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片倉真由子 ─ピアノを弾くときに意識するのは「深い呼吸」です【Women In JAZZ/#16】

片倉真由子は、現在もっとも忙しいジャズ・ピアニストの一人だ。感度の高いプレイと豊かな音楽性で、ベテラン・プレイヤーからの信望も厚い。そんな彼女が、レジェンド級のサックス奏者である土岐英史とのデュオ・アルバム『After Dark』をリリースした。「ピアノとサックスで交わす会話」とも言える本作を、彼女はどんな意図で制作し、何を感じてプレイしたのか。“女性奏者の気持ち”が最もわかるライター島田奈央子が彼女の本音を訊いてみた。

スペースのある音楽は美しい

——最新作『After Dark』は土岐英史(注1)さんとのデュオ・アルバムですね。

もともとはプロデューサーの方のアイディアなんですけど、土岐さんの『Black Eyes』(2018年)のレコーディング前に、テスト・レコーディングをしたんですね。そのときに土岐さんと私の2人でポロポロとデュオをやったんですけど、プロデューサーの方がそれを聴いて、ぜひデュオ・アルバムも作りたいと言ってくださって。

土岐英史+片倉真由子『After Dark』(Days of Delight)

注1:土岐英史/ときひでふみ。アルト・サックス奏者。1950年2月1日兵庫県神戸市生まれ。自己のグループのほか、CHICKENSHACK、山下達郎グループなど、多彩な活動を展開。片倉真由子は2014年頃から土岐英史のグループでも活動している。

——本作はスタンダード曲を中心にした構成ですね。

2人で曲をリストアップしていったんですけど、特に深く何かを考えたというわけではなくて。「じゃあ、この曲とこの曲をやってみようか」ってすごく気楽に選んでいきました。スタンダードっていうのはジャズ・ミュージシャンの共通言語のひとつだし、でも土岐さんがスタンダードを演奏するのをあまり聴いたことがないので、そういう意味では新鮮な部分もありました。


——最後の「Lover Man」は、首藤昇さんに捧げられていますね。

首藤昇は私の父です。十数年前に亡くなったんですけど、アルト・サックス奏者で、森寿男とブルーコーツや、あとはずっと杉良太郎さんのバンマスだったんです。あるとき、父の22歳頃の演奏の音源を叔父からもらったんですけど、「Lover Man」をやってて。とても22歳とは思えないほど色気があってビックリしたんです。

私は父とは離れて暮らしていたので、そんなに演奏は聴いていなかったんですけど「これがうちのお父さん? すごい人だったんだな」って。土岐さんにその話をしたら、「Lover Man」をお父さんに捧げようよって言ってくださって。えーっ、いいんですか!? って感じですよね。でも父は喜んでいると思います。


——土岐さんとデュオでレコーディングしてみて、どうでしたか?

土岐さんは大先輩ですけど、気心は知れているので、何のストレスもなく、ほんとうにお喋りをしているようにできました。私たちがバックグラウンドとして持っている“ジャズのスキル”を使ってお話ししている、という感じですね。だからレコーディングもほとんどワンテイクで、全部で2〜3時間で終わりました。

——ほんとうに音楽で会話している。という感じなんですね。

レコーディングの写真や映像を見ていただいたらわかるんですけど、土岐さんがすぐ隣にいたんです。息づかいも聞こえてくるし。だから一対一だけど一緒というか。伴奏のようなことをしていても、必ずしもそれがいわゆる伴奏ではないし、ほんとうに自然体で喋っている感じですね。普通に会話していても、つっかえるときもあるし、そんなにスムースにいかない時だってありますよね。それと一緒なんだと思います。

——特に管楽器って息継ぎがあるから、どうしてもスペースができますよね。

そうなんです。スペースというか、弾いていない時も音楽の重要な一部分なんですよね。“間”をどう弾くか。まったく音がない状態でも、そこにちゃんと思いがあれば音楽なので。

じつは“間”を開けているほうがエネルギーを使うんです。ワーって喋りまくる、弾きまくることも表現の1つだと思うのですが、でもやっぱりスペースのある音楽っていうのは美しいですよね。呼吸しないと人間って喋れないのと一緒で、スペースを空けないと次の勢いが出ないと思うんです。

——デュオって音数が少ないから、どうしても“間”を埋めたくなっちゃうんじゃないかなって。

ピアニストって、いつまでも弾き続けられるじゃないですか。たぶん私も以前はずっと弾き続けていたんですけど、今はピアノを弾くときにすっごく深く呼吸するようにしています。昔、クラシックを習っていたときに、ピアノの先生だったか母親だったかに、「息苦しい」って言われたことがありました。呼吸がちゃんとできていなかったんでしょうね。

岡本太郎が愛用したピアノで

——今回のアルバムは岡本太郎(注2)さんのアトリエでレコーディングしたんですよね。

レーベルのオーナー・プロデューサーが、岡本太郎記念館の館長さんで。その縁で記念館の中にあるアトリエでやらせていただくことになりました。以前にも一度、土岐さんとそこでライブをやったことがあったんですけど、すごく心地良かったんです。レコーディングに使ったピアノも、かつて太郎さんが使っていらっしゃったピアノで、私の手と体にすごくしっくりきたんです。

注2:岡本太郎/おかもとたろう。芸術家。1911年2月26日生まれ、1996年1月7日没。1930年代から芸術家として活動し、「太陽の塔」など多くの作品を発表し世界的に高い評価を受ける。「芸術は爆発だ!」の名言でも知られる。

——アップライト・ピアノでしたね。

おそらく1924年に作られたスタインベルク・ベルリンというメーカーのアップライト・ピアノで、日本に数台しかないそうです。太郎さんが1950年に弾かれている写真が残されているので、それ以前から弾いていらっしゃったんだと思います。太郎さんが亡くなられてからは誰も弾いてなかったらしいんですけど、それを完全にリペアして、記念館で最初にやったライブで初めて弾いたのが私なんです。

——弾いてみて、どう感じましたか?

音がすごく暖かいんですね。ジャズに向いているというか、私の思うジャズの音に近いなって思いました。普通レコーディングでアップライト・ピアノは使わないですし、良く調律されていて、打鍵もすべて均一なピアノって、もちろん素晴らしいんですけど、でも楽器ってそれだけじゃないんですよね。

たとえばジャズ・クラブにある、いろんな人にものすごく弾き込まれたピアノ。チューニングが狂ってるところがあったり、打鍵の深さも違うところがあったりして、100パーセント整っていないんだけど、弾きやすい、いいサウンドがするっていうピアノもあるんです。あれは何なんでしょうね。

——“完璧”と“良い”は違う、と。

そのピアノがそうなんです。魂がどうのっていう話をするつもりはないですけど、人間の力によって込められた何かが、絶対にあるんだなって思います。

——岡本太郎さんのアトリエという場所も、何か刺激を与えたのでは?

まずアトリエに入らせていただくということ自体、太郎さんが命をかけてやっていたところでピアノを弾くんですから、何もないわけないですよね。それに私はもともと岡本太郎さんが好きで、アメリカに留学している頃から本を読んでいたり、渋谷駅にある『明日の神話』(注3)の修復のドキュメンタリー番組を観ていたりしていたんです。だから何かしらのパワーを受け取っているんでしょうね。

注3:明日の神話/あすのしんわ 岡本太郎が1968年から1969年にかけて制作した壁画。あるホテルのロビーを飾るために描かれたが、ホテル建設が中断され作品も行方不明となる。2003年にメキシコシティ郊外の資材置き場で偶然発見され、修復されて、現在は東京・渋谷駅のマークシティ内連絡通路に展示されている。

——聴いていて、場の空気感みたいなものも伝わってきます。

やっぱり空気って伝わるんですよね。なんかレコーディングが生々しいんです。さらに2人がものすごく近くに寄り添ってレコーディングしたということによって、臨場感が出ているんだと思います。

——お互いのマイクにも、相手の音が被ってきたり。

そうなんですよ。でも本来はそういうものじゃないですか。だから2人の音がブレンドしてるんですよね。こういうフォーマットにおいては、いちばん自然なやり方だったんだなって思います。

人間がやることに男女は関係ない

——真由子さんって、読書がお好きだそうですね。

読書家の人に比べたらそうでもないんでしょうけど、読書は好きですね。

——子供の頃から好きだったんですか?

アメリカに行ってからですね。きっと日本語の活字に飢えたんでしょうね。読んでいると登場人物とか背景とかが頭の中に出てくるじゃないですか。あれがすごく楽しいですね。あとページの紙の感じとかも好きなんです。だから電子書籍よりも、紙の本が好きですね。

ーーどんなジャンルが好き?

小説が多いですね。遠藤周作さんが好きで、『沈黙』『侍』といった、隠れキリシタンを題材にしたものが特に好きです。あとは村上春樹さんも好きですね。これからは世界の名作も読みたいなって思っています。いろいろな音楽を知るみたいに、いろいろな本も読んでみたいですね。

——本から作曲のアイディアをもらったり?

そう思っちゃうとダメです。じつは私、作曲ってすごく苦手で。画集とか仏像の本とかをいろいろと買ってきて、これを読んだら何か曲のヒントになるかも知れないって思ったんですけど、何の役にも立たなかったです(笑)。たぶん意識していないところでは、何かの影響はあるとは思うんですけど、意識しちゃうとダメですね。読書はあくまでも趣味です。

——真由子さんはボストンのバークリー音楽大学とニューヨークのジュリアード音楽院で学んでいます。アメリカで、日本人の女の子がジャズを学んでいく上で、どんな苦労を感じましたか?

自分が日本人だからどうだとか、女だからどうだとか、ほとんど考えたことがないんです。アメリカにいたとこは、周りはほとんどアメリカ人で、しかも男性が圧倒的に多かったですが、自分がどこから来て性別はどうのと考えている時間もありませんでした。

なんで私はジャズをやっているんだろうって、一度も思わなかったんですね。たぶん自分は日本人だからとか、自分は女だからっていうことを考えず、私はジャズが好きでここに学びに来た、それだけの思いが良かったんだと思います。男に負けないようにもっと力強く弾こうとか、それこそ昔は思った時期もたしかにありましたが、もう今は全く思いません。人間がやっていること、これに尽きます。


片倉真由子/かたくらまゆこ(写真左)
1980年宮城県仙台市出身。幼少よりクラシック・ピアノを始め、洗足学園短期大学入学と同時にジャズ・ピアノに転向。同学を首席で卒業し、2002年にバークリー音楽大学、2005年にジュリアード音楽院に入学。2006年、Thelonious Monk International Jazz Piano Competitionのセミ・ファイナリストに選ばれる。その後帰国して山口真文、大坂昌彦、伊藤君子、土岐英史などのグループで活動。2009年に初リーダー作『Inspiration』をリリース。その後も自己のトリオや様々なグループで活動中。
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー/写真右)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。

【片倉真由子 オフィシャル・ホームページ】
http://www.mayukokatakura.com/mayuko/Welcome.html

【片倉真由子 オフィシャル・ブログ】
https://ameblo.jp/mayukokatakura/

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