投稿日 : 2019.12.23

【ピーター・バラカン】僕がどうしても手放せない21世紀の愛聴盤〈第46回〉 Brad Mehldau Trio『Where Do You Start』

文/ピーター・バラカン 写真/西田周平

ピーター・バラカンの連載コラム。21世紀(2001年以降)にリリースされたCD作品のなかから “どうしても手放せない愛聴盤”を紹介します。

ブラッド・メルダウはビートルズが解散した1970年に生まれました。プロのミュージシャンになったのは1990年代で、間違いなくジャズの世界で活動しているのですが、バッハの音楽を特集したアルバムもあればマンドリン奏者クリス・シーリとのデュオのアルバムがあったり、エレクトロニカを使った作品もありました。でも、基本的にはトリオでの活動が多く、2005年からベースのラリー・グレナディアとドラムズのジェフ・バラードという編成がずっと続いています。

初期の頃に彼のライヴを何度か見て、そのときどきの出来のばらつきに戸惑ったことがありました。その頃の彼がヘロイン中毒だったことを知って何となく納得が行ったというか、少なくともだめな時がなぜそうなのか理解できた気がしました。ヘロインをやめてからもう20年は経ちますが、その後いつ聞いても素晴らしい演奏を展開します。自作をやっていても、驚くほど幅の広い他のソングライターのレパートリーを解釈しても、すっかり自分のスタイルで聞かせます。

リリカルな時もあり、非常にダイナミックな時もあり、メロディの発展の仕方が独特で、クラシックに近いフレーズが急にブルージーになったり、セロニアス・マンクのような意外なハーモニーが一瞬現れたり、何度も予想を裏切る面白さがあるピアニストです。

Brad Mehldau Trio『Where Do You Start』(Nonesuch/2012)

このアルバムでは1曲を除けばすべてカヴァーの内容となっています。1曲目は全く知らない曲なので調べてみたらアリス・イン・チェインズという名前しか知らないパンク・バンドの曲らしく、ブラッドの守備範囲の広さがよく分かります。

しかし、曲の出所を知らなくても彼の音楽の楽しみ方は変わらないと思います。クリフォード・ブラウンやサニ・ロリンズのよく知られたジャズのスタンダードを演奏してもあくまでブラッド・メルダウ流になるので新鮮味が保たれています。

エルヴィス・コステロやブラジルのトニーニョ・オルタと一緒に並んで、個人的に嬉しかった選曲はイギリスの知る人ぞ知るシンガー・ソングライター、ニック・ドレイクのデビュー・アルバム(1969年)からのさりげない名曲「タイム・ハズ・トールド・ミー」です。当時のロックの世界ではなかなか注目されにくい洗練されたコード進行のオリジナルのゆったりしたムードを維持しながら、ジェフ・バラードのドラミングに微妙に押されつつ、独自の美しいを醸し出します。

Brad Mehldau Trio『Where Do You Start』(Nonesuch/2012)

1. Got Me Wrong(Jerry Cantrell)
2. Holland(Sufjan Stevens)
3. Brownie Speaks(Clifford Brown)
4. Baby Plays Around(Cait O’Riordan, Elvis Costello)
5. Airegin(Sonny Rollins)
6. Hey Joe(Billy Roberts)
7. Samba E Amor(Chico Buarque)
8. Jam(Brad Mehldau)
9. Time Has Told Me(Nick Drake)
10. Aquelas Coisas Todas(Toninho Horta)
11. Where Do You Start?(Marilyn Bergman & Alan Bergman, Johnny Mandel)

ピーター・バラカン/Peter Barakan
1951年8月20日ロンドン生まれ。ロンドン大学日本語学科卒業後、74年に来日。シンコー・ミュージック国際部入社、著作権関係の仕事に従事する。80年、同退社後、執筆活動やラジオ番組への出演などを開始。また80年から86年までイエロー・マジック・オーケストラ、のちに個々のメンバーの海外コーディネーションを担当。 84年、TBS-TVのミュージック・ヴィデオ番組『ザ・ポッパーズMTV』の司会を担当。88年、TBS-TV『CBSドキュメント』(アメリカCBS制作番組60 Minutesを主な素材とする、社会問題を扱ったドキュメンタリー番組)の司会を担当。2010年、TBS系列のニュース専門チャンネル『ニュースバード』に移籍し、番組名も『CBS 60ミニッツ』に変更。2014年3月まで司会を務める。 現在も放送番組の制作、出演のほか、執筆や音楽フェスティバルの監修なども手がける。
http://peterbarakan.net/

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