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『僕とカミンスキーの旅』

伝説の画家、マヌエル・カミンスキーをご存知だろうか。1920年代にポーランドからパリに渡ったカミンスキーは、アンリ・マティスの弟子となった。やがて、ピカソからも一目置かれる存在になったカミンスキーは、1960年代にポップ・アートが花開いたNYに渡ると〈盲目の画家〉として時代の寵児になる。ところが突然、スイスの山奥の村で隠遁生活に入り、人前に姿を現さなくなってしまった……。もっともらしい経歴だが、カミンスキーは創作上の人物。ドイツでベストセラーとなった小説を映画化した『僕とカミンスキーの旅』は、カミンスキーの伝記を書いて世間の注目を集めようと目論む無名の美術評論家の物語だ。

野心あふれる美術評論家、ゼバスティアン(ダニエル・ブリュール)はカミンスキーの家を見つけてあがりこみ、カミンスキーの目が見えないのをいいことに、勝手に2ショットの写真を撮ったり、未発表の作品を無断で引っ張り出したりとやりたい放題。そのうち、カミンスキーは本当は目が見えているのではないかと疑い、隙あらば彼の正体を暴こうとする。一方、最初は病弱で孤独な老人に見えたカミンスキー(イェスパー・クリステンセン)は、次第に謎めいた言動でゼバスティアンを振り回すようになる。そうこうしているうちに、二人はカミンスキーがかつて愛した女性、テレーゼを探す旅に出ることに。そこで彼らは、放浪者(フランスの怪優、ドニ・ラヴァン)や売春婦、美術評論家など、さまざまな人々との出会いを通じて奇妙な絆で結ばれていく。

監督は『グッバイ、レーニン!』以来、12年ぶりに長編映画を手掛けたヴォルフガング・ベッカー。映画のオープニングでは、実際のニュース映像や有名人のポートレートにカミンスキーを合成することで実在しているように見せかけているが、そんな遊び心が映画全編にちりばめられている。実写がCGで油絵に変化したり、ゼバスティアンの妄想と現実が入り乱れたりと、ベッカーはトリッキーな映像と語り口で観客を翻弄。果たして、何が本当で、嘘なのか。美術鑑定士にでもなった気分で映画を見続けるうちに浮かび上がってくるのは、人間は自分が見たいものしか見ようとしていない、ということ。本当は見えないもののほうが大切なのかもしれない。「盲目なのに絵が描けるなんてすごいですね」と感心するゼバスティアンに、「誰にでもできるさ」とカミンスキーはことなげに言って、ゼバスティアンの手をとり、目を閉じて絵を描かせるエピソードが印象的だ。

また、本作では野心や名声が渦巻く美術界を毒気たっぷりに描いているが、それは社会の縮図。スノッブな社会に首まで浸かっているゼバスティアンは、カミンスキーとの旅を通じて自分を見つめ直していく。老人と若者、野心と芸術、嘘と真実……本作ではさまざまな対立を通じて〈人生とは? 芸術とは何か?〉と問いかけるが、旅の最後に待ち受けているのは「自分でしっかり考えろ」という痛烈なメッセージだ。お定まりの感動ドラマにしないところに、ベッカーのアーティストとしての心意気を感じさせる本作は、最後までトリックスターであり続けるカミンスキー同様、一筋縄ではいかない物語だ。

 

■オフィシャルサイト
http://meandkaminski.com/

作品情報
作品名:僕とカミンスキーの旅
原題:ICH UND KAMINSKI
監督:ヴォルフガング・ベッカー
原作:「僕とカミンスキー」 ダニエル・ケールマン著(三修社刊)
出演:ダニエル・ブリュール、イェスパー・クリステンセン、ドニ・ラヴァン、ジェラルディン・チャップリン、アミラ・カサール
劇場公開日:2017年4月29日(土)より、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
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