【ピーター・バラカン】僕がどうしても手放せない21世紀の愛聴盤/第13回 サリフ・ケイタ『Moffou』

文/ピーター・バラカン 写真/西田周平

2018.08.13

80年代半ばに、だんだんメインストリームのロックに興味を失い、ちょっと迷っていた時期に出会ったのが、ちょうどその頃に国際的に注目を浴び始めていたセネガル、マリ、ギネア辺りの西アフリカのミュージシャンたちでした。

ユッスー・ンドゥール、サリフ・ケイタ、モリ・カンテの音楽に少なからぬ衝撃を受けたものです。特にマリのサリフ・ケイタは、エッジのある高めの声で、あくまでアフリカのスタイルでありながら最高のソウル歌手のようなインパクトを与えました。『Soro』という87年のアルバムをよく聞きましたが、いつもどこかシンセサイザーの使い方に違和感もあって、もっと有機的なサウンドで聞けたら更に素晴らしいのに、と思っていました。

そんな感覚はもちろん「アフリカ」という勝手なイメージを持った白人であるがゆえのものでしたが、それが理屈として分かっても、好みは好みです。90年代にサリフが何度か来日もし、あの声を目の前で聞いたら圧倒されました。サリフの姿を初めて見る人はまず一度は驚きます。彼はアルビーノなので肌はピンク色で髪の毛は天然で金髪です。そういうことに対して理解がないマリの社会では、サリフは家庭で迫害を受けました。

13世紀に遡るマリ帝国の創始者の末裔に当たる彼は、音楽活動をやっては行けないという家族の反対を押し切って、まだ十代だった60年代後半に首都のバマコに出て、たちまち人気バンドのヴォーカリストとして大きく注目されましたが、ヨーロッパをはじめ、世界的に彼のレコードが発表され始めたのはちょうど「ワールド・ミュージック」というジャンル名が広がり出した頃でした。

Salif Keita 『Moffou』(Universal, 2002)

その世界デビューから15年も経って、ぼくが待ち望んでいた形のアルバム『モフー』が生まれたのです。大手のレコード会社と契約していたサリフのアルバムは、世界的に話題になるように有名なゲストが起用されたりしましたが、レーベルが変わってそういった工夫をやめたのがこの作品です。

使われている楽器はギターやベースやキーボードですが、ンゴニとかコンガでアフリカ的な雰囲気を出して、全体的にオーガニックな感じのアルバムです。何といっても素晴らしいのはオープニングの曲「Yamore」です。やさしいラテン風のパカションとアコーディオンの演奏に、これこそアフリカの音楽の大きな魅力といえる女性バック・ヴォーカルの反復フレーズに重なるように、サリフの伸びやかな歌がさりげなく滑り出します。そして島国カボ・ヴェルデの歌姫セザリア・エヴォラの低くハスキーな歌が絡み、絶好のデュエットが完成。この1曲だけのためにでも欲しくなる名盤です。

Salif Keita『Moffou』(Universal, 2002)

  1. Yamore
  2. Iniagige
  3. Madan
  4. Katolon
  5. Souvent
  6. Moussolou
  7. Baba Ana Na Ming
  8. Koukou
  9. Here

ピーター・バラカン/Peter Barakan
1951年8月20日ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科卒業後、74年に来日。シンコー・ミュージック国際部入社、著作権関係の仕事に従事する。80年、同退社後、執筆活動やラジオ番組への出演などを開始。また80年から86年までイエロー・マジック・オーケストラ、のちに個々のメンバーの海外コーディネーションを担当。 84年、TBS-TVのミュージック・ヴィデオ番組『ザ・ポッパーズMTV』の司会を担当。88年、TBS-TV『CBSドキュメント』(アメリカCBS制作番組60 Minutesを主な素材とする、社会問題を扱ったドキュメンタリー番組)の司会を担当。2010年、TBS系列のニュース専門チャンネル『ニュースバード』に移籍し、番組名も『CBS 60ミニッツ』に変更。2014年3月まで司会を務める。 現在も放送番組の制作、出演のほか、執筆や音楽フェスティバルの監修なども手がける。
http://peterbarakan.net/

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