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【エイミー・ワインハウス】早世の天才シンガー/ 代表曲と波乱の人生をふり返る


エイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)はイギリス出身のシンガー・ソングライター。2003年にアルバムデビューし、レトロなジャズやソウルを取り入れたサウンドで人気を博しました。

2008年にはグラミー賞の主要部門を含む5冠を獲得するなど、将来を嘱望されていましたが、27歳の若さで死去。晩年は多くのトラブルやスキャンダルで世間の注目を集めますが、彼女の作品や音楽的な才能は世界中のファンを魅了し、現在でも多くのミュージシャンたちが敬意を表明しています。

生い立ちと活躍

エイミー・ワインハウスが生まれたのは1983年9月14日。英ロンドン郊外の街、エンフィールドで幼少期を過ごします。両親が収集していたレコード(ダイナ・ワシントンやエラ・フィッツジェラルド、フランク・シナトラなど)を聴いて育ち、彼女の叔父もプロのジャズ・ミュージシャンであったことから、ジャズに親しむ環境下にありました。

13歳の時にギターを買ってもらい、さらに音楽にのめり込んでいった彼女ですが、演劇学校在学時には身体にピアスやタトゥーを入れたことが原因で退学処分に。16歳にしてプロのミュージシャンの道を選択することになりました。その後、レコード会社に送ったデモテープが高い評価を受けて、20歳の時にデビューアルバム『Frank』(2003年)をリリースします。

このデビューアルバムの発売当初はさほど大きな話題にはなりませんでしたが、徐々に評判が高まり、彼女は一躍、注目を集める存在になっていきます。

デビューから約1年を経た2004年1月。ロンドンのオックスフォード・ストリートにあるHMVにて。

さらにその3年後、セカンドアルバム『Back to Black』(2006年)が全世界で1200万枚を超えるヒットとなり、第50回グラミー賞(2008年2月)で年間最優秀レコードを含む5部門を受賞。

本作は50〜60年代のレトロなポップスにR&Bやソウルを組み合わせたサウンドで、彼女のハスキーで力強い声や、粘りのある情感ゆたかな唱法も高く評価されました。これは彼女が幼少期から聴いてきた往年のボーカリストらに共通する点であり、2000年初頭の音楽シーンにおいて彼女の歌唱は、ある種の新鮮さを持って迎えられました。

破滅的な私生活

若くして名声を得た彼女ですが、薬物中毒やアルコール依存症を抱え、その私生活はかなり荒んだものでした。暴行やコカイン使用などで逮捕されたり、飲酒・薬物のリハビリ施設への入退所も繰り返します。彼女は2007年に結婚していますが、夫婦ともに薬物中毒となり、2009年に離婚。

アメリカが入国を拒否

セカンドアルバムの大ヒットを受け、彼女はロサンゼルスで行われるグラミー授賞式のステージに立つ予定でしたが、米政府が入国ビザの発給を拒否。これは2007年10月にマリファナ所持でノルウェー当局に逮捕されたことが原因とされています。結局、第50回グラミー賞の式典会場に行くことはできず、ロンドンから衛星生中継で参加することになりました。

2008年2月10日、米ロサンゼルスで開催された第50回グラミー賞授賞式に、エイミーは中継で参加。アルバム『バック・トゥ・ブラック』がレコード・オブ・ザ・イヤーを受賞し、母ジャニスと抱き合った。

晩年はステージでも失態

心身ともに疲弊した状態が続くなか、彼女は本格的な復帰を目指して2011年6月にヨーロッパ・ツアーを開始します。ところが、セルビアのベオグラードで開催された野外コンサートで大失態を演じます。彼女は開始時間を大幅に遅れて登場したうえ、泥酔してまともに歌うこともできない状態。途中で何度もステージを中断するなど、観客からはブーイングを浴びる羽目に。その後のツアーは中止となり、治療に専念することとなります。

こうしたスキャンダルはタブロイド紙などでも頻繁に取り上げられ、彼女はパパラッチの格好の獲物となり、精神的にも追い詰められていきます。その渦中にあった2011年7月23日、彼女はロンドンのカムデンにある自宅で、遺体となって発見されます。死因はアルコール中毒による事故死と断定されました。

2011年7月23日、英ロンドンのカムデンにあるエイミー・ワインハウスの自宅から遺体が運び出される。この翌年、彼女の自宅は198万ポンド(約2億7000万円)で売却。2014年には同地にエイミーの銅像が建てられた。

おすすめの代表曲

彼女の実質的な活動期間はおよそ8年。その間に、2作のアルバムと9作のシングルを発表しています。他にクインシー・ジョーンズのトリビュート・アルバム『Q: Soul Bossa Nostra』や、トニー・ベネットのアルバム『Duets II』などに参加し、歌声を披露しています。そんな中で、特におすすめの曲をご紹介します。

バック・トゥ・ブラック
Back To Black

セカンドアルバムの表題曲。自分のもとを去った恋人に対する苦い気持ちを歌い上げています。サウンドは、60年代のソウルミュージックのような雰囲気。心の闇(Black)に向かう哀しみとは裏腹に、力強く粘りのある声がとても印象的です。

リハブ
Rehab

彼女の生涯で最大のヒットシングル曲。第50回グラミー賞「年間最優秀レコード」含む3賞を獲得しました。ノリの良いポップでアップビートな曲ですが、歌詞はシリアス。彼女のアルコール依存を心配して、リハビリ施設への入所を勧める周囲。これに対して彼女は「No No No」と拒絶。重い内容ですが、一種のユーモアさえ感じます。

ユー・ノウ・アイム・ノー・グッド
You Know I’m No Good

強いリズムセクションが印象的。古いファンクやソウル、スカ(ジャマイカ発祥のポップ・ミュージック)の雰囲気もたたえた楽曲です。善良な男をだまして浮気している女の心情が歌われており、彼女自身の衝動的で破壊的な心の持ちようが表現されているようです。上述「リハブ」とともに第50回グラミー賞受賞時に披露されました。

ティアーズ・ドライ・オン・ゼア・オウン
Tears Dry On Their Own

マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルのヒット曲「Ain’t No Mountain High Enough」(1967年)のフレーズをサンプリングした楽曲。自分のもとを去っていく男と、その哀しみを抱えながら前を向いて進む女性の姿が描かれています。サンプリングされた原曲に管楽器の音で厚みを加え、パワフルな彼女の声も映えるソウルフルな1曲です。

ラヴ・イズ・ア・ルージング・ゲーム
Love Is A Losing Game

“恋は勝ち目のないゲーム”と歌い切る極上のバラード。憂いある彼女の歌声を、オーケストラが優しく包み込みます。エイミーのファンを公言していたプリンスが、2007年9月のロンドンで彼女をステージに招待し、ともにこの曲を披露しています。

死後のエイミー現象

ローリング・ストーンズのミック・ジャガーや、トニー・ベネットらがその歌声を絶賛し、レディー・ガガ、ジャスティン・ビーバー、アデルなど、多くのミュージシャンたちにリスペクトされたエイミー・ワインハウス 。

彼女が亡くなってからも、そのカリスマ性は衰えることなく、2015年に公開された彼女のドキュメンタリー映画『AMY エイミー』は世界中で大ヒット。第88回アカデミー賞では、見事に「長編ドキュメンタリー映画賞」を受賞しました。

さらに2020年3月には、彼女の「公式インスタグラム」がスタート。生前の彼女の言葉とともに、写真や動画などが公開され続けています。また、2021年は没後10年にあたる年。これに合わせて、イベントや作品などさまざまな企画の準備が進行中のようです。

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