投稿日 : 2017.11.22 更新日 : 2019.09.06

「ブラジル音楽の過去と未来」―ブラジル音楽100年の歴史を簡明解説!

ブラジル音楽100年の歴史

トロピカリアとは?

そんなジルとカエターノの音楽的な姿勢が、ひとつのムーブメントとして結実します。トロピカリアと呼ばれるこの動向は、“伝統音楽への回帰”が大きな柱となっています。まず、サンバだけではない、他の地域の伝統的な音楽も見直そうという姿勢があって、そこにビートルズをはじめとするエレキ・サウンドやロックも取り入れて、自由でユニバーサルなサウンドを作ろうとしたのです。このトロピカリアの根底には、ジョアン・ジルベルトに対するリスペクトもありました。古いサンバを新たな形で提示したのがジョアンだ、ということを彼らはよく知っていたんですね。

トロピカリアは、当時のユースカルチャーや演劇、映画、文学、美術などとも繋がっているので、“音楽を中心とした文化芸術運動”のように捉えることもできると思います。また、1964年に成立したブラジルの軍事政権に対するカウンター・カルチャーとしての側面も大いにありました。

●トロピカリア・ムーブメントを追ったドキュメンタリー映画『Tropicália』(2012)トレーラー

さらなる新世代の登場

60年末までに、こうした“ブラジル特有のポピュラー音楽”におけるムーブメントや重要人物が出現。70年代以降、彼らの活躍によって、北米や欧州でもブラジル音楽の魅力が広く知られるようになります。その代表が、ミルトン・ナシメントがゲスト参加したウェイン・ショーターの1975年のアルバム『Native Dancer』でした。

また、ブラジル人ミュージシャンがヨーロッパの音楽フェスティバルにも出演するなど、さらに認知は広がり、80年代にはMPBの第二世代にあたるイヴァン・リンスやジャヴァンの音楽が、アメリカでも注目を集めました。ところが、その後しばらく、次の世代がなかなか出てこなかったんです。そんななか、1989年にマリーザ・モンチがデビューします。当時、彼女は20歳そこそこだったんですけど、声もいいし、古いサンバや地方の音楽への理解も深い。その一方で、同時代の海外のロックやポップスも聴いている、まさに新世代のキャラクターでした。

●Marisa Monte「Bem Que Se Quis」(1989)

彼女はセカンド・アルバムの『Mais』から、自作曲も歌うようになるんですけど、それまでブラジルの女性シンガーは、一部の例外を除いて、ほとんどが“歌唱の人”だった。つまり、曲を書く人は少なかったんです。ちなみに日本でも人気の高いジョイスなどは、そんな“一部の例外”に該当しますね。

ジョイス・モレーノのインタビュー

そんな状況の中で、圧倒的な実力を持つマリーザ・モンチが自分で曲を書いて歌うようになって、それが成功したことで、同世代のアドリアーナ・カルカニョットとか、自分の言葉を主張する女性の、新世代のアーティストたちが一気に出てくるようになりました。

●Adriana Calcanhotto

新たな文脈で拡張するブラジル音楽

さらに、近年のブラジル音楽を語る上で欠かせないのは、アート・リンゼイという人の存在です。言わずと知れた有名ミュージシャンですが、彼は同時期(1991年)にマリーザの『Mais』とカエターノの『Circuladô』をプロデュースしています。自身が(3歳から17歳まで)ブラジルで育ったこともあって、ブラジル音楽のことも分かっていて、なおかつ当時のニューヨーク最前線のマインドを持ったプロデューサーが現われたというのは、大きかったですね。

70~80年代のブラジル音楽に対する日本の受け止め方は、どちらかというとジャズの文脈に寄り添っているところが大きかったんですけど、アート・リンゼイがカエターノをプロデュースしたことがひとつの節目になって、ロックやR&Bやヒップホップとか、そういった新たな文脈からのブラジル音楽が日本でも注目を集めるようになりました。

アート・リンゼイのインタビュー

1990年代の中頃になると、カルリーニョス・ブラウン、レニーニ&スザーノ、シコ・サイエンス、プラネット・ヘンプなどに代表される、ブラジル各地の伝統的な音楽と、ロックやファンクやヒップホップなどをミックスした音楽が登場してきます。これらは、トロピカリアから約30年を経た新たなミクスチャー・ミュージックという見方もできると思います。

●Carlinhos Brown

●Lenine & Suzano

それからもうひとつ、1990年代初めにロンドンで発生した、クラブミュージックの流れで、ブラジル音楽が注目されるようにもなりました。そういう意味では、ジャイルズ・ピーターソンやポール・ブラッドショウなどといったDJの存在も大きいと思います。

さらにもうひとつ挙げるなら、この時期を経た2000年代に「二世ミュージシャン」が登場しはじめる、という現象もありました。60~70年代に活躍した有名ミュージシャンの子息が、新世代のアーティストとして、しかも前世代とはまったく違う作風で登場することで、新たな潮流を作ったと思います。二世の中で最も成功したのが、エリス・レジーナの娘のマリア・ヒタです。

●Maria Rita

2000年代に入ってからの動向をひとつ挙げるなら、インターネットが当たり前のツールになったこと。ブラジル人ミュージシャンが、国外の音楽家と簡単にコミュニケートできる状況になったことで、創作や制作の環境も大きく変化したと思います。もちろん、音楽の制作ツールの進化も含めてです。こうしたテクノロジーの進化によって生まれた「新たなブラジル音楽の側面」というのはあると思います。

また、世界中にいるブラジル音楽のファンにとっても、素早く簡単に、詳細でたくさんの情報にアクセスできるようになった。ブラジルとの距離が一気に縮まった感じがしますね。それは2010年代に入ってさらに加速されていると思います。

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