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梅井美咲 ─ 19歳の新星がデビュー作|ピアノと作曲を探求し「いつも音楽のことばかり考えている…」【Women In JAZZ #30】

梅井美咲

梅井美咲は、音楽大学に通う19歳。子供の頃からピアノと作曲を学び、数々のコンクールに入賞。16歳でブルーノート東京に出演して上原ひろみと共演したという天才肌のミュージシャンだ。

そんな彼女がピアノ・トリオによるデビュー・アルバム『humoresque』をリリースした。全曲彼女のオリジナル曲で構成されたそのアルバムは、彼女の無限の可能性を感じさせる。

モンクの泥臭さがカッコいい

──ピアノを始めたのは何歳から?

4歳から習い始めました。母が家でピアノの先生をやっていて、赤ちゃんだった私をあやしながら生徒さんに教えていたそうです。そのせいか、私も自然にピアノをやりたいと思うようになり、母が教えてもらった先生に習い始めました。

──最初はクラシックだったんですか?

はい。小学校1年ぐらいからコンクールにも出ていました。学校から帰って寝るまでずっとピアノを弾いていたので、それが辛い時期もありましたね。

──ジャズはいつ頃から興味を持ち始めたのですか?

トラディショナルなジャズがカッコいいって思い始めたのは8歳ぐらい。父がよくセロニアス・モンク(注1)の『モンク』というアルバムを聴いていて、めっちゃカッコいいって感じたんです。

注1 : セロニアス・モンク(Thelonious Monk)。1917年アメリカ・ノースキャロライナ州出身。1940年代にジャズのビ・バップ・ムーブメントの中心的存在の1人として後のシーンに大きな影響を与え、また独創的な演奏でも注目を集めた。作曲家としても「ラウンド・ミッドナイト」「ブルー・モンク」など数多くの名曲を世に送り出した。1982年没。

──クラシックのピアノをやっていると「モンクのピアノって間違ってる」と感じなかった?

あの泥臭いっていうか、濁った感じが好きでした。ビル・エバンスとかの名盤と呼ばれる作品も聴いていたんですけど、どっちかというとモンクの感じが好きでしたね。ただ当時はアドリブの部分がすごく退屈に聴こえて「リフはこんなにカッコいいのに、なんでこんなに長くやってるんだろう」ってずっと思ってました(笑)。

──普通は、モンクのような弾き方をするとピアノの先生に怒られたりしますよね。

絶対に怒られると思います(笑)。当時の私はクラシックとジャズを並行してやっていたので、ジャズの、2拍目にアクセントがくる感じがクラシックを弾いてても出ちゃったり、逆にクラシックの弾き方がジャズに出ちゃったりして、一時期は混乱して(笑)。先生にもよく怒られました。

──頭の切り替えが必要になってくる。

でもその先生は、グルダ(注2)のDVDを貸してくださったりして、クラシックとジャズの融合の面白さも教えてくだいました。あと、ジャズの影響を受けたクラシック音楽、カプースチン(注3)やガーシュウィン(注4)も好きでよく聴いていましたし、ラヴェル(注5)やフォーレ(注6)も好きでしたね。

注2 : フレードリヒ・グルダ。1930年オーストリア出身のピアニストで、クラシックの分野で活躍しながらも、ジャズ・ミュージシャンとも積極的に共演。。2000年没。

注3 : ニコライ・カプースチン。1937年ウクライナ出身のピアニスト。クラシックとジャズを融合した独自のスタイルを生み出し、聴きやすいメロディなどで人気を集めた。2020年没。

注4 : ジョージ・ガーシュウィン。20世紀前半に活躍したアメリカの作曲家。「ラプソディ・イン・ブルー」「パリのアメリカ人」などジャズの要素を取り入れた楽曲を発表。リカ最高の作曲家と言われている。

注5 : モーリス・ラヴェル。19世紀後半-20世紀前半に活躍したフランスの作曲家。「ボレロ」の作者として知られている。

注6 : ガブリエル・フォーレ。フランスの作曲家。19世紀後半-20世紀前半に活動し、フランスの現代音楽に大きな影響を与えた。代表曲は「レクイエム」など。

──作曲を始めたのは、いつ頃から?

6歳頃から始めました。私は即興演奏がすごく好きだったので「今日はこんな気分だったよ」みたいなのをピアノでよく弾いていて、その延長線上に作曲があったという感じです。自分の感情や記憶を記すのにいちばんいいやり方が作曲だったんです。

──作曲のインスピレーションはどんなところから得るのですか?

本や映画だったり、どこか遠くへ旅した時に書くことが多いですね。自分なりの物語を作って、それを曲にしていくのが好きです。

──憧れの作曲家はいますか?

最近、角銅真実(注7)さんにすごく刺激を受けています。彼女は打楽器奏者であり、ご自分で歌ったりギターやピアノも弾く音楽家。自分もそんなふうに、もっと音楽的な選択肢を増やしていきたいと思っていて、今はピアノを弾くことしか出来ないですけど、歌や他の楽器も弾けるようになりたい。あと現代音楽なども、もっと突き詰めていきたいと感じています。

注7 : かくどうまなみ。東京藝術大学 音楽学部 器楽科卒業。マリンバをはじめとする打楽器、自身の声、オルゴールやカセットテープ・プレーヤーなどを用いて、自由な表現活動を展開。2019年にフジ・ロック・フェスティヴァルに出演し、2020年『oar』でメジャー・デビュー。

自由で滑稽な楽曲たち

──今回のアルバム・タイトル「humoresque」にはどんな意図が込められているのですか?

「humoresque(ユーモレスク)」というのは、「滑稽で自由な形式」という音楽用語なんです。このアルバムの曲をレコーディングして半年後くらいに聴き直したとき、すごく拙く聴こえたんです。なんだこれ? あぁ恥ずかしいな…って。

でも録音当時にしか残せなかったものも絶対にあると思うし、どの曲もまったく違う色があるので、それを「自由で滑稽なところもある楽曲たち」というイメージで、このタイトルにしました。

『humoresque』(BRILLIANT WORKS / ULTRA-VYBE)

──フォーマットとしてはジャズですよね。

ピアノ・トリオというフォーマットなので、カテゴライズするならジャズにはなるのかなぁ…って思いますけど、これがジャズだとか考えて作ってはいないです。

トラディショナルなジャズではないし、あくまで自分の作った曲をピアノ・トリオでやるならこうかな、という感じです。収録曲も、いろいろな編成で再現し得るものとして作っているので、いずれは違った編成でもできたら面白いかなって考えています。

──1曲目の「Seek」からアグレッシブにガーンときて、そのまま行くかと思いきや、次の「Prologue」で静かになるという展開も面白いと感じました。

1曲目をキャッチーにしたくて「Seek」を持ってきました。2曲目の「Prologue」は、次の「Of a river, a small murmur」のイントロのような位置付けで、インプロビゼーション的に弾いて繋げて演奏しています。

──曲によってカラーもさまざま。たとえば「Teeny-weeny-socks」はすごく可愛い曲になっているし、ピアノの可能性を詰め込んだアレンジになっていると感じました。

あの曲は、母の仕事柄、小さい子が家によく来るんですけど、その子たちが穿いている小っちゃい靴下を見て、可愛いなって思ってできた曲です。だからこの曲は母親に感謝ですね。

──「Crown shyness」は、ピアノとドラムのデュオなんですか?

じつはベースがピアノの左手とユニゾンしてるんです。ベースが聞こえにくい上に、11拍子なので、演者側からしたら「なんやこれ、めっちゃ難しいやん」という曲です(笑)。この曲を作ったきっかけは、木がたくさん生えていて、その木と木の間がギリギリ重ならない状況のことを“Crown shyness”というらしいんですけど、たまたまそれを夢の中で観たことなんです。

──トリオのメンバー、ベースの熊代崇人さんとドラムの橋本現輝さんとは、ライブも一緒にやっているのですか?

そうですね。お二人とも私が高校2年生のときに、それぞれ別のセッションでお会いして。そのあと現輝さんが一緒にトリオをやらないかって誘ってくださって、ベースは熊代さんはどうだろうという話になりました。

それでライブを何回か重ねていくうちに、現輝さんが「このトリオはオリジナル曲もやっているし、音として残せたらいいよね」って、ボソッと言われたのがきっかけとなって、トントン拍子にアルバムを作ることになりました。

──トリオとしての演奏も、すごく息の合ったものになっているなって感じました。

今回のアルバムに収録するために新たに書いた曲の多くは、余白が多い形にしてあります。それはメンバーとリハーサルを重ねていくうちに、事細かに譜面に書くよりも、一緒に音を合わせて会話していく中で出来上がっていくものも面白いなって思って、そこからはメロディライン以外はほとんど書かなくなりました。

気がつくと「音楽のこと」ばかり考えている…

──今後、挑戦したいことはありますか?

今年はマリンバとピアノのデュオをやる予定です。あと弦楽器がすごく好きなので、オーケストラ曲も書きたいですね。今はピアノが作曲の中心にあって、どうしても“ピアニストが作った曲”になりがちなので、もう少し形を変えて人に伝えられるようにできたらいいなって思っています。

──ビアノの演奏もすごいって思ったんですけど、そこにはあまり執着はない?

中学生の頃は、“ピアニストだけど作曲もする”っていう形で活動したいと考えていました。けど、作曲に重点を置くことで、自分の演奏もいい方向に変わってきたように感じます。これから、もっと作曲を学んで、ピアノの演奏にも反映させたいですね。

──共演してみたいミュージシャンはいますか?

ブラッド・メルドーがすごく好きで、一緒に演奏してみたいです。メッタ打ちに合うと思いますけど(笑)。あと、大貫妙子(注8)さんもすごく好きなので、共演でも曲提供でも何でもいいので携わりたいなって思っています。

注8 : おおぬきたえこ。1973年に山下達郎らと“シュガーベイブ”を結成し、1975年にデビュー。1976年に解散後はシンガー・ソングライターとしてソロ活動を開始し、数多くのアルバムをリリース。また数々の映画音楽なども手がける。坂本龍一、小松亮太らとのコラボレーションも展開している。

──大貫妙子さんというのは意外ですね。かなり上の世代のミュージシャンですけど、彼女のどういうところに魅力を感じるのですか?

私の母も、大貫さんのことが好きで。矢野顕子さんや八神純子さんのコンサートにも連れて行ってもらいました。あと小田和正さんとか。あの世代の方々の音楽を自然に“いいなぁ”って思える環境で育ちました。

大貫さんが歌う言葉って、スッと頭に入ってくるというか、すごく自然な音楽だなって感じます。歌詞もすごく好きですし。

──最近のJポップやKポップは聴かない?

あ、聴きますよ。BTSの「Dynamite」とかカッコいいなって思います。

──でもそういった音楽をやろうとは思わない

私がするべきことではないのかなって感じます。いま自分が持っている音楽性や “いまの自分ができる音楽”というものがあると思うので、それを突き詰めていきたいです。

──今、音楽以外に興味があることはありますか?

最近はコロナ禍ということもあって家にいることも多いので、前よりも本を読んだり映画を観るようになりましたね。あとレコードを買うようになりました。

──アナログ・レコードですか?

そうです。バド・パウエルやセロニアス・モンクのレコードも買ったし、去年出たメルドーの『Suite: April 2020』もアナログ盤で買いました。アナログの音ってどれだけ聴いても耳が疲れないというか、“いい音” に気づいてしまったので、最近はずっとレコードを聴いています。安い中古盤を探したり。

今後は配信がメインになって、音楽が形として残らないようになったらどうしよう…って、最近よく考えます。今は誰でも簡単に、月に1000円ぐらい払ったら何でも聴けるじゃないですか。そんな中で自分らしさを作るにはどうしていったらいいのか、みたいなことも考えますね。

──結局、音楽の話になってしまいましたね。

あはは。なんでも音楽に結びつけて考えてしまいますね。映画を観てても「このサントラは誰が作っているんだろう?」とか。一日中、音楽のことばかり考えてしまっているな…って、最近気づきました(笑)。

インタビュー/島田奈央子
構成/熊谷美広


梅井美咲/うめいみさき
2002年生まれ。4歳よりピアノ、6歳よりエレクトーンと作曲を始め、数々のコンクールに入賞。2018年には16歳でブルーノート東京に出演し、上原ひろみと共演。2019年7月、ボストンのバークリー音楽院にて行われたBerklee Five-Week Summer Performance Programに参加。兵庫県立西宮高等学校音楽科作曲専攻を卒業し、現在は音楽大学でクラッシックの作曲を学ぶ一方、ポピュラーからジャズまで幅広いジャンルの作曲と演奏に取り組み、独自の音楽性を探究している。

島田奈央子/しまだ なおこ (インタビュアー)
音楽ライター/プロデューサー。音楽情報誌や日本経済新聞電子版など、ジャズを中心にコラムやインタビュー記事、レビューなどを執筆するほか、CDの解説を数多く手掛ける。自らプロデュースするジャズ・イベント「Something Jazzy」を開催しながら、新しいジャズの聴き方や楽しみ方を提案。2010年の 著書「Something Jazzy女子のための新しいジャズ・ガイド」により、“女子ジャズ”ブームの火付け役となる。その他、イベントの企画やCDの選曲・監修、プロデュース、TV、ラジオ出演など活動は多岐に渡る。

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