ARBAN

【ビル・エヴァンス】フェスの危機を救った「お城のエヴァンス」/ライブ盤で聴くモントルー Vol.1

「世界3大ジャズ・フェス」に数えられるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)。これまで幅広いジャンルのミュージシャンが熱演を繰り広げてきたこのフェスの特徴は、50年を超える歴史を通じてライブ音源と映像が豊富にストックされている点にある。その中からCD、DVD、デジタル音源などでリリースされている「名盤」を紹介していく。

「モントルー・ジャズ・フェスティバルのライブ盤」と聞いて、あなたはどのアルバムを思い浮かべるだろう? 初開催から52回を数え、多くのライブ・アルバムが生み出されてきたから、1枚だけ挙げるのは不可能に近い。ここでは、そんな一連のライブ作品の中から時代を代表するアルバムを紹介していく。実際に音源を聴きながら、アルバムの背景を知り、あなたのお気に入りの一枚をみつけてほしい。まずは、同ラインナップを代表するビル・エヴァンスの名盤から始めよう。

フェスの存続を決定づけた名盤

観光国スイスにおける新たな観光イベントとして1967年に鳴り物入りでスタートしたモントルー・ジャズ・フェスティバル(以下MJF)だったが、初年度の客の入りは散々だったようだ。3日間の開催で集まった客はわずか1,200人。チャールズ・ロイド(ts)グループのメンバーとして出演していたキース・ジャレット(p)が、「二度と来るか」と激怒したという話が伝わる。ヨーロッパで絶大な人気を誇っていたキースのトリオが1985年までモントルーに出演しなかった理由がそれだ。

このままでは毎年の開催が危うい……というところを救ったのが今回紹介するアルバム、通称「お城のエヴァンス」である。1968年、2回目のMJFのビル・エヴァンス・トリオの演奏をパッケージングした作品だ。

 モントルーのシンボルであるレマン湖とシヨン城の写真を用いた美しいジャケット、優れた音質、卓越した演奏、沸く観客──。この後、数々のアーティストが発表することになる「ライブ・アット・モントルー」の先駆けとなったばかりでなく、「二度と再現されることのないステージを追体験できるメディア」としてのライブ盤の基本形をつくったアルバムでもある。この一枚によって世界中のジャズ・ファンがモントルーの名を知ることとなり、フェスの存続は決定づけられた。

エヴァンスの演奏史から見ても、とても意味のあるアルバムである。エヴァンス・トリオのベーシスト、スコット・ラファロが交通事故死したのは1961年。それまで伴奏楽器であったベースをピアノと対等に渡り合う旋律楽器として奏でた天才の死は、エヴァンスに大きな打撃を与えた。以後数年、深い喪失感を抱えて迷走していた彼の前に現われたのが、その後11年にわたってトリオのレギュラー・ベーシストとなるエディ・ゴメスであった。そのゴメス時代のトリオの頂点をなすのが、まさしくこのアルバムである。

*エディ・ゴメス
プエルトリコ出身のジャズ・ベーシスト。1966年にエヴァンスのトリオに加入するも、当時わずか21歳であった。77年に脱退するまで、20作以上のアルバムでエヴァンスと共演を重ねる。


同アルバムの録音と比較的近い、1970年ヘルシンキでのトリオ映像。フィンランドを代表するクラシック奏者のひとり、イルッカ・クーシストの自宅におけるホーム・パーティーでのひとコマ。

フランス語によるメンバー紹介に続く一曲目からエヴァンスの演奏は全開で、ゴメスのベースは細かな譜割で強烈にドライブし、ジャック・ディジョネットは色彩豊かなシンバル・ワークを聴かせる。何より素晴らしいのは「流れ」だ。前半の山場は動から静へのコントラストが鮮やかな4曲目から5曲目、後半の山場はゴメスをフィーチャーした7曲目からエヴァンスが流麗なソロを奏でる8曲目である。この流れの妙を味わうためにも、最初から最後までノンストップで聴くことを強く推奨したい。

CD時代になって追加されたアンコールの2曲目。ゴメスとディジョネットがステージから去り、エヴァンスは一人鍵盤に向かう。曲のタイトルは「今は静かに」。何と計算された演出だろう。いつものようにこうべを垂れながら、しかし微かな笑みをたたえる幸福そうなエヴァンスの姿が目に浮かぶ。思うに、彼はこのステージの成功によって、ようやく「ラファロの霊よ安かれ」と笑顔で言えるようになったのではないだろうか。この演奏から半世紀。現在では、MJFは毎年25万人もの観客を集める巨大イベントに成長している。

 

「モントルー・ジャズ・フェスティバルのビル・エヴァンス+1」
ビル・エヴァンス
ユニバーサルミュージック(UCCU-40103)
■1.One For Helen 2.A Sleepin’ Bee 3.Mother Of Earl 4.Nardis 5.I Loves You, Porgy 6.The Touch Of Your Lips 7.Embraceable You 8.Someday My Prince Will Come 9.Walkin’ Up 10. Quiet Now

Member : Bill Evans(p)、Eddie Gomez(b)、Jack DeJohnette(ds)

ARBANオリジナルサイトへ
モバイルバージョンを終了