投稿日 : 2020.06.05

Nujabes × Shing02〈Luv(sic)〉シリーズ誕生秘話【Think of Nujabes Vol.3】

取材・文/大前 至

Think of Nujabes Vol.3、LUV(sic)のジャケット写真、Shing02

2010年に夭逝した日本人ヒップホップ・プロデューサー、Nujabes(ヌジャベス)。わずか10年強にわたるアーティスト活動の中で、彼が生み出してきた音楽は、今もなお幅広い世代の音楽ファンに愛され続けている。Nujabesのこれまでの経歴や、世界的なムーブメントとなっている「ローファイ・ヒップホップ」に与えた影響は、すでに【Think of Nujabes Vol.1】および【Vol.2】にて詳細を追った。今回の【Vol.3】では、数あるNujabes楽曲のなかでも一二を争うほどの人気を誇る〈Luv(sic)〉シリーズにスポットを当てたいと思う。

Nujabes自身が運営するレーベル、Hydeout Productionsから通算6曲がリリースされた〈Luv(sic)〉シリーズ。そのすべてにパートナーとして参加し、ラップを提供していたのがShing02(シンゴツー)だ。今回は、そんな人気シリーズを生み出した、もうひとりの当事者であるShing02にインタビューを行い、楽曲の誕生秘話から、これまであまり語られることのなかったNujabesとの関係についても話を聞いた。

Think of Nujabes Vol.3、Shing02の写真
Shing02:環太平洋を拠点に活動するMC / プロデューサー。これまでに「絵夢詩ノススメ」「緑黄色人種」「400」「歪曲」を発表し、発案したfaderboardを取り入れたKosmic Renaissanceなど、国内外の競演を重ねながら、現代音楽としてのヒップホップを体現する。近年は「FTTB」「LIVE FROM ANNEN ANNEX」シリーズを発表、DJ $HINとアルバム「1200 Ways」をリリースし、日本語盤の「有事通信」も控えている。2015年は短編4作目となる「The Divider」、22分の大作「日本国憲法」もネットで公開した。(Photo by Takeshi Hirabayashi)

はじまりは一通のeメールから

ふたりの関係が始まったのは2000年頃のこと。バークレー(カリフォルニア州)の北の街、エル・セリートに住んでいたShing02が、「12インチを一緒に作ろう」というNujabesからのメッセージをeメールで受け取る。その後、Shing02が一時帰国で日本を訪れた際に、ふたりは初めて対面することになる。

「その当時の僕は、日本とアメリカを行き来しながら、若いなりにいろいろとハッスルしていて。日本にいる間はいつも短期滞在だったんで、バタバタとしている中で、どうにか彼と会う時間を作ったんです。友達の家へ行くついでに、わざわざ車で外に出てきてもらって。車の中で彼のビートテープを聴かせてもらったり、僕が当時作っていた曲を聴かせたりしたんですけど、 おそらくお互い思っていたイメージと違ったのか、とくに話が弾んだわけでもなく……。もちろん、彼のビート自体は格好良いんですけど、僕の中では『普通に格好良い』程度で止まっていて。それもあって、すぐに一緒に曲を作るっていう感じでもなかった」

Nujabesから貰ったビートテープをアメリカの自宅まで持ち帰ったものの、しばらくは寝かせていたというShing02だが、2、3か月経って再びテープを聴き、突如「このビートで曲を作りたい!」と思ったという。それこそがジャズピアニスト、高瀬アキの「MInerva’s Owl」をサンプリングした〈Luv(sic)〉のビートであった。

「自分の曲でいうと〈Pearl Habor〉(注1)でやっていたような、ダークでハードなものが好きな時期で。だから、オーソドックスでメロウなヒップホップは当時、そこまで興味がなくて。けど、あのビートを聴いた時、僕も大好きなコモンの〈I Used To Love H.E.R.〉(注2)に通ずるものがあった。ラップを始めて4、5年目くらいの頃で、日本語でやったり、英語でやってみたり、自分でビートも作り始めたりと、まだ自分のスタイルを模索していて。このビートを使って、その時の自分の心境を綴ることも出来るんじゃないかなと思ったのが始まりです」

注1:Mary Joyレコーディングスから1998年にシングルリリースされたShing02の初期代表作。大阪出身のDJ $hinがプロデュースを手がけ、「戦争と日本」をテーマに英語と日本語、それぞれのバージョンが作られている。

注2:90年代のアメリカのヒップホップシーンを代表するラッパーのひとりコモンが、1994年にリリースしたセカンドアルバム『Resurrection』からの先行シングル曲。タイトルの“H.E.R”は“Hip-Hop in its Essence is Real”(=ヒップホップの本質は真実)を意味しており、コモン自身のヒップホップに対する愛が綴られている。2019年にはこの曲の続編とも言える〈HER Love〉が発表された。

Think of Nujabes Vol.3、LUV(sic)のジャケット写真、Shing02
〈Luv(sic)〉のジャケットのデザインコンセプトはShing02のアイディアによるもの。ジャケットの表(おもて)面には、屋久島にてShing02の友人が撮影した写真が使われている。

他アーティストに渡っていたビートを奪還

これは過去のインタビューなどでも語られているが、Shing02がビートテープを寝かしていたこともあり、「MInerva’s Owl」をサンプリングしたビートはすでに他のアーティストの手に渡っていた。

「Nujabesに連絡をしたら、『あのビートはもうPase Rock(Five Deez)(注3)にあげちゃったから、無理だ』と言われたんですよ。でも、たまたま僕がPaseと関係があったので、自分から彼に連絡したら、『使っていいよ』って言ってくれて。それをNujabesに伝えたら、『えー、ホント !?』って、すごく驚いた感じでしたね。たぶん、彼にもPaseと一緒にやるイメージがすでにあったと思うし。だから、半分嫌々な感じの反応でしたけど、『Paseがいいなら構わないよ』って承諾してくれて。改めて去年(2019年)、マイアミでPaseと会った時にその話をしたら、実はあのビートを使ってデモまで録ってたらしんですよ。でも、Paseはそこまで気に入っていなかったから、譲ってくれたそうです」

注3:オハイオ州シンシナティ出身のヒップホップグループであるFive Deezのメインメンバーのひとりで、Nujabesの3枚のアルバム(『Metaphorical Music』、『Modal Soul』、『Spiritual State』)すべてにゲスト参加。ちなみに、Shing02は2001年にリリースされたFive Deezのファーストアルバム『Koolmotor』収録の〈Sexual For Elizabeth〉という曲に参加し、日本語でのラップを披露している。

この時、もしPase Rockがビートを譲らなければ、〈Luv(sic)〉シリーズ自体が全く存在しなかった可能性もあったということだ。そして、ようやく始まったふたりの楽曲制作であるが、Nujabesからは「英語でのラップ」という以外はほとんど指示はなく、自然と『音楽』自体をテーマとした曲が浮かんできたという。

音楽の女神に宛てて書いた手紙

「ちょうど『音楽って何?』って、すごく考えていた時期でもあって。音階とか学術的な部分も含めて、いろんなことが頭の中でぐるぐると回っていて。それで浮かんだのが『音楽の女神に宛てて書いた手紙』というテーマでした。Nujabesのビートは良い意味でオーソドックスだったので、そこにオーソドックスなラップをラヴレター形式で書くってういうのは、自分にとってはすごく簡単なことでもあって。とくに深く考えずに、スラスラと(リリックを)書けました」

そして、「Lovesick like a dog~」という一節から始まる〈Luv(sic)〉が完成する。当然、曲のタイトルはリリックの書き出しをそのまま引用して、スペルを変えたわけだが、そこにはShing02ならではの言葉遊び(=ワードプレイ)が盛り込まれている。

「英語で『sick as a dog』(=すごく体調が悪い)っていう言い回しがあるんですけど、そこに『lovesick』(=恋の病)をかけて、『僕は犬みたいに恋の病を患っている』っていうところからイメージを膨らませていきました。けど、『lovesick』をそのままタイトルにはせずに、『love』をわざと『luv』にして、そこに新聞とか雑誌の記事で使われている、『原文ママ』という意味の『(sic)』を足して。スペルを変えることによって、『ひねくれた形の愛だけども、そのままストレートに理解してほしい』っていう意味を込めています」

〈Luv(sic)〉の裏ジャケット写真
〈Luv(sic)〉の裏ジャケットは、実際にその当時Shing02が使っていたライムブックから、〈Luv(sic)〉のリリック部分をスキャンしたものがそのまま使われている。

当時、筆者もリリースされたばかりの〈Luv(sic)〉の12インチシングルを購入したうちのひとりであるが、国籍すら不明な謎の存在であったNujabesのジャジーで軽快なビートと、すでにアンダーグラウンドシーンで名の知られた存在であったShing02の組み合わせは実に新鮮であった。

「それまでは、バトルラップ的に難しいことをどれだけ格好良く歌って、みんなをアッと言わるみたいなことをやっていて。けど、〈Luv(sic)〉ではそういう欲求を抑えて、シンプルなポエトリーに戻ろうって自然と思えた。そういう意味では達成感はありましたし、思い入れはすごく強いです。けど、完成したレコードを送ってもらって聴いた時には、自分的には粗さのほうが気になって。『他のラッパーと比べたら、まだまだだな』と思っていました」

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