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外国人が集う個別指導塾「東京光音楽塾」のジャズフェスに行ってきた【ジャムセッション講座/第34回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回は連載開始から3年が経ったので、久々に近況報告会。この1年を通して学んだことや、ジャムセッションの現場で感じたこと、最近のライブ観覧報告など、 ”いまだに” 初心者のような疑問を抱くライター千駄木と、担当編集者が語り合います。

【今回の登場人物】


千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。31歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。10年前、渋谷陽一氏に一目会いたくて、就活でロッキング・オン・グループを受けたが、エントリーシートの「これまで行ったことのある弊社のイベントすべてに丸をつけてください」という項目で、立川昭和記念公園で行われていたフードフェス「まんパク」にしか丸をつけられなかったせいで、書類落ちした。

編集者 ヤマシタ
本誌編集者。50代男性。ライター千駄木とともに当連載企画をスタート。音楽はジャンルを問わずなんでも聴く。ライター千駄木に無理難題を押し付けて楽しむ悪人。

ジャズ業界の“面倒臭さ”を再認識

山下 千駄木くん、最近、原稿が遅れ気味じゃない? どうなってんの?

千駄木 すみません、この数日間は自民党に振り回されていまして。

山下 政治の記事もやってんのか…守備範囲が広すぎだろ。

千駄木 ほかにも理由が2つありまして。

山下 どうせ言い訳だろ。

千駄木 ひとつはAIの進化。私はライターという仕事の7割は “文字起こし” だと思っているんです。

山下 録音したインタビューなんかを文字化する作業ね。

千駄木 30分の取材音源を書き起こすには、通常3時間かかると言われてきました。それが、最近は文字起こしツールにシンギュラリティが起きて、30分の取材音源でも、少し手を加えれば10分ほどで書き起こせるようになりました。

山下 じゃ、締め切りにも間に合うじゃん。

千駄木 違うんです。文字起こしの時間が浮いて精神的な余裕ができたおかげで、依頼された仕事をすべて引き受けるようになりました。ただ、頭を使って文章を書くのは結局、人間。いくら文字起こしの負担が軽くなっても、原稿執筆のスピード自体は変わりません。それで完成待ちの原稿がひたすら溜まっていって……。完全にキャパシティオーバーです。

山下 そこを管理するのがプロだろ。で、もうひとつの理由は?

千駄木 この連載ではジャムセッションの主催者やミュージシャンに取材をお願いしています。しかし、ベテランや老舗の方々から「もう取材は飽きた」と言われ、断られてしまうケースが増えてきました。

山下 それが本当の理由だな。相変わらず “ジャズ界特有の面倒くささ“ にも振り回されているわけだね。

千駄木 連載を始めて3年、これまで本当にたくさんの人やお店を取材できて、「『ジャムセッション講座』、最高!」と思っていたのですが、最近は謎の理由で断られることが多いです。あるミュージシャンには「ジャムセッションは人に教えるものではない」と言われてしまいました。Facebookでは毎日、講釈を垂れているのに……。

山下 そういう苦労をしながらも、この1年は幅広い人たちに話を伺って、有益な情報を発信できたよね。

千駄木 本当にありがたい限りで、ドラマーの大坂正彦さんはこの連載に2回も登場してくれていますよ。

山下 御茶ノ水「NARU」(連載 第26回)と曙橋「東京光音楽塾」(連載 第33回)ね。日本を代表する老舗と、海外の新興勢力の双方でジャムセッションのホストを務めているんだから、すごいよね。

千駄木 記事にも書きましたが、東京光音楽塾の参加者は全員外国人ですよ。

山下 千駄木くん、「いつも取材に応じてくれる気さくなおじさん」と思っているかもしれないけど、大坂さんってすごい人だからね。くれぐれも粗相のないように。

ジャムセッションよりもフェスは音が大きい

千駄木 そんな大坂さんが、東京光音楽塾主催の「Hikari International Jazz Festival 2025」というジャズフェスに出演するという話を聞いて、さっそく観に行ってきました。ライブハウスや飲食店ではなく、ホール(渋谷ストリームホール)でジャズのライブを観るのは初めてです。

山下 普段の現場で見るジャムセッションとの違いはあった?

千駄木 音がとても大きかったです。

山下 まるで小学生の感想だな。

千駄木 いや、普段のジャムセッションの現場って、バー営業と同時に行われていることも多いので、会話ができないほどの音量で演奏されることはないんです。ドラム、ピアノ、コントラバスは生音で、マイクやギターのみがアンプを通しているということもよくあります。だから「でかい音のジャズ演奏」ってだけで、僕にとってはものすごい衝撃なんです。

山下 確かに、防音設備がしっかりしているお店もあるけど、ライブハウスのようにドラムをドカドカ叩くような場所は少ないかもね。

千駄木 そのため、これまで見てきた大坂さんのプレイもパワフルながらも “飲食店用” というか、抑え気味の印象でした。ところが、ホールでは、普段以上にパワフルでスリリングな演奏で、「これまで観ていた大坂さんは接待モードだったのか」と思うほど力強いドラミングに衝撃を受けました。

山下 確かに、音量とか音圧って音楽そのもの印象を大きく変えるのかもしれないね。

7月6日、渋谷ストリームホールにて開催された「Hikari International Jazz Festival 2025」

千駄木 それから、ジャズギタリストの生の演奏を初めて観ました。前回の記事でベーシストの紀鵬さんがおすすめしていた香港出身の関家傑さんが出演していたんです。ジャズギターは落ち着いたイメージを持っていたのですが、その日は道下和彦さんとのソロの応酬で、僕が考えてるジャズとは別物というか、いろんなスタイルがあるんだなと感心してしまいました。あとでバックステージで道下さんにそのことを伝えると、「今日のはジャズちゃうやん」と冗談で返してくださいました。

山下 それはリップサービスですから、真に受けないように……。

千駄木 Hikari All Starと名付けられたバンドは大坂さんと道下さんのほか、多田誠司さん(アルトサックス)、岡崎正典さん(テナーサックス)、田中裕士さん(ピアノ)といった日本人メンバーに加え、紀さん、関さん、李曉川さん(トランペット)といった中華圏のプレイヤーも加わった構成でした。リハーサル時間はわずか2時間で、関さんは当日の朝に香港から飛行機で来日し、ほとんどぶっつけ本番だったそうです。演奏の大半はアドリブだったとか。

山下 実質的にジャムセッション状態だったわけだ。ほかに気になる出演者はいた?

千駄木 ヴァイオリニストの寺井尚子さんの演奏も初めて観ましたが、「あと10分」というカンペが出ているなか壮絶なアドリブを繰り出し続ける鬼気迫る姿に驚きました。これも本人にあとから聞いた話では、ステージ上の時計が壊れていて、時間がわからなかったそうです。あと、ドラマーの川口千里さんも出演していて、彼女のプレイもすごかったですね。

世の中には不思議な形の楽器がたくさん

山下 演奏以外で、何か発見はあった?

千駄木 普段の取材現場(バーやライブハウス)とは環境が違っていて、なかでも圧倒的な違いを感じたのは、機材や楽器です。

山下 例えばどんな?

千駄木 自分はギターを弾くので、どうしても目線はそちらに向かってしまうのですが、関さんはセミアコースティックギターを使いながら、足元には複数のエフェクターが並んでいたので、「ジャズでもこんなにエフェクターを使うんだ」と意外に思いました。

山下 ロックではディストーションやファズといった「歪み系」が多用されるけど、リバーブやディレイといった「空間系」のエフェクターはジャズでもわりと使われるよ。

千駄木 あと、この連載の初回ゲスト、修浩一さんは「ジャズギターといえば、通常はフルアコースティックかセミホロウの “ハコモノ” が多い」とおっしゃっていました(連載第3回)。小岩「BACK IN TIME」で行われたギターセミナーに参加したとき(連載第14回)も、レスポールを持っていった自分が浮いてしまうくらい、ほとんどの参加者がセミアコを使っていたんです。そんな中、道下さんが使っていたのはスタインバーガーというブランドのギターでした。

山下 四角いボディのやつね。

千駄木 あのギターって、個人的には、ニューウェーブやエレクトロのちょっとエキセントリックなアーティストが使うイメージだったので、ジャズの現場で見るのが新鮮でした。周囲の観客からも「なにあのギター?」という声が聞こえてきましたからね。

山下 ジャズ・フュージョン系だと渡辺香津美さんや、機材に強いこだわりがあることで知られるアラン・ホールズワースも使用していたから、ジャズミュージシャンが使うのもじつは意外ではないんだけどね。

千駄木 また、寺井尚子カルテットのドラマー・荒山諒さんの迫力ある演奏も印象的で、観客もそのパフォーマンスに驚いていましたが、同時に、吊り上げられたヘビのようにぐるぐるとしたシンバルも気になりました。

山下 ジルジャンのスパイラルスタッカーかな。

千駄木 「ヤフオク!」や郊外の中古楽器店などで日々さまざまな楽器を見ていますが、それでも、まだまだ知らない楽器がたくさんあるのだと実感させられました。

なぜ定食屋ではジャズがBGMで流れるのか?

山下 ミュージシャンの使用楽器からジャズに興味を持つというのは、良いことかもしれないね。

千駄木 ジャズ好きの方々はあまり話題にしないですけど、マイルス・デイヴィスの赤いトランペットは、やはり気になります。

山下 あれはオーダーメイドらしいよ。

千駄木 高中正義のサーフボード型のギターも。

山下 あれはあの人しか使わないから。

千駄木 高中正義といえば、昔から海外の音楽ファンの間でも知られていましたが、シティポップブームの影響もあり、喫茶店やレストランのBGMとして耳にする機会が増えました。

山下 高中さんの過去作品は、今アメリカの若者の間でも注目されてるらしいよ。確かに最近、フュージョンの名曲をスーパーマーケットや飲食店のBGMで耳にすることも増えた気がするね。あと、チェーン店の居酒屋とかファミレスのジャズ率高いよね。僕がよく行く定食チェーンのやよい軒でも、いつもモダン・ジャズのスタンダードが流れてる。

千駄木 大戸屋でボサノヴァのギターの巨匠、バーデン・パウエルの曲がかかっていたときは、さすがに「三元豚のヒレカツ」を食べる手が止まりました。

山下 「これバーデン・パウエルだ」ってよくわかったね。

千駄木 Shazamで調べました。

山下 現代っ子だな。

千駄木 でも、定食屋でジャズというのは少し不思議な気もします。

山下 そんなことないでしょ。昔ながらの定食屋さんでも、マスターがジャズ好きで、店内BGMがモダン・ジャズということはよくあるからね。それに、日替わり定食を出すタイプの喫茶店でも、ジャズが流れていることは多いよね。

千駄木 「ストレート・ノー・チェイサー」を聴きながら食べるアジフライ定食……。

山下 朝っぱらからクイーンの「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」を聴きながら飯喰うよりは、よほど良いだろ。まあ、飲食チェーン店のBGMになるってことは「ジャズ=当たり障りのない音楽」って捉えられているフシもあるよね。

千駄木 そう考えると、日常にはジャズが溢れているのですね。吉本新喜劇のテーマ曲が「サムバディ・ストール・マイ・ギャル(邦題:恋人を取られて)」という、彼女をNTR(ネトラレ)されたという歌詞のデキシーランド・ジャズだと知って震えました。あんなに陽気なイントロなのに……。

山下 「歌詞が実は不穏」というのは、洋楽ではよくある話だよね。ジェームス・ブラントの「ユア・ビューティフル」も、サビは「あなたは美しい」と歌っているから、結婚式で使いたいというカップルが多かったらしい。でも、実は「地下鉄で見かけた元カノに未練を募らせている」という内容。そう考えると、「ボーン・トゥ・ラヴ・ユー」は、食事中以外ならどんな場面にも合う曲かもしれないね。

千駄木 歌詞も「君のことが大大大大大好き」というストレートな内容ですしね。

秋は地元のジャズフェスのシーズン

山下 もうあと1カ月もすれば秋になるから、8月31日には「横浜旭ジャズまつり」、9月13日・14日には「定禅寺ストリートジャズフェスティバル」、10月18日・19日には「すみだストリートジャズフェスティバル」、10月24日・25日には「阿佐谷ジャズストリート」が行われるね。そうしたジャズフェスでもジャムセッションのイベントが行われてるから、取材してみるといいかもね。日本全国のジャズフェスのスケジュールをまとめた「ジャズフェスカレンダー」っていうページあるから、ぜひサーチしてみて。

千駄木 本当に素人質問で恐縮ですが、どうしてこんなに「おらが村のジャズフェス」があるのでしょうか?

山下 1960〜70年代にこうしたジャズフェスが始まった頃は、文化事業として「行政」や「地方公共団体」の協力を得やすかったと言われているんだよね。

千駄木 その頃は「テケテケ」や「エレキ」など、ロックが盛り上がっていた時代では?

山下 そう、若者の音楽として盛り上がってた。同時に「エレキギター=不良」というイメージも強かったから、ロックフェスをやると治安が悪くなるという偏見もあってジャズフェスの方が開催しやすかった、という話を聞いたことがある。あと、ジャズは戦前から日本で親しまれていたジャンルだったからファン層も厚かったし、プロのミュージシャンだけでなくアマチュアの演奏者も多かったらしい。そうした人たちによって、町おこしの一環としてジャズフェスが定着していったんだよね。

千駄木 今ではフジロックやサマーソニック、ロック・イン・ジャパンといったロックフェスが夏の代名詞ですが、かつてはジャズこそが夏フェスの主流だったというのにも驚かされます。

山下 そこにはいろんな理由があるけど、まずは円高傾向で海外からアーティストを呼びやすかった。まあ、普通に景気も上昇し続けていたのでスポンサーも多くついて、資金面ではかなり恵まれていたとは聞くよね。あと “ジャズフェス”と言っても古典的なジャズばかりではなくて、70〜80年代はポップなフュージョン系のグループもかなりの比率を占めていたから大衆にアピールしやすかったし、広告との相性も良かったのだと思う。

千駄木 こう言うのもなんですが、やっぱりお金に余裕がないと純粋に音楽って楽しめないですよね。

山下 う〜ん、でもさ、 たとえば戦前、日本に初めてジャズが入ってきた頃は、世界恐慌の影響もあって日本の経済もかなり厳しい状況だったよ。

千駄木 確かにそうですね。

山下 とは言え、当時は “かなり裕福な人たちの趣味” であったことは事実。あとジャズは「聴く音楽」として人気を集めると同時に「演奏することが楽しい音楽」として伝播していった側面もあるよね。これから開催されるジャズフェスも、プロの演奏家が出演するイベントもあるけど、基本的には無料で楽しめるアマチュア市民のためのイベント。多くの人に演奏の機会が開かれているというのは、とても素晴らしいことであり、そういう場所でのセッションこそ、楽しんでほしいよね。

千駄木 なんだか、良い感じにまとまってしまいましたね。どうします? 最近、私が弾き語りライブをやって、25年前のアニメ『フルーツバスケット』のテーマ曲である、岡崎律子の「For フルーツバスケット」を歌ったところ、とんでもなくスベった話でもしますか?

山下 頼むから、真面目にジャムセッションに参加してくれ……。

構成・文/千駄木雄大

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

①やっぱりジャズ業界は面倒臭い!
②プロ同士のジャムセッションは必見
③ジャズギターもエフェクターを使う
④気になる曲はShazamで調べよう
⑤ジャズはみんなが演奏を楽しめる音楽

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