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ジャズ向けのギターはなぜボディが空洞なのか─ “セミアコ”と“フルアコ”の違いとは?【ジャムセッション講座/第39回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回は「ジャズギター専門店」としてギタリストなら誰もが知る “渋谷ウォーキン” に潜入!「ギターについてる穴 “f ホール”って何?」という素朴な疑問から、ギターのOEM生産の裏側、海外での人気、そして立ちはだかる “再開発” の壁まで、店主の西村さんにじっくり話を聞いてきた。

【今回の現場】


渋谷ウォーキン
ジャズ・ギターを愛するすべての人に信頼される店を目指す、アーチトップギター専門ショップ。3階フロアには、オリジナルブランド「アーチトップトリビュート」と、一流ジャズギタリストの愛用で話題の「ウェストヴィル」が並ぶ。4階では、国内外の人気ブランドによるセミアコやフルアコを展示・販売中。
東京都渋谷区渋谷2-22-14 春日ビル3&4F/℡ 03-5467-1625


【担当記者】


千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。32歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという苦行を課せられた執筆中。「ダイヤモンド」という謎のブランドのギブソンES-335のコピーモデルを、中学生の頃に母のパート先のバンドマンから譲ってもらい、今でも大切に使っている。ES-335のコピーモデルなのでセミアコだと思い込んでいたが、センターブロックのような構造ではなく、ボディ全体が空洞だったため、どうやらフルアコだったようだと、この取材を通じて初めて知った。

セミアコとフルアコはどう違う?

──ギターショップは日本全国にたくさんありますが、ジャズギター専門店となると、渋谷ウォーキンくらいではないでしょうか。他のギターショップとは異なりボディ内部が空洞のセミアコースティック(以下、セミアコ)とフルアコースティック(以下、フルアコ)のギターばかりが並んでいます。ちなみに、いつからこのお店を始められたのでしょうか?

西村真樹(以下、西村) 創業は1998年で、今年で28年になります。オープン当初は、ギブソンを始めとした定番ブランドの中古品やヴィンテージがメインで、新品も扱っていました。そして2010年から「アーチトップ・トリビュート(Archtop Tribute)、2013年から「ウェストヴィル(Westville)」、といったオリジナル・ブランドも展開しています。

──スペルは異なりますが、アーチトップ(Arched Top)」とは、ギターやバイオリン属において、表板(トップ)がバイオリンのように立体的な曲面(アーチ状)を描いている構造のことを指しますね。ちなみにウェストヴィルという名前の由来は?

西村 僕の名前が「西村」なので(笑)。それと、ニューヨーク・ジャズの中心地がまさに「ウェスト・ビレッジ(West Village)」というのも面白い偶然だと思っています。

──へへっ。ただ、ギター専門店というと、ビギナーにはなかなか足を踏み入れにくい印象があります。ましてや2階にあると、さらにハードルが高く感じられます。

西村 気難しいギターショップのおやじがいそうな雰囲気に思われがちですが、そんなことはまったくありません。みなさんご自分のペースでゆっくりと店内を見ていただけますよ。それに、スタッフ全員がセットアップや調整を行えるので、楽器についてわからないことがあれば、何でも気軽に聞いてください。購入後のアフター対応も、うちの強みです。

──ところで、多くのジャズミュージシャンがセミアコやフルアコを使用していますが、この2つには、どのような違いがあるのでしょうか?

西村 「セミアコ」と「フルアコ」という言葉自体が、和製英語に近いんですよね。大枠で言うと、中にセンターブロックが入っているギターを「セミアコ」と呼ぶことが多いです。英語では「フルホロウ」「セミホロウ」という言い方が一般的かと思います。

──ホロウは空洞という意味ですよね? 中が空洞だと軽いイメージがありますが……

西村 いや、セミホロウなんかは意外と重いですよ。4キロ以上のものも普通にありますね(笑)。

サステインが伸びないのが大きな特徴

─セミアコとフルアコの特徴といえば、ボディにバイオリンのような穴(=fホール)が空いていますが、この穴の形は決まっているのでしょうか? ジョージ・ハリスンが使っていたリッケンバッカーなど、f の形をしていない穴を見かけることもあります。

西村 「デザインとして決まっているのか?」という意味であれば、やはりバイオリンなどクラシック音楽の系譜から来ているデザインがベースになっています。その上で、各ブランドのシグネチャーデザインとしての意味合いも強いと思います。楕円だったりひし形だったり、さまざまなバリエーションがありますよね。穴の角度や長さ、幅によってトップ板にかかる力や振動パターンが変わるため、音にも影響は出てきます。

──なるほど。穴がひとつだけ空いているものと、2つ空いているものでは、何か違いはあるんですか?

西村 生音の大きさやフィードバック耐性など、音響的な違いも出ますし、実際にはデザイン的な理由も大きいかなと思います。

──ちなみに私はジャムセッションの現場をよく取材しているんですけど、そこではレスポールやテレキャスターなど、ソリッドボディはあまり見かけません。ジャズに特化するなら、やはりセミアコやフルアコのほうが向いているのでしょうか?

西村 どんなジャズをやりたいかによりますね。「ジャズ」といっても、すごく幅が広いので。例えば、ビル・フリゼールのような音楽をやりたいなら、ソリッドボディでも良いでしょう。一方で、ウェス・モンゴメリーのようなトラディショナルなジャズを目指すなら、やはりフルアコのほうが圧倒的にやりやすいと思います。

──それは、なぜでしょうか?

西村 ギターの構造の違いですね。フルアコは中にセンターブロックがなく、トップ板が振動します。しかもアーチトップなので、フラットトップほど大きくは動かない。つまり、フラットトップほど生音は響かないけれど、ソリッドやセミアコのようにブリッジ周りが完全に固定されているわけでもありません。

──一方、ソリッドボディのギターはブリッジ周りが固定されているため、振動が逃げにくく、サスティン(弦を弾いてから音が消えるまでの余韻や持続する音の長さ)が非常に伸びるのが特徴です。

西村 フルアコの場合は、振動が良くも悪くも逃げる。それに、アコースティックギターほどサスティンが伸びるわけでもない。その結果、独特の歯切れの良さが出るんです。アコギやソリッドだと、アタックから均一にサスティンが減衰していきますが、フルアコだと「ポン、ポン」と減衰が早い。

──なるほど。

西村 あの歯切れの良さが、例えばウェス・モンゴメリーのようなトラディショナルなジャズにすごく合っている。彼らがフルアコで、そういう音を出していたから、みんなそこを目指すわけですよね。だから、あのニュアンスに音を近づけようとすると、セミアコやソリッドよりも、フルアコのほうが圧倒的に楽です。

ロックでフルアコが使われない理由

──逆に言えば、最近のJ-POPやロックでセミアコやフルアコを使う人はあまり見かけません。特にフルアコは、ほとんどいないのではないでしょうか?

西村 セミアコやフルアコは構造的にサスティンが伸びにくいだけではなく、振動が逃げることで低音の輪郭がぼやけることもあります。さらに、ハウリングの問題もありますし、「音作りの自由度」はかなり低くなってしまいます。ロックで使うとなると、かなり「スイートスポット」が狭くなる印象はありますね。

──そういえばピックギターとは、また別の分類になるのでしょうか?

西村 あれもたぶん、日本独自の言い方ですね。海外で「ピックギター」と言っても、あまり通じないと思います。トップがアーチ状になっているギターを、マーチンなどの「フラットトップギター」に対する言葉として「アーチトップギター」と呼びますが、日本で言うピックギターは、このアコースティックのアーチトップギターを指す場合が多いですね。

──セミアコやフルアコといえば、ギブソンやエピフォン、あるいはリッケンバッカーやグレッチの独壇場だと思っていたのですが、フェンダーやアイバニーズからも出ているのですね。ただ、このあたりはすでにヴィンテージ化が進んでいて、これから真剣に始めてみようかなと思った人が、エントリーモデルではなく、ちゃんとしたギターを買おうとすると、なかなか手が出せない価格帯になってきています。

西村 「アーチトップトリビュート」というブランドを立ち上げた当初は、「ジャズを始めたいけれど、予算は10万円くらいで、できればフルアコが欲しい」という人に向けて、ちょうどいい楽器がなかったんですよね。クオリティ的にも価格的にも、なかなか満足のいく選択肢がなかった。そこで、「だったらもう自分たちで作ろうか」というところからスタートしたんです。2010年にこのブランドを始めた頃は、一番安いモデルでなんと9万9800円でした。

──今でこそ10万円は超えていますが、昔はそんな値段で購入できたのですね。

西村 価格面でのニーズに応える形で始めた部分もありますが、同時に「これからジャズをちゃんと学びたい」という方に向けて、一生モノになるようなクオリティの楽器を、できる限りリーズナブルに提供したいという思いで続けているブランドです。おかげさまで、ブルース・フォアマンさんや有田純弘さん、浅葉裕文さんなど、プロの方にもたくさん使っていただいています。

世界的な金高騰の波がギターにも

──海外のお客さんも多そうですね。

西村 各国にそれぞれジャズギターのコミュニティがあると思うんですが、例えば、オーストラリアのジャズコミュニティでは、うちは有名店らしく、日本に来たら立ち寄ってくださる方も多いです。弊社がプロデュースしているもうひとつのブランド「ウエストヴィル」に関して言えば、おおむね7割くらいが海外のお客様への販売ですね。主にネット通販です。

──試奏なしでこれが欲しいと思わせる信頼度……。その魅力はどこにあると思いますか?

西村 手前味噌になりますが、アーチトップトリビュートに関して言えば、やはり価格です。「ギブソンのコピーモデルだろ!」と思われるかもしれませんが、日本製で職人が一本一本仕上げており、クオリティは高い。それでいて中間業者が入っていないため、とにかく価格が安い。完全にうちのオリジナルブランドで、僕が工場に直接発注しています。さらに言えば、ウッド・ブリッジなどのパーツは私自身で作っています。

──えっ、パーツを?

西村 都内に小さな工房がありまして、週に2〜3日はそこにこもって作業しています。製作は、さまざまなブランドのOEM生産を続けている愛知県の「寺田楽器」に発注しています。グレッチを始めとした大手ブランドのギター製作を長年担っている工場なので、セミアコやフルアコを製作するための型やリソースが揃っているのです。そのため、初期投資に大きな資金を割かずに済み、コストを抑えることもできています。

──それで10万円台に抑えられているというのは、とてつもない企業努力ですよね。10万円でも高いと思う読者もいるかもしれませんが、このクオリティでギブソンのギターを求めようとすると、今ではその何倍にもなることだってあります。それに今は日本製というだけで高値がつく時代です。

西村 かつては話題性も狙って、この価格設定にしていましたが、今後はもう厳しそうです。木材の価格も上がっていますし、金属も高騰。それに、工場で働くクラフトマンの賃金、いわゆる人件費も上昇しています。

──金(ゴールド)の1グラムあたりの店頭小売価格が、とうとう3万円を突破しましたしね。

西村 まさにその煽りを受けています。今、製作中のギターに金メッキの特注パーツを使っているんですが、工場から「金の価格が高騰しすぎて材料の確保が難しく、納期が遅れそうだ」というメールが届きました。

渋谷の再開発で移転先を検討中

──なるほど……。ちなみに、渋谷ウォーキンではレッスンやセッションなども行われているんでしょうか?

西村 ここから歩いて4分ほどの場所で、ギタリストの岡安芳明さんにレッスンをお願いしているんですが、その建物が再開発で11月に取り壊されるんです。今のところ、代わりの場所も見つかっていませんし、一旦中止という形になると思います。

──それは残念ですね……。どこか別の場所で再開する予定は?

西村 場所次第ですね。というよりも、実はこのビル自体も再開発の対象で、取り壊しが決まっているんです。移転先を探さなければならない状況です。

──えっ。

西村 たぶん3〜4年後には、この場所自体がなくなっていると思います。この一帯に、高さ160メートルほどのビルが建つ計画だと聞いています。

──ヒカリエのすぐ隣ですもんね。

西村 ここは本当に奇跡の立地なんですよ。渋谷という街の中でも、これだけ駅に近く、人通りの多い場所はなかなかないでしょう。

──立ち退きということなら、引っ越し先を用意してもらえる可能性もありそうですが、今より家賃がかなり上がってしまいそうですね。

西村 はい、今のコストで同じような場所に移るのは、もう無理だと思います。一応、この場所に建つ新しいビルに入るという選択肢もあるにはあるのですが、取り壊しから新規開業まで何年もかかるでしょうし、現実的には厳しそうです。

──うへぇ。となると、渋谷から離れる可能性も……

西村 いえ、できれば渋谷に残りたいと思っています。駅から少し遠くなるかもしれませんが、店名が「渋谷ウォーキン」ですからね。なるべくこの近辺で探したいですね。

──都市開発の波には逆らえない……。なんだかやるせないですね。

西村 2025年に東京都の都市計画決定もなされていますので、僕たちテナントができることは正直あまりなさそうです。もう「出ていくしかない」というのが実際のところなので、正直、この先も渋谷で続けていけるかどうか……。そちらのほうが今は心配ですね。

構成・文/千駄木雄大
撮影/山元良仁

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

  1. ギタリストはジャズをやるなら「箱物」
  2. 普通のギターでもいいが逆に目立つぞ
  3. トラディショナルな音に近づけるならフルアコ
  4. これまでの「適正価格」の概念が通用しない
  5. ヒカリエの隣という最高の立地は狙われる
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