【ピーター・バラカン】僕がどうしても手放せない21世紀の愛聴盤/第25回 ロキア・トラオレ『Tchamantche』

文/ピーター・バラカン 写真/西田周平

2019.02.11

西アフリカのセネガル、マリ、ギネア辺りの音楽というと「グリオ」という言葉をよく見かけます。ミュージシャンとは微妙に違う職業ですが、伝統社会では音楽を演奏するのは基本的にその人たちの役割で、特に上流階級の家庭では子供が音楽の世界に入ることがよしとされないものでした。

ロキア・トラオレもそんな背景の人ですが、彼女の父親がマリの外交官だった関係で子供の頃にアルジェリア、サウジ・アラビア、フランス、ベルギーに住んだ経験があります。おそらくヨーロッパでの生活の影響もあったかも知れませんが、マリで大学生だった1990年代半ばにはアクースティック・ギターを弾きながら歌手としての活動を始めました。

初めて来日したのはたぶん2000年代初頭だったと思います。髪の毛を短く刈り上げたロキアが、シンガー・ソングライター的な感じのライヴの途中で急に大股開きのアフリカン・ダンスを披露した時の驚きは今も鮮明に覚えています。

Rokia Traore『Tchamantche』(Universal, 2008)

すでにそこそこの評価を得ていた彼女が2008年に発表した4作目のこのアルバムは、さらに大きな話題をよびました。マリの女性歌手では珍しく、歌は極めてソフトで、ハーモニーもよく使います。サウンドも全体的に抑制されています。

ロキア自身はこのアルバムで、暖かみのある音が特徴のグレッチのエレクトリック・ギターを使用していますが、ステレオの片チャンネルにその音が、もう片チャンネルにはンゴニという土臭さのある民族楽器(弦楽器)があり、その絶妙なバランスは何とも言えず気持ちがいいです。またハープやスティール・ドラムといった個性的な音が時々聞こえてくるととても印象に残ります。

歌は主にマリのバマナ語とフランス語で、社会の弱者に目を向けた曲が目立ちますが、言葉が分からなくても、声そのものに、聞き手の心が安らかになる何かがあります。1曲だけやや意外なのは、隠しトラックとして収録されていた「ザ・マン・アイ・ラヴ」です。ビリー・ホリデイの歌で有名なこの曲は、どうやらビリーに対するトリビュート・コンサートにロキアが参加したことがきっかけで録音されたようですが、これだけ英語とバマナ語のヴォーカルとなっています。

アフリカの音楽を聞きなれていない人でも十分楽しめるサウンドになっていますが、アフリカ的な魅力にも溢れていて、21世紀の多様な可能性を感じさせる静かな名盤です。

Rokia Traore『Tchamantche』(Universal, 2008)

  1. Dounia
  2. Dianfa
  3. Zen(words by Marcel Kanche)
  4. Aimer
  5. Kounandi
  6. Koronoko
  7. Tounka
  8. Tchamantché
  9. The Man I Love(George & Ira Gershwin)
  10. A Ou Ni Sou(music by Steve Shehan)

all songs by Rokia Traore except where noted

 

ピーター・バラカン/Peter Barakan
1951年8月20日ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科卒業後、74年に来日。シンコー・ミュージック国際部入社、著作権関係の仕事に従事する。80年、同退社後、執筆活動やラジオ番組への出演などを開始。また80年から86年までイエロー・マジック・オーケストラ、のちに個々のメンバーの海外コーディネーションを担当。 84年、TBS-TVのミュージック・ヴィデオ番組『ザ・ポッパーズMTV』の司会を担当。88年、TBS-TV『CBSドキュメント』(アメリカCBS制作番組60 Minutesを主な素材とする、社会問題を扱ったドキュメンタリー番組)の司会を担当。2010年、TBS系列のニュース専門チャンネル『ニュースバード』に移籍し、番組名も『CBS 60ミニッツ』に変更。2014年3月まで司会を務める。 現在も放送番組の制作、出演のほか、執筆や音楽フェスティバルの監修なども手がける。
http://peterbarakan.net/

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