投稿日 : 2025.09.11
【インタビュー|壷阪健登】 11月、デューク・エリントンをテーマにしたピアノ・トリオ・ツアーを神奈川県内4か所で開催。エリントンに捧げるオリジナル組曲も披露
取材・文/早田和音 撮影/宮地たか子

ジャズ・ピアニストの壷阪健登が、11月に神奈川県4か所で開催されるコンサート・シリーズ “神奈川県民ホール presents C×JAZZ(シー・バイ・ジャズ)壷阪健登×デューク・エリントン” にピアノ・トリオで出演することが発表された。ここ数年はソロ・ピアノ演奏や、トランペット奏者の松井秀太郎とのデュオ・ツアーなどを中心に活動を展開してきた壷阪が新たにピアノ・トリオを始動。茅ヶ崎、川崎、三浦、葉山で開催されるコンサートについて話を聞いた。
──シリーズ・コンサートのタイトルが “壷阪健登×デューク・エリントン” となっていますが、どのようなコンサートになるのですか?
今回のコンサートは、神奈川県民ホールがスタートさせた “神奈川県民ホール presents C×JAZZ(シー・バイ・ジャズ)”というプロジェクトの第1弾として開催されるものです。もともと、このプロジェクトは2021年に “C×(シー・バイ)” というタイトルで、クラシック音楽を中心とした、過去と現代の作品やコンポーザーを融合させる趣旨で始められたものですが、今回そのジャズ・バージョンとして “C×JAZZ” が立ちあげられたという経緯があります。
このコンサートでは、デューク・エリントンが作曲した楽曲や、彼に所縁のある曲、僕のオリジナル曲などを交えたプログラムで演奏しようと思っています。
──コンサートのテーマにエリントンを選ばれた理由をお聞かせください。
ジャズ史や現代のジャズ・シーンを見ても、作編曲に積極的に取り組むミュージシャンは数多く存在しますが、その中でもエリントンは特に偉大な存在だと思います。彼は生涯にわたり膨大な数の作品を生み出し、それぞれが驚くほど多彩です。2〜3分ほどの小品から、アルバム全体を構成する壮大な組曲まで手がけ、誰もが口ずさめる親しみやすいメロディから、アブストラクトで前衛的な楽曲まで幅広い。まさにアート作品と呼ぶにふさわしい大作を数多く残しています。
また、彼の右腕的存在であったビリー・ストレイホーンも、エリントンの音楽にさらなる奥行きを与えました。振り返ると、ジャズという音楽の根底全体にエリントンがいるようにさえ感じられます。
──エリントンの曲は、テレビやCM、映画、ドラマなどでも広く使われていますが、壷阪さんが初めてエリントンの音楽をエリントン作品として意識して聴かれたのはいつ頃のことですか?
エリントンの音楽に初めて触れたのは、僕が11〜12歳の頃だったと思います。たまたま観ていたテレビで、猪俣猛さんが前田憲男さん、荒川康男さんらと活動していたビッグバンド「THE KING」のコンサートが放送され、その演奏が子供心にとてもカッコよく映りました。「ムード・インディゴ」や「A列車で行こう」といったエリントン・オーケストラの代表曲が演奏されていたのを、今でも鮮明に覚えています。
次にエリントンを強く意識したのは、大学生の頃に師事していた大西順子さんからでした。レッスンでさまざまなエリントンの名盤や名曲を紹介していただいたのですが、その中で特に衝撃を受けたのが、アルバム『Jazz Party in Stereo』に収録されている「UMMG」という曲でした。これはエリントンの作品ではなく、先ほども触れたビリー・ストレイホーンの作品ですが、そのアレンジが本当に素晴らしくて。そこから本格的にエリントンの作品を聴くようになりました。
バークリー音楽大学で学んでいた頃、ジョー・ロヴァーノに薦められて『Far East Suite(極東組曲)』と出会いました。これは1960年代中盤、エリントン・オーケストラがアジア・ツアーで各国を訪れた際の印象をもとに書き上げた作品で、その深い音楽性に強く魅了されました。学内の図書館に所蔵されていたスコアを研究したくらい好きなアルバムです。

──さまざまな場面でエリントンの音楽にインスパイアされてきた?
そうですね。僕がジャズを学んでいく中で何度も出会ってきました。僕にとってジャズの道標みたいな存在です。
──先ほどエリントンの作編曲の面についてお話しいただきましたが、ピアニストとしてのエリントンをどうお考えですか?
ものすごくオリジナリティに溢れたピアニストだと思います。まず音色が独特ですよね。とてもスモーキーな音色。それをとても優しく奏でる時もあれば、“ガーン!”という、岩が動き出すかのような強いタッチで叩きつける時もあって。どちらにも、一聴して分かるエリントンの音色が存在しています。
それからヴォイシングもとてもユニーク。聴いていて、“あれっ?いま何を弾いたの!?” って思わされることがよくあります。さらに、音色やヴォイシングの根底に流れるリズムやタイム感がとても大らかで自由という点にも驚かされます。拍をひとつひとつ捉えていくのではなく、そういった拍などを超越した大きな流れの中で演奏しているように感じられます。
エリントンのピアノ・トリオ演奏って、アルバムとしてはあまり発表されていなくて。チャールズ・ミンガス&マックス・ローチと録音した有名な『マネー・ジャングル』の他というと、『ピアノ・イン・ザ・フォアグラウンド』、『Piano Reflections』など数作に限られてしまうんですけど、それらが本当に素晴らしいんです。『マネー・ジャングル』も圧倒的な名盤ですが、『~フォアグランド』などは、『マネー~』とは違った味わいがあって、僕の大好きなアルバムのひとつです。今回のコンサートではそうした隠れた名曲も演奏しようと思っています。
──今回のコンサート・シリーズはピアノ・トリオで行なわれるとのこと。ここ数年、壷阪さんはソロ・ピアノを中心に活動されていたので、ピアノ・トリオ演奏をこれだけ続けて披露されるのもずいぶん久しぶりだと思います。意気込みのようなものはお持ちですか?
ものすごく楽しみです。もちろん、ソロ・ピアノ演奏も楽しいんですが、トリオ演奏にはまた違った楽しさがあって。ドラムとベースの音が聴こえてくると、理屈抜きで心が躍ってきます。しかも今回は、今おっしゃっていただいたように、ホールでの久しぶりのトリオ演奏。ここ数年は、アルバム『When I Sing』のリリースに伴うソロ・ピアノ・ツアーや、松井秀太郎くんとのデュオ・ツアーなど、ピアノと向き合う機会が多くありました。そうしたソロやデュオでの活動の中で、各地のホールで素晴らしいピアノに触れながら演奏を重ねるうちに、以前よりも音楽を立体的に捉えられるようになってきた実感があります。これまでの経験を、今回のトリオでの演奏にも活かせたらと思っています。
──しかも今回は、エリントンの楽曲を演奏するわけですから、ダブルで楽しいのでは?
おっしゃる通りです。今回のコンサートでは、エリントン・オーケストラの代表曲に加えて、ピアニストとしてのエリントンにも焦点を当てたプログラムを用意しました。そうした楽曲をトリオで演奏できるのは大きな喜びです。また、この公演のためのエリントン・トリビュートの組曲も制作しており、披露できるのを楽しみにしています。
──エリントンにトリビュートする新たなオリジナル曲(※神奈川県民ホール委嘱作品となる新曲)しかも組曲を作曲されるんですか !?
はい。先ほど『Far East Suite(極東組曲)』というアルバムについて少しお話ししましたけど、その他にもエリントンは、『女王組曲』、『ラテン・アメリカ組曲』、『ニューオリンズ組曲』などたくさんの組曲を生涯にわたって発表しています。おそらくエリントンの創作活動の中で、組曲というのはひとつの大きなテーマだったのではないかと思うんです。
これはかなりチャレンジングな試みですが、日本人である僕の視点から捉えたエリントン像を音にした組曲、いわば、“A Suite for Duke Ellington from Far East” のような作品を書こうと思っています。
(※新曲の楽曲タイトルは「The Suite for Duke」とインタビュー収録後発表された)
──最後に、ピアノ・トリオに参加する高橋陸さんと中村海斗さんについてお話ししていただけますか?
ふたりとも以前からよく一緒に演奏していたミュージシャンです。知り合ったのは陸くんの方が先で、たしか2010年代中頃だったと思います。都内のライヴハウスで開催されているジャム・セッションでよく顔を合わせていました。その頃からすごいベーシストでしたね。彼のベースって、とても自由でしなやかなんです。演奏にすごく大きなスペースを与えてくれるうえに、僕が思いつかない視点やアプローチを提示してくれて。それがまるで新しい風のように感じられるんです。演奏していて、ものすごくインスパイアされます。
海斗くんと出会ったのは2020年の少し前。その頃からよく一緒にやるようになりました。彼の魅力は、オールドスクールのスウィング感と現代ジャズ最先端のビート感を兼ね備えている素晴らしいドラマーであることに加えて、楽曲への理解度が極めて高いということ。それは、彼自身がドラマーとしてだけでなくコンポーザーとしても素晴らしいからだと思います。彼のリーダー・アルバムを聴くと、その音楽性の高さを実感します。このふたりと演奏するのが本当に楽しみですね。
──楽しみというのは、特にどのような点で?
曲の世界観がどんどん変化していくだろうと思えるんです。僕がアレンジしたエリントン作品や新しいオリジナル曲も、彼らが演奏すると、作曲したときのイメージを超えるものへと発展していくと思います。そして、それはツアーを重ねる中でさらにアップデートされていくはずです。そんな2人の予想外のアプローチに対して、僕も正直に応えていくつもりです。コンサートの日が本当に待ち遠しいです。
取材・文/早田和音
撮影/宮地たか子
■公演情報■
神奈川県民ホール presents
C×JAZZ(シー・バイ・ジャズ)
壷阪健登×デューク・エリントン
<出演>
壷阪健登(ピアノ) 高橋陸(ベース) 中村海斗(ドラムス)
<公演日時・会場>
【茅ヶ崎】
日時:2025年11月27日(木)19:00開演(18:30開場)
会場:茅ヶ崎市民文化会館 小ホール
(神奈川県茅ヶ崎市茅ヶ崎 1丁目11-1)
【川崎】
日時:2025年11月28日(金)19:00開演(18:30開場)
会場:ラゾーナ川崎プラザソル
(神奈川県川崎市幸区堀川町 72-1 ラゾーナ川崎プラザウエスト 5F)
【三浦】
日時:2025年11月29日(土)15:00開演(14:30開場)
会場:三浦市民ホール
(神奈川県三浦市三崎 5-3-1[三崎FWうらり2階])
【葉山】
日時:2025年11月30日(日)15:00開演(14:30開場)
会場:葉山町福祉文化会館
(神奈川県三浦郡葉山町堀内 2220)
<チケット>
全席指定 一般:3,000 円、5歳〜24歳:500円 ※5歳以上入場可(要チケット)
公演詳細/チケット購入
https://www.kanagawa-kenminhall.com/d/jazz