投稿日 : 2017.11.22 更新日 : 2019.09.06

「ブラジル音楽の過去と未来」―ブラジル音楽100年の歴史を簡明解説!

ブラジル音楽100年の歴史

【MPB~フォーク~ポストロック系】

これは私自身、非常に“好き”なところでもあるんですが、リオやサンパウロといった大都市から発信される、オルタナ・ポップとかアヴァン・ポップ路線も面白いので紹介します。先ほどの“ジャズ~クラシック系”の人たちと比べると、彼らはやんちゃな部分もあって遊び心も旺盛。楽曲にも、ブラジル人独特の皮肉や諧謔のセンスみたいなものが反映されていて、なかなか魅力的です。そうした皮肉のセンスは、カエターノやジルなどのMPBアーティストの歌詞にもあったんですけど、そういうものもちゃんと保持しながら、同時代的な感覚のポップスをやっているんですね。

その先駆者といえるのが、2000年代初めの約10年間、カエターノの長男のモレーノ・ヴェローゾと、ドメニコ・ランセロッチ、カシンが組んでいた“+2″。3人は現在、プロデューサーとしても活躍しています。で、その流れを汲む弟世代の代表格がTonoというグループです。ギターのベン・ジルはジルベルト・ジルの息子。しかも、最新アルバムのプロデュースをアート・リンゼイがやっています。

●Tono

マル・マガリャエスというシンガー/ソングライターも魅力的。彼女は10代のときにMy Spaceに自分の曲をアップして注目を集めたアーティストで、最初はフォーキーな曲が中心だったんですけど、今年出た『Vem』というアルバムにはいろいろな要素があって、それこそJポップに近いようなものもあったり、セウ・ジョルジの流れを汲むサンバ・ソウル的な曲があったり、サウンドの幅もすごく広くて、声も可愛らしいので、今後日本でもかなり人気が出ると思います。

●Mallu Magalhães

他に女性歌手では、サンパウロのセウ、そしてトゥリッパ・ルイス。リオではTonoのメンバーでもあるアナ・クラウヂア・ロメリーノ、サンバの女王ベッチ・カルヴァーリョの娘にあたるルアーナ・カルヴァーリョなどに注目しています。

●Céu

●Tulipa Ruiz

●Ana Cláudia Lomelino

●Luana Carvalho

【ファンク・ソウル・R&B系】

まず2人挙げるとしたら、エミシーダとクリオーロかな。2人ともサンパウロの出身で、エミシーダは完全なラッパーで、クリオーロはラップもやるけど、歌も唄うという。この2人は仲も良くて、共演したライブ盤やDVDも出てます。どちらもストリート感覚を持っていて、背後にある音楽のバックグラウンドもすごく広くて、サンバを取り入れたり、アフロ・ビートを取り入れたりしています。エミシーダは去年、東京スカパラダイスオーケストラとも共演していて、クリオーロは最新盤ではド直球のサンバを歌ってます。

●Emicida

●Criolo

ブラジルの北東部に、エンボラーダと呼ばれている“しゃべくり芸”があるんですが、ココというリズムに乗って、パンデイロを2人で叩きながら、掛け合いをするんです。まさにフリー・スタイル・ラップの原点みたいなもので、そういう伝統的なものとラップとの共通点みたいなものも、彼らはちゃんと分かっている。カジュー&カスターニャというエンボラーダの2人組と、エミシーダが、新しい洗濯機の宣伝をやる企画があって、エミシーダがラップで、カジュー&カスターニャがエンポラーダで対決するんです。これなんかはわかりやすい一例ですね。

●Emicida vs Castanha

あと、エレクトリックなブギーという点では、ドナチーニョですかね。彼はボサノヴァの先駆者、ジョアン・ドナートの息子なんですが、最新作は親子で作った『Sintetizamor』。ドナチーニョがハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』から大きな影響を受けていて、これが、もろハンコックなんです(笑)。

●João Donato e Donatinho

あと、新世代ではありませんがハシオナイス・エミシーズという、サンパウロのヒップホップ・シーンの中でもカリスマ的なバンドがいて、そのリーダーのマノ・ブラウンが、今年『Boogie Naipe』というソロ・アルバムを出したんですけど、タイトルどおりのブギーです。ブギーで、ソウルで、ファンクで、ディスコで。もちろんラップもやってますけど、すごく聴きやすくて、いろいろなゲスト・シンガーも迎えてます。“抜群に新しい”というわけではないですけど、思わずニヤリとするネタがいっぱい入ってます。

●Mano Brown

最近の注目アーティストをざっくりと紹介しましたが、先にも触れたとおり、ネットを含めた“新たなテクノロジーがもたらした新潮流”というのは見逃せないポイントです。それから、70年代のブラジル音楽には存在しえなかった、ヒップホップやテクノを通過したミュージシャンの登場。さらに、ミュージシャンの血統を持つ“2世アーティスト”の存在。こうしたさまざまな素因が重なって、ブラジル音楽の新たな側面が形成されていると思います。そしてこれからも、ブラジル音楽は刻々と変化を遂げてゆくのだと思いますね。


中原 仁/なかはら じん
音楽・放送プロデューサー/選曲家。1985年以来50回近くリオを訪れ、取材のほか、現地録音のCD約15タイトルの制作に従事。J-WAVEの長寿番組「サウージ!サウダージ…」などラジオの番組制作/選曲、コンピレーションCDや空間BGMの選曲、イベントやライブの企画プロデュースを行ない、ライター、DJ、MC、カルチャーセンター講師もつとめる。共著の新刊書『リオデジャネイロという生き方』(双葉社)発売中。2017年、『アーキテクト・ジョビン/伊藤ゴロー アンサンブル』の共同プロデューサーをつとめた。http://blog.livedoor.jp/artenia/

サウジサウダージ
http://www.j-wave.co.jp/original/saude/

1 2 3 4