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Nujabes × Shing02〈Luv(sic)〉シリーズ誕生秘話【Think of Nujabes Vol.3】

2010年に夭逝した日本人ヒップホップ・プロデューサー、Nujabes(ヌジャベス)。わずか10年強にわたるアーティスト活動の中で、彼が生み出してきた音楽は、今もなお幅広い世代の音楽ファンに愛され続けている。Nujabesのこれまでの経歴や、世界的なムーブメントとなっている「ローファイ・ヒップホップ」に与えた影響は、すでに【Think of Nujabes Vol.1】および【Vol.2】にて詳細を追った。今回の【Vol.3】では、数あるNujabes楽曲のなかでも一二を争うほどの人気を誇る〈Luv(sic)〉シリーズにスポットを当てたいと思う。

Nujabes自身が運営するレーベル、Hydeout Productionsから通算6曲がリリースされた〈Luv(sic)〉シリーズ。そのすべてにパートナーとして参加し、ラップを提供していたのがShing02(シンゴツー)だ。今回は、そんな人気シリーズを生み出した、もうひとりの当事者であるShing02にインタビューを行い、楽曲の誕生秘話から、これまであまり語られることのなかったNujabesとの関係についても話を聞いた。

Shing02:環太平洋を拠点に活動するMC / プロデューサー。これまでに「絵夢詩ノススメ」「緑黄色人種」「400」「歪曲」を発表し、発案したfaderboardを取り入れたKosmic Renaissanceなど、国内外の競演を重ねながら、現代音楽としてのヒップホップを体現する。近年は「FTTB」「LIVE FROM ANNEN ANNEX」シリーズを発表、DJ $HINとアルバム「1200 Ways」をリリースし、日本語盤の「有事通信」も控えている。2015年は短編4作目となる「The Divider」、22分の大作「日本国憲法」もネットで公開した。(Photo by Takeshi Hirabayashi)

はじまりは一通のeメールから

ふたりの関係が始まったのは2000年頃のこと。バークレー(カリフォルニア州)の北の街、エル・セリートに住んでいたShing02が、「12インチを一緒に作ろう」というNujabesからのメッセージをeメールで受け取る。その後、Shing02が一時帰国で日本を訪れた際に、ふたりは初めて対面することになる。

「その当時の僕は、日本とアメリカを行き来しながら、若いなりにいろいろとハッスルしていて。日本にいる間はいつも短期滞在だったんで、バタバタとしている中で、どうにか彼と会う時間を作ったんです。友達の家へ行くついでに、わざわざ車で外に出てきてもらって。車の中で彼のビートテープを聴かせてもらったり、僕が当時作っていた曲を聴かせたりしたんですけど、 おそらくお互い思っていたイメージと違ったのか、とくに話が弾んだわけでもなく……。もちろん、彼のビート自体は格好良いんですけど、僕の中では『普通に格好良い』程度で止まっていて。それもあって、すぐに一緒に曲を作るっていう感じでもなかった」

Nujabesから貰ったビートテープをアメリカの自宅まで持ち帰ったものの、しばらくは寝かせていたというShing02だが、2、3か月経って再びテープを聴き、突如「このビートで曲を作りたい!」と思ったという。それこそがジャズピアニスト、高瀬アキの「MInerva’s Owl」をサンプリングした〈Luv(sic)〉のビートであった。

「自分の曲でいうと〈Pearl Habor〉(注1)でやっていたような、ダークでハードなものが好きな時期で。だから、オーソドックスでメロウなヒップホップは当時、そこまで興味がなくて。けど、あのビートを聴いた時、僕も大好きなコモンの〈I Used To Love H.E.R.〉(注2)に通ずるものがあった。ラップを始めて4、5年目くらいの頃で、日本語でやったり、英語でやってみたり、自分でビートも作り始めたりと、まだ自分のスタイルを模索していて。このビートを使って、その時の自分の心境を綴ることも出来るんじゃないかなと思ったのが始まりです」

注1:Mary Joyレコーディングスから1998年にシングルリリースされたShing02の初期代表作。大阪出身のDJ $hinがプロデュースを手がけ、「戦争と日本」をテーマに英語と日本語、それぞれのバージョンが作られている。

注2:90年代のアメリカのヒップホップシーンを代表するラッパーのひとりコモンが、1994年にリリースしたセカンドアルバム『Resurrection』からの先行シングル曲。タイトルの“H.E.R”は“Hip-Hop in its Essence is Real”(=ヒップホップの本質は真実)を意味しており、コモン自身のヒップホップに対する愛が綴られている。2019年にはこの曲の続編とも言える〈HER Love〉が発表された。

〈Luv(sic)〉のジャケットのデザインコンセプトはShing02のアイディアによるもの。ジャケットの表(おもて)面には、屋久島にてShing02の友人が撮影した写真が使われている。

他アーティストに渡っていたビートを奪還

これは過去のインタビューなどでも語られているが、Shing02がビートテープを寝かしていたこともあり、「MInerva’s Owl」をサンプリングしたビートはすでに他のアーティストの手に渡っていた。

「Nujabesに連絡をしたら、『あのビートはもうPase Rock(Five Deez)(注3)にあげちゃったから、無理だ』と言われたんですよ。でも、たまたま僕がPaseと関係があったので、自分から彼に連絡したら、『使っていいよ』って言ってくれて。それをNujabesに伝えたら、『えー、ホント !?』って、すごく驚いた感じでしたね。たぶん、彼にもPaseと一緒にやるイメージがすでにあったと思うし。だから、半分嫌々な感じの反応でしたけど、『Paseがいいなら構わないよ』って承諾してくれて。改めて去年(2019年)、マイアミでPaseと会った時にその話をしたら、実はあのビートを使ってデモまで録ってたらしんですよ。でも、Paseはそこまで気に入っていなかったから、譲ってくれたそうです」

注3:オハイオ州シンシナティ出身のヒップホップグループであるFive Deezのメインメンバーのひとりで、Nujabesの3枚のアルバム(『Metaphorical Music』、『Modal Soul』、『Spiritual State』)すべてにゲスト参加。ちなみに、Shing02は2001年にリリースされたFive Deezのファーストアルバム『Koolmotor』収録の〈Sexual For Elizabeth〉という曲に参加し、日本語でのラップを披露している。

この時、もしPase Rockがビートを譲らなければ、〈Luv(sic)〉シリーズ自体が全く存在しなかった可能性もあったということだ。そして、ようやく始まったふたりの楽曲制作であるが、Nujabesからは「英語でのラップ」という以外はほとんど指示はなく、自然と『音楽』自体をテーマとした曲が浮かんできたという。

音楽の女神に宛てて書いた手紙

「ちょうど『音楽って何?』って、すごく考えていた時期でもあって。音階とか学術的な部分も含めて、いろんなことが頭の中でぐるぐると回っていて。それで浮かんだのが『音楽の女神に宛てて書いた手紙』というテーマでした。Nujabesのビートは良い意味でオーソドックスだったので、そこにオーソドックスなラップをラヴレター形式で書くってういうのは、自分にとってはすごく簡単なことでもあって。とくに深く考えずに、スラスラと(リリックを)書けました」

そして、「Lovesick like a dog~」という一節から始まる〈Luv(sic)〉が完成する。当然、曲のタイトルはリリックの書き出しをそのまま引用して、スペルを変えたわけだが、そこにはShing02ならではの言葉遊び(=ワードプレイ)が盛り込まれている。

「英語で『sick as a dog』(=すごく体調が悪い)っていう言い回しがあるんですけど、そこに『lovesick』(=恋の病)をかけて、『僕は犬みたいに恋の病を患っている』っていうところからイメージを膨らませていきました。けど、『lovesick』をそのままタイトルにはせずに、『love』をわざと『luv』にして、そこに新聞とか雑誌の記事で使われている、『原文ママ』という意味の『(sic)』を足して。スペルを変えることによって、『ひねくれた形の愛だけども、そのままストレートに理解してほしい』っていう意味を込めています」

〈Luv(sic)〉の裏ジャケットは、実際にその当時Shing02が使っていたライムブックから、〈Luv(sic)〉のリリック部分をスキャンしたものがそのまま使われている。

当時、筆者もリリースされたばかりの〈Luv(sic)〉の12インチシングルを購入したうちのひとりであるが、国籍すら不明な謎の存在であったNujabesのジャジーで軽快なビートと、すでにアンダーグラウンドシーンで名の知られた存在であったShing02の組み合わせは実に新鮮であった。

「それまでは、バトルラップ的に難しいことをどれだけ格好良く歌って、みんなをアッと言わるみたいなことをやっていて。けど、〈Luv(sic)〉ではそういう欲求を抑えて、シンプルなポエトリーに戻ろうって自然と思えた。そういう意味では達成感はありましたし、思い入れはすごく強いです。けど、完成したレコードを送ってもらって聴いた時には、自分的には粗さのほうが気になって。『他のラッパーと比べたら、まだまだだな』と思っていました」

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続編を作る意識はなかった〈Luv(sic) Part2〉

その翌年(2002年)には早くも〈Luv(sic) Part2〉がリリースされるわけだが、当初はShing02、Nujabes共に〈Luv(sic)〉の続編ということはまったく意識せずに制作がスタートしたという。

「9.11の直後、ちょうど僕が東京に滞在していて。飛行機も飛んでいなかったので、アメリカにも帰れないような状況でした。そんなタイミングに、Nujabesからビートが送られてきて。その頃、『400』(注4)っていう次のアルバムの制作をずっとやっていたんですけど、ドロドロした曲を毎日作っていたから、息抜き的にやってみようって。最初の〈Luv(sic)〉を『音楽の女神に宛てて書いた手紙』というテーマで書いたから、その続きにしようと。新しく題名を考えるのも違うなと思ったので、〈Luv(sic) Part2〉というタイトルにしました」

注4:Mary Joyレコーディングスから2002年にリリースされたShing02のセカンドアルバム。タイトルには“世にはびこる嘘八百を真っ二つに叩き割る”という意味があり、前作『緑黄色人種』以上の濃さとボリュームで、当時の日本のヒップホップシーンに強烈なインパクトを与えた。

〈Luv(sic) Part2〉のジャケットには、グライフィティライターでもあるアーティスト、SYUの作品を使用。もともとはSYU氏の実妹からShing02が連絡を受けて紹介してもらい、初めて会った時に見せてもらった中に天女が描かれた作品があり、その絵がこのジャケットへと繋がっている。さらにShing02からの紹介で、NujabesもSYU氏の作品を気に入り、以降、Hydeoutの幾つかのレコード/CDに絵を提供している。

再び組んだふたりの新曲に〈Luv(sic) Part2〉と名付けられたことは、同曲がシリーズ化される大きなきっかけにもなった。そして、〈Luv(sic)〉~〈Luv(sic) Part2〉という流れがShing02自身のライヴセットにも組み込まれ、ようやく彼は、この2曲に対するファンからの確かな手応えを感じるようになったという。一方で、これ以上、〈Luv(sic)〉シリーズを続けるつもりの無かったShing02に対し、さらなる続編の制作を提案してきたのはNujabesからであった。

「〈Luv(sic) Part3〉が蛇足的に見えるのは良くないし、最初の2曲に匹敵するレベルのものをやらないといけないっていうプレッシャーもあった。だから、最初は反対だったんですけど、『これはどう?』ってNujabesからビートが送られてきて。その当時(2000年代前半)のヒップホップの流れって、それこそコモンが〈I Used To Love H.E.R.〉で歌っていた内容そのままで、どんどんとメイクマネー的な感じになっていて。Nujabesのビートを聴いて、『この感じだったら、今のヒップホップシーンへ向けたトピックで歌えるんじゃないかな?』と思って、了承しました」

アメリカでの人気と、楽曲のネット流出

12インチシングルでリリースされた〈Luv(sic)〉、〈Luv(sic) Part2〉とは異なり、〈Luv(sic) Part3〉は2005年にリリースされたNujabesのセカンドアルバム『Modal Soul』の収録曲のひとつとして発表され、当初はシングル化の予定もなかった。しかも、Shing02がレコーディングしたものとは、少々異なる形でアルバムに収録されたという。

「3バースあった〈Luv(sic) Part3〉を、Nujabesは『2バースだけのほうが簡潔で良い』って主張して、2バース分のミックスしかしてくれなかった。けど、僕がたまたま友達に送った3バース入りのバージョンがネットに流出して。個人的には勝手に短く切られたのが嫌だったていうのもあって、その流出をわざと放置して(笑)。それに彼が気づいて、『なんでこんなのがアップされてるんだ!?』って激怒したメールが来たんですよ。僕は半ば知らないフリをしながらも、『アメリカでNujabesと〈Luv(sic)〉がどんなに人気出てるか知ってる? もっとファンを大事にしたほうが良いよ』みたいな返事をして(笑)、無理矢理説得した覚えがあります。お互い、ちょっとした意地の張り合いみたいなところもありましたけど、最後はちゃんと納得してくれました」

ちなみに、Nujabesが亡くなった後に〈Luv(sic) Part3〉は再レコーディングが行なわれ、3バース収録されたフルバージョンが12インチシングルとしてリリース。〈Luv(sic)〉シリーズをコンパイルしたアルバム『Luv(sic) Hexalogy』にも、同バージョンが収録されている。

話を元に戻すと、2005年11月に〈Luv(sic) Part3〉が収録されたアルバム『Modal Soul』がリリースされ、その約半年前にはアメリカ国内にてアニメ『サムライチャンプルー』の放映がスタート。さらに前述のネット上でのリークも手伝って、〈Luv(sic) Part3〉はアメリカ国内で急激に人気を得ることになった。

「日本でのイメージだと、〈Luv(sic) Part2〉が一番人気があるように思うし、実際、僕自身も〈Luv(sic) Part3〉は最初、アルバムの一曲として出ただけなので、自分の曲としての実感があまりなかった。でも、2006年あたりに、〈Luv(sic) Part3〉がアメリカで爆発的に人気が出たんですよ。本当に不思議なくらい、急に人気が出てきて。街へ出かけると、超ランダムに本当にいろんなところで〈Luv(sic) Part3〉がかかっている。もちろん、『サムライチャンプルー』の影響もあるわけですけど、〈Luv(sic) Part3〉や〈Battlecry〉(注5)のヒットによって僕自身もアメリカのインディーズシーンで市民権を得ることが出来た。だから、アメリカ側から見て逆輸入的なパッケージ(=『サムライチャンプルー』)に自分が入る事が出来たのは、とてもラッキーでした」

注5:『サムライチャンプルー』のオープニングテーマ曲。実はオープニングテーマ曲のもう一つの候補として、『Modal Soul』にも収録されている〈Horizon〉にラップを乗せたバージョンが作られたが、採用されなかったため幻の一曲となっている。もしリリースされていればNujabesとShing02が組んだ唯一の日本語でのラップ曲となっていた。
さらに余談だが、『サムライチャンプルー』の最終話ラストシーンで〈Luv(sic) Part2〉を使用するというアイディアがあったが、渡辺信一郎監督曰く『アニメで使ってしまうと、そのイメージがついてしまうから』という理由でNujabesが頑なに拒んだため、実現しなかった。

渡辺信一郎監督によるアニメ『サムライチャンプルー』 (c)下井草チャンプルーズ

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〈Luv(sic) Part4〉への抵抗感と、ビートの変化

〈Luv(sic) Part3〉によって一旦は幕を閉じた〈Luv(sic)〉シリーズであったが、水面下ではNujabesがさらなる続編を渇望していたという。しかし、Shing02はこのアイディアには〈Luv(sic) Part3〉の時以上に、かなりの抵抗があった。

「大げさな言い方をすれば、『スターウォーズ』と同じで、すでに三部作で完結している状態。だから、一時保留にしていて。それでも、Nujabesからはビートをちょくちょくと送られてくるわけですけど。僕があんまり良い反応をしないもんだから、『一体どうなってるの?』って彼から呼び出されて。それで渋谷のスタジオ(=Park Avenue Studio)で会って話をしました。そこで『一曲ずつやるのではなくて、新たにもう三部作を作るぐらいの勢いがないと、初めの衝撃は超えられない』という話をして、『〈Luv(sic)〉~〈Part3〉とは全くの別物と考えて、一気に3曲作るのであれば、僕もそういう構成で考える』って提案をしました」

この話し合いの前後に送られてきていたNujabesのビートの音楽的な変化が、さらに〈Luv(sic) Part4〉以降を作る後押しにもなったという。

「彼が宇山くん(Uyama Hiroto)と出会ったことで、どんどん成熟したビートが送られてくるようになってきて。〈Luv(sic)〉シリーズの初めの3曲はサンプルの雰囲気のみに頼っていたのが、ミュージシャンである宇山くんの生の楽器の音が入って、より滑らかに、よりリアルになった。それこそ、2Dが3Dになったくらい変化を感じましたね」

〈Luv(sic)〉シリーズの続編には、『新たな出会い~別れ~再会』という流れがテーマとして与えられ、まずは〈Luv(sic) Part4〉と〈Part5〉の制作が同時進行でスタート。前作とは敢えて繋げずに、新たなストーリーとして作られた『新たな出会い』を描く〈Luv(sic) Part4〉には、Shing02が以前から温めていたという、カレンダーの比喩がリリックの中に盛り込まれる。一方で、明るい未来を感じさせる〈Luv(sic) Part4〉とは対照的に、〈Luv(sic) Part5〉は『別れ』というテーマが示す通り、非常に重く、暗いトーンに仕上がっている。

ふたつの悲しみを背負った〈Luv(sic) Part5〉

「Nujabesは〈Luv(sic) Part5〉が暗くなることには大反対で。もともとは〈Luv(sic)〉用ではなくて、彼がデモのひとつとして送ってきたビートで作ったんですけど、『これは〈Luv(sic)〉じゃない』とも言い切っていました。けど、僕は彼に『〈Luv(sic) Part4〉で明るくして、〈Part5〉では一回悲しみを出したい。そういう波でストーリーを作ろう』って言ったんですよ。そうしたら納得してくれて」

もともと、〈Luv(sic) Part5〉のリリックは19歳で亡くなったビートボクサー、ジェフ・レザレクシオンのために作られたものであったという。

「ジェフくんは当時、僕のLAの自宅近くに住んでいた高校生の男の子で。2009年末に、彼が甲状腺のガンになったという話を聞いて。会いに行って話をしたら実はNujabesのファンで、〈Luv(sic) Part3〉が大好きだった。結局、(2010年の)年明けに亡くなったんですけど、彼のお葬式で〈Part3〉を歌って。ジェフくんのことはNujabesにも話していたので、そういう経緯もあって、〈Luv(sic) Part5〉はジェフくんのために書くことにしたんです。Nujabesには『スタジオまで泊まりがけで行くから、絶対にこの曲を終わらせよう』と伝えていて、ジェフ君が亡くなった時も「ご愁傷様、(葬式で歌うための)〈Luv(sic) Part3〉のインストあって良かったね」と返事を貰えたんですけど、結局、それが彼との最後にやり取りになりました」

2010年2月26日にNujabesが亡くなり、その事実が公表されたのは3月に入ってからであった。

「新たにバンドで録音した〈Luv(sic) Part3〉(注6)をジェフくんに捧げて、さらに彼に宛てた〈Luv(sic) Part5〉の1バース目を書き終わるくらいのタイミングで、Nujabesが数週間前にすでに亡くなっていたことを知らされて。本当に気が抜ける思いでした。それから急いで1バース目を書き終えて。彼の死を正式に僕のHPで英語圏に発表したことで、世界中からたくさんのメッセージが舞い込んでくるような中、Nujabesへ宛てた2バース目を書きました」

https://e22.com/luv3/audio/luvsic3_jeff.mp3?_=1

 注6Shing02の公式サイトにて公開されている、〈Luv(sic) Part3 Jeff Resurreccion Mix〉。

遺された「グランドフィナーレ」という名のビート

Nujabesの生前、すでに制作が始まっていた〈Luv(sic) Part4〉と〈Part5〉に対して、シリーズの最後を飾る〈Luv(sic) Grand Finale/Part6〉に関しては没後に見つかったビートで制作が行われた。

「Nujabesが亡くなった後に、HydeoutのA&Rだった小泉くんから連絡をもらったので、Tribe(トライブ)(注7)で会って。『このビートがNujabesの携帯に入っていて、〈Grand Finale〉という題名が付いていました』って、お店のスピーカーでビートを聴かせてもらいました。大抵はサンプリングの名前をそのままビート名にして送ってくるような人だったので、ちょっと意外でした。そこからは、『再会』っていうテーマがすでにあったので、Nujabesのビートに宇山くんの生楽器を乗せたレイヤーを聴きながらイメージを膨らませていって。それで天国から俯瞰したようなストーリーが出来ました」

注7:Nujabesがオーナーを務めていた渋谷・宇田川町のレコード店。同じく彼がオーナーを務めていたギネス・レコードと同じビルの別フロア(ギネスが4階、トライブが3階)にて運営されていた。

Nujabesの死後、彼の鎌倉の自宅地下にあったプライベートスタジオ(=Yuigahama Studio)にて、〈Luv(sic) Part4〉から〈Part6〉、さらに別プロジェクトのために歌詞だけ書いたまま完成していなかった〈Perfect Circle〉のレコーディング作業が行われ、それぞれ12インチシングルおよびデジタル配信という形でリリースされた。さらに〈Part6〉のリリース時にはUyama Hirotoによるリミックスバージョンを使って、プロモーションビデオも作られている。

Luv(sic) Part6 – Uyama Hiroto Remix featuring Shing02 〈Luv(sic)〉シリーズの全曲を通じて、オフィシャルのプロモーションビデオが制作されたのは唯一この曲だけ。

「このビデオの撮影もすべて、鎌倉のスタジオで行いました。軽快なリミックスの方を選んだのも、宇山君とやっていく決意を彼に伝えたかったからです。最後、スタジオのコンソールから宇山くんが去って、電気を消すシーンで終わるんですけど、コンソールはNujabesの面影が一番残っている場所でもあって。彼への追悼の思いを込めてそのシーンを作ったんですけど、今観ても何かを感じるものがありますね」

森屋洋祐による写真。鎌倉2009年夏。

ステージ上では、ほぼ共演したことのないふたり

今もなおNujabes、そしてShing02自身にとっても代表曲となっている〈Luv(sic)〉シリーズ。現在、ハワイを拠点としているShing02は自らのバックバンドであるThe Chee-Hoosを率いてライヴを行っており、〈Luv(sic)〉メドレーが彼のショウのひとつの山場にもなっている。〈Luv(sic)〉シリーズが、今でも人々に愛されている理由を彼はこう分析する。

「〈Luv(sic)〉には『音楽の女神にあてた手紙』というテーマがありますけれど、ひとりの人間としては、その時の人間関係とか、社会に対する思いとか、本当にプライベートな事まで沢山の想いがこの曲には詰まってます。ライヴでも、そういう喜怒哀楽を思い出しながら歌っていて、それが今でも若い世代に伝わってるのかなと思うことはありますね。いつまでも本当に音楽に対して恋の病を抱いているというか。そういうナイーヴな部分が緊張感と一緒に曲の中に残ってるんだと思います」

2015年にリリースされたコンピレーションアルバム『Luv(sic) Hexalogy』。〈Luv(sic)〉シリーズ全6曲に加えて、それぞれのリミックバージョンと〈Perfect Circle〉、さらにもう1枚のCDには全曲のインストバージョンを収録している。ちなみにタイトルにある“Hexalogy”は、Shing02 曰く「6部作=ヘキサロジーっていう言い方はあるけど、アメリカでもそれほど一般的な言葉ではない。けど、〈Luv(sic)〉シリーズに関しては、ファンのほうが先に“Hexalogy”と呼び始めていて。だから、コンピを出す時にも、“Hexalogy”を使うことに決めた」とのこと。

全6曲の〈Luv(sic)〉シリーズに加えて、『サムライチャンプルー』など数々のコラボレーションを行ってきたShing02は、Nujabesにとって最も重要なパートナーのひとりであったのは間違いない。一方で、今回のインタビューを通して分かったのが、決して近づき過ぎることのない、ふたりの絶妙な距離感だ。

「お互いドライなところは、すごく似ていて。彼はビジネス的にドライだったと思うし、僕は音楽的にストレートで、思っていたことは率直に言う。ひとりのラッパーとして、彼がやりたいことに興味はあるけど、『じゃあ、良いビートが出来たら教えてね』っていう感じで、常に距離は保っていました。彼が宇山くんと出会って、表現の幅を広げていく一方で、僕もライヴミュージシャンとセッションをしていましたけど、『じゃあ一緒にジャムろうか?』っていう話には一度もならなかったし。つまり、あくまでもレコードの中の関係だったんですよね」

さらに驚くのは、ふたりが一緒に曲を作っていた約10年弱の間、ステージ上で共演したことはほとんどなかったということだ。

「僕がフェスに出る時に彼に参加してもらったりということも一切無かったですし、それは残念なことでもありますね。一緒に鹿児島の小さいクラブへ営業に行ったことがあるんですけど、ちゃんと正式に彼とライヴをやったのは、たぶん、その一度きり。その時も、ライヴが終わった後、『僕は屋久島に寄って帰るから。じゃあ、バイバイ!』みたいな感じで別れて」

Nujabesを追悼して作られたこの映像は、2005年に代々木公園にて行われた『Geshi Fes』(夏至フェス)にShing02が出演した際のフッテージを収録。〈Luv(sic)〉と〈Luv(sic) Part2〉を2曲連続で披露し、Shing02自身にとっても最もメモラブルなステージのひとつであった。実はNujabesもこのライヴを観客のひとりとして観に来ていたが、バックステージなどにも一切顔を出さず、いつの間にか帰っていたという。

ラストは、偶然、二人が岡山にて遭遇し、一緒にステージに立った最後の時の話で今回の記事を締め括ろう。

「彼が亡くなる前の年(2009年)の夏頃に、岡山でライヴがあったんですけど、ライヴ前に地元のレコード店に寄った時に、別のクラブにNujabesが来てることを知って。『え、岡山にいるの?』みたいに電話をしたら、『もし来れるんだったら、なんかやる?』って言われたので、自分のライヴが終わった後に駆けつけて。シークレットゲストとして、たしか、〈Luv(sic)〉と〈Luv(sic) Part2〉をやったと思うんですけど、お客さんも大喜びですごく盛り上がった。その後も、Nujabesのセットが続くわけですけど、その時に思ったことがあって。ライヴプレイではアナログにこだわっていて、Funky DLだったり、Pase Rockだったり、Substantialだったり、彼がプロデュースした曲をメドレー形式でレコードでプレイするたびに、『ドン!』『ワー!』って、イントロクイズみたいな感じで、お客さんがものすごく盛り上がるんですよ。『やっぱりこの人はたくさんの名曲を作っていて、良いファンが付いているんだな』って。頭の中で分かってはいたものの、その様子を目の当たりにして、改めてすごいアーティストなんだなって思いましたね。それを岡山の小さなクラブで体験出来たことは幸せでした」

取材・文/大前 至 編集/富山英三郎


〈Luv(sic)〉シリーズのリリース年
2001年 シングル〈Luv(sic)〉
2002年 シングル〈Luv(sic) Part2〉
2005年 アルバム『Modal Soul』 ※〈Luv(sic) Part3〉収録
2011年 シングル〈Luv(sic) Part4〉
2012年 シングル〈Luv(sic) Part5〉
2013年 シングル〈Luv(sic) Grand Finale/Part6〉
2015年 シングル〈Luv(sic) Part3〉 ※3バースver.
2015年 アルバム『Luv(sic) Hexalogy』

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