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『パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー〈永遠の3秒〉』

ロベール・ドアノーという名前を知らなくても、彼が撮った写真は、きっとどこかで見たことがあるに違いない。もっとも有名な写真は「パリ市庁舎前のキス」だ。パリの街角でキスをする恋人たちの写真だが、50年代に『LIFE』誌に掲載されたこの写真が、80年代にポスターとして発売されると大人気になり、〈パリは恋人達の街〉というイメージを世界中に広めていった。この世界的に有名な写真に比べて、あまり知られることがなかったドアノーの生涯を紹介したドキュメンタリーが『パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー〈永遠の3秒〉』だ。

監督はドアノーの孫娘のクレモンティーヌ・ドルディル。本作は9つの章(チャプター)に分かれ、章ごとに〈扉絵〉がついていて、軽いエッセーを読むように心地良いテンポで映画に引き込まれていく。最初のチャプターは「幼少期」。1912年に生まれたドアノーは、戦争の影が色濃いなか、母を病気で亡くすなど孤独な幼少期を送っていた。そんななか、13歳でカメラに触れたドアノーは写真にのめり込んでいった。やがて、フリーカメラマンとなったドアノーはファッション写真や有名人のポートレートも手掛けたが、とりわけパリの街角にカメラを向けた作品が彼を有名にした。

ドアノーは、一日中、街を歩き回って写真を撮ったが、魔法の一瞬を捉える時もあれば、その一瞬を“作り出す”こともあった。その代表的な作品が「パリ市庁舎前のキス」だ。じつは当時、パリの街角で恋人がキスをするなんて滅多に見られない光景だったらしい。そんななかで、どうやってこの写真を撮影したのか。映画ではその意外な裏話が明らかになるが、そこからはドアノーが芸術家であると同時に優れた職人だったことがわかる。ドアノーいわく「(カメラを向ける際は)そこに小さな劇場を作る。そして、舞台のように天井や床を決めて枠を定めるんだ」。その優しさに溢れた写真の背景には、緻密な計算があったのだ。

また、ドアノーを語るうえで欠かせないのが家族の存在だ。ドアノーは自宅にアトリエを作り、孤独だった少年時代とは反対に大家族に囲まれて生涯を送った。そして、ときには広告写真であろうと、写真のモデルに自分の子供や孫を使った。映画では家族や友人たちが一堂に会し、自分たちをモデルにした広告写真を楽しげに見ながら当時を振り返るエピソードもあるが、その親密で暖かな空気は映画内にも漂っている。だからといって身内びいきな作品ではない。ドルディル監督は、ドアノーと親交があった著名人(女優のサビーヌ・アゼマや、作家/脚本家のジャン=クロード・カリエールなど)への取材や貴重な資料映像、そして、日本での展覧会の様子などを織り交ぜて、さまざまな角度からドアノーの魅力を的確に捉えている。その親しみやすくエスプリに富んだタッチは祖父ゆずりだ。

写真を愛し、家族を愛したドアノー。有名になってからも仕事の依頼が少なくて困った時期があったり、最愛の妻が病気になったりと苦難もあったが、ドアノーの写真はいつも人々に微笑みかけてきた。そこに彼の写真に対するプロフェッショナルな姿勢を感じずにはいられない。ちなみにタイトルにある〈永遠の3秒〉とは何か。最後に晩年のドアノーの言葉を引用しておこう。

「今まで成功した写真はせいぜい300枚。1枚が1/100秒だとすると、50年でたったの3秒だなんて、すごいだろう?」

たった3秒に捧げた人生。なんて、すごいのだろう。

 

■オフィシャルサイト
http://www.doisneau-movie.com/

作品情報
作品名:パリが愛した写真家 ロベール・ドアノー〈永遠の3秒〉
原題:ROBERT DOISNEAU: THROUGH THE LENS
監督:クレモンティーヌ・ドルディル
出演:ロベール・ドアノー/ダニエル・ペナック/サビーヌ・アゼマ/ジャン・クロード・カリエール/堀江敏幸
劇場公開日:2017年4月22日(土)東京都写真美術館ホール、ユーロスペースほか全国順次公開
配給:ブロードメディア・スタジオ
©2016/Day For Productions/ARTE France/INA ©Atelier Robert Doisneau

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