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【mouse on the keys】白と黒を混ぜ合わせた強力な音楽

クラシックと現代音楽、混沌と秩序。話を聞くまで分からなかったが、その両極端の要素を持つのがmouse on the keysである。その両極端から生まれた意外性のある音楽、真逆のものを見事に同居させるバランス感覚が、多くの人の心を掴んで離さない理由なのだろう。

日本におけるポストハードコア/ポストロックシーンのパイオニアバンドのひとつであるnine days wonderの元メンバーであった川崎昭(ドラム、ピアノ)と清田敦(ピアノ、キーボード)により2006年に結成されたmouse on the keys。2007年に新留大介(ピアノ、キーボード)が加わり現在のトリオ編成となった。「朝霧JAM」や「KAIKOO POPWAVE FESTIVAL」、「TAICOCLUB」といった大規模な野外フェスティバルにも出演し、CM音楽の制作も続けている。また、世界的にも高い評価を受けており、EU圏を中心に行ったツアーでは延べ10,000人を動員した。

セカンドアルバム『the flowers of romance』をリリースしたが、6年ぶりのフルアルバムには、どのような心の変化が見られるのだろうか。

——今回、6年ぶりのフルアルバムをリリースされましたが、そこに至った経緯を教えてもらえますか?

川崎 最初のフルアルバムからだと6年経ちましたが、2012年にミニアルバム『machinic phylum』を作っているので、自分たちとしてはコンスタントに活動して来たつもりです。2007年にファーストミニアルバム『Sezession』、その後にファーストフルアルバム、その後ミニアルバム……と交互に出していたので、今回フルアルバムをリリースするのが自然な流れだなと思ったわけです。

——コンセプトはあるのでしょうか?

川崎 今回のアルバムにはコンセプトはありません。2009年に出したファーストフルアルバム『an anxious object』は、僕が考えたコンセプトを元に作ったんですが、今振り返ってみると、まだ明確ではなかったバンドの世界観やイメージをどうにか伝えたいという思いで、大仰なコンセプトやタイトルを作り、少し頑張りすぎちゃってたなと思います。それがあのときの良さでもあるんですけど、結局のところほとんどが妄想で、意味というものはたいしてなく、後づけだったなということに気づいたんです。バンドを始めた当初も、 僕が清田にmouse on the keysのコンセプトを熱っぽく語り続けたこともあれば、逆に2012年のミニアルバムの頃には、元々のコンセプトから脱線しそうになった自分を、清田が軌道修正することもありました。そしてバンドが9年目を迎えた現在、より言葉じゃない感覚的なところで「これがmouse on the keysだ」とメンバーで共通認識を持てるようになりましたね。だから今回、コンセプトを掲げる必要がなくなったとも言えます。バンド結成当初は、ストイックで人工的な現代建築物の硬質でシャープなミニマル感や構築美をバンドの世界観にしたいという想いが強かったですね。今でも作曲時には、『The Phaidon Atlas of Contemporary World Architecture』などの建築写真集から着想を得たりしています。

——コンセプトがないなかで、どのような音楽を表現しようと考えていたのでしょうか?

川崎 音楽性では、当初からフランス近代和声やミニマルミュージックなどの現代音楽のテイストを盛り込もうとしてきました。たとえば、クラシックでいえばドビュッシーやラヴェル、サティ、ジャズではビル・エヴァンス、日本でいうと坂本龍一さんなどのテンションノートを多用するモダンな響き。それとライヒのようなミニマルミュージックの感じや、マイケル・ナイマンやグラハム・フィトキンなどの、ミニマルのようでいて展開がつくようなポストミニマルミュージックあたりを参考にして来ましたね。それが2012年頃には、だんだん真逆のカオスみたいなところに興味がいっちゃったんです。音楽でいえばクセナキスやペンデレツキのようなノイジーなアヴァンギャルドクラシックス、絵画だとジャクソン・ポロックやデ・クーニングなどのアブストラクトペインティングみたいな、グチャグチャした感じに惹かれていって、だんだんそっちへ行くべきなんじゃないかと暴走したんです。僕としては、それはモダニズム芸術がカオスに向かって行った時代の流れをフォローしていた点で、mouse on the keysが進む方向として妥当だと思っていました。そこでメンバーに新しいカオス路線を提示したところ、特に初期のイメージを強く持っていた清田から「待った」がかかったというわけです。今振り返ると清田の考えが正しかったと思っていますね。

——6年という長い期間のなかで、どのように制作を進められたのでしょうか?

川崎 今回のリリースのお話をいただいた時に、心の底からすべてを出し切ったと思える曲を作らないと、バンドが終わると思ったんです。それなりの曲はすぐにできるんです。だから今回は、2か月間、ほかのことを休んで、曲作りにだけに専念した時期がありましたね。2009年から現在までを振り返ると、自分の頭の中の考え方を更新するために時間を費やしてきたなと思います。世界レベルで活動するためには、自分の意識や世の中の言葉などの成り立ちにまで考えを巡らさないと、新しいものは生み出せないんじゃないかと思ってきましたね。表面上のトレンドに流されるのではなく、根本から考えていかなければと。たとえば、なぜ自分がカオスな表現に感銘を受けたのか? その理由を知りたいと思い、美学、芸術論、哲学、認知科学などの本を思いのまま乱読してきました。今の段階で、このカオスに惹かれる“理由のようなもの”は、作品自体から何かが出てるのではなく、自分の脳内で感動を生成していたのではないかと思っています。つまり、素晴らしいという“自分の思い込み”がカオス表現を素晴らしくさせているということです。そのもの自体が良いということではない。何事も自分の“思い”や“信じる”ことで成り立っているということに理解が落ち着きましたね。このようにして、自分の考え方を更新する日々を経て、今回『the flowers of romance』が完成したわけです。このアルバムで、自分の意識を、構築と混沌の二項対立に分けるのではなく、ミックスした第三のレベルに到達させることができたと思います。2012年の時点で、カオスに傾倒した状態というのは、物事に白黒をつけるだけの単細胞的な思考だったわけです。両方を内包し、どちらでもあるが、どちらでもないグレーゾーンのようなものが一番強力なんじゃないかと気づいたんです。僕は、この考え方によって、コード進行がどこかで聴いたようなものであっても、4つ打ちだろうが、ノイジーなものだろうが、作品として今、最高だと思えるものが大事だと、素直にそう思えたんです。それが今回のアルバムです。今は「ひとつのことに信念を持ち過ぎると限界が来ることがある」ということがわかって、自然体になることができましたね。

——話が前後しますが、バンドを作った頃の話を聞かせてもらえますか?

川崎 すべての始まりは、僕の妄想からです。その妄想から、mouse on the keys立ち上げ当初のサウンドコンセプトが生まれました。それは、「フランス近代和声やミニマルミュージックのような現代音楽的なピアノフレーズと80年代以降のパワードラムを、デトロイトテクノフォロワーのようなトラックメーカーの感覚でミックスする」というものです。これがバンドのサウンドを端的に表していると思います。

——ジャズというジャンルにカテゴライズされることもあると思いますが。

川崎 もちろん、mouse on the keysをジャズトリオに結びつけようとする人もいます。ある偉い団塊世代の方から「mouse on the keysみたいなのはジャズじゃないね」と敬遠された経験もあります。そりゃそうですよ。なんせジャズじゃないんだから(笑)。僕らのルーツはもっと違うところにあって、それは現代音楽やクラシック的なところと、ハードコアの圧力、シンセサイザーやサンプラーが一般化した以降の感覚をミックスしたところのものです。アヴィシャイ・コーエン・トリオやブラッド・メルドーも当然良いなと思っているのは事実ですが、同じことをやってもアメリカの最先端のジャズシーンに明らかに太刀打ちはできないし、そもそも自分たちのルーツではないので、そこに向かうのはクリエイティブではないなと思って来ましたね。以前、チェコでジャズのフェスに出たことがあって、正統派のジャズバンドと一緒のステージで演奏させられたんですよ。このフェスのブッキングマネージャーは、あえてこの組み合わせで、リスナーにジャズとは何かを問うんですよね。そんな攻めの企画でありながら、会場は超満員でした。全部ではないですが、特に海外の都市部のブッキングマネージャーやリスナーは、ジャズの解釈がより広くて、ノイズやエクスペリメンタルなテクノや僕らみたいな変わり種のバンドを正統派なジャズバンドと同列に受け入れてくれる土壌があるようです。客層も幅広くて、お年寄りから親子連れまでいて世代が断絶してないように思われますね。

——みなさんそれぞれ、楽器との出会いはいつだったのですか?

川崎 僕は30歳過ぎてからクラシックピアノを習いにいったんですよ。

——本当ですか!?

川崎 清田は小学生の頃にピアノを習っていたんですが、その後は野球などスポーツ中心の生き方をして、高校生の頃にライブハウスに足を運ぶようになったんです。

——清田さんは、バンドを始めた頃からキーボードをやっていたんですか?

清田 いや、ギターやベースをやってました。最初に好きになったのはメタルやハードコアで、鍵盤はやってなかったんです。

川崎 前にやっていたバンド、nine days wonderでベースが抜けて、探していたときに清田が来て。そのときは一緒にやろうとはならなかったんですが、後に鍵盤を入れたくなったときに清田に連絡したんです。最初は人差し指でボタンを押すみたいにキーボードを弾いていて、今のようではなかったですけどね(笑)。mouse on the keysになってから、猛練習が始まったんです。「これは時間をかけるだけの価値がある、一緒にやろう!」と。ニコライ・カプースチンというロシアの作曲家の曲をカバーしてデモを作ったら、すごくカッコいいのができ上がったんです。演奏するのがすごく難しくて。ショパンやリストとジャズとプログレが混ざったような曲で。当初は、自分がカプースチンの曲の前半ぐらいまでを弾いてみせて、「俺でもこんだけ弾けるんだから、キヨ! 君にも絶対できる!」とプレッシャーをかけまくってましたね。ある時期は、キヨと僕で、1日10時間練習したこともありましたね。

——10時間とは相当大変ですね。

川崎 新留は元々ギターをやっていて、その後ニューヨークにドラム修行に行くくらいドラムに心酔していたんです。mouse on the keysのゲストでパーカッションをやってもらったのがはじまりだったんですが、途中から「鍵盤やって」と楽器を変えてもらった。全くやったことがなかったのに(笑)。

新留 さすがに1日10時間は取れませんでしたが、個人練習は相当やりましたね。

——これからアジアを含む各地でリリースツアーが始まりますが、ライブに対してのプランはありますか?

川崎 今はひたすら練習しているところですね。まずは「録ったものをそのまま演奏できる」ことを目指しています。演奏するのが大変な曲ばかり作ってしまったので……。さらに時間をかけやっていくと、新しいアレンジができたり、お互いの呼吸が合ってきて、レコーディングしたものとは違うものに変化していくのでおもしろいですよ。曲って育つんです。

——今日のお話を聞いてから、改めてmouse on the keysの音楽を聴くと、また違った新しいものを感じることができそうです。ライブも楽しみにしています。


– リリース情報 –

タイトル:the flowers of romance
アーティスト:mouse on the keys
レーベル:mule musiq
発売日:2015年7月15日(水)
価格:2,300円(税抜)

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