【ピーター・バラカン】僕がどうしても手放せない21世紀の愛聴盤/第29回 クリス・シーリ『Bach: Sonatas & Partitas, Vol. 1』

文/ピーター・バラカン 写真/西田周平

2019.04.08

ぼくはクラシック音楽について基本的にあまり知りません。聞くのはほとんどバロックと、もしクラシックと呼ぶならスティーヴ・ライヒ、テリー・ライリー、ギャヴィン・ブライアーズのような作品です。バロックの中でダントツ好きなのがバッハで、聞き始めるとすぐに頭の中がすーっとします。ばらばらになっていた脳細胞が整然と並ぶような深い安堵感があります。

純然たるクラシックの演奏のほかに、他のジャンルのミュージシャンによるバッハの演奏でも好きなものがあります。60年代にかなり流行ったジャック・ルシエのジャズのピアノ・トリオだったり、90年代に清水靖晃がテナー・サックスで演奏した無伴奏チェロ組曲だったり、バッハの音楽は一見意外な解釈でも柔軟に対応します。

Chris Thile『Bach: Sonatas & Partitas, Vol. 1』(Nonesuch, 2013)

クリス・シーリというアメリカの天才マンドリン奏者の出発点はブルーグラスですが、彼が10年前からリーダーを務めているパンチ・ブラザーズはブルーグラスの古典的な編成(フィドル、バンジョー、ギター、マンドリン、ウッド・ベイス)を維持しながら、全くといっていいほど異なったスタイルの音楽をやっています。敢えてジャンルでくくるとしたら、プログレシヴ・ストリング・バンド、とでも呼んだらいいでしょうか。

そのクリス・シーリがソロで、バッハがヴァイオリンのために作った曲をマンドリンで演奏することにしたのです。このCDに「Vol. 1」がついているので、続編もいずれ登場するはずですが、発売から6年が経過した現時点ではそんな発表はありません。

マンドリンはヴァイオリンと同じチューニングの楽器なので、この音楽を演奏するためには余計にややっこしい指使いをマスターする必要はなかったようです。とはいえ、バッハの音楽はただでさえ十分に難しいもので、弓の代わりにピックで弾くとなるとそれなりのハードルはあったでしょう。

メロディを忠実に弾きながら時々コードも鳴らしたり、CDのブックレットでも触れていますが、若干チェンバロのような雰囲気を帯びることもあります。マンドリンはバロックの時代でも使われていた楽器なので違和感はなく、原曲をヴァイオリンで聞いたことがないぼくには比較のしようがありませんが、この演奏は見事です。テンポの早いところは圧倒されるスピード感ですし、ゆったりした曲でもまたバッハらしい、聞いていて自然と深呼吸する空気感を持っています。

Chris Thile『Bach: Sonatas & Partitas, Vol. 1』(Nonesuch, 2013)

Sonata No. 1 In G Minor, BWV 1001
I. Adagio
II. Fuga: Allegro
III. Siciliana
IV. Presto

Partita No. 1 In B Minor, BWV 1002
I. Allemanda
II. Double
III. Corrente
IV. Double: Presto
V. Sarabande
VI. Double
VII. Temp di Borea
VIII. Double

Sonata No. 2 In A Minor, BMV 1003
I. Grave
II. Fuga
III. Andante
IV. Allegro

ピーター・バラカン/Peter Barakan
1951年8月20日ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科卒業後、74年に来日。シンコー・ミュージック国際部入社、著作権関係の仕事に従事する。80年、同退社後、執筆活動やラジオ番組への出演などを開始。また80年から86年までイエロー・マジック・オーケストラ、のちに個々のメンバーの海外コーディネーションを担当。 84年、TBS-TVのミュージック・ヴィデオ番組『ザ・ポッパーズMTV』の司会を担当。88年、TBS-TV『CBSドキュメント』(アメリカCBS制作番組60 Minutesを主な素材とする、社会問題を扱ったドキュメンタリー番組)の司会を担当。2010年、TBS系列のニュース専門チャンネル『ニュースバード』に移籍し、番組名も『CBS 60ミニッツ』に変更。2014年3月まで司会を務める。 現在も放送番組の制作、出演のほか、執筆や音楽フェスティバルの監修なども手がける。
http://peterbarakan.net/

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