ギタリストの布川俊樹は、これまで自身のバンドやさまざまなプロジェクトで活躍してきた。その一方で、優れた教育者としても名を馳せている。音大で教鞭を執り、オンラインのレッスンも大人気。さらに彼が監修する教則ビデオや書籍は「ジャズギター学習者のバイブル」として長く絶大な支持を集めている。
そんな布川がギターを弾きはじめたのは中学生の頃。いまでこそ優れた教材が溢れているが、当時は手探りで演奏技術を身につけていくしかなかった。あの頃の自分を振り返る。
「東京の中野区で生まれ育ちました。ごく普通のサラリーマン家庭で、特に音楽的に充実した環境でもない。そこから強く音楽を意識しはじめたのは中学一年のとき。あれは万博の翌年だったから…1971年か。急に “ギターを弾けるようになりたい” と思ったんです」
ここから彼のギター人生がはじまる。
「と言ってもね、当時はギターブームというかフォークブームの真っ最中だから、ギターを弾く奴なんてクラスに何人もいたんです。それでもまあ、学年で3番目くらいの早さでギターを弾きはじめました」
そう語るが、じつは当時の流行とは関係なく、幼い頃からギターへの愛着は育まれていた。
「祖父が、なぜか弦楽器が大好きでね。家には三味線とかギターとかウクレレがあって、人前でも披露するような、そんなおじいちゃんでした。それで僕もよく触らせてもらっていて。今思えば、そこがギターへの入り口でしたね」
ジェフ・ベックの初来日公演で…
のちに彼はジャズ界を主戦場に大活躍するが、中学時代はジャンルを問わず刺激的な音楽を吸収し、自身の演奏にフィードバックさせていった。
「ポピュラー音楽の歴史をいま振り返ってみても、やはり当時(60年代後期〜70年代初頭)は刺激的でしたよ。例えばジョン・レノンの〈イマジン〉とか、ジョージ・ハリスンの〈マイ・スウィート・ロード〉とか、ビートルズ解散に伴ってメンバーのソロ作が一斉に発表されて。他にも、シカゴの〈クエスチョンズ67/68〉とかレッド・ツェッペリン〈ブラック・ドッグ〉なんか、当時の僕はものすごく痺れましたね」
そんな調子で、中学2年になる頃にはハードロックに傾倒。やがてジミ・ヘンドリックスやクリームにも心酔し、ブルースやジャズ方面にもレンジを広げていく。さらに決定打となる体験があった。
「中学3年の時にジェフ・ベックのプレイを見たんです。あの時はベック・ボガート&アピス名義での来日公演で。僕にとってこのコンサートはものすごい衝撃だった。さらにその後、テレビでマハヴィシュヌ・オーケストラが紹介されていてジョン・マクラフリンの演奏を見た。それを機に中3の夏くらいからジャズっぽいものも聞くようになって」
一流プレイヤーの演奏を観たり、音源を入手する機会にも恵まれた都会の中学生。とは言え、いつも情報には飢えていた。
「その頃にはジャズに特化した情報源が欲しくて、『スイングジャーナル』を読んだりFMのジャズ番組を熱心にチェックしていましたね。それでウェス・モンゴメリーの存在を知って、聴いてみたら最高だった」
以来、彼の音楽的な興味は「ジャズとロックの二本立てになった」というが、同様に「当時のジャズシーン自体もそんな感じだった」と振り返る。
「あの頃はマイルス・デイヴィスがジャズフェスにもロックフェスにも出たり、クロスオーバーと呼ばれる音楽が人気を博したり、ジャズとロックの垣根をあまり感じない時代でしたよ」
そして彼自身も、ロックとジャズを切り分けていなかった。ギターを弾き始めた当初から、ロック曲をジャズ的なセンスで弾いていたのである。
「中学生の時、最初に〈Let It Be〉をコピーしたんですけど、そのとき直感的に “あっ、ソロとれる” と思っていろんなフレーズを弾いて。それが楽しくなっちゃってペンタトニックでソロを取る練習をやっていました」
そんな無邪気で楽しい練習はやがて鍛錬へと変わっていく。もっと自在に弾けるようになりたいという動機が生まれたのだ。
「ジャズに出会うと、ペンタトニックだけじゃ駄目なわけです。で、高校入った頃にドリアンスケールっていうの覚えるんです。ドリアンを弾くと、なんかジャズっぽいな、と(笑)。ちなみに僕が行ってた学校(東京学芸大学附属高校)にはジャズ研究会ってのあって、そこでさらにのめり込みました」
突然に身についた “ソロが弾ける” 感覚
高校のジャズ研で実力もつけていった。彼が高校2年の時、ウェス・モンゴメリーのコピー集が発売され、すぐに飛びついて練習を始めたという。
「でもそう簡単に弾けるようにならない。当時の楽譜ってタブ譜がないんです。つまり音符を見ながら指の動きを全部考えなきゃいけない。何度もつまずきながらリズムやコードも確認しつつ、根気よく練習しました。で、3か月くらい経った頃に突然 “あっ、なんだか気持ちよくソロが取れる!” って瞬間が訪れて。あれはびっくりしましたね」
さらに大学進学後もジャズ研究会で演奏に没頭する。高校時代からジャズのフィーリングに慣れ親しんでいたので、布川のプレイは他の新入生を圧倒。先輩も一目置くような存在だった。
「でもね、理屈はわかっていなかった。たとえば『ここはマイナーっぽく、こんな感じで弾けばいいな』とか、弾き方はわかるんです。でも理論を全然知らなかった。だから、僕が弾いたあとで先輩が答えを教えてくれるんです。『お前、それオルタード・ドミナントじゃん』って。そこで初めて僕は『へぇ、この弾き方にはそういう名前がついてるのか…』と内心思う(笑)」
そんな大学生活を送りながら、さらなる上達を遂げていった。「あの時かなり上手くなったと自分でも思います」と当時を振り返る。
「どうやって上手くなったのか。その理由は単純です。ものすごく練習したんです。2年生の時に留年して、やることなくなって。大学も行かず、朝から晩までギター弾いていた。ひたすらトライ・アンド・エラーの繰り返しで。あんなに練習した時期は、生涯ないですね」
音楽に打ち込む日々の中で、やがて「音楽を生業にする」と決めるときがやってくる。その瞬間を覚えているか、と問うと、彼は「はっきりと覚えている」という。
「ウェザー・リポートのコンサート見たときです。来日コンサートを観て『ああ、俺がやりたいのはこれだ』と思いました。こんなにかっこいい音楽が世の中にあるんだ。俺はこういうのをやりたい、と。さらに同じタイミングで、ジョン・スコフィールドも観て、その衝撃も合わせて、完全に想いが固まった」
ジャズ・コンテストで獲得したもの
ところで、当時はどんなギターを愛用していたのか。
「ヤマハのフルアコを弾いてました。大学に入ってからバイトして買ったやつです。あとヤマハのSGなんかも持ってましたね」
ヤマハSGは当時、野呂一生(カシオペア)や高中正義が使ってメディア露出も多く、惹かれて手に入れたと言う。
「あと、アーガスっていう国内ブランドのセミアコを気に入って使っていました。これは購入したものではなく賞品。大学時代に『ジョー・パスそっくりさんコンテスト』っていう大会で優勝して、もらったんです」
大学時代の布川はさまざまなコンテストで好成績を収めていた。その結果、獲得したのはギターや賞金だけではない。
「在学中に仕事が来ちゃったんですよ。1980年頃だったかな、『豊島園カレッジ・ジャズ・フェスティバル』っていうコンテストで優勝して、その時に他の大学のプレイヤーたちと仲良くなって。その一人が仕事を取ってきた」
内容はミッキー・カーチスのサポート演奏。これが事実上のプロデビューとなる。同様に、コンテストで知り合った仲間からこんな誘いもあった。
「MALTAさんが新しいメンバー探してるからオーディション受けてみなよ、って言われて。徹夜して20曲ぐらい本気で練習して受けたら採用されました」
こうして、サックス奏者MALTA率いるMALTA Hit & Runのメンバー入り。人気グループの一員として多忙をきわめる。その一方で、もうひとつの “やるべきこと” にも奔走する。
「大学を卒業して1年ぐらい経った頃に自分のバンドを結成して。そっちの活動も頑張り始めた。最初の頃は、たとえば新宿ピットインの朝の部にデモテープ送ったりして、毎月2本くらいは新曲を書きながらライブを続けました」
これが現在も続く自身のグループ「VALIS(ヴァリス)」の礎となった。先日発表されたばかりの最新アルバム『BC→DC→AC』は通算25作目となる。ちなみに同作で最も登場回数の多かったギターは「MD-G7」。日本のギターブランド「MD-MM Produce」が製造するエレクトリックギターで、音楽プロデューサーの大和俊夫とギタリストの故・松原正樹らのノウハウを反映したモデルとして知られる名作だ。
ソリッドボディのMD-G7に対し、ホロウボディの愛用ギターも複数ある。ひとつは前出「MD-G7」と同じクエストインターナショナルが手がけるプロダクトで「ランドスケープ SA-101」というモデルだ。
そしてもう一つ。山岡ギターの「D50」も愛用の1本で、こちらは国内の名工、山岡則正によるハンドメイドである。山岡ギターとの出会いは、突然の訪問だったという。
「ある日突然、山岡さんが僕に連絡をくれて “うちのギターを使ってみてほしい”と提案してきた。そのギターのインレイには、当時僕が運営していたホームページのデザインが彫られていましてね、何というか…愛を感じまして(笑)」
音の素晴らしさにも驚いたが、音を出す前からそのギターの凄みは体に伝わってきた。
「持っただけで “あっ、これは高いギターだ” とわかる。そう感じさせる何かがありました。そこから山岡さんといろいろ相談して、ピックアップを変えたり、調整を繰り返して、以来ずっと愛用しています」
そんな布川俊樹が思う「良いギター」の条件とは何か。あるいは、どんなギターが「自分に合う」と感じるのか。
「確かに、言語化が難しい部分もある。例えば木の質感とかね。それぞれ違いもわかるし好みも言えるけど、そこはいいワインの味を表現するようなものでね、感覚的ですよね。あとはフォルムの美しさとか、フィンガーボードの、なんかしっくりくる感じとか。もちろん音の良し悪しや好みもあります。タッチのレスポンスとか、生音で鳴らしたときのサスティーンの感じとか」
前述の最新アルバム『BC→DC→AC』を聴くと、ここまで話した彼の談話が本作に凝縮されていることに気付かされる。ギターの音色や存在感はもちろん、青年時代の布川俊樹を夢中にさせた、ジャズとファンクとロックの融和が瑞々しく綴られているのだ。間近に控えた本作のリリース記念ライブ(8/11恵比寿Blue Note Place)でも、ここで紹介したギターとともに、音楽家としてのストーリーが垣間見えるはずだ。
布川俊樹『BC→DC→AC』(発売中)
New Album『BC→DC→AC』発売記念ライブ開催
日程:8/11(火・祝)
会場:恵比寿 Blue Note Place
出演:VALIS Quattro 布川俊樹(g)、古川初穂(key)、納浩一(b)、木村万作(ds)
