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2025年は国連が「国際女性デー(International Women’s Day)」を制定してから、50周年という節目の年。そんな中、昨年11月から早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)では、ジャズとジェンダーをテーマにした「女性ジャズフェスティバル」が開催されており、「黒人女性の文学とジャズ展」をはじめ、コンサート、シンポジウム、展示などをおこなっている。
同月29日には、国際学術シンポジウム「音楽×ジェンダー平等 女性奏者の創造と挑戦 ブルース、ジャズ、ポピュラー音楽まで」が開催され、永冨真梨(関西大学准教授)、ウェルズ恵子(立命館大学特別任用教授)、マリー・ビュスカート(パンテオン・ソルボンヌ大学教授)、佐久間由梨(早稲田大学教授/国際文学館副館長)が登壇。
日米の音楽界で女性たちがどのような困難に直面し、どうやって芸術を生み出してきたのか……。そして音楽の世界で女性が活躍するために、どのような環境整備が必要なのかがシンポジウムで発表された。その内容をレポートする。
ピアノは “女らしい” 特徴を補完する楽器
永冨真梨氏は、アメリカ研究とポピュラー音楽研究を軸に、教育・研究活動を行っている。この日は「どのように女性たちの音楽に関わる自由が制限されてきたのか」というテーマで発表を行った。
音楽学者ルース・A・ソリーによれば、ルノワールの絵画『ピアノに寄る少女たち』に象徴されるように、19世紀、ピアノ演奏は若い女性のたしなみとされていた。
西洋の状況は東アジアにも継承され、明治時代にはクラシック音楽がブルジョワ階級の女性を象徴するものとなった。
戦後になると、ピアノは中産階級にも広まり、クラシック音楽と女性のたしなみとの結びつきは、より強固なものとなった。ここで重要になるのが、「ピアノの先生」という存在である。
「ピアノの先生たちは、プロの演奏家を育てる教師ではありません。アメリカ文化研究者・吉原真里先生の言葉を借りれば、彼女たちは“家庭生活にふさわしい女性”を育て、子どもたちにレッスンを授ける『次のピアノの先生を育成するための存在』でした」(永冨氏)
ピアノの先生は、家事労働を続けながら自宅でレッスンを行うことで、外に出る必要がなく、“女性らしい行動”を制限するジェンダー規範を逸脱することなく音楽を続けることができたということである。
「音楽に関わる活動、特にピアノのように家の中で演奏できる楽器を演奏することは、“女らしい”特徴を補完する側面があります。しかしこれは、既存の“女らしさ”を維持できる範囲でしか、女性が音楽と自由に関わることが許されなかったということの表れでもあるのです」(同)
そのうえで永冨氏は、1950年代以降、代表的なポピュラー音楽雑誌「ミュージック・ライフ」で編集長を務めた星加ルミ子氏が、音楽について公に語り続けるうえで、どのようにジェンダー規範に対峙してきたのかを紹介した。
“悪魔の音楽”に女性が入り込む余地はなかった
次に登壇したウェルズ恵子氏は、「女性ブルーズのヴァナキュラーな声の行方――マ・レイニーとメンフィス・ミニーの歌詞 1920s–1930s」というテーマで講演。
ヴァナキュラーとは「日常的生活言語」のことであり、その言葉が表現する思考、感情、習慣、環境などを指す。
特にブルーズは、アフリカ系アメリカ人の日常的な言葉から生まれた音楽である。ウェルズ氏は、その中でも女性のソングメーカーに注目し、黒人女性たちがどのように自分の本音を歌に表現してきたのか、そしてそれがいかに困難になっていったのかについて発表した。
1920年代、ニューヨークではハーレム・ルネサンスが巻き起こり、女性シンガーが歌うブルーズ(クラシック・ブルーズ)が流行した。
「ところが、1930年代に入ると、ロバート・ジョンソンに代表されるように、ブルースを “デビルズ・ミュージック(悪魔の音楽)” とするマーケット戦略が始まります。デビルズ・ミュージックのため、女性が入り込む余地はありません。以降、女性はブルースの世界から排除され、“ブルースは男のもの”というイメージができあがっていきます」(ウェルズ氏)
この時期から、ストリートやヴォードヴィルには相当数存在していたと思われる女性のフォークシンガー型の歌手たちは、表舞台から姿を消していく。
女性歌手は、歌唱のみを担うか、ベッシー・スミスやビリー・ホリデイのように「人生そのものが商品化」されるようになる。
「作詞の業界はどんどん男性化していき、女性による作詞、つまり“声”が封じられていきます。さらに、ブルースは楽器の演奏技術などに重きが置かれるようになり、ロックンロールやリズム・アンド・ブルースといった、音楽そのものが注目されるようになります。黒人のブルースが持っていた “文学性” や “ヴァナキュラー性” といった側面には注目が集まらなくなり、同時に女性の “声” も消えていったのです」(同)
バークリー音大で発生したハラスメント事件
続いて登場した佐久間由梨氏は、アメリカの事例を中心に、「ジャズの研究と実践がどのように包摂的なものになってきたのか」について講義。
なぜ女性奏者たちが「見えない」「聞こえない」存在として扱われてきたのか、あるいは添え物や “よそ者” とされてきたのか……。そうした問いを、ジャズの歴史とともに紹介した。
「ジャズが始まったのはおおよそ1900年頃。そこから20年ほど経ったビッグバンド・ジャズの時代、いわゆるデューク・エリントンなどが人気を博した時代において、一部にブルース歌手はいましたが、ジャズの演奏の場面では、女性は演奏者ではなく、ダンサー、いわゆるコーラスガールとして、セクシーでエキゾチックな音楽の中で踊るという役割が与えられていました。女性の“居場所”は演奏ではなく、踊ることにあったのです」(佐久間氏)
1940年代に入ると、ビバップと呼ばれるスタイルのジャズが勃興し、演奏形態や編成のトレンドが大きく変化する。バトルさながらのジャム・セッションがさかんに行われ、奏者たちが即興演奏の腕前を競い合うスタイルが定着していった。この“即興力”が、やがて“男らしさ”の象徴とされ、ジャズの空間はますます男性的なものとなっていく。
この“男性性”は、当時アメリカで起こっていた公民権運動とも重なり合い、ジャズ奏者の“男らしさ”は、人種差別と闘う“勇敢な抗議者”としてのイメージとも結びついていった。
「この流れに変化が見られ始めたのが1980年代です。女性ジャズ研究者たちが、埋もれていた女性奏者を発掘する作業に取り組み始めました。そして、1990年代に入ると、より理論的な視点からジェンダー研究を取り入れたジャズ研究が本格化し、現在では、ジャズ研究において“ジェンダー”は非常に重要な要素として認識されるようになっています」(同)
今回の講演では、バークリー音楽大学でのさまざまな取り組みが紹介されたが、佐久間氏が特に重要としたのが、2018年に設立された「ジャズとジェンダー正義のための研究所」だ。バークリー音楽大学では複数の教員によるハラスメント事件が発生し、大学側の対応が適切だったか疑問視されることがあった。
初代所長にテリ・リン・キャリントンが就任した同研究所では、女性だけでなく性的マイノリティを含むすべての人々が、安全に学べる環境の整備を目指している。
思想的な背景には、黒人女性たちによって育まれてきたブラック・フェミニズムがある。彼女たちは「家父長制のないジャズ(Jazz without Patriarchy)」というスローガンを掲げている。
その結果、現在のアメリカでは、ジャズの研究、教育機関、演奏現場のすべてにおいて、女性を含む、より包摂的なジャズを目指す動きが進んでいるという。
“包摂性への転換” は、現代のジャズ・ミュージシャンたちの作品からも感じ取ることができる。その一例として、佐久間氏はテリ・リン・キャリントンの「I Am the Drums」を紹介した。
この曲は、デューク・エリントンの「A Drum is a Women」と、ジェイン・コルテスという黒人女性の詩人の「If the Drum is a women」に応答する形で作られている。
「A Drum is a Women」は男性のドラマーが自身のドラムをまるで恋人のように、あるいは女性のように愛し、音楽に没頭する様子を描いたものだが、一方で、ドラムが“女性”であるがゆえに、「男性によって叩かれる」という暴力的なイメージも孕んでいた。
「〈I Am the Drums〉は男性的なジャズの歴史を批判したり告発するために作られたわけではありません。キャリントンは、人種平等のために尽力してきた過去の男性奏者たちに深い敬意を抱いています。同時に彼女は、その “人種正義のためのジャズの歴史” を、ジェンダーの観点から再解釈し、ジャズが女性奏者やマイノリティを包摂できる芸術表現でもあるということを再提示しようとしているのです」
日本人プロ奏者の男女比率
最後に登壇したのは、パンテオン・ソルボンヌ大学(パリ第一大学)のマリー・ビュスカート氏。
「芸術職におけるジェンダー」に関する研究を専門としており、2023年には日本でも『女性ジャズミュージシャンの社会学:音楽性・女性性・周縁化』(青土社/中條千晴 訳)が刊行されている。
今回、ビュスカート氏は「日本のジャズにおける逆説的な女性化――経緯と理由」というテーマで講演を行った。
日本社会は、強固なジェンダー規範に基づいて形成される傾向がある。また、世界的に見ても、ジャズは数の上でも象徴的にも、極めて「男性的」な傾向が強い。しかし近年、日本のジャズ界では女性比率が著しく高まり、現在活動している日本人プロのジャズ・ミュージシャンの約30%が女性であり、その多くが40歳未満。
このような逆説的な状況を、どのように説明すればよいのか? ビュスカート氏は、2017〜2024年にかけて、現役の日本人ジャズ・ミュージシャンへのインタビューを実施し、Facebookでのデータ分析も行った。
「東京という巨大都市には、ジャズクラブがたくさんあります。しかし、ミュージシャンたちは複数の仕事を掛け持ちして活動するのが当たり前で、ミュージシャンとしての収入は不安定。十分な生計を立てるのは非常に困難です」(ビュスカート氏)
そのため、日本のジャズ・ミュージシャンは、自分で仕事を作り、人とのつながりを構築する働き方が重要となる。
男性ミュージシャンたちは活発なネットワークを築いているが、女性ミュージシャンの場合、パートナーとしての男性ミュージシャンやプロデューサーがいない限り、持続的な仕事上の関係を男性と持つことはほとんどない。非常に「男性的」な社会であることがうかがえる。
女性ジャズ歌手たちの “選択”
「加えて、女性ミュージシャンの多くは歌手であり、歌手の大多数は女性です。私自身の調査によると、日本の女性ジャズ・ミュージシャンの約40%が歌手であり、日本のジャズ歌手の約80%が女性です。一方で、女性歌手は低く位置づけられており、それが彼女たちの演奏能力や、歌手として継続的に活動することに影響を及ぼすだけでなく、同僚や批評家から正当に評価されることを妨げています」(ビュスカート氏)
また、同氏が出会った女性ジャズ奏者・歌手11人のうち、10人に子どもはいなかった。誰かに強制されているわけではないが、自ら母親にならないという「選択」をしている、とも指摘する。
こうして4人の発表の後、質疑応答の時間に移った。参加者からは、女性ミュージシャンのコミュニティにおける変化など、さまざまな視点で質問が挙がる。また、日本の音楽大学においてジャズがどのように位置づけられているか? という質問に対しては、客席にいた村井康司氏(ジャズ評論家/尚美学園大学講師)が解説するという一幕も。
さらに、女性歌手がアイドル的な売り方を求められる現状や、女性歌手のオートノミー(自主性)をどう確保していくかという問いも投げかけられた。なかでも印象的だったのは、永冨氏の次の発言である。
「父はカントリーミュージックをやっています。私もカントリーについて長年研究していますが、父はステージで自分のカントリー論を展開します。もし私が男性だったら、『俺の息子が〜』と言ってくれたのではないか……。そう思うことがあります。音楽について女性が語ることには、いまだに高いハードルがあるのです」
筆者自身も取材や勉強を重ねて、音楽記事などをある程度書いてきた。それでも両親から「あんたより私のほうが詳しい」と言われることがある。もしかすると、ジェンダーに加えて、「子どもであることの宿命」なのかもしれないと感じた。
取材・文/千駄木雄大
黒人女性の文学とジャズについて学ぶことのできる「黒人女性の文学とジャズ展」は、早稲田大学国際文学館(村上春樹ライブラリー)2階展示室にて、4月19日まで開催中。
3月3日には大隈記念講堂にて、ジャズ・ピアニストの大西順子氏と、漫画家・文筆家・画家として活躍するヤマザキマリ氏によるコンサート&トークイベントが開催される。
