投稿日 : 2026.01.23
【藤枝伸介|インタビュー】世界中で賞賛される最新作『FUKUSHIMA』はいかにして作られたのか
サックス奏者/作曲家の藤枝伸介が率いる、SINSUKE FUJIEDA GROUPのアルバム『FUKUSHIMA』が国内外で話題になっている。
2025年の春にフランスのレーベルからアナログ盤でリリースされた本作は、 Juno Records や Discogs のセールスチャートで1位を獲得。のちに配信された音源も世界33か国でランクインを記録した。アジア圏での高い人気もさることながら、欧州や米国のジャズファンの心を射抜いたことは非常に興味深い。
ちなみにフィンランドのジャズ誌『WE JAZZ MAGAZINE』は本作をこう評した。
──このアルバムは、現在のジャズシーンにおいて光り輝く灯台のような存在であり、単に驚きをもたらすだけでなく、人を魅了し、時空の制約を超越する音の呪文を紡ぎ出す──

加えて本作が、まるで60年代の失われた遺物を再発見したような、時空を超えた不思議な感覚と、スピリチュアル・ジャズの霊的な領域にいざなう傑作であると称賛している。
今回のインタビューに答える藤枝伸介本人も同様の存在感だ。理知的かつ柔和。その強く優しいまなざしと朗らかな語り口に包まれ、なんとも心地よい時間が流れていく。
「当たり前の日常」が壊れた日
──まずはアルバム『FUKUSHIMA』がリリースされた経緯から教えてください。
フランスのスーパーフライ・レコードっていう、レーベル兼レコード店があるんですけど、そことご縁があってリリースに至りました。レーベル・オーナーのパウロさんはDJとしても活躍していて、レコードの目利きというか、ディガーとしても有名な人なんです。
──世界中のいろんなジャンルの希少盤を自社レーベルでアナログ復刻していますね。
パウロさんは日本のジャズにも詳しいので、復刻作品の中には70年代の日本のジャズ作品があったりもします。
──そんな隠れた名作をリイシューし続けるレーベルが「新録で出したい」となったわけですか?
ことの始まりは2022年だと思います。当時、SINSUKE FUJIEDA GROUPで「μtation/Caravan」という7インチレコードを出したんです。オクラ印という日本のレーベルからリリースしたんですけど、そこのレーベルオーナーがパウロさんと付き合いがあって、僕のレコードを渡してくれたそうです。
近いタイミングでパウロさんが日本に来る予定があって、僕らのライブも観てくれて。先ほども話したとおり彼は日本のジャズにも詳しくて、70年代のスリー・ブラインド・マイス(※日本の伝説的ジャズレーベル)とか、そういった作品群に通じるような何かを、僕らのサウンドに感じてくれたようで。
──そうしてリリースされた途端、あっという間に評判が広がった。それは実感として何か伝わってくるものはありましたか ?
海外のメディアから取材依頼があったり、各国のジャズチャートにランクインしている状況は知ってはいましたが、いちばんわかりやすく反響を実感したのはライブの動員数です。
ライブをやるたびにお客さんの数がどんどん増えて、しかも、すでに知っている曲とか聴きたい曲を目当てに、聴きに来てくださっているということがわかって。今までのライブとは少し違う感覚がありました。
──自分が純粋にやりたいことをやって、それを求める聴衆がどんどん増えていく。これは音楽家として本当に幸福なことですよね。
本当にそう思います。余計なことを考えずに自分が自然に「いいな」って感じることが、周囲に深く響いて、それがまたさらに自分にも大きく響いてくるような、錬金術じゃないですけど、ある種の魔法のような。そういうものを生み出すようなところに行けたらいいな、っていう思いはずっとあったので。こうして自分の音楽がいろんな国の人に届いて、それぞれにきちんと受けとめてもらえている、という実感を得られるのはものすごく嬉しいです。
──人種や言語、国境も宗教も超えて。
そこが音楽の面白いところですよね。あらゆるところでジャズが愛されていて、なおかつ世界各地にそれそれのジャズシーンがあって、発展し続けている。このことは、なんとなくわかっているつもりでしたが、自分の作品を介して改めて実感できたのは、すごく大きな出来事でした。
コアなジャズファンは世界中にいて、どこかで認知されれば一気に世界中に届く。これはインターネット時代ならではだと思います。
──先ほど話に出たレーベルオーナーのパウロさんは、藤枝さんの音楽に “日本らしさ” みたいな成分を感じたようですが、「FUKUSHIMA」というタイトルもそこを補強していますね。
アルバムタイトルになっている「FUKUSHIMA」という曲は、2011年の震災があった時に作った曲です。震災があって3日くらい何も手につかない状態だったんですけど、サックスのケースを開けて吹いてみて、その時にその浮かんできたメロディが基になっています。
あの日、呆然としながらもサックス吹いてみたら少し落ち着いて、自分を取り戻せたっていうんですかね、そんな気持ちになったのをよく覚えています。
──あの出来事は、改めて「音楽家としての自分」を考えるきっかけになった。そう語るミュージシャンもいらっしゃいます。
まさに僕もそうでした。それまで “当たり前” だと思ってた日常が覆ったり、突然なくなってしまう。街が波に飲み込まれるような信じられない光景を目にしたり、社会の構造そのものが破壊されていくさまを体験して、これから音楽をやることなんてできるのか? じゃあ今まで頑張ってきた自分はどうしたらいいんだ? みたいな思いも含めて、いろんなことを突きつけられた感じです。
実際に、演奏の仕事もすべてなくなって呆然としている時に、ふと思い立ってサックスを吹いたらちょっと落ち着いて。やっぱり「サックスを吹いてる自分」が、自分には必要なんだなという実感とともに吹き続けて、そのとき生まれたものを「FUKUSHIMA」というタイトルで曲にしました。
グループ結成の経緯
──レーベルのパウロさんもこの楽曲「FUKUSHIMA」に強く感応したわけですね。
そうみたいですね。彼がライブを観に来てくれて「もしよかったら、うちのレーベルでレコードを出さないか?」って話をされたとき、僕は彼に『Informel』(2021年)というアルバムを差し上げたんです。で、後日彼から「あのアルバムに入っている〈FUKUSHIMA〉と〈NOBODY KNOWS〉という曲は、今回のアルバムにも入れたい」という提案がありました。
それで、すべて新録で9曲を録ってパウロさんに送ったところ、彼が「この5曲をLPに入れたい」と選んで、LPの制作が進んで行きました。

──最近リリースされた「完全版CD」には9曲すべてが収録されているわけですね。
そうです。CDにはLP収録曲のノーエディット完全版の5曲に加えて、未発表だった4曲を追加して、全20ページの特製ブックレットを封入しています。
ちなみにアルバムタイトルの『FUKUSHIMA』は、パウロさんの案なんです。自分としてはタイトルを『福島』にするなんて思ってみなかったので、提案された時は驚きました。レーベルオーナとしての彼の鋭敏な感覚に驚いたし、自分の創作に対する客観的な視座みたいなものを教わったというか、気づかせてもらった点においても感謝しています。
──「福島」って、ただの地名だけどデリケートなワードでもあります。
いろんな人にすごく強く刺さってしまうし、海外の人にもショッキングなことも思い起こさせます。実際に、お客様の中にもそのタイトルにちょっとセンシティブな感覚も持っている方もいらっしゃって「軽い気持ちで(このタイトルを)付けているとしたら許せないよ」みたいな感じで迫られたことがありますが、そこはきちんと話せばわかってもらえます。
──ちなみに、藤枝さんがこの「SINSUKE FUJIEDA GROUP」の名義で最初の作品を発表したのは2009年。それ以前には i-dep(2004年〜)や、井上薫さんとのプロジェクト Fusik でもアルバムを発表していますね。
i-depをやっているときに「なにか新しい自分のプロジェクトをやりたいな…」と思いはじめて。ちょうどそのタイミングで井上薫さんとFusikを立ち上げて『Sunset Dance』(2007年)というアルバムを出すことができました。これが自分なりに手応えもあって、さらに強い意欲が湧きました。
──この勢いで自分のプロジェクト「SINSUKE FUJIEDA GROUP」も発足しよう、と。
じつはこのネーミングも知人のアイディアなんです。井上薫さんと繋がりのあったDJの岩城健太郎さんとお話をしている時に「どんなグループ名がいいですかね」みたいな相談をしたら、彼もジャズがすごく好きなので「ストレートに潔く “シンスケ・フジエダ・グループ” ってのがいいんじゃない?」というご意見をいただきまして。
2009年に最初のアルバムを出す時には、これまた井上薫さんのお知り合いのグラフィックアーティストさんにジャケットのデザインお願いしたんです。それでアートワークを進めてもらっているときにグループ名が「SHINSUKE〜」ではなく「SINSUKE〜」と表記されていて。 Hが抜けてますよ…と指摘したら「こっちの方がビジュアル的にバランスがいいから」と(笑)。その意見を採用して以来、アルファベットで表記するときはずっと「SINSUKE FUJIEDA GROUP」なんです。
──いまや海外でも知られちゃったから、変えるわけにもいかないですね(笑)。
そうなんです。だから今後もこれを正式表記とします。
探していた「一生をかけて情熱を注げるもの」
──ところで、藤枝さんはどんなきっかけと経緯で、この世界に入ったのですか?
高校三年生になった頃ですね。それまでもずっと音楽は好きだったし、仲の良い同級生の中にはバンドをやってるやつもいて、よくライブハウスに遊びに行ったりもしていました。
そんな仲間の一人が、ある日僕にCDを貸してくれたんです。当時ちょうどアシッドジャズのムーブメントが日本にも入ってきて、彼もそこに反応していたみたいでジャズとかその周辺をいろいろ聴いていたんですね。それで、コーデュロイっていうグループのアルバムと、チャーリー・パーカーのアルバム『オンダイヤルvol.1』を教室で渡されて。
──なるほど。当時のアシッドジャズの最新バンドと、その源流にあるアメリカのジャズ。両方を貸してくれたんですね。
当時の僕はいつも CD ウォークマンを持ち歩いていて、自転車で通学しながら聴いたりしていました。で、アシッドジャズの方はあまり興味が持てなかったんですが、その後に聴いたチャーリー・パーカーにものすごく感動して。
古いモノラル音源なので、音はモゾモゾして籠った感じなんですけど、サックス演奏の存在感が鮮烈で。「こんな音楽があるの!?」っていう驚きとともに強いショックを受けました。
──具体的には、チャーリー・パーカーのどんな部分にショックを受けたのでしょうか?
ジャズという音楽の存在は知っていたけれど、その正体というか実態は全く知らなかったんです。それでライナーノーツを読むと、どうやらこの音楽は楽譜がなくて即興で演奏されている、ということを知って本当に驚きました。
楽譜がないのに曲が始まって、ちゃんと終わりがあって、合奏が成立していることが理解できなかったんですね。ものすごい衝撃でした。
──そこからすぐに「俺もこれをやるんだ」という思いが湧いた?
いや、ショックを受けたし興味も持ったけど、すぐにこれを自分がやるとは考えなかった。でも直感的に「これは自分にとってものすごく大切で価値のあるものだ」と強く思いました。
というのは、僕ずっとスポーツをやっていたんです。3歳から水泳をやって、小学校はソフトボール、中学で野球、高校はテニス。どれも楽しかったし結構まじめにやっていました。でも、卒業のたびに競技が変わっていく、そのことが悲しかった。
──始めるときに終わりも見えている、という状況が。
そう、なんだか寂しかったんです。高校3年になって部活も終わって、まさにそんな思いを抱えているときに、スポーツ以外の「とんでもないもの」に出会って、一生をかけて情熱を注げるようなものが自分の前に現れた気がして興奮したんです。大学受験を控えて、何かこう、自分が情熱を持ってやり続けられるものを、心のどこかで探していたのかもしれないですね。
でもまあ受験もあるし、その想いは胸に秘めつつ勉強に励んで。翌年の1月には大学の合格通知が届いたので、すぐにアルバイトを始めて、アルトサックスを友達から8万円で売ってもらって。という感じで、大学に入学して2日目にはジャズ研に入ってました。
──大学では、いわゆるモダンジャズをやるわけですよね。そこから、今のようなスタイルに行き着くには、どんな過程があったのですか?
おっしゃる通り、大学ではモダンジャズをやって、ひたすらジャズのスタンダードを演奏して、いかにうまく演奏するか、みたいなことに必死になっていましたね。
──それはそれで素晴らしいことだし、充実感もあったのでは?
もちろんそうです。その後、行き詰まりを感じ始めたのが20代の半ばぐらいですかね。サックス奏者としてのアイドルがいて、その人の演奏をいくら追いかけても超えることは難しいのではないか、と感じたり。
ずっと音楽を好きで音楽のことばかり考えてきたけど、その中身は結局サックスのことばかりで、そのサックスにしても誰かの模倣になっていたり。これをどうやって自分のものにすることができるのか、っていうところがなかなか結びつかなくて。
──なるほど。そこを脱する契機みたいな出来事はあったのですか?
特に大きな契機があったわけではないですけど、ひとつ覚えているのは、大学の近くに、岡本太郎さんの美術館があって。ある日、なんとなく行ってみたんですね。そこで絵画を眺めているときに、ちょっとした気づきというか、そういうものがありました。
抽象的な絵の中に強い線が描かれていて、その線の在り方によって作品の強度というか、作品として成立させる何かがあるな…と漠然と感じて。音楽も一旦こういうビジュアルとして捉えてみると、何か新しいアイディアが得られるのかも。みたいなことを思ったり。
音楽を音楽として捉えるだけじゃなくて、そのもっとビジュアルとか質感とか、何かそういうところでアイデアを広げるっていうんですかね。そこに突破のヒントがあるかもな…と。
ただ、そんなことを考えながらも結局、モダンジャズとサックスばかり聴いてたので、あまり変化はなくて。その後、ジャズ以外の音楽に取り組む時間が結構長くあったので、そっちの影響の方が大きいと思います。
「ジャズしか聴かない」って不自然じゃないか?
──ジャズ以外の音楽に取り組むきっかけは?
Why Sheep? というテクノアーティストがいて。
──内田学さん。
そうです。彼の作品に参加する機会を頂いて、それが僕の最初のレコーディングでもあります。
ある日、ご自宅に招いて頂いたことがあって、「どんなの聴いてるの?」みたいな話になって。僕がジャズの作品ばかり挙げていたら「それって不自然じゃない?」と言われまして。それを機に視野が広がっていった気がします。
──もっといろんな音楽に興味を持ってみようよ、と促してくれた。
ジャズも素晴らしい音楽だけど、もっと周囲を見てごらんよ、今この90年代の東京に生きていながら、もったいないことをしていないか? と。今まさにいろんなジャンルの素晴らしい音楽が生まれてるし、過去の音楽でも多種多様な作品を聴くことができるよ、という旨の話をされて。
──ここまでの話、DJやクラブミュージック界隈の人がいつも背中を押してくれていますね。
もちろん “ジャズ界隈の人” にもすごくお世話になってきたし仲間意識もありますが、いろんなジャンルの人が自分に良い影響を与えてくださったと思います。ライブをやるにしても、いわゆるジャズの箱でもやるしDJがいるようなクラブでもやる。実際に、DJが反応してくれることも多いんです。そこはアナログレコードでの作品発表もうまく繋がっていると思います。
──しかも、そのアナログ盤のシングルやアルバムによって、海外レーベルや音楽ファンの心を掴んでいった。それは、あまり言語を介さない「ジャズ」というフォームならではの強みもあるのかもしれませんね。
僕もいろんな国のジャズシーンを眺めながら、例えばオランダではこんな人がこんな表現をしているのか…みたいな感じで、世界中に拡がっていった「ジャズ」の様子が、非常に興味深いです。
それと同時に、やはり「ジャズはアメリカの民族音楽だな」ということも強く感じます。これは以前からずっと自分の中で実感があるんですけど、そういう “民族音楽としてのジャズ” が世界中に伝播して各地の文化と結びついて、また別の形状や性質を備えて存立していくっていう現象が、本当に面白い。
──藤枝さんご自身も、若き日に “民族音楽としてのジャズ最高峰” とも言えるチャーリー・パーカーに衝撃を受けた。でも、そこから試行錯誤を繰り返しながら、自分なりの表現を探求し続け、やがて先鋭的でアバンギャルドな側面も備えていきます。じつはこれって、1940年代当時のチャーリー・パーカーも同じ境遇ですよね。
そうですね。僕がチャーリー・パーカーを初めて聴いたときは「これがジャズのスタンダードなスタイル」として確立しているわけですが、じつはそれが録音された時代、あの演奏はジャズというジャンルにおいて “とんでもなくアバンギャルドなもの” だった。
当時の僕はそんなこと知りませんでしたが、あのとき受けた衝撃と感動の中にはきっと、そうしたアバンギャルド精神とか、開拓者のスピリットやエネルギーみたいなものも含まれていたのかもしれません。今まで触れたことのない、なんかこう、ものすごい本質的なものが隠されていて、そこに触れてしまったという感じがあったんです。
今でもあの日のことはすごく鮮烈に覚えていて、まるで昨日の出来事のように今日と繋がっています。だからいまだに「なぜあんな気持ちになったのだろう?」とか「あの感覚は一体何なのだろう?」と考えたりもします。あの感動をうまく言語化はできませんが、18歳のときに感じたものがそのまま、今も心の中に強く存在していることは確かです。
*
そう語りながら微笑みかける彼のまなざしは、いまも18歳の輝きと好奇心に満ちていた。藤枝伸介という音楽家が、これから何を探求し、どんな音を描き出すのか。世界中のファンも彼を見つめている。
取材・文/楠元伸哉
SINSUKE FUJIEDA GROUP『FUKUSHIMA』-Complete Edition-
2025年春にLPとしてリリースされた話題作がついにCD完全版として登場。本作には、LPに収録された5曲のノーエディット・ロングバージョンに加え、同時期に録音された配信限定の人気フルート曲や、未発表のバンブークラリネット楽曲「Jiva」など、全9曲・68分を収録。
【ライブ情報】

SINSUKE FUJIEDA GROUP「福島」Release Live “Next Chapter”
CDアルバム『福島』リリースライブ
次の章へと進む夜 ── “Next Chapter”
日時:2026.02.05(THU)OPEN 18:30|START 19:30
会場:BAROOM(東京都港区南青山6-10-12 1F)
【LIVE】
SINSUKE FUJIEDA GROUP「福島」Release Live “Next Chapter”
https://baroom.tokyo/
【藤枝伸介 公式サイト】
http://sinsukefujieda.com/




