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【挾間美帆 インタビュー】今回は “斬新で野心的な試み”…「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」で何が起きるのか

挾間美帆

photo:Kana Tarumi


ジャズ作曲家・指揮者の挾間美帆がプロデュースと指揮を務める夏のイベント「NEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇」は、2023年で5回目を迎える。昨年に引き続いて「東京JAZZ」とのコラボレーション企画となった今回のテーマは「Mirage Future(幻想未来)」。ニューヨーク在住で、今や新しいジャズの世界の最重要人物の一人となったキーボーディストのBIGYUKI、人気ラッパーのAwich、J-POPの楽曲をジャズで表現する「J-MUSIC Ensemble」を主宰するサックス奏者パトリック・バートリーという実に個性的なゲストたちが、挾間美帆と東京フィルハーモニー交響楽団とどんな音楽を演奏するのか、そもそも「幻想未来」というコンセプトは何を意味するのか。興味津々で挾間美帆に質問をぶつけてみた。

BIGYUKIの不思議な魅力

――今回の「Mirage Future(幻想未来)」というテーマはどこから出てきたんですか? かなり謎めいた言葉ではありますよね。

挾間 まずBIGYUKIさんにぜひ参加していただきたいと思いまして、じつはこの〈幻想未来〉というコンセプトはBIGYUKIさんから出てきた言葉なんです。彼自身もともとクラシック・ピアノを習っていて、オーケストラにも興味はあるけれど、今まで一緒にやったことはない、と。それでお誘いしたら「まじ? やっちゃう?」って言ってくれました。

彼は「オーケストラを自分の音楽に寄せるのではなく、自分がオーケストラに挑む形にすることで、無理やりオーケストラと共演しました、みたいなことにはならないんじゃないか」と言ってくれたんですね。彼が出してくれた〈幻想未来〉という言葉のイメージは、ちょっとアニメ的な荒廃した未来の街のイメージだったのですが、必ずしも荒廃した未来ということではなく、ポジティブなことも含めた「幻想で見える未来」を感じさせるコラボレーションにしよう、とおっしゃってくれて、その言葉に刺激を受けて、今回のテーマにすることにしました。

――BIGYUKIさんは今や大人気で、本当に数多くのミュージシャンに信頼されている存在ですね。

挾間 クラシックから始まって今の音楽に至る、という意味では、私とはやっていることは違いますけど親近感は持っています。

とにもかくにも、あれだけニューヨークでみんなが信頼して重宝がられている、というのは並大抵のことじゃないですね。私にとっては信頼できる頼もしい存在です。実際に会うととても明るいキャラクターなので、かしこまって “尊敬に値する方です”って言いにくくなるんですけど(笑)。なにしろ、いきなり電話がかかってきて「縄跳びしようぜ」って謎のお誘いがあったりする(笑)、不思議で魅力的な人ですね。

――ラッパーのAwichさん、サックスのパトリック・バートリーさんはどういう経緯でゲストに呼んだんですか?

挾間 Awichさんは私と同い年なんですが、BIGYUKIさんの紹介です。お二人は一緒に曲を作ったことがあって。今回 “オーケストラとやるとかっこよくなるはずだからぜひ” と提案してくださって、その場で彼女に「空いてる?」とメッセージを送ってくださいました。

パトリック・バートリーはニューヨークの大学院で一緒でした。BIGYUKIさんも過去に一緒にやったことがあって “とてもよかった” というので、是非お願いしたい、と。今度は私がパトリックにメッセージを送りました。そんなパトリックはいま日本に住んでいるので、ニューヨークにいる私とBIGYUKIさんが昼間に相談してその場で連絡を入れると、日本にいる二人(Awichとパトリック)は夜中に受け取っているわけですが、お二人とも数時間後には返事をしてくれましたね。

――挾間さんとBIGYUKIさんの話し合いが瞬時にしてメンバー決定になる、と。

挾間 そうなんです、そうしたことも含めてあらゆることが即興的な(笑)。

スティーヴ・ライヒと坂本龍一

――Awichさんの曲をいくつか聴いたんですが、リリックがヘヴィですね。

挾間 そうですよね。今回彼女の「Queendom」という曲をやるんですけど、あのリリックで私は泣いちゃったんです。同い年の女性で、しかもかつてアメリカに住んでいて、あの内容のようなことを彼女は体験しているんですよね。

――パトリック・バートリーさんはすごく上手いサックス奏者で、しかも Jポップが大好きでJ-MUSIC EnsembleというグループでPerfumeなどの曲を演奏してる、というおもしろい方ですね。

挾間 日本文化が好きすぎて日本に住むことになって、今では私より日本の文化に詳しいのでは、とも思うんですが、すごくハートのある演奏をする方なので、BIGYUKIさんの「In a Spiral」をやってもらおうとか、私はカマシ・ワシントンの「Space Travelers Lullaby」をやってほしいとか話し合っていて、楽しみです。

――そうすると、選曲はゲストの人選が決まってから考えた、ということですね。

挾間 ゲストのお三方はみんなオーケストラと共演が初めてということなので、オーケストラとのコラボを通じて「未来」へとつながることになればいいな、という気持ちでプログラムを組みました。

――現在公表されている曲目がとても興味深いんですが、スティーヴ・ライヒEight Lines、そして坂本龍一0322_C#_minorが登場します。

挾間 ライヒと坂本龍一、どっちもジャズじゃなくない? と思う方も多いかもしれませんが、二人ともジャズに造詣が深く、ニューヨーク住まいだったこともありますし、ごく自然にこの2曲のアイディアが出てきました。ライヒの「Eight Lines」は、ジャズ的な和音がふんだんに出てくる曲ですしね。

――この2曲にはゲストの方々は参加しないんですね?

挾間 オーケストラだけで、ライヒにはピアノが2台入ります。ライヒの楽譜は演奏者の位置も指定してありますので、それに従って演奏します。坂本さんの曲は、以前に坂本さんご自身にご依頼いただいて編曲したもので、坂本さんが東京フィルとの2013年のツアーで演奏しました。今回はピアノなしで、オーケストラだけでやってもいいのかな、と今の段階では考えています。ジャズ的な響きはピアノ抜きでもたっぷり含まれていますし、オーケストラだけの方が〈幻想未来〉的な感じかな、と思います。

「LTWRK」をアコースティックで?

――カマシ・ワシントンのSpace Travelers Lullabyはスケールの大きい壮大な曲ですね。これはパトリック・バートリーさんのサックスをフィーチュアするんですね?

挾間 そうですね。パトリックに吹いてもらうことを考えて、絶対にこの曲にしようと思いました。

――BIGYUKIさんのLTWRKは、2021年に出た彼のアルバム『Neon Chapter』に入っている曲ですが、今回は “2023年の新バージョン”という意味でLTWRK 2023となっているんですよね。

挾間 ちなみに「LTWRK」は「ライトワーク」と読むんですが、あるときBIGYUKIさんが “ライトワークを電子楽器なしでやってみたいかも…” と口走ったんですよ。

――口走ったんですね(笑)

挾間 口走ったな、言ったな? 聞いたぞ! だったらやろうな!(笑)みたいな流れでそうなりました。それってすごく野心的なアイディアだな…、でも出来そうだな、と思って、これをプログラムのメインにしようと思ったんです。彼は武満徹の曲をやりたいと言うほどに、この企画を斬新なものにしようと考えてくださっているので、その気持に応えて斬新で野心的な試みを成功させたい、と思っています。

――楽器編成はどうなるんでしょうか? たとえば打楽器は?

挾間 電子的なバック・トラックを一切使わないことにしたので、BIGYUKIさん自身がリズム・パッドを演奏するか、オーケストラの打楽器奏者が演奏することになりますね。

――リスナーが持っているBIGYUKIのイメージが変わる可能性がありますね。

挾間 そうなんです。「LTWRK」という曲ではなく、まったくの新曲を聴く気持ちでいらしていただけると嬉しいですね。

――TSUBASAは、AwichさんとBIGYUKIさんの曲ですね。

挾間 BIGYUKIさんがこのコンサートにAwichさんを誘ったきっかけとなった曲ですので、これはぜひやりたいね、ということになりました。

シリーズ最大の “尖った” 内容

――今回は挾間さんの曲はないんですか?

挾間 やらないと思います。私としては「LTWRK 2023」に全力を注いで、編曲というより「共作」のつもりです。もともとは楽譜がない曲なので、BIGYUKIさんの音とイメージに対して、こちらがどういう楽譜を書いて激突させるか、を考えています。

――今までのNEO SYMPHONIC JAZZ at 芸劇に比べて、かなり尖っているというか、斬新なコンサートになりそうですね。

挾間 たとえばスティーヴ・ライヒが聴きたくてコンサートにいらした方がBIGYUKIの曲を聴いて刺激を受けるとか、Awichのファンが他の曲を聴いておもしろいと思うとか、そうしたことがあると嬉しいですね。

――そういえば9月13日に発売されるMiho Hazama m_unitの新作のタイトルは『ビヨンド・オービット』ですね。未来と宇宙で、このところSFづいているんですか?

挾間 〈幻想未来〉はBIGYUKIさんのアイディアに刺激されたものですから、それは偶然です(笑)。『ビヨンド・オービット』は、パンデミックや戦争などで、地球のことを考えるのが嫌になって宇宙へ、という意味もあるんです。でも、もともと宇宙・星・星座・神話みたいなことに関心があるのは確かですね。

――8月25日はこのNEO-SYMPHONIC JAZZ at 芸劇、9月13日には新作のリリース、そして9月15日から30日まではm_unitの全国ツアーと、8月から9月にかけては挾間美帆ファンには最高の2ヶ月になりそうです!

取材・文/村井康司

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