2019.11.14

ジャズと台風【モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン 2019リポート】

文/二階堂 尚、撮影/村山泰紀、坂本 理、平野 明、髙田 櫻

台風19号の影響で、予定された3日間のうち2日が中止となったモントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2019(以下MJFJ)だが、最終日には計11組のアーティストが日本橋の各会場で素晴らしい演奏を聴かせてくれた。その模様をレポートする。

カトリーナに匹敵する巨大台風

2005年に録音された『アワ・ニューオリンズ』は、巨大ハリケーン「カトリーナ」によって完膚なきまでに破壊されたニューオリンズ復興のために、アラン・トゥーサンやドクター・ジョンらニューオリンズを代表するミュージシャンが集まって制作したチャリティ・アルバムである。滋味深い演奏と故郷への愛情にあふれた作品で、ニューオリンズのジャズとファンクのエッセンスが詰め込まれた素晴らしいアルバムだった。

カトリーナは本当に巨大なハリケーンだったらしい。勢力にして最低気圧902ヘクトパスカル、最大風速毎秒70メートル超。このハリケーンによる高潮と河川の決壊によって、海抜以下の土地が多かったニューオリンズ市のじつに8割が水没したと伝えられた。

この10月に日本を襲った台風19号、通称「ハギビス」もまた、カトリーナに匹敵する巨大台風だった。最低気圧は915ヘクトパスカル(この数値が小さいほど勢力は大きい)、最大風速は毎秒55メートルを記録した。日本列島に上陸したのは12日(土)。MJFJの初日であった。

記録的な大雨が降り、交通機関も全面的に麻痺するなか、初日の開催が不可能なのは誰の目にも明らかだった。2日目の13日(日)には台風はすでに首都圏を通過していたが、依然交通の混乱は続き、北関東や東北地方では河川の決壊が相次いだ。運営側が2日目も中止としたのは、すでに出演アーティストが来日している中にあっておそらく苦渋の選択だったはずだが、観客の安全を守り切れないと勇気をもって決断したことを諒としたい。

MJFJの3日目は、そうして台風通過の余韻の中、イベントの「初日」として幕を開けたのだった。

屋外、カフェ、地下広場で繰り広げられた演奏

台風一過の日本橋には朝から冷たい秋の雨が降っていた。開催時刻の正午となってその雨はほぼ上がり、屋外会場のひとつ “コレド室町テラス” の大屋根広場で6人編成のバンド “1983”の演奏が始まった。期せずしてフェスのトップバッターとなってしまったことの緊張感を感じさせながらも、メンバーは爽やかで若々しい演奏を聴かせる。聴衆は、フェスの来場者とコレド室町テラスを訪れた人がほぼ半々くらいだろうか。フェスが開催されることを知らずにステージ前を通って、足を止めて音楽に聴き入る人もいる。

強風を懸念して事前に屋外ステージは撤去されており、当日は仮設テントの下で演奏がおこなわれた。

大屋根広場からほど近いカフェ「サローネヴァンドルディ」でも、間もなくランチ・タイムのピアノ演奏が始まった。食事をする客に向けてしっとりした演奏を聴かせるのは岩村美咲である。このカフェでは同日にカート・ローゼンウィンケルによるギター・クリニックも予定されていたが、カート一行のフライトが台風の影響でキャンセルされたため、残念ながら中止となった。

ほぼ時を同じくして、コレド室町テラスのはす向かいのビル、YUITOの地下広場で演奏を始めたのは、初日に登場する予定だったシンガー・ソングライターの高橋飛夢である。この地下広場は、椅子に座ってドリンクを飲みながら演奏が聴けるスペースで、高橋のギターとボーカル、スティールパンのケンネル青木の都会的な演奏が空間の雰囲気にとてもマッチしていた。その繊細な音は、再び降り始めた細い雨音と混じり合うようで、吹き抜けになった階上に目を向ければ、街路樹が風に揺れるのが見える。

雨の日本橋に満ちる音楽

大屋根広場の2番手は、女性アルト・サックス奏者の中島朱葉がフロントを務めるカルテット“.PUSH”(ドット・プッシュ)である。パワフルな演奏に惹かれて足を止める人も増え、ギャラリーは徐々に膨らんでいく。

.PUSHの演奏が終わると同時に、YUITO地下広場ではタップダンサー、谷口翔有子のパフォーマンスが始まった。キーボードによる「枯葉」「セント・トーマス」「カノン」といった曲に合わせて、谷口が激しいタップを踏む。地下鉄の改札と直結した広場に次々に人が集まってくる。エスカレーターの上から地下をのぞき込む顔が見える。

台風の余韻を脱してフェスが本格的に熱気を帯び始めたのはおそらくこのあたりからだったのではないだろうか。地下鉄の駅から地上に出た人たちの耳に、街にあふれる音楽が自然と聞こえてくる。日本橋が「ジャズの街」という新しい表情を見せる。

その熱気をさらに加熱させたのが、大屋根広場の3番手である竹内アンナのステージだった。ファンキーなアコースティック・ギターのプレイとクールで透明な歌声は、スターとしての存在感を濃厚に漂わせ、ベースとドラムのグルーヴがそれを支える。フリー・ソウル系の疾走感のある曲のクオリティも抜群で、思わず足を止めて聴き入る客が続出し、大屋根広場はこの日最大の人だかりとなった。ところどころから「今日はアンナちゃんの演奏を聴きにきた」「アンナちゃん、ちっちゃくて遠くからだと見えない」といった男性聴衆の会話が耳に届く。40分間の演奏があっという間に終わってしまった。

観客を熱狂させたR&Bショー

YUITO地下広場の3番手は女性ボーカルとギターのデュオ“Piece of Peace”である。ボッサ・フィーリングにあふれた心地よい演奏。ボーカルのChihiro Singsが曲の合間に「雨の音が気持ちいいですね」と語る。静かに降る秋の雨との共演を観客はリラックスして楽しんでいる。

大屋根広場では、続いて4番手の中村恵介 ヒューマドープ” がステージに立った。気鋭のトランペッターが率いるクインテットである。観客の中には、こんな音楽が聴きたかったと快哉を叫んだ人も多かったのではないだろうか。「これぞジャズ」というエネルギッシュな演奏が、日が傾き始めた日本橋に響く。

この頃、フェスのメイン会場である日本橋三井ホールでは、中原仁のDJプレイがおこなわれていた。間もなく小坂忠のステージが始まる。“Ego-Wrappin’”の中納良恵や元“ボ・ガンボス”のDr.kyOn、ホーン・セクションを加えたスペシャル・バンドである。

前半分がスタンディング、後半分が客席となっている会場の照明が落ちると、バック・バンドのメンバーが登場し、ジャズ・ナンバーの演奏を始める。「シング・シング・シング」だ。小坂忠、次いで中納良恵がステージに現われてからは、ステージはR&Bモードに一転し、サム・クック、スモーキー・ロビンソンのカバーに続いて、中納が持ち歌「色彩のブルース」を歌う。

小坂の代表作にして和製R&Bの名盤『ほうろう』の一曲「機関車」の演奏が始まり、会場は一気に盛り上がる。最も圧巻だったのは、『ほうろう』からのタイトル・ナンバー「ほうろう」だった。中納のコーラスのなんと情熱的なことか。締めもやはり『ほうろう』からの「ゆうがたラブ」。生で聴く往年の名曲の数々に涙したファンも多かったのではなかろうか。

多くの観客の心を捉えたブラジルの歌姫

熱気にあふれたホールを出ると、すでに日は落ちていた。フェスの関係者が「これは、絶対おすすめですよ」と耳打ちしてくれた石川周之介カルテットの演奏が、大屋根広場で間もなく始まった。すぐに「おすすめ」の理由がわかる。ストレートな4ビートから、クラブ・ジャズ、サンバまで、ときにエフェクターをかませたサックスでグルーヴ感あふれる演奏を聴かせる。その研ぎ澄まされたセンスに脱帽した聴衆は少なくなかったはずだ。

台風の影響で飛行機が欠航となりメンバーの到着が遅れていると伝えられていたマリーザ・モンチのライブは、どうやら予定通りおこなわれるらしい。この日の、そして本当は3日間にわたって開催されるはずだったMJFJの大トリのステージである。

鮮やかなドレスとサングラス姿であらわれたマリーザを迎えた歓声は、日本語とポルトガル語が半々くらいの印象。実際、会場には外国人の客がかなり多かった。1時間半のステージで、マリーザが歌った曲はどのくらいだったのだろう。とても多くの曲を、相当の時間にわたって聴くことができたような気がする。マリーザのステージを、そしてこのフェスティバルを心から味わおうという観客の情熱が会場に満ちているのがはっきりと感じられ、それはアンコールの最後まで続いた。最後の曲を歌い終えてステージを去ろうとするマリーザを見送る聴衆たちの名残惜しそうな表情が印象的だった。

聴衆の胸に焼きついた音楽の印象

台風19号の犠牲者は90人に上った。この原稿を書いている時点で行方不明者がまだ5人いる。その事実を前に「幸い」という言葉を使うべきではないが、それでもフェス関係者の苦労を多少は知っている身として、あの巨大台風が通過する中でたとえ1日でもライブをおこなうことができたことは本当によかったと思う。関係者のひとりは「この状況の中で“フェスティバルを楽しみましょう”と言うことは正直難しい」と語っていた。しかしその中でも、聴衆たちは慎みをもって大いに音楽を楽しんでいたし、ミュージシャンたちも演奏できたことに対する感謝の言葉を口々に語っていた。

カトリーナの甚大な被害から立ち直ろうとするニューオリンズの人々の心の支えとなったのは、ジャズを始めとする音楽だった。音楽を愛する人なら、音楽に快楽以上の力があることを誰でも知っている。台風による災害のさなかに、雨のそぼ降る日本橋で聴いた音楽の印象は、フェスに参加した聴衆の胸に焼きついたに違いない。

モントルー・ジャズ・フェスティバル・ジャパン2020に向けた動きはすでに始まっている。