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【東京・西荻窪/JUHA】扉の向こうは“ロマンスミュージック”流れる物語の世界

「音楽」に深いこだわりを持つ飲食店を紹介するこのコーナー。今回は映画監督 アキ・カウリスマキの世界観を表現した西荻窪の『JUHA』を訪問。店主の好きな1950年代以前の音楽が似合う、スマートでロマンティックな空間の秘密を探りました。

文化系女子あこがれの街へ

関東の住みたい街ランキングで、常に上位をキープしている吉祥寺。今回目指したのは、その隣駅に位置する西荻窪(東京都杉並区)のロマンスミュージックカフェ『JUHA(ユハ)』。人気駅から一駅隣というエリアは、得てしてこぢんまりとしているのにセンスがいい。西荻窪もまた、こだわりの雑貨店やアンティークショップ、古書店が多く、週末になると遠方からやってくる女性たちで賑わう。一方、平日はのんびりとした住宅街というバランスの良さが魅力だ。

「西荻窪は以前から馴染みがあったんです。喫茶店を始めることは長い間の夢でした」と店主の大場俊輔さん。

『JUHA』は大場俊輔・ゆみさん夫妻が営むカフェ。ジャズを中心としたレコードが大音量でかかるため、ジャズ喫茶として紹介されることも多い。

美学の根底にはパンクイズム

ふたりが出会う以前、ゆみさんが20歳だった1998年頃はカフェブーム。しかし、オシャレ系の店ではなくクラシックな純喫茶を巡ることが趣味となったという。一方、俊輔さんは70年代パンクや90年代のガレージパンクを愛するバンドマンだった。『Killed By Death』や『Back To Front』といった今や伝説のコンピ盤に影響を受け、西新宿でマニアックな7インチを買っては、喫茶店で戦利品を眺める毎日を過ごしていた。俊輔さんも喫茶店好きではあったが、ゆみさんと出会ったことでさらに知見が広がっていった。以来、週末はふたりで2~3軒の喫茶店をはしごするようになっていく。

「あそこのスイーツや珈琲が美味しいからではなく、雰囲気が良さそうなお店を巡っていました。その店でしか味わえない空間、そこでしか流れていない時間を楽しむのが好きなんです」(ゆみさん)

早くして結婚の話も生まれ、バンドを続けるのか就職をするのかと進路に迷った時期。「無理してできないことをするよりも、やりたいことをやろう」と、喫茶店オープンに向けて貯金をスタート。それから約8年後の2010年3月に、念願の『JUHA』がオープンすることとなる。

ジャズもタンゴもブルースも

「気になる内装写真など、手当たり次第スクラップブックに貼って、思ったことをメモしていました。さまざまな喫茶店を巡りながら、こんな空気感にしたいとかよく話していましたね。でも、歴史ある喫茶店の雰囲気を最初から作るのは無理でした。結果的に、カウリスマキが描く映画の世界を目指すことになって」(ゆみさん)

アキ・カウリスマキはフィンランドの映画監督。社会の底辺に暮らす人たちを取り上げるが多く、辛酸を舐め続ける日々を描きながらも、どこかユーモアのある作品に仕上げることを得意としている。

「この扉は、かつて映写室で使われていたものなんです。これを見つけた瞬間、扉を開けたら映画の世界に入り込める店ができると興奮しました」(俊輔さん)

カウリスマキ作品を連想させる、青みがかったグレーの壁面。家具類はアンティークショップなどで揃えていった。ベンチタイプの椅子だけは、ゆみさんがかつて下北沢のジャズ喫茶マサコで働いていた縁で、閉店の際に譲り受けたという。

そんな、シンプルだが考え抜かれた店内は、まるでヨーロッパの田舎町にあるカフェに紛れ込んだような気分になる居心地の良い空間だ。ボーッとしているだけでも、誰かの物語のエキストラとしてそこにいるかのような気持ちになる。

そんな不思議な空間に50年代のモダンジャズが流れる。しばらくすると、トミー・ドーシーやクロード・ソーンヒルなど、いわゆる40年代スウィート・ビッグバンドものへと変化していた。

「戦前ものが好きなんですよね。フォークウェイズ・レコーズのものや、古いタンゴとか。最近は戦前のブルースも集めています。アメリカのお客さんはすごく喜んでくれますね。でも、すべては珈琲に合う音楽という視点なんです」(俊輔さん)

それらを総称して、ゆみさんは「ロマンスミュージック」と名付けた。店名に、ロマンスミュージックカフェという枕詞があるのはそのためだ。一方、店主はもともとパンクスだったはずでは? という疑問も生まれる。じつは俊輔さん、26~27歳の頃に評論家の植草甚一氏に傾倒したことで、ジャズを愛聴するようになっていたのだ。それを機に、パンクの7インチはほぼすべて売り払ってしまったという。

のんびりと非日常に浸る

「最初はブルーノートから集めていきました。ジャケットもかっこいいですしね。でも、ジャズといっても自分はバンドサウンドとして楽しんでいるんです」(俊輔さん)

そこで、『JUHA』でよくプレイされる5枚を選んでもらった。

まずは、俊輔さんの思う理想のモダンジャズがここにあるという、リー・コニッツの『MOTION』。ナット・キング・コールの『Early 1940’s』や、フレッド・アステア『MR. TOP HAT』は、食事が何倍も美味しくなるアルバムとして。

さらに、お客さんがわいわい食事を楽しんでいるときにはクロード・ソーンヒルの『DINNER FOR TWO』を。ジャズに一家言ある猛者が来店したときには、60年代後半のブラジルのモードジャズ、ヴィクトル・アシス・ブラジルの『trajeto』に託す。ジャズに詳しい人たちでもかなりの確率で喰いついてくるとか。

「BGMではありますけど、どこか引っかかりのある選曲を心がけています。大きなコンセプトとしては映画の世界観。この店で非日常の世界に浸ってもらい、日常の世界に帰っていってほしい。音量は店内の状況で変えています」(俊輔さん)

お客さんの多くは女性だが、最近は男性客も増え始めている。週末は遠方からやってくるインスタ女子たちも多い。人気メニューはラムとチキンのキーマカレー。そしてコーヒーゼリー。その他、トースト類やケーキも充実している。カフェとしての利用はもちろん、平日のランチや飲み会後の一息に使うお客さんも多い。今後はコーヒー豆の焙煎にも挑戦していく予定だ。

最後に、おふたりにとっての良い喫茶店の条件を聞いた。

「やっぱり雰囲気ですね。そこにしかない特別な時間が流れているお店は素敵です」(ゆみさん)

「最後は人ですよね、どうしても人柄が出てしまう。なので、信念を曲げずにやり続けるしかないと思っています」(俊輔さん)

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