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【ザ・スマイル】レディオヘッドの中核メンバーが示したポスト・コロナのロックの姿─ライブ盤で聴くモントルー Vol.49

「世界3大ジャズ・フェス」に数えられるスイスのモントルー・ジャズ・フェスティバル(Montreux Jazz Festival)。これまで幅広いジャンルのミュージシャンが熱演を繰り広げてきたこのフェスの特徴は、50年を超える歴史を通じてライブ音源と映像が豊富にストックされている点にある。その中からCD、DVD、デジタル音源などでリリースされている「名盤」を紹介していく。

現在、世界で最も強い影響力を持つ現役ロック・バンドと言われるレディオヘッド。そのボーカリストであるトム・ヨークとギタリストのジョニー・グリーンウッド、サンズ・オブ・ケメットなどで活動するドラマーのトム・スキナーの3人からなる最新ユニットが「ザ・スマイル」である。コロナ禍のロックダウンのさなかに活動を始めたこの3ピース・バンドが、モントルー・ジャズ・フェスティバルに出演したのは2022年のことだった。現在、デジタル音源で聴くことができるそのライブで示されたポスト・コロナの音楽のあり方とは。

ロックダウンの中で発足したプロジェクト

レディオヘッドのトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドの新しいバンド名が「ザ・スマイル」と聞いたとき、ファンの多くはそれをおそらくアイロニーか諧謔(かいぎゃく)の一種であると捉えたのではなかったか。レディオヘッドやトム・ヨークの音楽と「微笑み」という言葉がどう結びつくのか、と。

屈託に満ちたギター・バンドとして90年代初頭にデビューしたレディオヘッドは、1997年の『OKコンピューター』、2000年の『キッドA』、01年の『アムニージアック』の3枚のアルバムでギター・バンドとしてのアイデンティティを一度完全に捨てた。結果、バンドはいわば屈託そのものになった。厭世的であり、反逆的であり、恐ろしいほどに創造的でもあったその屈託の中心にいたのはボーカルのトム・ヨークで、レディオヘッドを「何でもできるバンド」に自ら仕立て上げた男は、しかしその万能のプラットフォームからときおり離脱して、ソロ・プロジェクトや別ユニットに熱中した。レッド・ホット・チリ・ペッパーズのフリーらと組んだアトムス・フォー・ピースなどはその一例である。

2001年レディオヘッドのライブ風景。トム・ヨーク(写真右)とジョニー・グリーンウッド(写真左)

ザ・スマイルもそのようなスピンオフ・プロジェクトの一つで、バンド名は英国の詩人テッド・ヒューズの「Crow」という詩の一節から取られている。「But the smile was too vast, it outflanked all/しかし微笑みは広大で、あらゆるものを包み込んだ」というのが引用元の一節である。あるライブでは、同じく英国詩人ウイリアム・ブレイクの「微笑」が俳優によって朗読されたとも聞く。こうなると、バンド名は皮肉や逆説のたぐいではなく、そこに何かポジティブなメッセージが込められているのではないかと考えたくなる。

バンド結成をトムに持ちかけたのはジョニーで、それ以前から彼は、UKジャズ・シーンで活躍するドラマー、トム・スキナーとの共同作業を始めていたという。そこにトムがジョインしたところで新型コロナ・ウイルス感染が世界中に拡大し、英国はロックダウンに突入したのだった。

バンドの本格的な結成とその後の活動がロックダウンの中で進んだことの意味はかなり大きいと思う。移動やコミュニケーションが制限され、リアルなライブや舞台が完全にストップする中で、人々は身体をもってする体験に飢渇していたし、その飢餓感は表現する側にとっていっそう深刻だっただろう。ザ・スマイルの3人が目指したのは、ありきたりな表現だが「ポジティブな身体性」を表現できるライブ・バンドだったのではないだろうか。聴衆が思わず微笑みを湛えて、全身を躍動させずにはいられないような。

「Montreux Jazz Festival 2022」でのザ・スマイル。Photo by MarcDucrest

トム・ヨークはロックに回帰したのか

周知のように、レディオヘッドはジャズ・シーンから最もリスペクトされている現役ロック・バンドである。ブラッド・メルドー、ロバート・グラスパー、ミシェル・ンデゲオチェロ、バッド・プラスといった先鋭的ミュージシャンがレディオヘッドの曲を取り上げているし、レディオヘッド好きを公言するミュージシャンも少なくない。

一方、レディオヘッドのメンバーの中で以前からジャズ好きだったのはジョニー・グリーンウッドで、トム・ヨークはジョニーの勧めで『OKコンピューター』リリース後にチャールズ・ミンガスを聴いて、その後のアルバムにジャズの要素を導入したのだった。

『OKコンピューター』以降のレディオヘッドのアルバムや、トム・ヨークのソロ、あるいはトムの別ユニットには電子音楽やジャズを始めとする「非ロック的要素」が常に取り込まれていたし、リズムに打ち込みを使う曲も少なくなかった。トム・ヨークが求めていたのはロックではない何かで、「ロックは退屈なゴミ音楽」という彼の発言はよく知られている。結果、彼らの音楽はどんどん複雑になっていって、ロックではない何かを体現することにも成功した。しかし、現代のロックとは「ロックではない何か」を含んでのロックなのであって、それはジャズが「ジャズではない何か」を吸収しながらジャンルとして巨大化していったのと同じである。

ザ・スマイルを3ピースというロックの最小編成にして、敏腕ドラマーによる生のリズムをバンドの核に据えたところに、トム・ヨークとジョニー・グリーンウッドの開き直りにも似たロック回帰の姿勢を見ることは可能だし、何よりコロナ禍で抑制されていた身体性を取り戻そうとしたときに、ロックという表現は極めて有効と考えられたのではなかったか。

ザ・スマイルがストレートでシンプルな3ピース・ロックをやっているというわけではない。トム・スキナーが刻むリズムは曲によってはかなり変則的であり、ギターのリフもベース・ラインも複雑である。昨年6月に発売されたスタジオ・アルバム『ア・ライト・フォー・アトラクティング・アテンション』には、ストリングスやホーン・セクションが加わる曲も少なくなかった。

しかし、レディオヘッドの音楽に混沌にも似た深みを与えていた非ロック的要素はザ・スマイルにあってはかなり整理されていて、かつ扱いはあくまで抑制的である。デヴィッド・ボウイの名作『ロウ』を想起させるようなシンセサイザーも導入されてはいるが、どの曲もライブで再現できないものではない。『キッドA』や『アムニージアック』の曲は、レコーディング後にライブで演奏をするのにえらく骨が折れたとトム・ヨークは振り返っているが、ザ・スマイルの曲はすべてライブ演奏を前提につくられたものであるようにスタジオ・アルバムを聴いて思えた。

2020年代型の3ピース・ロック・バンド

ザ・スマイルが2022年のモントルー・ジャズ・フェスティバルに出演したのは、そのアルバム発売からおよそひと月後だった。当日ステージで演奏されたのはアルバム未収録曲を含む17曲で、うち7曲がダウンロード音源として昨年末にリリースされた。その音源は、ザ・スマイルがまさしくライブ・バンドであることの証明となっている。

トム・ヨークとジョニー・グリーンウッドは曲によって鍵盤、ギター、ベースとさまざまな楽器を操り、ドラムのトム・スキナーもときにシンセを演奏する。サンプリングを援用しながら、すべての音が3ピースというフォーマットに集約される。その7曲すべてをYouTubeで見ることが可能だが、映像を見れば誰がどの曲でどの楽器を演奏しているかがよくわかる。音源から聴きとることは難しいが、ジョニーがアルコでベースを弾く場面もある。

3ピース・バンドと言えば、60年代にはジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスとクリームが、70年代にはポリスとジャムが、90年代にはニルヴァーナとグリーン・デイがいた。しかし、例えばクリームにおいてエリック・クラプトンが曲によってベースを弾いたりピアノを弾いたりすることはありえなかったし、ポリスのベーシストはあくまでスティングだった。テクノロジーを駆使しながら、楽器を固定せず、複雑な音楽を3人だけで奏でるザ・スマイルのスタイルは、2020年代型の新しい3ピース・ロック・バンドのあり方を示していると言っていいと思う。

ファルセットを多用したトム・ヨークの儚く繊細なボーカルと、曲の強力なメロディはレディオヘッドと共通していて、トム・ヨークがピアノを弾きながら歌う冒頭の「パナヴィジョン」や、アコースティック・ギターとジョニーのピアノが絡まり合う「フリー・イン・ザ・ナリッジ」など、バラード・スタイルの曲も少なくない。しかし、全体の印象はあくまでロックで、とりわけ最後の「ユー・ウィル・ネヴァー・ワーク・イン・テレヴィジョン・アゲイン」は、権力者をストレートにこき下ろす歌詞の内容も含めて完全なパンク・ロックである。曲が終わってからの「Thank You!」が「Fuck You!」に聞こえる。

ポスト・コロナのキーワードは「身体性」

世の中はどうやらポスト・コロナの時代に入ったようで、人々はマスクを外して微笑みをさらせるようにはなった。しかし、あのコロナ禍という3年近くに及んだ未曽有の事態が人々の生活や社会にどのような影響を与えたかが必ずしも十分に検証されているわけではない。とくにミュージシャンを始めとするパフォーマンス・アーティストの表現にコロナ禍がどのような傷跡を残したか、あるいは逆にどのような可能性を拓いたかといった検証が本格的になされるのはこれからだろう。検証の主体となるのはおそらく、検証の対象でもあるミュージシャン自身である。

ザ・スマイルは、ロックというジャンルのあり方そのものを変えたとも言われるレディオヘッドのポスト・コロナにおける方向性を示したプロジェクトであるかもしれず、それはすなわちロックの新しい方向性を示すものであるかもしれない。そのキーワードが「身体性」であることは間違いないだろう。

一方のジャズ・サイドはコロナ禍をどのように総括するだろうか。ジャズという音楽の定義としてすぐに思いつくのは「スウィングしていること」「即興性があること」の2つだが、より本質的な定義は「プレーヤーの身体性が感じられること」であると思う。スウィングしないジャズもインプロヴィゼーションがないジャズもあるが、演奏者の生身の存在が感じられないジャズはない。その身体性がぎりぎりまで抑圧された3年間を経て、ジャズはどのようにポスト・コロナの時代に向かい合っていくか。あの過酷な経験が何事もなかったかのようにぬるっと過去のものになっていくとしたら、それは表現者にとっても聴衆にとっても大きな損失である。

文/二階堂 尚


『The Smile at Montreux Jazz Festival July 2022』(デジタル・ダウンロード)
ザ・スマイル
1.Pana-Vision 2.Thin Thing 3.The Opposite 4.Speech Bubbles 5.Free in the Knowledge/A Hairdryer 6.The Smoke 7.You Will Never Work in Television Again
■トム・ヨーク(vo,g,b,kb)、ジョニー・グリーンウッド(vo,g,b,kb)、トム・スキナー(ds,kb)
■第55回モントルー・ジャズ・フェスティバル/2022年7月12日

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