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いまからちょうど1年前のことである。ルーマニアの首都ブカレストで開催された国際ジャズコンペティション『ブカレスト・インターナショナル・ジャズ・コンペティション 2025』で、日本人のバンド「The Uncalled Capital(ジ・アンコールド・キャピタル)」がグランプリを獲得した。
メンバーはテナーサックス、アルトサックス、トランペット、ピアノ、ベース、ドラムスの6人。世界30か国以上から選りすぐりのプレイヤーたちが集結する同コンペティションで、日本人のグループが頂点に立つのは初の出来事だ。審査員は彼らに「ジャンルを超えた知性と情熱」「現代ジャズの未来を感じさせるバンド」などの賛辞を贈り、快挙を称えた。
このトロフィーを携えて凱旋した彼らは、追い打ちをかけるようにデビューアルバム『STRADA EPISCOPIEI』を2026年4月に発表。リリース記念ライブ(恵比寿「BLUE NOTE PLACE」にて実施)は予約開始直後にソールドアウトし、追加公演が実施されるほどの盛況だった。
少なくとも筆者にとって彼らは “突然現れた謎の精鋭集団” であったが、いまや認知も評判も高まる一方。そんな彼らの素顔を知るべく取材を申し込むと、3人のメンバー(テナーサックス 梅垣順/アルトサックス 吉森悠/ベース 田村亘)がインタビューに応じてくれた。
大学時代の好敵手たちが連帯
──まずはこのバンドが結成された経緯から伺いたいのですが、皆さん学生時代からの付き合いだとか。
吉森 そうですね。メンバーは皆ほぼ同世代で、もともと大学時代から一緒に演奏していた仲間です。もうかれこれ15年近く一緒にやっています。
──いわゆる “ジャズ研” で活動を共にした。
田村 私は早稲田の “ダンモ”と呼ばれるジャズ研にいて、そこではトランペットの荒牧も一緒でした。それと同時に、荒牧は早稲田のハイソサエティオーケストラというビッグバンドも掛け持ちしていましたけど、私は一時、慶応大学のライトミュージックソサエティに参画していたので、ビッグバンドのコンテストではライバル関係でした。
吉森 ピアノの矢崎も、もとは成蹊大学のジャズ研でコンボをやっていましたが、徐々にビッグバンド界隈にも活動域を広げて、我々と知り合ったという感じです。
──なるほど。学校やサークルを跨いで、しかもビッグバンドもコンボもこなすプレイヤーたちが集まったわけですね。ちなみに梅垣さんも同じような境遇だったのですか?
梅垣 私は国立音大出身で、国立音大のジャズ科の1期生です。
──じゃ、小曽根真さんに教わっていた。
梅垣 はい。僕はアメリカ出身で、ニュースクール大学に通っていたんですけど、国立音大にジャズ科ができるという話を聞いて、しかも小曽根さんが教授だと知って。小曽根さんに習いたくて国立音大に入りました。
──逆輸入みたいな珍しいパターンですね。日本のジャズ環境を知らないまま、いきなり音大ジャズ科の学生生活が始まったわけですか。
梅垣 はい。何もわからないところから日本のジャズコミュニティに入っていって。学内では小曽根さんをはじめ、すごい先生方に鍛えられ、学外でもいろんなグループと交流しながら、このメンバーたちと知り合って。
“練習会” が発展してバンド結成へ
──梅垣さんが小曽根さんに学んだように、他のメンバーにもそれぞれ師匠と呼べる人がいるのですか?
田村 僕の場合はベーシストの鈴木良雄さんです。学生の頃からずっとお世話になっています。
吉森 僕は大学卒業後にサックス奏者の多田誠司さんに弟子入りして、そこで培った力や経験は大きかったです。そんな日々の中で実力も向上して、今なら何でもできるかも…と感じたタイミングで、このバンドの話がきまして。
梅垣 もともと大学時代から知っているメンバーなので、お互いの実力や手の内みたいなものは知り尽くしていたつもりでしたが、みんなあの頃よりも格段に上手くなっていて、すごくワクワクしましたね。
──その当時から、今のバンド名で活動していたのですか?
梅垣 このメンバーで集まりはじめた当初は、練習会みたいな感じで演奏していたので、特にバンド名もなくて。その後、たしか2023年だったと思うんですが「ちょっと難しい曲をセッション形式でやってみよう」ということになって。音を出してみたら「あれ? これいいぞ」という手応えを感じまして。
吉森 そこから半年くらい経った頃に「ライブやってみようか」という話になって、2024年の3月に目白のマークシックスっていうところで、最初のライブをやりました。
──そこでようやく「アンコールド・キャピタル」が誕生したわけですね
梅垣 いや、その時はまだ “練習会” の延長だったので、適当につけた「ジャズ・トレーナーズ」という名で出演しました。ただし、その最初のライブで大きな手応えを感じたんですよ。
吉森 アンサンブルの面では荒削りな部分もあったけど、それぞれのソロの熱量とか躍動感みたいなものも含めてすごく良いものを感じたし、お客さんの反応も良かったんです。自分たちの技量を確かめるだけの自己満足じゃなくて、お客さんと一緒に楽しんでいけるバンドなんだ、っていうのがその時初めて実感できた。
梅垣 それで、ライブが終わった後に「こんなセッション形式のライブじゃなくて、もっと作り込んでいけば凄いものができるんじゃないか?」みたいな話になりまして。そこから本気でこのバンドのための曲を書き溜めていって、2回目か3回目のライブだったかな、私が出した「The Uncalled Capital」というバンド名でスタートしました。
──そのバンド名には、どんな意図があるのですか?
梅垣 まずは単純に、響きがかっこいいな…と(笑)。あと、個人的に金融や経済に興味がありまして。その分野で「Uncalled Capital(未払込資本金)」っていう用語があるんですよ。ちょっと説明が難しいんですけど、発行済の株式のうち、会社が株主に対してまだ払い込みを請求していない(呼び出していない)資本金のことです。
要するに、当時の我々は録音作品があるわけでもなく、大々的にデビューしているわけでもない、いわば何の担保もない状態なわけで、その境遇ともうまく合致しているんじゃないかと。
──なるほど。でも、すぐに “誰もが納得する大きな実績” を獲得しましたよ。ルーマニアで開催された国際ジャズコンペティション『ブカレスト・インターナショナル・ジャズ・コンペティション 2025』で優勝。非常に権威ある賞で、しかも日本人バンドとしては初のグランプリ獲得ということで大きな話題になりました。日本のテレビでも紹介されましたよね。
吉森 あれは最初に『ARBAN』さんが速報を出してくださったお陰なんですよ。その記事が他の媒体にもシェアされて、後追いの記事も出て。さらにそれを読んだフジテレビ『ノンストップ!』のスタッフさんから出演依頼があって、という流れですから。
──あのコンペティションに挑んだのは、どんな動機があったのですか?
梅垣 知名度を上げて “売れる”ことも、もちろん大事ですけど、そもそもこのグループは「練習会」から始まったわけで、やはり僕らの気持ちの中心にあるのは「もっとうまくなりたい」なんですね。
でも、ただやみくもに練習するのではなくて、ちゃんと実力を試す場を定めて、その場に向けてさらにステップアップするという目標が欲しかった。それで、僕らが挑戦できる国際大会を探して「ブカレスト」にエントリーしました。
超ハイレベルな戦いの日々
──具体的に、どういうステップで審査が行われていくのですか?
田村 まず音源と書類の審査があるんです。
──書類?
梅垣 バンドの音楽的な履歴や、メンバー個々の音楽学歴みたいなものを提出します。それで準決勝まで進むと、現地で実演できる。開催年によって数は変わるようですが、僕らの時は準決勝に進んだのが7バンドだったかな。
──現地ではどんなことが行われるのですか?
梅垣 ブカレストには10日間滞在して、前半は、各バンドが60分の持ち時間で演奏します。ここで3バンドに絞られるんですが、一発勝負の決戦じゃないんです。各バンドの演奏の合間に、各バンドのメンバーが入り混じったジャムセッションを行うプログラムが設けられていて。名前をコールされるとステージに上がり、曲だけ指定されて、リハーサルも殆どなくその場でセッションします。
田村 そういうのを、観客席に紛れ込んでいる審査員に全部見られているんです。個人技とか対応力とか、音楽的なコミュニケーションの能力とか。で、さらにガラコンサートみたいな形で決勝バンドが演奏して。最終日に優勝バンドが発表される。
吉森 優勝できたのは本当に嬉しいですけど、いちばんの収穫は、世界各国の優れたバンドを体感できたことと、彼らと一緒にプレイできたことですね。
──特に印象に残るバンドは?
田村 準決勝の7バンドはすべて興味深い存在でした。例えばアメリカのチームは、平均年齢が21歳くらいの若いバンドで、リーダーのアイザイア・ハビエールはバークリー在学中ながら、すでに有名なサックス奏者。めちゃくちゃ上手いし、まさに今のニューヨークを体現するようなコンテンポラリーなサウンドなんです。
梅垣 ノルウェーのバンドもすごかった。彼らはアメリカ勢とは違ってオーセンティックな方向性で、スイング感を重視した、楽しい雰囲気のバンド。オスカー・ピーターソン・トリオみたいな。
吉森 じつはノルウェーからもう1グループ勝ち残っていて、エスキルド・オッケンハウグ(Eskild Okkenhaug)っていうベーシストがリーダーを務めるバンドが本当に素晴らしかった。ニューヨークとも違う方向性の洗練されたコンテンポラリーを追求している感じで、アルトサックスとトランペットの2管なので、我々にかなり編成も近くて、完全にライバルみたいな感じで見てました。
──ノルウェー人のライバル出現! 漫画やドラマみたいな展開。
梅垣 彼らは本当にうまい。日本の音楽ファンもぜひ聴いてほしいです。演奏以外の面でも、例えば彼のSNS戦略とかを見て「なるほどこういう風にセルフプロデュースするのか」とか「メディアの出し方ってこういうやり方があるんだな」みたいな感じで、すごく勉強になった。
吉森 ロシアもかっこよかったよね。エスビョルン・スヴェンソン・トリオみたいな雰囲気もあるし、旧ソ連のイメージに繋がる独特の哀愁というか悲壮感というか、そういう強烈なインパクトがあって。その一方、イタリアのバンドはギタートリオで、明るく軽快なスイングが印象的なグループ。どのバンドも上手いし魅力的なんです。
磨き上げた “アンサンブル” で頂点へ
──そんなモンスター級の猛者たちを相手に、よく優勝しましたね。もちろん、皆さんの技量と表現力も卓越していますが、端的に言って、勝因は何だと思いますか?
梅垣 アンサンブルだと思います。そこに関しては我々も意識的だったし、アンサンブルの重要性っていうのを他の国にも、体感してもらったんじゃないかなと思っていて。
──メンバー個々が、コンボ的な個人技や瞬発力を持ちながら、ビッグバンドでも培ったアンサンブルのセンスを持ち合わせている。そこが勝利につながったのかもしれませんね。
梅垣 我々は管楽器が3本あって、アンサンブルを活かせる編成であることも大きいですけど、曲もすべてアンサンブルを聞かせる設計になっていて、なおかつ「このメンバーだから作り出せる」というサウンドなんです。
そういったものがうまく噛み合ったステージだったという風に自負しているので、他のバンドもおそらく、やはり「あそこが一番アンサンブルが良かった」と感じてもらえたんじゃないかなと思ってます。
──その楽曲は、新アルバム『STRADA EPISCOPIEI』にも反映されているのですか?
梅垣 ほぼ合致しています。聴いてもらえると、僕らがあの場で何をやったのかが伝わると思います。
──アルバムタイトルの「ストラダ・エピスコピエイ」も、皆さんが世界一の称号を手にした地、ブカレストにある通りの名前なんですね。
田村 そうなんです。現地で僕らが宿泊していた場所です。アルバムのジャケット写真も、まさにその場所なんですが、このデザイン周りはすべて吉森くんが手がけてくれました。そもそもセンスがあるのはもちろんなんですけど、やはりこのバンドの中の人だからこそできる表現があると思って。
──吉森さんはそんな才能もお持ちなんですね。
吉森 いや、苦労しながら(笑)、メンバーの顔を思い浮かべつつ作りました。この絵は、我々が大会の時に泊まったAirbnbのアパートから見える景色なんですけど、ここはゴミ捨て場なんです。僕らはそこに毎日のようにゴミを捨てに行ってて。まあ、薄汚れた場所なんですけど、そこから見上げる空が美しくて。ついつい、ぼんやりと眺めてしまうんですね。
その状況って、まさにあの時の自分たちの境遇とも合致していて。つまり、周りにそびえる高い壁は世界各国のハイレベルな出場者で、とても勝てるとは思えない。でもあの空は見えている。だからワンチャンあるんだぞ、と。あの時の自分たちも、優勝の可能性を最後まで信じていた。そんな状況や心情を表現しました。
リリース記念ライブが即日完売!
──このアルバムの収録曲は、ブカレストの本戦とリンクしているとのことでしたが、このタイトル曲『STRADA EPISCOPIEI』は、帰国後に書いたわけですね。
梅垣 そうです。ルーマニアのその原体験をもとに私が帰国後に書き上げた曲です。
──なるほど。事前と事後の心情が盛り込まれたオリジナル曲で構成されつつ、「But Not For Me」のようなスタンダード曲も、皆さんらしいアレンジで。
梅垣 そこは大切なポイントだと思います。古典的なジャズのエッセンスやイディオムを、コンテンポラリーな曲として落とし込むのは、まさに自分たち “らしさ” みたいなところなので。
──実際、このアルバムのリリース記念ライブ(4月に恵比寿「BLUE NOTE PLACE」にて実施)は予約開始直後に完売。 急遽、追加公演が実施されるほどの反響でした。
吉森 はい。おかげさまで追加公演も満席で、しかもお客さんとの素晴らしい交流も体験できました。たとえば普段はニューヨークでジャズをよく聴いているというアメリカ人のお客さんがいて、ホテルが近くだからたまたま聴きに来たらしいんですけど、大絶賛してもらって「ぜひリンカーンセンターでもやってほしい」と言ってくれたり。
もちろん、僕らのことを知っている日本人のお客さんからも嬉しい言葉をたくさんいただいて。「どんどん進化しているね」という評価は本当に嬉しかったです。実際に僕らも、ブカレストの10日間でそれをリアルに感じながら過ごしていて、帰国後も自分たちの進化を実感しながら日々活動しているので。ちゃんと伝わっているんだ、という喜びも大きかったです。
──今後の目標や具体的なプランはありますか?
梅垣 まずは、新しい曲をもっと書き溜めていきたいです。それから、バンドとしてのサウンドや方向性はブレずに進化を続けたい。このアンサンブルを軸にして、ジャズのイディオムに基づくコンテンポラリーとトラディショナルを両方行き来するような、そういうバンドとして磨きをかけていきたいです。
アルバムも出たので国内のツアーもやりたいし、もちろん海外でも積極的にプレイしたい。ブカレストで出会ったライバルたちとヨーロッパを巡るツアーも企画しているので、今後もすごく楽しみです。
The Uncalled Capital『STRADA EPISCOPIEI』
