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ジャズは“間違えてから”が面白い─創立70年「飯田ジャズスクール」で学ぶ【ジャムセッション講座 第41回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回訪れたのは、創立70周年を迎えた日本最古のジャズ専門スクール「飯田ジャズスクール」。戦後日本のジャズ黎明期から続くこの場所で体験レッスンに参加したものの……。

【今回の現場】

飯田ジャズスクール
1955年創立、日本最古のジャズ専門スクール。ジャズ黎明期から続く老舗で、ピアノ、サックス、ギター、ベース、ドラム、ボーカルなど幅広いコースを開講している。講師陣には、ピアニストの宮本貴奈、サックス奏者の大山日出男、多田誠司、トランペッターの岡崎好朗ら第一線のミュージシャンが名を連ねる。個人レッスンに加え、固定メンバーによるアンサンブルレッスンを重視しているのが特徴で、初心者からセミプロレベルまで幅広い層が通う。
東京都杉並区下高井戸2-8-4/03-5376-1353


【担当記者】


千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。32歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。最近、InstagramでAKAI MPC Sampleの動画がやたら流れてくるので、「買っちゃおうかな」と調べたら、6万円くらいした。プロも使う機材なのだから当然なのだが、それ以来、機材だらけの部屋にいる人のInstagram投稿を見るたびに、「この人たち、いったい楽器にいくら注ぎ込んでるんだ……」と震えるようになった。

フリーライター、ジャムセッションへ行けない

この連載が始まって4年目。一向にジャムセッションに参加していない。それもそのはずだ。曲の練習はしているものの、圧倒的に練習量が足りていないからだ。

働き盛りの32歳。フリーランスという働き方ゆえ、毎日牛のように働かなければ、生活していくための日銭も得られない。それに、いくら稼げるといっても、税金や福利厚生などを考えると、フリーランスは正社員の1.5倍は働かなければならないという現実もある。

筆者には嫁も子もいないが、妹夫婦の子育てを見ていると、ひとりで生きるだけでも毎日バタバタして時間がないのに、子どもを寝かしつけるとなれば、もう自由な時間などなさそうだ。

そう考えると、楽器演奏というのは贅沢な趣味である。お金にはならないが、好きな曲を弾いて、YouTubeに“弾いてみた動画”として記録を残すこともできる。そして、そんな趣味を持つ者同士が集まってバンドを組み、演奏するとなると、お金と時間に余裕がなければ難しい。

長々とよくわからないことを書いてきたが、要するに、4年も経っているのにジャムセッションに参加できるレベルにまったく達していないということだ。さすがに「枯葉」など2〜3曲は弾けるようになったが、いまだにギターのどこを押さえれば「ドレミ」と鳴るのかがよくわからない。そもそも、「ドレミ」ってどんな音だ?

もちろん、20年近くギターを触っているだけあって、感覚的にどこを押さえれば考えている音が鳴るかは把握している。ただ、コードトーンなどを理解せず闇雲に弾いていると、手は動いても頭では何も考えていないため、技術の向上にはつながらない。

YouTubeでジャズブルースの伴奏を流し、それっぽくアドリブを弾いて、「なんかよくできたかも」と思う。だが、録音した自分の演奏を聴き直すと、音程も音量も何もかもが合っておらず、聴いていられない。

「これは自分だけではどうにもならないな」

専門家に習ったほうが、理論などの疑問もひとりで抱え込まずに済むし、上達も早そうだ。そうだ、スクールに通おう! せっかくなら、本格的な講師に習ってみたい。もしかしたら、編集部に頼めば月謝を払ってくれるかもしれない……。

ということで、日本で最初に誕生したジャズ専門の学校「飯田ジャズスクール」の無料見学&体験レッスンに応募。すると、「ぜひアンサンブルの日にお越しください」と快諾された。

あれ……。なんだか急にハイレベルな話になってきたぞ。

日本最古のジャズスクールが生まれた歴史的背景

杉並区下高井戸の住宅街(桜上水駅)。マンション1階の地下へ降りると、サックスの音が漏れてくる。ドラムがテンポを刻み、ピアノが応える。

「あっ、千駄木さんですね。お待ちしておりましたよ」

そう語りかけてきたのは、ギタリストの松井洋氏。この日は同氏をバンドマスターとして、アンサンブル演奏が行われていた。

創立70年を迎えた飯田ジャズスクールは、日本のジャズ史そのものと重なるような歴史を持っている。同校の始まりは、現在の杉並区下高井戸ではなく、杉並区方南町だった。

創設者は飯田龍夫氏。1954年、ジャズベースの教則本『ベース教本』を出版している。

「当時は、ジャズの教則本なんてほとんどなかったんですよ」

そう語るのは、龍夫氏の息子であり、学院長を務める飯田敏彦氏。そもそも、当時のジャズは今とは役割が違った。

「米軍もいて、クラブやキャバレーがたくさんあった時代です。だから、演奏する側も “芸術としてのジャズ” というより、ダンスミュージックとして演奏していました。今みたいに、アマチュアがジャムセッションをやる場所はほとんどなく、みんな“仕事” として演奏していた時代です」

スクールへ通う生徒たちも、「ジャズが好きだから」ではなく、「演奏で食べていきたい」という目的を持つ人が多かった。

しかし、戦後の日本では、「ジャズを学ぶ」という文化自体がほとんど存在していなかった。ピアノやクラシックの教本はあっても、「ジャズ」と銘打った教材は極めて少ない。ましてや、ベースの教則本はほぼ皆無だった。

「そんな中、父はウッドベースの教則本を書いたんです。そして、本の読者たちが『この著者に習いたい』ということで、父のもとを訪れるようになった。それが、飯田ジャズスクールの始まりです」

創設者の飯田龍夫氏(右)と息子で現学院長を務める飯田敏彦氏(左)

クラブやキャバレーが多く存在した当時は、演奏者としてそこで働くほうが、サラリーマンよりもはるかに給料が良かった。それに、固定給でもある。

「つまり、ジャズという音楽の日本での捉えられ方が、今とはまったく違ったわけです。そこから、秋吉敏子さんや渡辺貞夫さんなど、海外プレイヤーに引けを取らない日本人ミュージシャンたちが登場し、ジャズが社会全体に広がっていきます。そして、プロにならなくても、普通の仕事をしながら趣味で音楽をやる人たちが増えてきた。そういう人たちがうちに来て習い、弾けるようになると、今度はアンサンブルに興味が出てくるのです」

“趣味のジャズ”を支えるアンサンブル文化

現在、飯田ジャズスクールの生徒数は約160人。

「昔はプロ志向の学生が多かったですが、今はうちに通わなくても、国立音楽大学や洗足学園音楽大学のようにジャズ科がある音大へ進学する人が増えました」

代わりに増えたのが、「仕事ではなく趣味としてのジャズをやりたい」という社会人たちだ。平日は会社員として働き、休日になるとサックスやピアノを持ってスクールへやってくる。

「“趣味だからこれくらいできればいい”とは、誰も思っていません。みなさん、真剣に上達したいという気持ちで通っています」

同スクールの特徴は、アンサンブル重視のレッスンにある。現在、15〜20組ほどの固定バンドが存在し、生徒が辞める場合もあるが、基本的には同じメンバーで継続的に演奏を重ねている。

ジャムセッションでは、その場限りのメンバーによる即興演奏が中心だ。しかし、アンサンブルでは「来月はこの曲をやりましょう」と事前に決め、メンバー全員が練習してくる。

「ジャムセッションと違って、ある程度固定されたメンバーで、自分のバンドのような感覚で演奏できます。そして、毎回同じメンバーだから、一体感も生まれる。曲を繰り返し演奏することで、どんどんレベルも上がっていきます」

当然、メンバー構成にも気を遣う。ドラムやベースは生徒数が少ないだけではなく、リズム隊としての安定感も求められる。それに、経験差が大きすぎれば、バンド全体が崩れてしまう。

そのため、敏彦氏は生徒一人ひとりの性格や技量を見ながら、アンサンブルの編成を調整している。

「うちには個人レッスンの生徒さんがたくさんいて、上達していくと、『ひとりでやるよりバンドで演奏したい』という話になるんです。そこで先生が、『君だったらアンサンブルに入れるよ』と判断するわけです。逆に、『もう少し個人レッスンをしたほうがいい』という場合は、無理に入れることはありません。適当にメンバーを組み合わせても、うまくいかないんですよ。相性もありますし、協調性も必要です」

レッスンはだいたい月2回。個人レッスンを受けながら、アンサンブルにも参加している生徒もいる。アンサンブルだけに参加する生徒もいるが、ある程度のレベルが必要だ。

「3年くらい個人レッスンとアンサンブルを両方やっていて、『だいぶ上手くなったので、個人レッスンはやめてアンサンブルだけにします』という生徒もいます。レベルに合わせて、いろいろ選べます」

30年通う生徒も! アンサンブルが“居場所”になる理由

飯田ジャズスクールには、30年以上通い続けている生徒がいる。しかも、ひとりやふたりではない。5〜6人ほどが、ほぼ人生の半分に近い時間をこの場所で過ごしてきたという。

「習うというより、ずっとアンサンブルを続けている感じですね」

単に “ジャズを習う場” というだけではないのが、このスクールの特徴でもある。また、アンサンブルクラスにも明確なレベル分けが存在する。

「たとえば松井先生のクラスは、“アンサンブルをあまりやったことがない人” でも受け入れるんです。もちろん、最低限の演奏力は必要になりますが、『少しアドリブができる』程度からでも参加可能です。一方で、上級クラスになると空気は一変して、かなりビバップ中心になりますね。そこまで行くと、もうセミプロと言っても過言ではない」

技術だけではなく、“ジャズの空気” そのものが変わる。厳しい指導を求め、自らその環境へ飛び込んでくる生徒も少なくない。

「別に怒鳴るわけじゃないんです。でも、その空気を求めて皆さん来ている。そこを甘くすると、逆に満足しないんですよ。それに、うちは学校ではなく、ジャズスクール。大学のように4年で卒業するわけではないため、続けるのも自由だし、辞めるのも自由。本当に本人次第なんです」

 

もちろん、生徒たちは外部のジャムセッションへ足を運ぶこともある。しかし、即席メンバーでの演奏に満足感を覚えず、結局この場所でのアンサンブルが性に合っていると実感するのだという。

また、飯田ジャズスクールには、「長く通うほど安くなる」といった制度はない。月謝制で、基本的には1カ月ごとの支払いだ。

「無理やり『1年分払ってください』ということはしません。だからこそ、続けるかどうかは完全に本人次第になる。上手くなるかどうかも本人なんです」

一方で、スクール側は “環境”は整える。初心者を丁寧に見る講師もいれば、ハイレベルなビバップを徹底的に鍛える講師もいる。その器を維持し続けることこそが、70年近くスクールを続けてきた理由なのだろう。

そして今後は、その役割を娘の飯田さつき氏へ引き継いでいくという。

「今はヴォーカル講師として生徒たちに接していますが、これからは娘が、アンサンブルの組み合わせなどもやっていくことになると思います。アンサンブル編成は、おはじきのように適当に組めばいいものではない。生徒の性格や希望を細かく見る必要があります」

ライオンの檻に放り込まれたうさぎの末路

そして今回、筆者が無料見学と体験レッスンに参加したのは、結成から2年ほど活動を続けているアンサンブルグループだった。いや、さすがにレベルが高すぎる。

「さあ、『枯葉』でもブルースでも、好きな曲をやりましょう。リクエストしてください」

松井氏は笑顔でそう促してくれる。しかし、こちらはそのレベルに届いていないからこそ、教わりに来たのだ。

とはいえ、いつまでも言い訳ばかりしているわけにはいかない。噴き出す冷や汗を拭いながらギターを取り出し、アンプにつなぐ。そして小さな声で、「『枯葉』なら弾けます」と伝えた。

本当はコード進行をなんとなく覚えているだけで、アドリブも雰囲気でごまかしているに過ぎない。

いざ、演奏が始まると、今度は自分のギターの音がほとんど聞こえなかった。演奏力のなさを隠そうとして音量を下げていたのだから当然だ。しかも極度に緊張していたせいで、うまく弾けず、コードをかき鳴らすだけでも音が濁ってしまう。情けなさでいっぱいになった。

メンバーたちは気を遣ってソロパートも回してくれたが、結局テーマをなぞるだけで精一杯。演奏はあっという間に終わり、松井氏たちは温かい言葉をかけてくれたものの、恥ずかしさに耐えきれず、その場を早々に後にした。本当に申し訳ない気持ちだった。

帰り際、一連の出来事を飯田氏に話すと、穏やかな口調でこう語ってくれた。

「ジャズは “敷居が高い音楽” だと思われがちですよね。でも、最初からできる人なんていません。ちゃんと順番に経験を積めばいいんですよ。今日だって、みなさん優しかったでしょう? もし怒ってばかりいたら、誰も来なくなってしまいます(笑)」

さらにこう続ける。

「ジャズは、“間違えてはいけない音楽” ではありません。間違えたあとに、どう立て直すかを楽しむ音楽なんです。失敗しても終わりじゃない。そこから戻ればいいし、周りも支えてくれる。ひとりだけが上手ければ成立するものでもありません。互いの音を聴きながら、みんなで音楽を作っていく。その面白さが、ジャズにはあるんです」

次こそは、納得できる演奏をしたい……。そう思いながら、筆者はノートパソコンの横に静かに置かれたギターを眺めていた。

構成・文/千駄木雄大
撮影/山元良仁

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

  1. ジャムセッションだけではなくアンサンブルもある
  2. アンサンブルは“人間関係”で成り立っている
  3. 「枯葉」が弾けることと「演奏できる」ことは別
  4. 音量を下げても下手さは隠せない
  5. ジャズは「間違えてから」が本番
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