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akiko ─ピアニストとの “アンビエントな共作” で新領域へ【Women In JAZZ/#13】


2001年のデビュー以来、さまざまなジャンルに挑戦し、多くのアーティストたちとのコラボレーションも展開してきたシンガーのakiko。近年は映画評論やライフスタイル・エッセイの出版、アーユルヴェーダのワークショップなど、音楽以外のフィールドでも才能を発揮。そんな彼女が、ピアニストの林正樹とのデュオ・アルバム『spectrum』をリリースした。

ピアニスト 林正樹の才覚

──最新アルバム『spectrum』は、ピアノの林正樹(注1)さんとのデュオですね。

「もともと私が林さんのファンだったんです。林さんの音楽って、どんな気分のときも、どんな陽気のときも、どんな時間帯にも、どんな季節にも合うな…って感じていて。今回のアルバムもそんな音楽になったらいいな、という想いで制作しました」

注1:ピアニスト。1997年に伊藤多喜雄 & Takio Bandの南米ツアーに参加し、音楽家としてのキャリアをスタートさせる。 現在は自作曲を中心とするソロでの演奏や、生音でのアンサンブルをコンセプトとした“間を奏でる”、田中信正とのピアノ連弾“のぶまさき”などといったプロジェクトの他に、菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラール、Salle Gaveauなど多数のユニットに在籍。また渡辺貞夫、小野リサ、椎名林檎、長谷川きよしなどをはじめとする多方面のアーティストとも共演。

──林さんとは、どんなきっかけで知り合ったんですか?

「知り合いのドラマーのライブに遊びに行ったときに、私が飛び入りで参加したんです。そこでピアノを弾いていたのが林さんでした。セッションの場で“物語を作り出していく力”に、衝撃を受けました。感情の変化とか、微細なエネルギーを掴み取る“感度の高さ”みたいなものに、すごく感動したんです。その後、2年くらい経ってやっと共演できました。林さんはとても忙しい人なので」

──いま、スケジュールを押さえるのがいちばん難しいピアニストだっていう話を聞きますね。

「そうなんです。それで一緒にライブをやっていくうちに、私自身、いままでのイメージやスタイルを破って、新しいことに挑戦できる気がして。これまで私は(ピアノとのデュオは)ピアニストの個性や得意分野を考慮しながら共演してきたんですけど、林さんの場合、私のほうが殻を脱ぎ捨てられるというか、すごく自由になれて」

ジャズとクラシックとアンビエントの融合

──空間が気持ちのいい作品になっていると感じます。

「私は今回のアルバムを“ジャズとクラシックとアンビエントの融合”って表現しているんですが、かつてブライアン・イーノ(注2)が、アンビエント・ミュージックを『興味深いけれど聞き流せる音楽』と定義していて、まさしくそのとおりだなって。どんなシチュエーションで聴いても邪魔にならない。でも、よくよく聴くと興味深い。そういう意味では、今回すごくアンビエントな作品になったと思います」

注2:ブライアン・イーノ 作曲家、プロデューサー、音楽理論家。1970年代初頭、ロキシー・ミュージックのメンバーとして注目を集め、1973年に脱退後はソロ・アーティスト、プロデューサーとして活動。アンビエント・ミュージックの先駆者としても知られ、プロデューサーとしてもデヴィッド・ボウイ、トーキング・ヘッズ、U2などを手がける。

──そういった「アルバムの全体像」については、最初に林さんと話し合って決定したのでしょうか?

「じつはアルバムのコンセプトについて、じっくり話し合っていないんです(笑)。私の中では “林さんと2人でやる”という時点で、すでに世界観ができていて。林さんに曲を出してもらったり、一緒にカバー曲を選んでいくうちに、自然に方向性が淘汰されていったので」

──akikoさんとしては、どういうイメージで創作したのでしょうか?

「まず、静かなアルバム。静かで、余韻があるアルバムですね。ビート感がある曲でも、林さんならではの“間”を大事にしたもの。ちなみに私の中では、音楽って、基本的にダンス・ミュージックなんです」

akiko × 林正樹『spectrum』

──確かにakikoさんって、クラブ系の音楽を歌っている印象も強いです。

「そうですね。新しいクラブ・ミュージックだけじゃなくて、昔のスウィング・ジャズも元はダンス・ミュージックだったわけで、そういう意味で、古いものから新しいものまで、ダンス・ミュージックは私のベースにあります。ただ、私は飽きっぽいので、同じことをずっと続けていられなくてたまに真逆のことをやりたくなるんですよね。最近はジャイブとか、ビッグ・バンドで古いスウィングをやっていたので、今回はちょっと違うことがしたいなっていう気持ちがありました」

部外者だからできること

──林さんのピアノって、“歌の伴奏”的な演奏ではないですよね。歌っていてどうでしたか?

「林さんのピアノって、ほんとうに歌いやすいんです。この人、説明しないのになんでここまでわかるんだろう? みたいな。特にルバート(自由なテンポで演奏)で歌うとき『このフレーズをこういうタイミングで歌います』っていう空気を、完全に読んでくれるんですね。『ここはピアノが先に出て欲しいです』とか『ここは私がこういうタイミングで歌うので、こう付いてきて欲しいんです』みたいな、けっこう説明を要することが、林さんは、なにも言わなくてもやってくれる。繊細なニュアンスを読むのがすごく上手い人なんだと思います。こういうフレーズを歌ったから、こう返すとか、こういうリズムで来たら、こんなふうに反応する、といった上辺の部分だけじゃなくて、もっと深いところで捉えている感じがしますね」

──収録曲も2人の共作が多いですが、どんな手法で作っていったのですか?

「林さんが作曲してくれたものに、私が歌詞を付けました」

──八重山民謡の「月ぬ美しゃ」が収録されていますけど、この曲を取り上げた理由は?

「石垣島に行くことがけっこう多くて、8年くらい前にこの曲を知って、すごく魅了されてしまいました。民謡なので、コードも付いてないし、三線で歌われる曲なんですけど、この曲を林さんみたいなピアノで歌ったらステキだろうなってイメージがずっとありました。だから今回もカバー曲を決める時に、最初にこの曲をやりたいなって思いました」

──民謡に、新たな命が吹き込まれたような印象を受けます。

「民謡を受け継ぐ人がどんどん少なくなっていて、すごくもったいないと思うんです。石垣島にシンガーの友人がいるんですけど、お父さんが三線の名手で、弟は民謡の大会で優勝したり、すごい一家なんです。でも民謡の世界には、伝統的なしきたりや決まりが長く受け継がれているので、そう気軽にアレンジもできないし、自己流でやったら怒られるかも…という思いもあって、(伝統的な当事者は)なかなか新しい表現に取り組めなかったりするんですね」

──なるほど。

「私は部外者であるからこそ、『この曲のこういうところがステキ』っていうのを、自由に発信していけるんじゃないかって思っています。この曲も、海外ツアーでやったりすると、すごく反応が良かったりするんです。私はそうやって、海外に向けても、日本に向けても、こんな曲があるんだよっていうのを紹介していきたい。そのありがたみをすごく感じています。伝統的な作法は保守的であるからこそ守り受け継がれてきたものであるし、それはもちろん大切なことですが、受け継ぐ人が少なくなって、それがなくなるくらいなら(アレンジされていようとも)この曲の存在を知ってもらう方が、よほど意義があることなんじゃないかなって」

歌詞のインスピレーションは学術書から?

──「Teal」という曲は、ポエトリー・リーディングみたいなアプローチですね。

「〈Teal〉と〈Bluegray Road〉の2曲は、林さんの既存曲なんです。〈Teal〉は聴いているうちに、それにポエトリーを重ねるイメージが湧いてきました」

──“Teal”というのは色の名前で、青と緑の間くらいの発色。

「そうなんです。今年の1月にハワイに行って、海と空が一望できるところに1週間くらい滞在してたんですね。そこで毎日、空と海の青い色を眺めながら、同じ青でもいろいろあるし、色の名前を乗せていくのが面白いかな…って思って、この曲の“詞”が浮かびました」


──“色”というテーマは、アルバム・タイトルの『spectrum(スペクトラム)』にも繋がってきますよね。

「そうです。そもそも色って何だろう? って思って。その昔、ニュートンが太陽光をプリズムに通して色の成分を示した。これが、現在の光学の大元になっているんですけど、その後、ゲーテやシュタイナーが色彩論を展開して、ニュートンに異議を唱えた。それを踏まえて、色とか光について私なりの見解を書いています。そこに出てくる“Light Spectrum”という言葉にちなんで、『spectrum』というタイトルを付けました」

──そういった分野から、作詞のインスピレーションを得ることも多い?

「そうですね。本から得ることも多いです。今回のアルバムに〈The Flower Of Life〉というタイトルの曲があって、これは神聖幾何学模様(注3)の一種なんです。スピリチュアルな内容になりますけど、数字とか幾何学とかがすごく気になっていて、哲学書とか、簡単な物理学や数学書とか、神聖幾何学の本とか、かなり読んでます。そういうものが、この作品には反映されていると思います」

注3:神聖幾何学 雪の結晶、花の形、貝殻の模様など、自然界にあり、人の手が加わっていないにも関わらず、形が規則正しくパターン化しており、さらに数学的でもある図形を研究する学問。

──学術書からも創作のヒントは得られるんですね…。

「私は“音そのもの”にも興味があって、音叉やシンギング・ボールの音を使ったワークショップもしているんですけど、ミッチェル・ゲイナーさんという、クリスタル・ボールを使って治療をしていたお医者さんの本とか、『ウォーター・サウンド・イメージ』っていう、水にいろんな周波数の音を当てると水面の模様がどう変化するか、みたいな本とか、そういうのも好きで読んでます。エンターテインメントとしての音楽だけではなく、“音の効果”の研究はライフワークとして、今後もずっと追求していきたいと思っています」

akiko/あきこ(写真右)
2001年、名門ジャズ・レーベル、ヴァーヴ・レコードより初の日本人女性シンガーとして『ガール・トーク』でデビュー。ジャンルに捕われず、アルバム毎に違ったスタイルを次々と提案し、プロデューサーやスーパーバイザーとして、 Swing Out Sister、須永辰緒、小西康陽、 福富幸宏、ブッゲ・ヴェッセルトフト、大貫憲章らとコラボレート。台湾、韓国、ノルウェー、ポーランドなど世界各国のジャズ・フェスティバルにも多数出演。ソングライティング、アレンジ、ジャケットのアートディレクションまでセルフ・プロデュースもこなし、コンピレーションCDの選曲や他アーティストのプロデュースなども手がける。またアパレル・ブランドとのコラボレーションや、声を使ったボイス・ワークショップ、子供のためのジャズ・ワークショップなど、多方面で活躍。2013年には自身初となる書籍を出版。2016年にはアーユルヴェーダ・プランナー、アーユルヴェーダ・ヨーガの資格も取得し、活動の場を更に広げている。
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー/写真左)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。

【akiko オフィシャル・ホームページ】
https://www.akiko-jazz.com/

【ライブ情報】
akiko × 林正樹「spectrum」Release Live

■2019/11/19(火)
東京・渋谷 ハクジュホール
https://www.hakujuhall.jp/index.php
19:00 開演(18:00 開場)
全席指定:5,000円(税込)
info@akiko-jazz.com

■2019/10/29(火)
akiko × 林正樹 feat.藤本一馬
名古屋ブルーノート
https://www.nagoya-bluenote.com/
[1st ] open 5:00pm start 6:00pm
[2nd] open 8:00pm start 8:45pm
[自由席受付] 3:30pm~
akiko(vo) 林正樹(p) 藤本一馬(g)

■2019/10/20 (日)
広島県 東広島市 西条公会堂
https://saijokokaido.com/
開場17:30 / 開演18:00
前売り4,000円+1ドリンク / 当日 4,500円+1ドリンク
チケット予約・問い合わせ先
西条公会堂 082-422-5321 (14時以降)
saijokokaido@gmail.com

■2019/10/19 (土)
鳥取県 米子市 ゆう&えんQホール
開場18時 / 開演19時
前売り3500円当日4000円
問い合わせ先
電話090-8713-0852
doorst.2134@gmail.com(高橋)

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