンバーであり、ジュリアン・ラージのバンドでも活躍する多才なドラマーですが、どういう繋がりがあったのでしょうか。
最初、ドラマーは決まっていませんでした。ベースとドラムのコンビネーションはすごく大事なので、チャーリーに良い人はいないか相談していました。そこでデイヴの名前が出て。デイヴもチャーリーと同じミネアポリスの出身で、チャーリーは小さい時からデイヴをメンターとして慕っていたそうです。
僕はバッド・プラスとかジュリアン・ラージの作品も好きでしたし、バークリーにいた時からチャーリーから彼のことをよく聞いていたので、お願いできないかな?っていう話になって、チャーリーが繋げてくれました。まさか参加してくれるとは思わなかったですね。
──デイヴの演奏のどんなところに魅力を感じますか?
すごく自由なんですよ。自由で、音が深く、音楽的。自分の曲を演奏していると視野が狭くなることもあるんです。でも、デイヴが音を出すだけで、自分が今までの曲に抱いていたイメージがどうでもよくなる。それぐらい、曲のイメージを広げてくれる音色とグルーヴ感を持ったドラマーです。
写真を見ると強面な感じですけど(笑)、すごく優しい人で、レコーディング中も緊張感をほぐしてくれました。チャーリーが信頼するピアニストということで、安心して来てくれたのかもしれません。この3人が出会えて本当に良かったと思います。
あえて作った「余白」の効果
──リハーサルで3人で音を出した時、何を思いました?
今回のレコーディングは3日間。1目日がリハーサルで、残り2日間をレコーディングに充てました。
リハの時、曲について細かく説明せずに1回やってみたら、ほぼアルバムに収録した形のものができたんです。だから、リハーサルで何か調整したり、書き直したりする必要なかった。それで次の日、レコーディングの初日に12曲のうち9曲が録れました。テイク1で録れた曲も多くて、彼らの音楽の理解の深さ。そして、そこから先にどんどん踏み出していくエネルギーに圧倒されました。
──相性がいい3人だったんですね。セッションする時に何か心掛けたことはありました?
先ほども話しましたが、トリオ編成で好きなのはスペース。余白が大事で、誰かが音を鳴らした時に次に誰が出て行って、誰が待って……というやり取りを、みんなでやっていくのが僕の好きな形なので、曲自体もそういった余白を作りました。“こんな風に演奏してほしい” っていうのをすべてアナウンスするのではなく、いたずらみたいな要素をところどころ散りばめて。前作は全部譜面に書いた曲もありましたが、今回は書き方を大きく変えて、余白のアンサンブルを大事にしました。
──あえて作った “余白の部分” を、ちゃんと3人で楽しむことができたんですね。
こんなに3人の演奏がピタッといくと思いませんでした。よく“ケミストリー”って表現しますけど、まさにこの3人にはそれが起きた。自分が書いた曲はこういう風に弾かないと、と身構えてしまうのですが、2人とやると何も気にしなくてよかったんです。「2人の演奏を聴いて弾けばいい」というリラックスした気持ちにしてくれました。そういう状態ってライヴではあったのですが、レコーディングでは初めてでしたね。
──前作に続いてプロデュースを担当された小曽根真さんは、どんな風に作品に関わられたのでしょうか。
3人で演奏していて、どこかスカッとしないっていうか、なんかしっくりこないと感じた時に、「こういうアイデアでもう一回やってみない?」とか「こんな感じのも聴きたいんだけど」ってポロッとおっしゃるんです。それで「あっ!」と思って、みんながそれを共有しながら演奏するとすごく良いテイクが録れるんですよ。僕の音楽を変えるのではなく、僕にもどこかで聞こえているものを引き出そうとしてくれる。それがプロデューサーなんだなって思いました。
──何かを指図するというより、気づかせてくれる存在なんですね。
将来、このトリオでツアーをやれたとして、その先に見えてくる世界というか。みんなが何回も曲を演奏した後に行き着くであろう場所が、小曽根さんには見えているような気がしましたね。
ジャズは “Line(線)の芸術”…
──アルバムの収録曲について伺いたいのですが、オープニング曲「Rhizome Changes」は典型的なジャズ・ナンバー。ソロを回して3人の自己紹介をしているような雰囲気もありますね。
この曲は “アイ・ガット・リズム”という僕らがジャズでよく使うコード進行なんです。「Rhizome」っていうのは地下茎(根)という意味で、地下茎が地中を伸び出ていくように、どんどん変化しているという感覚があって。それを曲にしてみました。
ピアノ・ソロがあってベース・ソロ、ドラム・ソロがあるというジャズの王道的なフォーマットの曲を最初におくことで “これが自分のやりたかったこと” っていうステートメントにしようと思ったんです。今回は「まっすぐにスイングしたい!」という想いが強かったので。
──「Old Chair」もヴィンテージなジャズの味わいがあります。メロディもどこかノスタルジックで。
この曲はメロディから作りました。僕が即興する時に一番大事にしているのはメロディで、今回のアルバムの曲もメロディを念頭において作りました。アルバム・タイトルに繋がるのですが、ジャズって「ライン(線)の芸術」だと思うんですよ。
例えばビバップ。チャーリー・パーカーの曲って単旋律ですよね。和音が出ない単旋律で、ハーモニーをあれだけ複雑に表現してリズムに乗せていった。そうやって音を紡ぎ出していくうえで、曲のベーシックなところにあるのがメロディだと僕は考えています。
オーネット・コールマンの『At The Golden Circle, Stockholm』もそうですけど、子供が歌うようなシンプルなメロディを3人が共有しながらどんどん自由になっていく。逆にいうと共有するメロディがあるからこそ、どれだけ逸脱しても戻ってこられるんですよね。
──メロディが3人の家になっているんですね。家を出て自由に冒険して、また家に戻る。
それが、僕が好きなジャズの自由さであり、温かさなのかなって思います。
──印象的なメロディが多いアルバムですが、「Revolving Memories」は叙情的で美しいバラード。そこに「歌」を感じます。
こういうバラードはピアノ・ソロのアルバムを作ったことが生きていると思います。前作を作っている時、不安だったんですよ。「いきなりピアノ・ソロで大丈夫なんだろうか?」って。でも、ピアノと自分しかいないところで、しっかりとイマジネーションと向き合ったからこそ、前よりは良いタッチ、良い音色で弾けたんじゃないかと思います。
──前作の体験が反映されたわけですね。「Tropical Song」はどこかユーモラスな曲です。以前、壷阪さんは細野晴臣さんにインスパイアされた曲「港にて」を書いていましたが、この曲は細野さんのトロピカル三部作と何か関係が?
今回は意識していませんでした(笑)。この曲はレコーディング直前にニューヨークで書きました。色で言ったら原色そのままみたいな、あっけらかんとした曲を書いてみたかったんです。あっけらかんとした曲は、今回すごくやりたかったことでもあるんですよね。
というのは、コロナ禍の最中にキャリアをスタートして、その時に感じていたシリアスな感じを、最近になってようやく抜けたような気がしていて。だから今回のアルバムにはクスクス笑っちゃうようなポイントがたくさんあるんですよ。そういうことが出来るようになって良かったと思っています。
三者が「同じ居場所にいる」ことの重要性
──その一方で、「Prelude No. 2 in C-Sharp Minor」は前作を思わせるかっちりとした硬質な曲ですね。
これは前作に収録されていた「Prelude No. 1 in E Major」の続編で同じモチーフを使っています。「Prelude No. 1 in E Major」を書いていた時、今回のこの曲の断片は聞こえてはいたんですよ。トリオで演奏しようかとも思ったのですが、前作と今作は全然違ったアルバムでありながらも、どこか繋がっているということを見せたくてソロで録ることにしました。
──「Prelude No. 2 in C-Sharp Minor」から、「The Joy of Living」「Tree of Children」と前作に収録された曲を続けてトリオで演奏していて、そこでも前作からの繋がりを感じさせます。
この2曲は2人に自由に演奏してもらいました。「The Joy of Living」はワンテイクしか録っていません。最初のテイクが良くて「これでいいんじゃない?」って、お昼ご飯を食べに行ったんです(笑)。チャーリーが「このアルバムで一番フリーな曲が、一番短い曲になったのは面白いね」と言っていました。
──即興は長くなりがちですもんね。
そうなんですよ。そこをサクッと終わるのがこの曲らしいし、今回のアルバムらしいな、と思いました。即興ってやっているうちにわからなくなって、どんどんドツボにはまっていくことがあるのですが、素晴らしいミュージシャンたちとやっていると、「いま戻るんだ!」ということがわかるんですよ。
──前作はピアノとの対話でしたが、今回は2人のミュージシャンとの対話。演奏していても曲に向き合う気持ちは全然違ったんでしょうね。
やっぱり、共演者がいるというのは楽しいです。演奏する時に曲の〈キメ〉というのがあって、そこは全員が合わせるんですけど、演奏した後に録音したテイクを聴くと合ってないこともある。それをみんなで聴きながら「ミスってるね」って笑いあいました。
でも、それは失敗じゃなくて自然なことなんです。みんな音楽をわかっているから、キメが合ってなくても “同じ場所” にいる。言葉で表現するのは難しいですけど。
──「同じ場所」ですか。3人で共有している感覚があるんですね。そういえば、このアルバムには「Sing It」という曲があります。前作のアルバム・タイトルに続いてヴォーカルがいないのに「Sing」という言葉が使われていますが、壷阪さんの中で「歌」というのは大きな存在なのでしょうか。
そうですね。歌やメロディはすごく大事で、だからsorayaというユニットをやっているのかもしれません。「Sing It」は前作より前からある曲なんです。コードがなくて、まさに“ライン”だけの曲。それが今回のアルバムらしいなと思って、アルバムの1曲目は「Rhizome Changes」かこの曲にしようと思っていました。
エロル・ガーナーが与えたヒント
──「Rhizome Changes」の話のなかで、いま、自分が変化の途中だと話されていましたが、どういったところが変わりつつあると思いますか?
コロナ禍で音楽活動をスタートしたので、最初の頃はリモートで曲を作ったり、小さな部屋の中でも演奏できたら満足だったんです。でも、最近になって広い会場で演奏できるようになって、お客さんを前にすると不思議な感じがするんですよね。普通にライヴができるようになったいま、これまで以上に多くの人たち、遠くに人たちに音楽を届けたいと思うようになってきました。
──前作『When I Sing』の時が1人。今回がトリオという編成の変化が、壷阪さんの音楽活動の変化をなぞらえているようでもありますね。
色で例えると『When I Sing』はモノクロだった。だからこそのかっこよさもあったのですが、最近は自分のパレットにどんどん色が増えてきているように感じます。あと、細かい話ですけど、最近、ドライなものを弾きたいと思うようになってきていて。ドライというかロウなもの。そういう演奏は、これまで恐れていてあまりやっていなかったんです。
──恐れていた、というのは、「ちゃんと表現できているんだろうか?」という不安があった?
そうですね。最近、エロール・ガーナーをよく聴いているのですが、あれだけ綺麗なタッチなのに、ぶっきらぼうな感じで弾いている。ぶっきらぼうというか、恐れずに弾いている。それは自分を開放するということかもしれません。
これからは綺麗なものを追い求めつつも、そうじゃない荒々しさみたいなものも出していけたら、と思っています。今回のアルバムで少し挑戦していますが、デイヴの演奏にはそれがあるんですよ。だから今回、トリオでやったのはすごく刺激になりましたし、またここから変化していくんじゃないかと思います。
取材・文/村尾泰郎
壷阪健登 『Lines』(ユニバーサルミュージック)
【ライヴ情報】
- 2026年3月19日(木) 神奈川・ミューザ川崎シンフォニーホール (共演:小曽根真/Kan)
- 2026年4月18日(土) 神奈川・杜のホールはしもと (ソロ)
- 2026年5月09日(土) 名古屋・Halle Runde (トリオ)
- 2026年5月10日(日) 神戸・100BANホール (トリオ)
- 2026年5月15日(金) 東京・コットンクラブ (トリオ)
- 2026年5月20日(水) 三重・三重県文化会館 ワンコインコンサート (ソロ)
- 2026年5月21日(木) 松阪・クラギ文化ホール ワンコインコンサート (ソロ)
- 2026年5月27日(水) 福岡・北九州市立 響ホール (ソロ)
- 2026年6月20日(土) 富山・富山県高岡文化ホール (共演:松井秀太郎)
etc.
