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【2023年ベスト】ジャズ アルバム BEST 50

2023年にリリースされた “ジャズ系” 作品の中から50作をセレクト

構成・文/土佐有明


Aaron Parks Little Big/Live In Berlin

ブラッド・メルドーの再来とも称され、ジェイムス・ファームなどで活躍するピアニスト、アーロン・パークスのリーダー作。本作はバンドの一体感や結束力を強く感じさせる内容。時にコンテンポラリー・ジャズの枠を大きくはみ出し、ロック的なダイナミズムが漲る場面も。iPhoneのボイスメモで録音されたという本作だが、意図せず入り込んでしまったざらつきや歪みがアクセントとなり、アルバムに深みや奥行きを与えている。


Banksia Trio/MASKS

須川崇志(b)、林正樹(p)、石若駿(ds)という豪華メンバーによるトリオ作。これが3作目とあって、これまで以上に緊密で濃密な音のコミュニケーションがはかられている。また、菊地雅章やポール・モチアン、ニック・ドレイクの曲を取り挙げており、斬新な解釈に蒙が啓かれた。特に劈頭に置かれた菊地の「Drizzling Rain」が印象的で、この曲の演奏が予告編のように機能し、その後は豊富な音楽的ヴォキャブラリーが次々と飛び出してくる。


Ben Wendel/All One

気鋭のサックス奏者のリーダー作は、宝石箱のようなアルバム。ゲスト陣が現代のジャズ・シーンを代表/象徴するような音楽家ばかりである。セシル・マクロリン・サルヴァントのヴォーカル曲で幕を開け、以降、ビル・フリゼール(g)、テレンス・ブランチャード(tp)、ホセ・ジェイムズ(vo)、ティグラン・ハマシアン(p)などとの共演が続く。ファットで分厚いサックスの響きも、必ずやリスナーを虜にすることだろう。


Bendik Giske/Bendik Giske

ノルウェー出身で現在はベルリンに居を構えるサックス奏者の3作目。一聴すると、ミニマル・テクノやIDMのようなビートに耳が行く。自分の身体や楽器の回りにコンタクト・マイクをつけて、具体音や現実音を取り込んでいるそうだ。循環呼吸の使用という意味では、エヴァン・パーカーに通じるところも。サックスの腕前もさることながら、とにかくアイディアが斬新。ティム・ヘッカーや池田亮司が好きな人にも勧めたい一枚。


Brad Mehldau/Your Mother Should Know: Brad Mehldau Plays The Beatles

ありそうでなかったアルバムかもしれない。ピアニストのブラッド・メルドーはこれまでもビートルズの曲をライヴで演奏しているが、本作は初の公式音源。ビートルズの豊かな曲想、洒落た和声感、キャッチーなメロディを拡張したような演奏が展開される。メルドーによる自作解説も明晰かつ鋭く、一読の価値あり。棹尾を飾るのは、デヴィッド・ボウイの名曲「Life on Mars?」のカヴァー。これがまたいいアクセントになっている。


Brandon Ross/Of Sight And Sound

アーチー・シェップ、カサンドラ・ウィルソン、キップ・ハンラハンらのサイドメンを務めたブランドン・ロス(g)が率いる4人組のアルバム。アブストラクト画家のフォード・クルルとコラボレーションした作品でもあり、サウンドはやや抽象的ではあるが、映像喚起力に富んでいるのもポイントだろう。具体音や現実音を取り込みながら、今様ジャズを刷新しようという志の高さが窺える。抑制の効いたブランドンのギターもいい。


Brian Blade /LIFECYCLES Volumes 1 & 2 : Now! and Forevermore

常に第一線で活躍してきたドラマー=ブライアン・ブレイドが、01年からNYで活動していた、7人編成のバンド=ライフサイクルズと録音したアルバム。ソロ作も秀逸だったピアノのジョン・カワードが、全体の調整役とでも言うべき役割を果たしている。また、ブライアンが敬愛するヴィブラフォン奏者、ボビー・ハッチャーソンへのトリビュート的な意味合いもある作品だそう。ケンドリック・スコットの新作同様、ボビーへの思慕の念が伝わる。


Chris Botti/Vol.1

95年に名門ヴァーヴからデビューしたトランペット奏者のリーダー作。本作はとにかく聴きやすい。ジャズに敷居が高いというイメージを持っている人も、長年のジャズファンも感じ入るところがあるはず。メランコリックなバラードで見せる叙情性には息を呑むし、軽妙で瀟洒なサウンドも顔を覗かせる。一歩間違えばヒーリングやカフェでかかるBGMになりそうなところだが、本作にはそのような安易な形容を跳ねのける芯の強さがある。


CYKADA/Metamorphosis

いきまりピート・コージーのようなヘヴィで重厚なギター・ソロで幕を開ける本作、悪かろうはずがない。UKのジャズ・シーンの新鋭たちが集った演奏は、サウンドシステム・カルチャーとロックにインスパイアに触発されたとのこと。確かに、ぶっとい低音とサイケデリックな音像が掛け算になっており、不穏で妖しげなサウンドを放出してくれる。ジャズの概念を拡張するような、パワフルで豪放な音塊に圧倒されること必至。


Daniel Villarreal/Lados B

ダニエル・ヴィジャレアルはパナマ出身でシカゴ在住のドラマー/DJ。ジェフ・パーカー(g)、アンナ・バタース(b)と共に作り上げた2020年の『Panamá 77』に収めきれなかった即興演奏の数々を収録したのが本作。アフロビートやディープファンクを包含するサウンドは、未収録だったのが不思議なほどの強度を誇る。特に、ジェフのギタリストとしてのヴォキャブラリーの豊富さと多彩さには、毎回のことながら驚かされる。


Dinner Party/Enigmatic Society

テラス・マーティン、ロバート・グラスパー、カマシ・ワシントン。この3人が顔をそろえたスーパー・グループなのだから、当然内容は折り紙付き。それでいて、ヒップホップ系のプロデューサーであるナインス・ワンダーが参加している。つまり、本作は、ジャズとヒップホップの合いの子であり、時たまネオソウル的なニュアンスも漂わせる。フェリックスやアーリン・レイといったR&Bシンガーをフィーチャーしているのもニクい。


Dominic Miller/Vagabond

スティングの盟友として知られ、「シェイプ・オブ・マイハート」の共作者でもあるのが、ECMから本作をリリースしたギタリストのドミニク・ミラー。ミラーのギターは、詩情豊かな響きを孕み、歌うようなプレイを聴かせる。なおミラーはアルゼンチンで産まれて米国や英国で生活し、今はフランス在住。参加メンバーも、ベルギー、イスラエルなどの出身である。多国籍な面々が集まることで、文化的な重層性が宿っている。


Enemy/The Betrayal

キット・ダウンズ(p)、ペッター・エルド(b)、ジェームズ・マドレン(ds)というトリオ=エネミーの3作目。メンバーといい、音楽性といい、ECMからの前作『Vermillion』の延長線上にあるアルバムだが、こちらはもっと豪快でワイルド。オーセンティックなピアノ・トリオをベースにしながらも、時折意想外のフレーズを連発したり、急展開を見せるため、最後まで飽きることがない。リズム隊のタイムフィールは彼らならではのもの。


Fire! Orchestra/Actions

スウェーデンを代表するサックス奏者=マッツ・グスタフソンが、14年に渡って率いてきた43名によるオーケストラと録音したアルバム。コンポジションもアレンジもほどよく練られており、展開も起伏や抑揚があって飽きさせない。北欧ジャズならではの清冽さや透明感もあり、大人数でのユニゾンには鳥肌が立つ。マッツのサックス奏者としての剛腕ぶりと実力にもあらためて恐れ入った。ミックスはジム・オルークが担当している。


Fred Hersch, Esperanza Spalding/Alive At The Village Vanguard

ベーシストでもあるエスペランサがヴォーカルに専念し、その表現力の豊かさがいかんなく発揮されたライヴ盤。彼女の歌にそっと寄り添うようなフレッド・ハーシュのピアノも、いつになく躍動的でダイナミックだ。お互いが刺激しあって高みに昇りつめてゆく、理想的なデュオ作と言える。即興で歌詞を変えて、観客の笑いを誘うなんて場面も。本格派でありながら茶目っ気たっぷりの一枚。日本のヴォーカリスト、二階堂和美が好きな人にもお勧め。


Gretchen Parlato & Lionel Loueke/Lean In

04年にセロニアス・モンク・ジャズ・コンペティションのヴォーカル部門で優勝し、その翌年にデビュー作『gretchen parlato』をリリースしたグレッチェン・パーラト。同作を支えていたのが、西アフリカのペナン共和国出身のギタリスト、リオーネル・ルエケだった。本作は勝手知ったるふたりの共演作で、パーカッシヴでアタックが強いルエケのギターと、グレッチェンの伸びやかで溌剌としたヴォーカルをたっぷり味わえる。


Harry Christelis/Harry’s House

ロンドン出身のギタリスト、ハリー・クリステリスは、ワン・ダイレクションの一員としてキャリアを始め、2017年に発表されたソロ・デビュー作は55ヵ国以上のチャートで1位を獲得した。一方、本作は、ジャズとドリーム・ポップのあわいを行くような夢幻的なサウンドが特徴。ビル・フリゼールやパット・メセニーからの影響はありそうだが、それを超えたオリジナリティを感じさせる。無限の可能性を秘めたギタリストの新たな代表作。


Hiromi Uehara/Hiromi’s Sonicwonder

上原ひろみの作品はいつだって挑戦的で野心的だ。本作もそう。例えば2曲目。アシッド・ハウスのようなビートに乗せて、ウェザー・リポートの「ティーン・タウン」のフレーズを借用。主軸はもちろんジャズだが、プログレやサイケなどのエキスも注がれている。なお、ロシアの作曲家、ニコライ・カプースチンと上原の曲には通じるものがある。本人は意識はしていないそうだが、よく指摘されると言っていた。こちらも聴いて欲しい。


Hitomi Nishiyama/dot

2005年に横浜のジャズプロムナードでグランプリを受賞し、06年にはスウェーデン録音の作品でデビューした西山瞳(p)。10曲中5曲がピアノ・トリオで、それ以外では管楽器やヴァイオリンが適宜入る。荘重で張り詰めた空気の中、タイトル通り点描的な演奏が繰り広げられる。なお彼女は、2015年より、ヘヴィ・メタルの名曲をカヴァーするプロジェクトNHORHMを率い、アルバムもリリースしている。こちらの今度の動向も要注目だ。


Jaimi Branch/Fly or Die Fly or Die Fly or Die

マーキス・ヒルや黒田卓也らと並ぶ個性的なトランペット奏者。それが、2022年に39歳の若さで逝去したジェイミー・ブランチだ。その時点で本作のレコーディングはほぼ終わっていたという。アフロ・カリビアン風からフリー・ジャズまで曲ごとの振幅は広く、彼女が歌うトラックも凄みがある。なお、彼女がジェイソン・ナザリー(ds)と組んでいたアンテローパーなるユニットの作品も秀逸。こちらはジェフ・パーカーのプロデュースだ。


James Brandon Lewis/Eye Of I

若くして現代音楽や民族音楽を学び、唯一無二のサウンドを追求するサックス奏者のアルバム。トム・ウェイツやメイヴィス・ステイプルズなどのアイテムも抱える先進的レーベル、アンタイからリリースされたのも納得だ。本作は電子チェロとドラムとのトリオ編成で、スピリチュアル・ジャズの最良のエッセンスをまる呑みしたような苛烈なサウンドが充満。ざらついた音像も魅力のひとつだろう。個人的には今最も気になるテナー奏者である。


Jason Moran/From the Dancehall to the Battlefield

ひたすら我が道を突き進むピアニスト、ジェイソン・モランのアルバム。本作は20世紀初頭に活躍したジェイムズ・リース・ヨーロップとランディ・ウェストンというミュージシャンに捧げられた作品。アルバート・アイラーの「Ghost」も取り挙げられている。型破りで独創的なモランのピアノも相変わらず素晴らしいが、テラス・マーティン(b)とナシート・ウェイツ(ds)という強力なリズム隊がアンサンブルを牽引している。


Joel Goodman/An Exquisite Moment

過去30年に150作を超える映画やTVの音楽を手がけ、エミー賞も受賞した作曲家ジョエル・グッドマン(key)のリーダー作。ダニー・マッキャスリン(sax)、エリック・ハーランド(ds) を全曲に招き、ランディ・ブレッカー、ジョン・パティトゥッチも参加。ジャズファンならずとも、この面子だけで腹がいっぱいになる。グッドマンは各人のソロが映えるように全体の統制を取っている。本人名義でのリリースは初だが、途轍もない才能である。


John Raymond/Shadowlands

トランペット奏者ジョン・レイモンドと、ボン・イヴェールの多楽器奏者ショーン・キャリーの共演作。レイモンドはカート・ローゼンウィンケルやギラッド・ヘクセルマンとも共演歴があり、ジャズの語法に基づくフレーズを奏でる。一方、キャリーの儚げなウィスパー・ヴォイスが茫洋な空気をつくりだし、うたものとしての完成度を高めている。アーロン・パークス(p)も参加。ボン・イヴェールのファンでなくとも一聴の価値ありだ。


John Scofield/Uncle John’s Band

全編ソロ・ギターだった前作から一転、ビル・スチュワート(b)、ヴィセンテ・アーチャー(ds)とのトリオで挑んだ作品は、2枚組で全14曲を収録。ジョンスコが盤石なリズム隊と組むことで、ギターを弾くことの快楽を再び取り戻したようなアルバムだ。特にロバート・グラスパーや山中千尋との共演歴もあるヴィセンテの活躍ぶりが目覚ましい。ボブ・ディランやグレイトフル・デッドのカヴァーもあるが、ジョンスコ節は不変だ。


John Zorn/Nothing Is As Real As Nothing

ECMに続き、ジョン・ゾーン率いるレーベル、ツァディックもサブスクが解禁となった。本作はそのゾーンと、ジュリアン・ラージ、ビル・フリゼール、テリー・ライリーの息子であるギアン・ライリーが協働したアルバム。アコースティック・ギターのみが使われており、まずはその響きの美しさと眩しさに陶酔させられる。滑らかで淀みないアルペジオから、縦横無尽なソロまで、アコギのみでこれだけ芳醇なサウンドが創られたことに驚く。


Johnathan Blake/Passage

現代ジャズを代表するドラマーのひとりがジョナサン・ブレイク。ブルーノートからの本作は、イマニュエル・ウィルキンス(as)、ジョエル・ロス(vib)、ダヴィ・ビレージェス(p)、デズロン・ダグラス(b)という布陣から成り、音楽的な引き出しの多さと懐の深さを実感させる一枚。ジョナサンが絶妙なタイミングで叩くシンバルがアクセントとなっている。21年に逝去したジョナサンのドラムの師匠=ラルフ・ピーターソンの作品も演奏。


Josh Johnson/Freedom Exercise

ジョシュ・ジョンソンは、ジェフ・パーカーやマカヤ・マクレイヴンとの共演歴もあるサックス/鍵盤奏者、シカゴ出身でLAに居を構える彼は、今様ジャズのキーパーソンである。本作は、絶賛を浴びたデビュー・アルバム『Freedom Exercise』にボーナストラックを加え、CD化されたもの。オーセンティックなジャズの語法を踏まえながらも、良い意味で雑味たっぷりのサウンドを聴かせる。ジョシュがハービー・ハンコックらに師事したのも納得。


Joshua Redman/Where Are We

サックス奏者のジョシュア・レッドマンによるブルーノート第一弾。特筆すべきは、13曲中9曲でヴォーカルを取るガブリエル・カヴァッサだ。ビリー・ホリデイやエイミー・ワインハウスからの影響も滲む彼女の存在抜きに、本作は成り立たなかっただろう。参加メンバーは、ブライアン・ブレイド(ds)、ジョエル・ロス(vib)、ニコラス・ペイトン(tp)、カート・ローゼンウィンケル(g)など、名手が揃った。滋味に富む一枚である。


Kassa Overall/Animals

例えば昨今のジェフ・パーカーのソロ作がそうであるように、ジャズとヒップホップを架橋してみせたのがこのアルバムだ。ドラマーとしてアート・リンゼイやマリーザ・モンチなどと共演してきたカッサ・オーバーオールは、プレイヤーとしても秀でた存在。それでいて、本作にはビート・ミュージック的な要素も持ち込まれている。シオ・クローカー、ヴィジェイ・アイヤー、アンソニー・ウェアらをフィーチャーした配役の妙にも唸る。


Kendrick Scott/Corridors

ブライアン・ブレイドの後継者的なドラマー。ケンドリック・スコットについてはそんな形容が似合う。本作はウォルター・スミス3世(sax)、リューベン・ロジャース(b)と組んだトリオ編成。コードレス・トリオならではの緊張感と緊迫感が伝わってくる。ヴィブラフォン奏者、ボビー・ハッチャーソンの曲をリアレンジしたトラックを1曲収録。ケンドリックの作曲家としての才能も、これまで以上に顕在化したアルバムだと言えるだろう。


Koma Saxo/Post Koma

スウェーデンのプロデューサー/ベーシスト=ペッター・エルドが率いる7人組のアルバム。同じ北欧のアトミックにも劣らない、パワフルで野趣に富むプレイが展開されている。エリック・ハーランドやリチャード・スペイヴンを迎え、ドラムに焦点を当てた作品もあるエルドらしく、ビート・ミュージック的な色合いも濃厚。ポスト・ロックや音響派を通過した音でもある。J・ディラ以降とでもいうべき、ふらつくようなリズムも独特。


Kurt Elling/SuperBlue: The Iridescent Spree

今年聴いたヴォーカリスト入りのジャズで最も感銘を受けたのが、このカート・エリングのリーダー作。ブルーノートと契約した『Man In The Air』(03年)以降、グラミー賞の常連であり、ようやく受賞した前作『SuperBlue』に続くのが本作。前作同様チャーリー・ハンター(g)が深く関わっている。ソフトだが表情豊かなカートの歌声は、ビング・クロスビー、ナット・キング・コールらと並ぶ。コーリー・フォンビルのドラムも出色。


Kurt Rosenwinkel, Geri Allen/A Lovesome Thing

片や、世界中のミュージシャンに影響を与えつつあるギタリスト。片や、M-BASEコレクティヴに参加し、2017年に逝去したピアニスト。カート・ローゼンウィンケルとジェリ・アレンの共演盤が本作で、2012年のライヴが収録されている。カートの自在に旋回するギターと、軽やかで瑞々しいジェリのピアノ。ふたりが接点を探りながらインタープレイを繰り広げるさまはビル・エヴァンスとジム・ホールの『アンダーカレント』も連想させる。


Langendorf United/Yeahno Yowouw Land

レディオヘッドのドラマー、フィル・セルウェイが推しているのも納得の仕上がりだ。スウェーデンのサックス/ピアノ奏者の最新作は、東欧のジプシー音楽やアフロビート、エチオジャズまでを呑み込んだ、妖しく怪しい一枚だ。エキゾティックなフレーズが頻出する演奏はもちろん、サイケデリックな音像も耳を惹く。シンク・オブ・ワンやタラフ・ドゥ・ハイドゥークスなどが好きなリスナーにもぜひ聴いてほしい逸品である。


Linda May Han Oh/The Glass Hours

ジャズの重要作に名を連ねることの多いベーシストの最新作。コンスタントに良作をリリースしてきた彼女だが、これは決定版ではないだろうか。ピアノ・トリオにサックス、ヴォーカルという布陣で電子音も使用。夫でもあるファビアン・アルマザン(p)、マーク・ターナー(sax)、ポルトガル出身の歌手サラ・セルパなどが参加。スコット・ラファロ、チャーリー・ヘイデンにも劣らないベーシストの彼女だが、作曲・編曲の才能も突出している。


May Inoue STEREO CHAMP/The Elements

スーパー・バンド、CRCK/LCKSのギタリスト=井上銘率いるクインテットの3作目。“ロックフェスでも闘えるバンド”という謳い文句の通り、アグレッシヴな演奏を展開してきた彼らだが、本作は曲調の振れ幅がぐっと広がった。メンバーの類家心平(tp)、渡辺翔太(p,key)、山本連(b)、福森康(ds)はいずれも充実のソロ作をリリースしており、いずれも相当な手練れ。特に類家の火を噴くようなトランペット・ソロには圧倒される。


Meshell Ndegeocello/The Omnichord Real Book

ファンクやR&B、アフロビートなどを基軸とする本作を、ジャズに括るかどうかは難しいところだ。しかし、リリースはブルーノートからで、ジェイソン・モラン、アンブローズ・アキンムシーレ、ジョエル・ロス、ジェフ・パーカーらが参加している。これを入口にジャズに接する人もいるだろう。くぐもったようなアナログな音像が、名手揃いのクセのあるサウンド・メイクと相まって、むせかえるほど濃厚な音世界を構築している。


Mette Henriette/Drifting

前作がECM史上初の2枚組だったという事実だけでも、同レーベルの彼への期待度が分かろうというもの。ノルウェーのサックス奏者がピアノ、チェロと組んだアルバム。その響きはどこまでヴォリュームをあげても静謐そのもの。音数は少なく内省的で、ヤン・ガルバレクから始まってニルス・ペッター・モルヴェルなどに続く、ノルウェーのジャズの系譜を継承している印象も。曲によっては室内楽的な様相を呈したりするのも興味深い。


Miho Hazama/Beyond Orbits

近年ラージ・アンサンブルが注目されているが、作曲家/編曲家の挾間美帆はマリア・シュナイダーと並び同分野で活躍する作曲/編曲家。オランダやデンマークでも活躍している彼女が13人の音楽家と作ったのが本作。いわゆるビッグ・バンド・ジャズとは異なり、室内楽的な要素が濃厚だが、ソリストが個性を発揮するスペースもあり。即興的なスリルや刺激にも満ちている。アース・ウインド&ファイアーのカヴァーも収録。


Mikkel Ploug/Nocturnes

デンマークのギタリストで作曲家のミケル・プロウと、彼と12年間にわたり共演してきたテナー奏者マーク・ターナーとの共演作。両者は、2018年にデュオ作『Faroe』をリリースし、グラミー賞の最優秀インストゥルメンタル・ジャズ・アルバム賞にノミネートされた。プロウが「夜のためのアルバム」という本作は、ふたりの創意あふれるプレイが自然に融合し、柔らかなサウンドスケープを描き出す。息の合ったふたりならではの作品だ。


Pat Metheny/Dream Box

近年は作曲家としての仕事が注目を浴びていたメセニーが、アコースティック・ギター、バリトン・ギター、エレキ・ギターなどを多重録音して作ったというアルバム。サウンドは透明感のあるクリーン・トーンながら、録音のせいか良い意味での雑味があり、ザラザラした手ざわりは何度聴いても耳に心地よい。未だに前進を止めない御大メセニーの音楽的好奇心が結実した一枚。後続への多大なる影響力示す作品、とも言えるだろう。


Rachael & Vilray/I Love A Love Song!

女性シンガーのレイチェル・ブライスと、ギター/ヴォーカル/作曲家のヴィルレイが組んだデュオ・アルバム。1930年辺りにタイムスリップしたような、スウィンギーな楽曲が並んでいる。オリジナルもあるが、ベニー・グッドマンやサラ・ヴォーンが取り挙げたスタンダードが、現代的な空気を吹き込まれているのが面白い。その意味では、カーメン・マクレエにも通じる存在かも。なお、レイチェルはレイク・ストリート・ダイヴの一員だ。


Ralph Towner/At First Light

ラルフ・タウナーはECMの三大ギタリストのうちのひとりとされ、御年83になる傑物。今回も同レーベル特有のクリスタル・サウンドが根っこにありながらも、彼にしか出せない清冽で美麗な音色を聴かせる。使用されているのはクラシック・ギター1本で、全曲ラルフの独演。自作曲の他、ホーギー・カーマイケルのカヴァーなどを収録している。セルフライナーでラルフは、ジョン・コルトレーンからの影響について述べている。


Ray Vega & Thomas Marriott/East-West Trumpet Summit Coast To Coast

ファンキー・ジャズやハードバップなど、50~60年代のジャズシーンの空気が真空パックされたような作品。ピアノ・トリオにトランペット×2という編成で、けれん味のないストレートアヘッドなジャズを奏でるが、ラテン音楽のエッセンスが端々から滲み出ているのが要注目。リー・モーガンやマイゼル・ブラザーズが好きな人はもちろん、ジャズ初心者に入門編として差し出してもいいだろう。明快でキャッチーなサウンドが耳を惹く。


Rezavoir/Rezavoir

シカゴを拠点とするプロデューサー/マルチ奏者=ウィル・ミラーが率いるジャズ・コレクティヴの2作目。土台にあるのはジャズだが、即興の要素やソロの比率はさほど高くない。むしろ、アンビエトやドリーム・ポップの要素が濃厚で、チル・アウト・ジャズとでも言うべき特異な音像を創出している。特に、自在に変化するシンセサイザーの音色にしばし陶然とさせられた。肩の力が抜けたうたものも素晴らしく、早くも次作が楽しみだ。


Rob Mazurek – Exploding Star Orchestra/Lightning Dreamers

トランペット奏者のロブ・マズレクが率いるリーダー作。冒頭から不穏なブレイクビーツにジェフ・パーカーのフリーキーで面妖なギター・ソロが加わり、いきなりクライマックスに。その後も、電化時代のマイルス・デイヴィスを想わせる混沌としたサウンドが渦を巻き、リスナーを忘我の境地へと誘う。特に鍵盤のクレイグ・テイボーンの存在感は大きい。故ジェイミー・ブランチ(tp)も参加しており、彼女へのトリビュート的な作品とのこと。


Sebastian Rochford/Short Diary

これがECMからの初リーダー作となるイギリス人ドラマー=セバスチャン・ロックフォードが、鍵盤奏者のキット・ダウンズと協働した作品。ECM特有のリバーブがかかったサウンドは相変わらず透明だ。ふたりの共通言語となるのはジャズだと思うが、アンビエント的なフィーリングもあり、ブライアン・イーノやマイケル・ナイマン、モートン・フェルドマンらの作品とも共振する内容。音数は少なく、心の揺れを沈めてくれるような効果も。


Stacey Kent/Summer Me, Winter Me

コケティッシュでチャーミングな歌声を聴かせる女性シンガーの2年ぶりの新作。ヴォーカルは情感豊かだが、リラックスして歌っているのだろう。決して息苦しくならず、むしろ開放的な空気が流れている。弦楽四重奏が加わる曲でも大仰にならず、ナチュラルに曲中に挿んでいる印象だ。日本の中村佳穂が好きな人も気に入るのではないか。ライヴでも度々演奏されてきたという、アントニオ・カルロス・ジョビン「コルコヴァード」のカヴァーが秀逸。


Yussef Dayes/Black Classical Music

トム・ミッシュと共演アルバムをリリースするなど、UKジャズの興隆に貢献するユセフ・デイズの初アルバム。シャバカ・ハッチングスやマセーゴなどをゲストに迎え、ジャズやロックやファンクと汎アフリカ的音楽が継ぎ目なく繋がったサウンドを創出。黒人と少数民族が参加したチネケ!オーケストラが参加しているのも重要だろう。ユセフは多楽器奏者だが、本作の軸となるのが彼のタイトで引き締まったドラムなのは間違いない。

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