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「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は、事業承継を経て2024年1月に再スタートしたジャズ喫茶『蔵人(クラート)』を訪問。土壁という蔵の環境を生かしながら、大音量で流れるJBLとマークレビンソンの強力サウンド。そこには日常では体験できない没入感が。さらに、運命に導かれるようにたどり着いた店主の人生も興味深く響いてきました。
趣味人だった先代のジャズ喫茶をそのまま承継
JR高崎・八高線 倉賀野駅南口から徒歩約7分、国道121号線沿いにあるジャズ喫茶『蔵人』(群馬県高崎市)。倉賀野の駅前はコンビニもなく閑散としており、こんなところにジャズ喫茶があるのか? と心配になるほど。この一帯はかつて中山道の宿場町として栄え、現在は隣駅である高崎駅方面で働く人たちの住宅街となっている。
Googleマップを頼りに進むと、植木を孔雀に刈り込んだトピアリーのある庭の奥に、明治時代の蔵をリノベした一画があらわれた。
「このお店は先代が2005年にオープンして、2019年に閉じていたんです。ジャズ喫茶にする以前から、ジャズ・オーディオ・アートといった趣味を詰め込んだ部屋として、サロン的に使っていたと聞いています」。そう語るのは、2024年より蔵人の店主となった大竹潔さん。
先代は現在もお隣に住んでいる。美容師として東京で働いたのち、地元高崎に戻って美容室を複数経営するなど成功をおさめた人物。そのため、店内には高級オーディオやレコードや本がずらり。さらに、棟方志功や魯山人、河井寛次郎、濱田庄司などの器やアート作品も数多く並ぶ。
あらゆるものがホンモノだらけの薄暗い空間で、ジャズが大音量で鳴っている。それだけでトリップできるというものだ。この素晴らしい空間を地元の若者が繋いでいく、それは素晴らしいことだと感心しそうになったが、事情は違った。
神の啓示のような体験から、ジャズのある人生がスタート
「高崎には縁もゆかりもなかったんです。出身は福島県で大学は栃木、結婚するまで東京にいましたが、いまの自宅は埼玉で、平日の仕事場は横浜です」
その状況で何がどうなると、この場所を引き継ぐことになるのだろう。
「かつて働いていた会社で、メンタルをやられてしまったのがきっかけです」
妻と子ども2人を抱えながら、家で寝て過ごす不調な日々。このままではいけないと、近所の図書館に行くようになった頃だったという。
「帰り道、公園のベンチで佇んでいたんです。そのときにふと、コルトレーンの〈セントラル・パーク・ウェスト〉が頭の中で流れてきて。あっ、これなのかもって。ジャズが自分の人生のひとつになるんだろうなと感じたんです」
なんとも不思議な話だ。しかも、当時はまだ〈セントラル・パーク・ウェスト〉のCDもレコードも所有していなかったという。その曲に触れたのは、ディスクユニオン渋谷のジャズコーナーが地下にあった時代。店内で流れていた曲が気になってジャケットを確認した記憶があるくらいだという。
「たまたま降ってきたんですよね。そのことを書き留めようと思って、noteに登録して最初に投稿しました。今でもそれが残っています」
DJを目指し、ヒップホップからレコードを買い始めた
1983年生まれの大竹さんは、中学から高校にかけてミスチルやスピッツ、イエローモンキー、ミッシェルガンエレファントなどを愛聴しバンドも組んでいた。その後、大学時代は友人に誘われ、ブレイキンやロッキンといったダンスを始めるようになる。
そこからヒップホップを聴くようになり、社会人になってDJに。ヌジャベスのようなジャジーヒップホップや、90年代のネイティブタン周辺、その元ネタを掘るようになっていった。その後、ジャズも好きになるが、天邪鬼な性格から購入するのはもっぱら福居良など日本のジャズだったという。
「公園での出来事からジャズのレコードをたくさん買うようになって、持っていなかったブルーノートの1500番台と4000番台も全部揃えました。さらに、ジャズと関わっていくためには、どういう形態があるのか調べたんです。そのときに出会ったのがジャズ喫茶でした」
この場所で自分が店主をしている風景が浮かんだ
当初は自宅から通える範囲で物件を探したが、土日営業のみでまかなえるような家賃の場所はなく、借りられたとしてもシャッター街だったという。
「素人が思いつきでやれるほど甘くはないと思っていましたし、家族もいるので平日は安定した仕事をしようと考えていました。そうなると選択肢は減るので、“ジャズ喫茶 事業承継” でも調べるようになったんです」
検索でヒットしたのは、京都や青森など全国で数店舗。そんなおり、絶滅の危機に瀕している個人経営店のグルメを紹介するサイト『絶メシ』の高崎版に出会う。そこで事業承継者を探している「蔵人」を見つけ、ここであれば頑張れば通うことができると連絡をした。
「初めて来たときは衝撃でした。この場所を埋もれたままにするのはもったいない、ここでやりたいとすぐに思いました。この空間で佇んでいるお客さんがいる風景がすぐに浮かんだんです。こんな曲をかけたいというイメージもたくさん湧いてきました」
ジャズを大音量で聴けるお店
アルテックのバレンシアなどもあるが、現在は、JBLのプロジェクトK2 S9500(スピーカー)に、パワーアンプがマークレビンソン ML-3、プリアンプはマークレビンソン ML-7L、ターンテーブルはテクニクス SP-10 MK2という構成で鳴らしている。
「JBLのほうが音の分離も良く、シンバルやベースの押し出しがすごいんです。床に置いているので振動がダイレクトで伝わりますし、ダイナミックさを感じてもらえると思います。うちは大きな音で流すので、皆さん驚かれます」
過去、音量測定をしたお客さんから「100dBを超えている」と言われたことがあるとか。そこまで大きな音で流す理由としては、ジャズをしっかり聴いてもらいたい、そこを差別化のひとつにしたいという思いがある。
「ジャズと言ってもハードバップやフリーもかけますし、最近はムーディマンなどもかけています。ヌジャベスみたいなものもあれば、ヒップホップの元ネタになるジャズファンクやソウルジャズもかけます。基本的に片面ずつですが、DJと同じように前の曲と次の曲を説明できるような選盤を心がけています」
メニューは、先代から続く蔵人ブレンド珈琲(800円)を中心に、紅茶やソフトドリンク、ビール、ウイスキーが揃う。その他、ケーキやトーストといった軽食も。90分ごとの再オーダー制で、駐車場は2台用意されている。
最後に、今後の展望を聞いた。
「まずは続けられる限り、無理なく続けていければと思っています。当初はお店を引き継ぐ使命感が大きかったですが、いい意味で徐々に薄らいできました。今は自分が自分らしくいられる時間を持てていることが、すごくありがたい。また、微々たるものですがジャズに貢献できているかも? ということがモチベーションのひとつになっています」
ジャズ喫茶の魅力は、「コスパもタイパも関係なく、ぼーっと自分を取り戻す時間」と語る大竹さん。大音量の心地よい空間に包まれたいのなら、今週末は「蔵人」で過ごしてみるのはいかがだろう。
取材・文/富山英三郎
撮影/高瀬竜弥
・店舗名 蔵人(クラート)
・住所 群馬県高崎市倉賀野町1602-1
・営業時間 13:00〜20:00
・定休日 月曜〜金曜、祝日(土日のみ営業)
(営業日・営業時間はX, Instagramを要確認)
