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「ブラジル音楽の過去と未来」―ブラジル音楽100年の歴史を簡明解説!

2017年11月22日の特集記事を再掲


 この項では、ブラジル音楽の基本的な歴史を押さえつつ、現在のシーンを紹介します。ナビゲーターは、ワールドミュージックに精通し、近現代のブラジル人ミュージシャンの動向や音楽的トレンドにも詳しい中原仁さん。まずは現在までの、おおまかな流れを分かりやすく解説。以下、中原氏の口述を抜粋して掲載します。

サンバの誕生

ブラジル音楽といえばサンバを思い浮かべる人も多いと思いますが、去年(2016年)はサンバ100周年のメモリアルイヤーだったんです。もちろん、何をもって“サンバ誕生”とするのか? は難しいところですが、一応、1916年11月に「Pelo Telefone」という楽曲が、初めて“SAMBA”という呼称で楽曲登録されたという出来事をもとに、100周年となりました。ちなみにこの曲は翌年にレコードが発売されて、1917年の2月のカーニバル・シーズンに大ヒットしました。そういう意味では、2017年も“サンバ100周年”と考えることもできますね。

●「Pelo Telefone」(1916)

 

1930~40年代になると、ラジオとレコードが大きなメディアになっていきます。このメディアの力によって、サンバという音楽がリオからブラジル国内全体に浸透し、やがて国外でも認知が拡がります。ブラジルは国土も広いので、各地方の文化に根ざした音楽が多数存在しますが、今でも“ブラジルを代表する国民的な音楽はサンバ”であることは間違いないと思います。

ちなみに、サンバといえばリオのカーニバルが有名ですが、もともとカーニバルはキリスト教の風習で、ヨーロッパ系の裕福なブラジル人たちが始めた祭りでした。20世紀前半まではカーニバルの音楽も、マルシャと呼ばれるマーチのような音楽が中心でした。一方、1888年に奴隷制度が廃止されて、自由になったアフリカ系ブラジル人たちが職を求めてリオに集まってきて、カーニバルにも参加するようになりました。それをリオ市がオーガナイズして、各町内会にあるサンバの団体をパレードさせて、コンテストにしようという形になったのが1930年代です。

ボサ・ノヴァの誕生

ブラジル音楽といえば、もうひとつ。ボサ・ノヴァが有名ですね。1958年にアントニオ・カルロス・ジョビンが作曲してヴィニシウス・ジ・モライスが作詞した「Chega de Saudade」という曲を、ジョアン・ジルベルトが録音したのが、最初のボサ・ノヴァだといわれています。その同じ年にジョアンがレコーディングしたセカンド・シングルの「Desafinado」。これはジョビンとニウトン・メンドンサの共作ですけど、その歌詞の中に初めて“Bossa Nova”という言葉が出てきます。

●João Gilberto「Chega de Saudade」(1958)

 

私個人としては、ボサ・ノヴァはサンバをソフィスティケイトした、サンバの発展系の音楽だと思っていています。同じく、ボサ・ノヴァという音楽がひとつのジャンルにまで発展した理由は「アントニオ・カルロス・ジョビンとジョアン・ジルベルトという突出した才能を持った二人が同時代にいた」ということに尽きると思いますね。

ちなみに、この二人の音楽的バックグラウンドも重要です。まず、ジョビンにはクラシックの素養があった。一方、ジョアンは黒人たちのサンバが大好きで、そのフィーリングをギターと歌で表現しようとしました。伝統的なサンバとも結びついているし、ヨーロッパとアフリカのミクスチャーみたいな部分も、この二人の音楽から、ちゃんと聴こえてきます。

MPBの登場

MPB(エミ・ペー・ベー)は「Música Popular Brasileira」の頭文字を採ったもので、語義通りに理解すると“ブラジルのポピュラー音楽”ということになりますが、そのサウンドや演奏スタイルはさまざまです。現代的なフォークソングやロック、ファンク、ソウルミュージックなどの要素を持ちながら、これまでのブラジル伝統音楽のフレイバーも加味されています。

先ほどのサンバの説明で「ラジオとレコードの普及によって認知が拡大した」と言いましたが、MPBはテレビが重要な役割を担います。1960年代に入るとテレビが一般に普及し、メディアとして大きな力を持ちはじめますが、これに伴って、テレビ局がポピュラー・ソング・コンテストのようなものを始めるんです。

●1967年の音楽祭を題材にしたドキュメンタリー映画『Uma Noite em 67』トレーラー

 

最初にコンテストが行われたのは1965年。そのときに優勝したのがエドゥ・ロボとヴィニシウスが共作した曲で、歌ったのはエリス・レジーナでした。以降、シコ・ブアルキ、カエターノ・ヴェローゾ、ジルベルト・ジル、ミルトン・ナシメント、ガル・コスタなどもテレビ局主催のソング・フェスティバルに出場し、入賞するなどして、一般的な認知を得るようになっていきました。彼らが、のちにMPBと呼ばれるようになる音楽のパイオニアたちです。

●Elis Regina 「Arrastao」(1965)

 

彼らはジョアンの歌と、ジョビンの楽曲を聴いて育った世代で、そこから強い影響も受けています。例えば、ジルベルト・ジルはブラジル北東部の出身で、子供の頃はルイス・ゴンザーガという北東部の音楽を代表するアーティストに憧れてアコーディオンを弾いていたんですが、ジョアンを聴いてギターを始めたというくらい、大きな影響を受けています。こうしたMPBの盛り上がりに伴って、リオだけではなく、ブラジル各地からいろいろなアーティストが出てくるようになりました。カエターノ・ヴェローゾも、ジルと同じく北東部のバイーア出身です。

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トロピカリアとは?

そんなジルとカエターノの音楽的な姿勢が、ひとつのムーブメントとして結実します。トロピカリアと呼ばれるこの動向は、“伝統音楽への回帰”が大きな柱となっています。まず、サンバだけではない、他の地域の伝統的な音楽も見直そうという姿勢があって、そこにビートルズをはじめとするエレキ・サウンドやロックも取り入れて、自由でユニバーサルなサウンドを作ろうとしたのです。このトロピカリアの根底には、ジョアン・ジルベルトに対するリスペクトもありました。古いサンバを新たな形で提示したのがジョアンだ、ということを彼らはよく知っていたんですね。

トロピカリアは、当時のユースカルチャーや演劇、映画、文学、美術などとも繋がっているので、“音楽を中心とした文化芸術運動”のように捉えることもできると思います。また、1964年に成立したブラジルの軍事政権に対するカウンター・カルチャーとしての側面も大いにありました。

●トロピカリア・ムーブメントを追ったドキュメンタリー映画『Tropicália』(2012)トレーラー

さらなる新世代の登場

60年末までに、こうした“ブラジル特有のポピュラー音楽”におけるムーブメントや重要人物が出現。70年代以降、彼らの活躍によって、北米や欧州でもブラジル音楽の魅力が広く知られるようになります。その代表が、ミルトン・ナシメントがゲスト参加したウェイン・ショーターの1975年のアルバム『Native Dancer』でした。

また、ブラジル人ミュージシャンがヨーロッパの音楽フェスティバルにも出演するなど、さらに認知は広がり、80年代にはMPBの第二世代にあたるイヴァン・リンスやジャヴァンの音楽が、アメリカでも注目を集めました。ところが、その後しばらく、次の世代がなかなか出てこなかったんです。そんななか、1989年にマリーザ・モンチがデビューします。当時、彼女は20歳そこそこだったんですけど、声もいいし、古いサンバや地方の音楽への理解も深い。その一方で、同時代の海外のロックやポップスも聴いている、まさに新世代のキャラクターでした。

●Marisa Monte「Bem Que Se Quis」(1989)

彼女はセカンド・アルバムの『Mais』から、自作曲も歌うようになるんですけど、それまでブラジルの女性シンガーは、一部の例外を除いて、ほとんどが“歌唱の人”だった。つまり、曲を書く人は少なかったんです。ちなみに日本でも人気の高いジョイスなどは、そんな“一部の例外”に該当しますね。

ジョイス・モレーノのインタビュー

そんな状況の中で、圧倒的な実力を持つマリーザ・モンチが自分で曲を書いて歌うようになって、それが成功したことで、同世代のアドリアーナ・カルカニョットとか、自分の言葉を主張する女性の、新世代のアーティストたちが一気に出てくるようになりました。

●Adriana Calcanhotto

新たな文脈で拡張するブラジル音楽

さらに、近年のブラジル音楽を語る上で欠かせないのは、アート・リンゼイという人の存在です。言わずと知れた有名ミュージシャンですが、彼は同時期(1991年)にマリーザの『Mais』とカエターノの『Circuladô』をプロデュースしています。自身が(3歳から17歳まで)ブラジルで育ったこともあって、ブラジル音楽のことも分かっていて、なおかつ当時のニューヨーク最前線のマインドを持ったプロデューサーが現われたというのは、大きかったですね。

70~80年代のブラジル音楽に対する日本の受け止め方は、どちらかというとジャズの文脈に寄り添っているところが大きかったんですけど、アート・リンゼイがカエターノをプロデュースしたことがひとつの節目になって、ロックやR&Bやヒップホップとか、そういった新たな文脈からのブラジル音楽が日本でも注目を集めるようになりました。

アート・リンゼイのインタビュー

1990年代の中頃になると、カルリーニョス・ブラウン、レニーニ&スザーノ、シコ・サイエンス、プラネット・ヘンプなどに代表される、ブラジル各地の伝統的な音楽と、ロックやファンクやヒップホップなどをミックスした音楽が登場してきます。これらは、トロピカリアから約30年を経た新たなミクスチャー・ミュージックという見方もできると思います。

●Carlinhos Brown

●Lenine & Suzano

それからもうひとつ、1990年代初めにロンドンで発生した、クラブミュージックの流れで、ブラジル音楽が注目されるようにもなりました。そういう意味では、ジャイルズ・ピーターソンやポール・ブラッドショウなどといったDJの存在も大きいと思います。

さらにもうひとつ挙げるなら、この時期を経た2000年代に「二世ミュージシャン」が登場しはじめる、という現象もありました。60~70年代に活躍した有名ミュージシャンの子息が、新世代のアーティストとして、しかも前世代とはまったく違う作風で登場することで、新たな潮流を作ったと思います。二世の中で最も成功したのが、エリス・レジーナの娘のマリア・ヒタです。

●Maria Rita

2000年代に入ってからの動向をひとつ挙げるなら、インターネットが当たり前のツールになったこと。ブラジル人ミュージシャンが、国外の音楽家と簡単にコミュニケートできる状況になったことで、創作や制作の環境も大きく変化したと思います。もちろん、音楽の制作ツールの進化も含めてです。こうしたテクノロジーの進化によって生まれた「新たなブラジル音楽の側面」というのはあると思います。

また、世界中にいるブラジル音楽のファンにとっても、素早く簡単に、詳細でたくさんの情報にアクセスできるようになった。ブラジルとの距離が一気に縮まった感じがしますね。それは2010年代に入ってさらに加速されていると思います。

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ブラジル音楽の現在

 ここまで「ブラジル音楽の近代史」を語ってもらったが、この章では、2010年代の動向をもとに「ブラジル音楽の現在」にフォーカス。サウンドの傾向やジャンルに分けて、近年の注目アーティストを紹介したい。解説は第一部に引き続き、中原仁さん。

【ジャズ/クラシック系】

まずは近年のジャズ系ミュージシャンに目を向けてみます。かつてパット・メセニーがブラジル音楽から影響を受けたことはよく知られていますが、その頃パット・メセニーと交流のあったブラジル人ミュージシャン、例えばトニーニョ・オルタとか。そのへんのアーティストを聴いていた世代が、新たにプロとして出てきた。そんな印象ですね。例えば、ペドロ・マルチンス。まだ20 代のギタリストですが、10代の頃からバリバリ活動していました。カート・ローゼンウィンケルの『Caipi』の共同プロデューサーとしても注目されましたね。ストーンと吹っ切れた面白さがあるギタリストだと思います。

●Pedro Martins

●カート・ローゼンウィンケルによる「Caipi」プロジェクト

そのペドロ・マルチンスと一緒にCaipiバンドに参加していた、フレデリコ・エリオドロとアントニオ・ロウレイロもジャズ系の新世代として注目です。特にアントニオ・ロウレイロはピアノも素晴らしいし、ドラムもやるし、作曲家としても有能で、面白い才能の持ち主だと思います。アート・リンゼイとも共演していますね。

●Frederico Heliodoro

●Antonio Loureiro

アート・リンゼイのプロデュースでいうと、ロウレンソ・ヘベッチスも素晴らしい。ファースト・アルバム『O Corpo De Dentro』で、ジャズのラージ・アンサンブルと、バイーアの伝統的なアタバキという太鼓のアンサンブルをミックスしました。彼もまだ30代前半ですけど、バークリー音楽大学でジャズをがっちり勉強した上、バイーアまで行って伝統的な音楽も学ぶなど、アフロ・ブラジル音楽の研究にも余念がない。いってみれば、マリア・シュナイダーがやっている音楽と、アフロ・ブラジルの伝統的なリズムのミックスという“ブラジル人でしかできないだろうな…”という音楽をやっています。

●Lourenco Rebetez『O Corpo De Dentro』 制作風景

もうちょっとストレートなジャズ・サンバだと、ダニ・グルジェルでしょうか。彼女はダニ&デボラ・グルジェル・クアルテートのほか、同世代のコンポーザーたちと“ノヴォス・コンポジトーレス”というプロジェクトでライブをやったりしています。

ダニ・グルジェルのインタビュー

その他、ギタリストのシコ・ピニェイロがボブ・ミンツァーのビッグバンドに迎えられたり、ピアノ・トリオのトリオ・コヘンチがパキート・デリベラと共演するなど、ジャズの感覚を備えたサンパウロのミュージシャンたちにも要注目です。

●Chico Pinheiro & Group

●Trio Corrente

ジャズに加えて、クラシック的な背景を備えているのが、クラリネット奏者のジョアナ・ケイロス。彼女はリオの出身ですけど、ミナスの新世代たちとも共演したり、エルメート・パスコアールの懐刀のイチベレー・ヅァルギのオーケストラでも演奏したりしています。クラシックやジャズ、ショーロなどの音楽の要素を取り入れて演奏している、非常にユニークな存在だと思います。

●Joana Queiroz

室内楽的なクラシックの要素が背景にあるという点では、アレシャンドリ・アンドレスとハファエル・マルチニも面白い。どちらもミナス出身で、全体的にアコースティックな要素が強い音楽をやっています。ロックの影響も消化した今の世代のチェンバー・ミュージック的サウンドで、しかもその背景にはミナスの独特のハーモニー感覚もあって非常に味わい深い。ちなみに、ハファエル・マルチニはジョアナ・ケイロスとも『Gesto』というアルバムを作っていたりします。こうした優れたミュージシャン同士の繋がりによって、互いに影響し合ったり、新しいものを生み出す環境がつくられている感じがしますね。

●Alexandre Andrés

●Rafael Martini Trio

 

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【MPB~フォーク~ポストロック系】

これは私自身、非常に“好き”なところでもあるんですが、リオやサンパウロといった大都市から発信される、オルタナ・ポップとかアヴァン・ポップ路線も面白いので紹介します。先ほどの“ジャズ~クラシック系”の人たちと比べると、彼らはやんちゃな部分もあって遊び心も旺盛。楽曲にも、ブラジル人独特の皮肉や諧謔のセンスみたいなものが反映されていて、なかなか魅力的です。そうした皮肉のセンスは、カエターノやジルなどのMPBアーティストの歌詞にもあったんですけど、そういうものもちゃんと保持しながら、同時代的な感覚のポップスをやっているんですね。

その先駆者といえるのが、2000年代初めの約10年間、カエターノの長男のモレーノ・ヴェローゾと、ドメニコ・ランセロッチ、カシンが組んでいた“+2″。3人は現在、プロデューサーとしても活躍しています。で、その流れを汲む弟世代の代表格がTonoというグループです。ギターのベン・ジルはジルベルト・ジルの息子。しかも、最新アルバムのプロデュースをアート・リンゼイがやっています。

●Tono

マル・マガリャエスというシンガー/ソングライターも魅力的。彼女は10代のときにMy Spaceに自分の曲をアップして注目を集めたアーティストで、最初はフォーキーな曲が中心だったんですけど、今年出た『Vem』というアルバムにはいろいろな要素があって、それこそJポップに近いようなものもあったり、セウ・ジョルジの流れを汲むサンバ・ソウル的な曲があったり、サウンドの幅もすごく広くて、声も可愛らしいので、今後日本でもかなり人気が出ると思います。

●Mallu Magalhães

他に女性歌手では、サンパウロのセウ、そしてトゥリッパ・ルイス。リオではTonoのメンバーでもあるアナ・クラウヂア・ロメリーノ、サンバの女王ベッチ・カルヴァーリョの娘にあたるルアーナ・カルヴァーリョなどに注目しています。

●Céu

●Tulipa Ruiz

●Ana Cláudia Lomelino

●Luana Carvalho

【ファンク・ソウル・R&B系】

まず2人挙げるとしたら、エミシーダとクリオーロかな。2人ともサンパウロの出身で、エミシーダは完全なラッパーで、クリオーロはラップもやるけど、歌も唄うという。この2人は仲も良くて、共演したライブ盤やDVDも出てます。どちらもストリート感覚を持っていて、背後にある音楽のバックグラウンドもすごく広くて、サンバを取り入れたり、アフロ・ビートを取り入れたりしています。エミシーダは去年、東京スカパラダイスオーケストラとも共演していて、クリオーロは最新盤ではド直球のサンバを歌ってます。

●Emicida

●Criolo

ブラジルの北東部に、エンボラーダと呼ばれている“しゃべくり芸”があるんですが、ココというリズムに乗って、パンデイロを2人で叩きながら、掛け合いをするんです。まさにフリー・スタイル・ラップの原点みたいなもので、そういう伝統的なものとラップとの共通点みたいなものも、彼らはちゃんと分かっている。カジュー&カスターニャというエンボラーダの2人組と、エミシーダが、新しい洗濯機の宣伝をやる企画があって、エミシーダがラップで、カジュー&カスターニャがエンポラーダで対決するんです。これなんかはわかりやすい一例ですね。

●Emicida vs Castanha

あと、エレクトリックなブギーという点では、ドナチーニョですかね。彼はボサノヴァの先駆者、ジョアン・ドナートの息子なんですが、最新作は親子で作った『Sintetizamor』。ドナチーニョがハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』から大きな影響を受けていて、これが、もろハンコックなんです(笑)。

●João Donato e Donatinho

あと、新世代ではありませんがハシオナイス・エミシーズという、サンパウロのヒップホップ・シーンの中でもカリスマ的なバンドがいて、そのリーダーのマノ・ブラウンが、今年『Boogie Naipe』というソロ・アルバムを出したんですけど、タイトルどおりのブギーです。ブギーで、ソウルで、ファンクで、ディスコで。もちろんラップもやってますけど、すごく聴きやすくて、いろいろなゲスト・シンガーも迎えてます。“抜群に新しい”というわけではないですけど、思わずニヤリとするネタがいっぱい入ってます。

●Mano Brown

最近の注目アーティストをざっくりと紹介しましたが、先にも触れたとおり、ネットを含めた“新たなテクノロジーがもたらした新潮流”というのは見逃せないポイントです。それから、70年代のブラジル音楽には存在しえなかった、ヒップホップやテクノを通過したミュージシャンの登場。さらに、ミュージシャンの血統を持つ“2世アーティスト”の存在。こうしたさまざまな素因が重なって、ブラジル音楽の新たな側面が形成されていると思います。そしてこれからも、ブラジル音楽は刻々と変化を遂げてゆくのだと思いますね。


中原 仁/なかはら じん
音楽・放送プロデューサー/選曲家。1985年以来50回近くリオを訪れ、取材のほか、現地録音のCD約15タイトルの制作に従事。J-WAVEの長寿番組「サウージ!サウダージ…」などラジオの番組制作/選曲、コンピレーションCDや空間BGMの選曲、イベントやライブの企画プロデュースを行ない、ライター、DJ、MC、カルチャーセンター講師もつとめる。共著の新刊書『リオデジャネイロという生き方』(双葉社)発売中。2017年、『アーキテクト・ジョビン/伊藤ゴロー アンサンブル』の共同プロデューサーをつとめた。http://blog.livedoor.jp/artenia/

サウジサウダージ
http://www.j-wave.co.jp/original/saude/

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