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ユッコ・ミラー ─「演奏のためなら“女の子らしさ”も捨てる…」キュートで豪放なSAXプレイヤー 【Women In JAZZ/#1】

ジャズ界で活躍する女性ミュージシャンの“本音”に切り込むインタビューシリーズ。今回登場するのは、サックス奏者のユッコ・ミラー。かつては“引っ込み思案で、おとなしい女の子”だった彼女が、いかにして「ユッコ・ミラー」になったのか? そして、あの豪胆なサウンドをどのようにして獲得したのか…。聞き手は“女性プレイヤーの気持ち”が最もわかるライター、島田奈央子。

“教室の隅っこ”にいる女の子

——ユッコさんは“みらくる星”という星から来たそうですが……。

「はい。これはデビュー前からなんですよ」

——あら? みらくる星人は“設定”という前提で話していいんですね(笑)。

「はい(笑)。じつは、初めてソロのステージに立ったときにMCですっごく緊張しちゃって。それで『別のキャラクターになればいいんじゃないか?』って思ってやってみたら、すごく余裕で喋れたんです。これからもずっと続けようと思ってるんですよ。このピンク髪で」

——髪をピンク色にしたきっかけは?

「あるアパレル・ブランドのPVに出演したことがきっかけで。その撮影のときに『髪の毛、ピンクになっちゃうけどいい?』って言われて。もともとピンク好きだったし、思い切ってやっちゃおうかな? って感じで」

—で、そのまま音楽活動も継続して(笑)。

「はい。そのままライブに出たら“ピンク髪のサックス奏者”ということで、いろんな人に覚えてもらえて。ジャズにあまり興味のなかった若い子たちも興味を持ってくれたので、このまま行こう! と」

——その髪をキープするのって、けっこう大変じゃないですか?

「以前、『ちびまる子ちゃん』の〈おどるポンポコリン〉をゴールデンボンバーさんがカバーして、そのCDにサックスでゲスト参加させていただいたんです。そのときに、メンバーの鬼龍院翔さんが『ピンクの髪って大変でしょ? いい美容院を紹介してあげる』って言ってくださって。そこに通っています」

——髪をピンク色にして、家族や友達はどんなは反応?

「私は高校1年生のときにサックスを始めたんですけど、中学生まではすごく引っ込み思案でおとなしい、教室の隅っこにいる感じの女の子だったんです。なので、髪がピンクになったとか、それ以前の問題で(笑)」

——ははは。あの物静かな子が、ユッコ・ミラーになった! って時点でもう、周囲は驚きなんですね。

「そうなんです。サックス奏者としてメディアに出たりしていることが、当時の友達からすると信じられないみたいで。だからピンク髪どころの話じゃない(笑)」

——サックスを始めたことがきっかけで、キャラが急変した?

「はい、サックスがきっかけです。サックスに出会うまでは、特技もないし、勉強も嫌いだし、何もなかったんです、私。でも高校1年のときに初めてサックスを吹いたとき『これを極めてやる。プロになってやる』って思いました」

——一体何が、そう思わせたんですかね?

「なぜですかね…。でも最初に音が出た瞬間に『これはいけるっ』って感じたんです。不思議な出会いでした」

影響を受けたジャズ作品は海賊盤⁉︎

——吹奏楽部で吹いていたんですよね。

「そうですね。でもうちの吹奏楽部はわりとユルい感じというか、顧問の先生は『音楽は競い合うものではなくて、音を楽しむものだから』っていうスタンスの人で。ジャズのビッグバンドの曲をやったり、ポップスの曲をやったり、ディズニー・メドレーをやったりしていて。私も勉強サボってずっとサックスの練習をしてましたね(笑)。そこから、ジャズに入って行きました」

——ジャズは独学で?

「初めてジャズを聴いたのが高校2年のとき。うちの父親が1枚だけジャズのCDを持っていたんですよ」

——誰の作品を!?

「それが……駅の構内とかで500円ぐらいで売ってるような非正規品で(笑)。ジャケットにサックスの絵が描いてあったので、『何? これ!!』と思って。で、聴いてみたら〈レフト・アローン〉とか〈テイク・ファイヴ〉といった名演が、ちょっと音が悪い感じでいっぱい入ってるんですよ(笑)」

——それを聴いて、どう感じました?

「単純に“サックスの音色が吹奏楽と全然違う!”って。そこからジャズのサックス奏者を聴くようになっていきましたね」

——最初は、オーソドックスなジャズをやっていたんですよね。

「最初の頃は、いわゆる“どジャズ”が好きでした。チャーリー・パーカー、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーンみたいな。私はアルトなんですけど、特にソニー・ロリンズが好きでした」

——真似したりとか?

「チャーリー・パーカーのコピーもメッチャしたし、ライブでもビ・バップの曲ばかりやってました。その後、上京してきてからR&Bとかファンクにも興味を持って、オリジナル曲もそういうスタイルになっていって、現在に至るという感じです」

——作曲をはじめたのは、いつ?

「私は高校を卒業してから、大学とか音大には行っていないんですけど、ジャズ理論はずっと勉強していて。作曲法とかも習っていました」

——曲を作るとき、最初にストーリーや風景を思い浮かべる、って聞きましたけど。

「はい。曲を作るときはいつも、すごくきれいな景色とか雰囲気のある写真を見たときとか……、感情が揺さぶられたときにメロディが浮かびます。普段の生活でふと気づいたことを基にすると、わりといろいろなメロディが出てきます」

——日常生活の中で、たとえば失恋とか、悲しいことがあったり、傷つくこともありますよね。そういう切羽詰まった心情が、作曲に反映されることも?

「ありますよ。自分の中で、これはもう音にでもするしかない、みたいな流れで作った曲もあります。ファースト・アルバムに入っている〈Lagrimas〉という曲は、そんな曲。2011年に大震災があって、プライベートでもいろいろとあって“もうどうしていいか分らない、もう無理…”っていう状態になって『これは音楽にするしかない』と思って生まれた曲です。すごくシンプルな曲なんですけど、ライブでやると、お客さんがすごく反応してくださって『この曲がいちばん好き』って言ってくださる方も多いです。だから、究極に追い詰められたときに、いちばんいいメロディができるのかな、とは思いますね」

つき合う男でサウンドは変わるのか?

——女性アーティストは、付き合う男性が変わると曲のテイストも変わる、という都市伝説みたいな話もありますが。

「ええーっ? どうなんですかね(笑)、でも、それもあるかも知れないですね」

——あら? 心当たりがある?

「いや、ないですけど(笑)、たとえばその彼が大自然が好きで、アウトドアのデートが多ければ『自然って美しいな』っていうインスピレーションで曲ができるかもしれない。で、次の彼氏が都会的で、クラブとかばっかり行っていたら『クラブ・ミュージックってカッコいいな』って感じて、そういう曲調が多くなるかも(笑)」

——男の人は、あまりブレないけど、女性って、男の人で変わりますよね。

「でも、そういうところ(自分の知らない領域)から“勝手にいただきま〜す”って感じで、アイディアやイメージをいただいた曲とかはありますね(笑)。あと、音楽に興味のない人から『これを曲にしたらいいんじゃない?』って言われて『わっ!それはすごいアイディアだ』と思って作ってみたら、いい曲になったり(笑)。なので、いろんな人から広くアイディアをもらうのは、すごく大切なことだと思いますね」

——3枚目のアルバムが、ガラッと変わってたらどうしよう(笑)。

「そのときは、ぜひ、突っ込んでください(笑)。これは誰の影響なの!? って」

——ちなみに、最初のアルバム『YUCCO MILLER』(2015)と、今回の最新アルバム『SAXONIC』を比較すると、どんな違いがありますか?

「特に違いはないですけど、今回は“ユッコ・ミラーがロックフェスに出たら”というコンセプトがしっかりあって、そこから制作していきました。でも音楽に対する考え方は、1枚目と2枚目とではあまり変わっていないですね。あ、でもサックスの吹き方は変わりました」

——具体的には、どう変わった?

「これは技術的な部分なんですけど、今までは音を遠くに飛ばすことばっかり考えていたんですね。けど、少し前から、サックスをいかにバイブレーションさせて、共鳴させるか、ということを意識していて」

——なるほど。その奏法を取り入れた狙いは?

「そこは単純に『いい音をお客さんに届けたい』という思いで。サックスのベルの底の部分に息を溜めて、大きく響かせるイメージで吹くと、太くて豊かな音になったんです。リラックスして、喉を思いっきり開いて、マウスピースも強く噛まずに、お腹で支えた息を楽器に溜める。そういう吹き方をしたら、自分の体も響くようになって」

——そうなったことで、アドリブにも変化が?

「ありますね。これまではフレーズに意識が行っていたんですけど、いまは1音1音がすごく響いてくれていて、その1音をどう吹くか? を考えるようになりました。結果的に前よりも説得力のある音になったと思います。あと、前にも増してサックスが愛おしくなりました。今までは“道具”みたいな感じだったんですけど、今は本当にありがとうと思えるというか、すごく響いてくれて、本当にカワイイ存在なんです」

古坂大魔王にコラボを直談判

——今回のアルバム『SAXONIC』では、アデル、ジャミロクワイ、ダーティ・ループスなど、カバー曲もバラエティに富んでますね。

「ジャミロクワイは大好きで、その中でも〈Virtual Insanity〉は特に好きな曲。ほんとうにカッコいい。だからずっとやりたいと思っていました。最初は近代的なアレンジにしようかなって考えていたんですけど、逆にちょっとジャズっぽい感じでやるのもいいかも?って思い付いて。あと、アデルの〈Hello〉は、初めて聴いたときに『何これ?』って思ったんです」

——どういうこと?

「アレンジも歌もすごくシンプルなのに、すごく染みてくる。不思議な曲だな、と。だから、1音1音にすべての感情を込めるような気持ちで吹いています」

——そこはまさに“新しい吹き方”が活かされた部分ですね。

「はい! あと、ダーティ・ループスの〈Hit me〉。これはもう、ホントにカッコいい曲じゃないですか」

——若手ミュージシャンたち、みんなダーティ・ループス大好きですよね。

「すごく難しい曲だけど、チャレンジしてみようと。アレンジも含めて完成されている曲なので、オリジナルに忠実な感じでやりました。それをサックスで吹くとこうなります、という感じで。ジャズの難曲とは違う難しさがありましたね」

——あと〈ボンノバンニベンガボーン〉は、ピコ太郎のプロデューサーである古坂大魔王さんとのコラボレーション曲ですね。

「そうなんです。この曲、かなりヤバいですよね(笑)。曲もすごくキャッチーなので、ジャズとか聴いたことがないような若い人たちに聴いてほしいです」

——古坂さんとは、どういう経緯でコラボすることになったんですか?

「去年の11月にNHKのテレビ番組で共演させて頂いて、そのときにお話しする機会があって。古坂さんはご自分でいろんな音楽をつくっていて、なかでもテクノが大好きだ、と。そんな話の流れで『ぼくはテクノにいちばん合う管楽器はサックスだと思う。機会があったらぜひ一緒に』って言ってくださったんです。じつはちょうどその頃、今回のアルバムの構想を練っていた時期だったので、思い切って『1曲、プロデュースしてもらえませんか?』ってお願いしました」

——制作にあたって何か注文は出したんですか?

「若い人たちにも聴いてもらいたいから、キャッチーで、ちょっぴりクラブ・チューンっぽくて、踊れる感じで、一回聴いたら覚えちゃうような曲がいいんですよ、ってお願いしました。結果、すごくいいものが完成した。ARBANを読んでいるオシャレな人とか、フジロックとかフェスに行くようなアクティブな方々にも、ぜひ聴いていただきたいです。そういう方たちに『ユッコ・ミラーってカッコいいよね』って言っていただけるようになりたいです」

——逆に、オーソドックスなジャズファンに敬遠される心配はない?

「前作でジミ・ヘンドリクスの〈Little Wing〉をカバーしたんですけど、ジャズ系のライブハウスで『今日はジミヘンやらないの?』って訊かれたりするんです。だから私の印象としては、ジャズのライブハウスに来る40代くらいの人たちって“ジャズおたく”っていうよりも、素晴らしい音楽全般を愛している“いかした音楽好きのおじさん”って感じなんです(笑)。そもそも、ジャズしか聴いてません、というような人は、私のライブには来ないでしょうし」

——でもジャズのライブハウスの店長とかで、いわゆる王道のジャズしか認めない、というような人もいますよね。

「……はい(笑)。上京する前は、いろいろと言われました。『4ビートはやらないのか?』とか。『その服装は何なの? きゃりーなんとかを狙ってるのか?』とか(笑)」

——そんなことを言われても、心は折れなかった。

「私、そういうことを言われたら、逆にもっとやる人なんです(笑)。いじめられて学校に行けなくなる子って、いるじゃないですか。でも私は絶対に休まない。そうすると負けたことになるから。そういう性格なんです」

“ブサイク顔”も気にしません

——女の子ならではの悩みをもう少し聞きたいんだけど、たとえば、サックスを吹く上で、くちびるのケアとかは大変じゃないですか?

「何もしてないです。ホントに、なーんにも。女子力がないんですよ(笑)。やっぱりサックスを吹いているときって、すごくブサイクな顔になるわけですよ。だけど、それを気にしていたら、いい音楽はできないじゃないですか。とにかく、その音楽の中にある“世界”に、私自身が入り込まないと、お客さんもその世界に入れないと思うんです」

——なんという潔さ(笑)

「演奏中の姿勢とか、吹く格好には気をつけていますよ。例えば腰が曲がったりしないように、とか。でも、演奏中に女子力を発揮するとか、女性らしさを出すみたいなことは一切考えていないですね。そんなことはどうでもいい、と思ってやっているので」

——あとからライブの写真を見て、こんな顔してたんだ……とか。

「もう、ライブのときは写真を撮らないで!! という感じです(笑)」

——ライブの時、リップはどうしているんですか?

「普通にリップを塗った状態でライブをやるので、終わったらリードが真っピンクになってます(笑)。さすがにグロスはしないので、色は付いてるけどマットな状態です」

——女の子らしさで言うと、楽器にラインストーンを付けたりしていますよね。

「はい。ピンクのラインストーンを部分的に付けてて。それで音が変わったらイヤだなって思ったんですけど、逆に良くなったんです。音が、サックスに共鳴するのと一緒に石にも共鳴して、倍音が増えて、いい音になりました(笑)」

——ホントに?

「付けたあとに楽器屋さんに行って、私の楽器と、ストーンを付けていない同じモデルの楽器とを吹き比べてみたんです。そのとき、たまたま先輩のサックス奏者の方がいらっしゃったので、その音を聴いてもらったんです。すると、ストーンを付けたほうがいいじゃん! ってことになって。で『オレもやろうかな……』って(笑)」

——それはユッコ・ミラー・モデルとして発売しなくては。

「そうですよね。お願いします(笑)」

——いま目標にしてることや、今後の野望はありますか?

「世界に発信していきたいです。これまでに韓国とマレーシアのジャズ・フェスティバルに出演したことあるんですけど、メッチャ盛り上がるんですよ。ピンク髪というのもあるんでしょうけど(笑)。ライブが終わってから“一緒に写真撮って!”っていっぱい来てくれたり。音楽があれば、言葉や国籍は関係ないんだな、って実感しました。だから、いろんな国でそういうステージを経験したい。そして、今回のアルバムのコンセプトどおり、ロックフェスにも出たいですね」

最新アルバム YUCCO MILLER『SAXONIC』 発売中(キングレコード)

ユッコ・ミラー×古坂大魔王「ボンノバンニベンガボーン」


ユッコ・ミラー(写真右)
サックス奏者。3歳よりピアノを始め、高校で吹奏楽部に所属しアルトサックスを始める。在学中よりパリやウィーンへの海外演奏旅行、CDへの参加、数々のコンテストにてグランプリ等受賞。ジャズ理論・作曲・編曲・インプロヴィゼーション等、ジャズ全般を学び、19歳よりプロ活動を開始。河田健氏、エリック・マリエンサル氏に師事。キャンディー・ダルファー本人に演奏を気に入られ、ブルーノート東京でのキャンディー・ダルファー来日公演に異例のスペシャルゲストとして出演、グレン・ミラー・オーケストラのジャパンツアーにスペシャルゲストとして出演を果たすなど国内外で活躍するトップミュージシャンと多数共演。韓国やマレーシアなどの海外でのフェスティバルにも出演するなど、国外でも高い評価を得ている。
http://yuccosax.com

島田奈央子(写真左)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。

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