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【インタビュー】田中鮎美|ノルウェー在住の日本人ピアニスト─欧州の名門レーベルECMから新作リリース【Women In JAZZ/#38】

田中鮎美

田中鮎美はノルウェーのオスロ在住のピアニスト。ノルウェー国立音楽院で学び、ドイツの名門レーベル ECM からアルバムをリリースするというユニークな経歴の持ち主だ。

なぜアメリカではなくノルウェーに?

──ピアノはいつ頃から始めたのですか?

3歳からずっとエレクトーンをやっていました。エレクトーンはいろいろな音が出るので、オーケストラの曲を弾いたりしていたんですけど、アコースティックな楽器に近づけることに限界を感じて、ピアノをはじめました。

──エレクトーンとピアノは同じ“鍵盤楽器”ですけど中身は全然違いますね。

そうですね。音を出すシステムそのものが異なるしタッチも全然違うので、一からまた学び始めました。

──そこから次第にジャズに興味を持ち始めた。

最初はジャズ全般いろいろ聴いていたんですけど、ノルウェーのヤン・ガルバレク(注1)のカルテットを聴いて、それをきっかけに“北欧の音楽を見つけた”という感じで。

注1:Jan Garbarek、1947年ノルウェー、オスロ出身のサックス奏者。60年代より北欧を拠点に活動し、70年代にはキース・ジャレット(p)らと共演。ヨーロッパを代表するサックス奏者となる。ECMの最初の専属アーティストでもあり、同レーベルよく多くのアルバムをリリースしている。

──それでノルウェー国立音楽大学(注2)に留学されたんですね。

はい。大学に入ってはじめに言われたのが「あなた自身に “やりたいこと”があって、その道を進むなら、ここには助けてくれる人がたくさんいる。だけど、ただ漠然とジャズを勉強したいとか誰々のように弾きたいとか、そんな気持ちだとしたら、ここで学べることは何もないよ」っていうことでした。

それでこの大学に入るということは、自分の音楽のやり方を見つける4年間になるんだろうなっていうことを感じました。

注2:Norwegian Academy of Music。ノルウェーのオスロにあるノルウェー最大の音楽大学。クラシック、ジャズなど多ジャンルのアーティストを数多く輩出している。

──ジャズ奏者を目指す場合、アメリカのニューヨークやボストンに向かう人が多いですが。

私の場合は、ヨーロッパのジャズが自分の心にピンとくるというか、自分に近いような気がしていたんですね。もちろん、リスナーとしてはニューヨークのジャズも素晴らしいと思うんですけど、自分が音楽をやっていく上で魅かれたのがヨーロッパでした。

今回はオスロと東京でオンライン・インタビュー。田中鮎美(左)とインタビュアーの島田奈央子。

──大学のカリキュラムはどんな内容?

ジャズ即興演奏科という科があるんですけど、ジャズをやっている人はそんなに多くなくて、フリー・インプロビゼイションだったり、ノイズ音楽を突き詰めていたり、それぞれが自分のテーマに深く取り組んでいました。日本にいた頃に思っていたジャズの世界とは全然違っていて、驚いたと同時にすごく安心しました。なんか自分に近いなって。

──学内でのコミュニケーションはノルウェー語なんですか?

みんな英語もすごく上手に喋るので、大事なことは英語の方が伝わります。もう10年近く住んでるんだからノルウェー語も喋れて当然だろう、って感じでみんな話しかけてくるんですけど、恥ずかしながらまだちょっと自信はないですね(笑)。

「ジャンルは大事じゃないよ」

──ノルウェーに行ってから、音楽に対する考え方とかは変わったりしましたか?

大学で勉強してる間はずっと、ミシャ・アルペリン(注3)というウクライナ出身のピアニストに師事していました。彼は常々「自分の声を見つけることが、音楽を作る上で大事なこと」と言っていて、自分ができることは何か、自分とは何か、そういうことに向き合っていくうちに、自分の中から来るもので音楽を作るようになりました。

誰かと演奏する時には、やっぱりその人のことを考えますけど、その状況の中で自然に出てくるものとか、自分が伝えたいものをその時々で出すようにはしています。

注3:Misha Alperin。ウクライナ出身のピアニスト。ウクライナでプロとしてデビューし、1992年にノルウェーのオスロに移住。ECMなどから多くのアルバムをリリースしている。2018年没。

──ノルウェー国内のジャズ・シーンについて教えてください。

実際にノルウェーに来てみてビックリというか、想像していた以上にいろいろなスタイルのミュージシャンの人たちがいて、そこから新たに自分の興味も広がっていきました。いろいろな人が “ジャンルは大事じゃないよ” と言っていて、それを聞く度に “あぁ、ここは自分が普通で居られる場所だな” って思って、すごく安心しました。

ライブ・ハウスは日本ほどの数はないですけど、演奏する場はいろいろあります。オスロにあるジャズ・クラブには、ヨーロッパやアメリカのミュージシャンが来て演奏したり、あとインターナショナルなフェスティバルもノルウェーの各地で行なわれています。

ノルウェーに来て最初の何年かは、学生だったこともあってジャズ・クラブなどで演奏する機会はなかなかもらえなかったんですけど、すごく小さな国なので何年かやっているうちにみんな知り合いみたいになるんですね。だからしばらくやっているうちに、やりやすい場所になっていきました。

──ノルウェーで活動する日本人ミュージシャンとして、なにか思うことはありますか?

ノルウェーで活動する日本人ミュージシャンはそれほど多くないので、この地に “音楽の多様性” みたいなものを私も提供できているかなって思います。ノルウェーのミュージシャンのなかにも日本の伝統音楽や文化に興味を持ってくれている人がすごく多くて、そういう話を海外にいながらできるのは嬉しいし、日本の文化にすごく誇りを感じます。

田中鮎美『スベイクエアス・サイレンス ─水響く─』(ユニバーサル・ミュージック)

──今回、ECM(注4)からアルバムを出すことになったのは、どういう経緯で?

2017年にトーマス・ストレーネン(注5)のアルバム『Lucus』(ECM)のレコーディングに参加して、スイスのルガーノにあるスタジオで録ったんですけど、そこで初めてマンフレート(・アイヒャー/同レーベルの代表)さんと会いました。

Thomas Strønen『Lucus』(ECM)

その時に、私が以前制作したトリオのアルバムを渡したら、それをすごく良かったって言ってくださって、私のトリオのレコーディングもしようという話になりました。

注4:1969年にドイツ人プロデューサー、マンフレート・アイヒャーによって設立されたジャズ/現代音楽のレーベル。正式名は“Edition of Contemporary Music”。空間を効果的に活かしたサウンド、透明感のある音色などが特徴で、レーベルの固定ファンも多い。またキース・ジャレット、パット・メセニー、ゲイリー・バートンをはじめとするアメリカ人アーティストの作品も数多くリリースしている。

注5:Thomas Strønen。ノルウェー、ベルゲン出身のドラマー/コンポーザー。ECMからもアルバムをリリースし、即興演奏を中心とした様々なスタイルの音楽にチャレンジしている。

──それからすぐにレコーディングしたんですか?

じつは今回のアルバムは2019年にレコーディングをして、他のレーベルから出そうと思っていたんですけど、それをマンフレートさんが聴いて、ECMからリリースしようと言ってくださったんです。

田中鮎美トリオのメンバー。左からペール・オッドヴァール・ヨハンセン(ドラム)、田中鮎美(ピアノ)、クリスティアン・メオス・スヴェンセン(ベース)

──アイヒャーさんに会ってみて、どんな印象を持ちました?

ミュージシャンに対してすごく優しくて、すごく温かい人です。たとえば私が “この曲はどうやって弾けばいいのか…”と考えていると、彼がアドバイスをくれる。その一声で音楽の進むべき方向が見える瞬間がたくさんあって。本当にすごい人だと思いましたね。

“音がない場所”で聴こえる音

──なかでも印象的な言葉は?

私が、ある曲の弾き方を迷っていたとき「海の波の流れを観ていると、それが演奏の仕方を教えてくれるよ」と。そういう言葉って普段の私が思っていることとすごく近いものがあって、すごく嬉しいというか安心しました。

──アルバム収録曲は、ライブで演奏してきた曲なのですか?

そうですね。トリオで一緒に演奏しているうちに生まれるものとか、他の人と演奏することによって自分が影響を受けたものとか、そういうものが合わさったという感じです。さらに完全即興演奏の曲も3曲入っています。

──アルバム全体のコンセプトやイメージのようなものはあったのですか?

編成はピアノ・トリオなんですけど、ジャズの伝統的なピアノ・トリオとして捉えるのではなくて、楽器の使い方などは、どちらかというとクラシックの室内楽みたいな感じに自分は捉えています。

例えばコントラバスの使い方にしても、ピチカートで演奏するというよりも、現代音楽でよく使うような弓の奏法とか、ドラムもリズムを刻むというよりも、もっと空間的な使い方だとか、元々あるジャズのピアノ・トリオというものを目指すのではなくて、そのフォーマットで自分が何ができるのかなということを考えて探している行程の中でできたアルバムという感じです。

──アルバム全体で1曲のような、ストーリー性も感じました。

この曲たちは、もともと70分ぐらいの1回のコンサートで演奏することを想定して作ったんですね。特に物語があるわけではないんですけど、例えば自分だったらコンサートで何を聴きたいかな、と考えて全体の構成を作っていきました。

──アルバムの最後に収録されている「水中の静寂」の、後半2分くらいって、とても間が多いというか、無音部分が多いじゃないですか。その“弾かない勇気”というのはすごいと感じました。

私は “音がない場所で音が聴こえる”ことにすごく魅力を感じています。例えばコンサートで、すごく音がたくさん鳴っていて急に静かになったとき、「あれ? こんな音がこの部屋で鳴っていたんだ」って思うことがあるんですね。音楽を聴くっていう作業を通して、そういう経験をリスナーの方にも感じ取ってもらいたいなっていうのは、いつも思っています。

インタビュー/島田奈央子
構成/熊谷美広

田中鮎美/たなか あゆみ
3歳から高校卒業までエレクトーンを学ぶ。その後ピアノに転向し、自身の音楽表現を探し求めるうちに北欧の音楽に惹かれて2011年8月にノルウェー国立音楽院のジャズ即興音楽科に留学し、学士号と修士号を取得。2013年に田中鮎美トリオを結成して2016年にアルバム『Memento』でデビュー。同年に別のトリオでアルバム『3 pianos』もリリース。2018年にリリースされたトーマス・ストレーネン(ds)のアルバム『Lucas』、2021年4月にリリースされた『Bayou』と、2作のECM作品に参加。それがきっかけとなり自身のアルバムもECMからリリースすることが決定した。
島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。

田中鮎美『スベイクエアス・サイレンス ─水響く─』サブスク・リンク
https://jazz.lnk.to/AyumiTanakaTrio_SubaqueousSilencePR

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