投稿日 : 2018.05.29 更新日 : 2018.09.25

【スタインウェイ&サンズ東京】16歳のジャズピアニストMappyが世界最高峰のピアノを体感

取材・文/富山英三郎  撮影/高瀬竜弥

「STEINWAY & SONS(スタインウェイ&サンズ)」といえば、クラシックのみならず多くのジャズピアニストにも愛される世界最高峰のピアノメーカーだ。そんな同社の直営店が、東京の湾岸エリア・天王洲にあるのをご存知だろうか?

じつはこのスタインウェイのショールームが、かなり凄い! という噂を聞きつけた本誌は、さっそく取材を依頼。さらに、どうせなら“プロのピアニスト”にも同行してもらおう、ということで抜擢されたのが16歳のジャズピアニスト、甲田まひる a.k.a. Mappy。

この5月にデビューアルバム『PLANKTON』をリリースしたばかりの彼女は、バド・パウエルをこよなく愛するピアニストであり、Instagramのフォロワーが14万人超えという有名ファッショニスタ。そんな可愛らしい“試弾役”とともに「スタインウェイ&サンズ東京」を訪問した。

“からくり扉”の向こう側には…

往年のジャズピアニストたちの映像に映り込む「STEINWAY & SONS」の文字。世界には日本メーカー以外にもピアノのブランドがあることを、あのロゴを見て初めて知った人も多いだろう。しかし、じつのところスタインウェイこそが、現代ピアノの原型を完成させたメーカーなのである。それは一体どういうことなのか?

国内初となるスタインウェイの直営店「スタインウェイ&サンズ東京」(東京都品川区)は、りんかい線または東京モノレールの「天王洲アイル」駅近くにある。オフィスや倉庫などが並ぶ街を5分ほど歩くと、ウッドをあしらったおしゃれな建物が。1Fには黒地にゴールドのプレートで「STEINWAY & SONS」のロゴが掲げられている。少々緊張しながら歩みを進めると、高級感漂うエントランスがお出迎え。

ほどよく照明を抑えた室内の中央には大きなレザーのソファ。その奥には1台のグランドピアノが置かれている。壁面には書棚と、125を超える“スタインウェイが取得した(ピアノ製造に関する)特許”が刻まれた真鍮プレートが並ぶ。ヘリンボーン柄のフローリングには、同社のピアノに使われている5種類の木材を用いているというから驚きだ。

しかし、ここが噂のショールーム? ピアノは1台しか見当たらないが……と思いきや、書棚だと思っていた壁面が開くという“からくり屋敷”のようなサプライズ。目線の先には憧れのスタインウェイのピアノがずらりと並んでいた。

限定&希少モデルを次々と試奏

この直営店は、スタインウェイ・ジャパン(株)が20周年を迎えた2017年にオープンした。東京の東品川に位置する天王洲は、江戸時代に築かれた第四台場をベースに開発された約20万平方メートルの人口島。舟運の拠点となるオフィスや倉庫を中心に、近年は劇場を始め、アートギャラリーやイベントスペースなど文化的な施設が充実し始めている。

「ベーシックなモデルも豊富に揃いますが、ここでは希少な木材を使用した木目の美しいモデルや、ラリック社などとのコラボモデル、各種限定モデルなど、珍しいものも揃うのが特徴です」と語るのは、スタインウェイ・ジャパンのコミュニケーション・マネージャー 秋田さん(以下、発言はすべて同氏)。

「気になるピアノがあれば、どうぞ自由に弾いてみてください」と促され、本日の“試弾役”Mappyも目を輝かせる。

「子どもの頃、ピアノの発表会でスタインウェイが置かれていると、”よしっ!”と、気合いが入った思い出がよみがえります。それくらい有名だし憧れだし、触れる機会があるというだけで嬉しい。それが弾き放題なんて夢のようです」(Mappy)

スタインウェイは、弾き方によって音色までも変わるのが面白いんです。弾き方次第で生まれる音は無限大。そして、空間を包み込むような響きが生まれるので、弾いていてとても気持ちがいい。ソロ演奏する機会は滅多にないけど、今回弾いてみて、もっともっと練習して技術を磨いていきたいと思えるいい機会になりました(Mappy)

【MAPPYピアノ試奏動画】

Mappyが動画の中で弾いているピアノは、スタインウェイ・ジャパンの20周年を記念して作られた世界に一台しかないモデル。1870〜80年代に流行した「パーラーグラウンド」と呼ばれるデザインをベースに、透かし彫りが美しい譜面台や、流線的な丸脚のフォルムといった意匠が施された特別仕様だ。

クラフトマンシップが生んだ芸術品

スタインウェイ&サンズは、1853年にニューヨークで起業したピアノ製造会社。もともと家具職人だったヘンリー・E.スタインウェイは、1830年代のドイツでピアノ作りをスタート。その後、長男は地元に残りピアノ作りを続けるが、ヘンリーと他の息子たちは新天地を求めアメリカに渡り会社を興す。これがスタインウェイ&サンズの起点である。

ちなみに、当時のヨーロッパで作られていたピアノは、サロン向けの小さい音しか出ないものが主流だった。一方、広大なアメリカの地では経済的な発展とともに広いホールが次々と生まれ、より大きな音を美しく響かせるピアノが求められた。そこでスタインウェイと息子たちは、物理学者たちとともに「鍵盤を押したエネルギーの減衰をいかに抑えて響きを伝えるか」について研究を重ね、画期的なシステムを次々と開発。直営店のエントランスに並べられた125枚以上の特許プレートは、その歴史と、脈々と受け継がれるクラフトマンシップを示すものだ。以後、他メーカーもスタインウェイの構造を真似るようになる。つまり、同社こそが現代に続くピアノの基礎を作り上げたメーカーなのだ。

スタインウェイのピアノは、14~20枚の一枚板を張り合わせ、内リムと外リムを一体成形することによって堅牢なケースが作られているのが特徴。弦の張力は鉄骨フレームで支え、同社独自のテーパー状の響板を備えるなど、ピアノ1台につき合計約1万2000個のパーツをほぼハンドメイドで完成させる。その製造技法は100年以上、基本的には変わることがない。

しかし、近年は地球温暖化に伴い、木目の詰まった木材が減少。質の良い材料の調達コストが上がり、商品価格は年々上昇している。また、かつては音楽家やピアノ講師を中心に売れていたが、近年はピアノを弾かない富裕層も顧客に増えてきているという。そんな状況下で生まれたのが、世界最高峰の自動演奏ピアノ「SPIRIO(スピリオ)」である。

“80年ぶりの新製品”は驚きの実力

「自動演奏ピアノ“SPIRIO(スピリオ)”は、ご自宅にサロンスペースがあり、演奏家を呼んでパーティをされているような方々を中心に好評を得ています。日本ではまだ発売されたばかりですが、海外購入者の約70%は、ご自身ではピアノを演奏されない方となっています」

なんとのこのSPIRIOは、スタインウェイが約80年ぶり(!)に発売した新製品。自動演奏など昔からあるじゃないかと思うかもしれないが、ハイレゾリューション(高精細)な演奏再現能力は他を圧倒している。

「現在、世界で約1800人いるスタインウェイ・アーティストを中心に、世界で活躍する様々なジャンルのアーティストの演奏が楽しめる点が大きな魅力です。専用のスタジオでSPIRIOのために彼らが演奏し、それを、音の強弱にして1020段階、1秒間に最大800回の細かさで捉えます。また、ペダルの動きは256段階でキャプチャーしています。演奏家それぞれのニュアンスやパッションを完璧に再現することができるんです」

また、SPIRIOにはiPadが同梱されており、専用アプリには現在2800もの楽曲を収録。そこには今は亡き名プレーヤーたちの演奏スタイルも、音源や映像をもとに高解像でデータ化されている。もはや自動演奏というジャンルを超え、ピアニストの名演を忠実に再現できる「高精細な生音再生装置」なのだ。ある意味で、究極のオーディオシステムともいえる。

「毎月無料で、30~40曲が追加されていきます。もちろん、普通のピアノとしても弾くこともできます。また、初年度は4回の無料メンテナンスサービスをおこなっています」

年4回とは驚きだが、名プレーヤーたちの演奏をスタインウェイの音色で完璧に再現するためには必要なようだ。ちなみに、2年目以降は有料になるが、家庭用であっても年に1~2回の調整を勧めているとのこと。この調整や調律についても、同社は万全の体制を保持している。

「スタインウェイには、技術者のための独自のアカデミーシステムがあり、各ステップごとの認定制度があるんです。専門外の調律師さんが手を加えると“あるべき姿”にならないこともあるので、ぜひスタインウェイの研修を受けられた方に調整は頼んでいただきたいと考えています」

ピアノに“ヴィンテージ的価値“はない?

今回訪問した直営店には工房も併設。ここでは、出荷前の最終調整や修理、オーバーホールなどが日々行われている。その部屋も見学させてもらったが、調律(音程を調整する)、整調(鍵盤の高さや深さなどを均一に揃える)、整音(音色を整える)といった工程を、88鍵すべてで細かく調整する気の遠くなるような作業をこなしていた。

「年間100日以上ピアノを使うホールの場合、20年間で2000回の演奏がなされます。日々メンテナスを怠らずにいても、理想的には、そのあたりが買い替えの目安となります」

そう、じつのところピアノは経年劣化する部品もあり、バイオリンなどと違ってヴィンテージという価値観が存在しないジャンルなのである。

「響板が山なりのカーブを描いていることもあり、使用環境にもよりますが、何十年も経つと、張力の関係で張りがなくなり音色が変化し、響板交換となります。ピアノは現役寿命があり、永遠に使い続けることはできません。しゃがれた感じが好きという方もいらっしゃいますが、ピアノの世界ではヴィンテージを重宝する文化はありません」

ピアノは鍵盤を押すことにより、ハンマーが弦を叩いて音を出す楽器だが、よく考えれば、弦をボタンで操作するという複雑な機構を持った精密機器。その構造はアナログ技術の最高峰であり、人間の叡智と技術を結集させた存在。スタインウェイの直営店に足を運べば、そんな歴史の一部を垣間見ることができる。もちろん、その音を体感することや、ピアノを弾く楽しさも体験できる。

「このショールームでは毎月2回、ミニコンサートを開いています。その他、常に好評をいただいているショールームツアー、各種ワークショップ、企業とのコラボレーション企画なども開催しています。夏休みには、子どもたちの自由研究課題としても活用できる、ピアノの構造が学べるワークショップなども行っているんです。それらをきっかけに、スタインウェイの音色の美しさや魅力を幅広い層に伝えていければと考えています」

大人も子供も楽しめる、スタインウェイ&サンズ東京。大人と子供の中間くらい(?)にいる女の子、Mappyも大満足のご様子で、「本当に楽しい1日でした」と、ショールームをあとにした。

スタインウェイ&サンズ東京

東京都品川区東品川2−6−4 G1ビル1F
営業時間:11:00~19:00
休業日:火・祝・年末年始
TEL:03-3450-7270
http://www.steinway.co.jp/SST

甲田まひる/Mappy

2001年5月24日生まれ。ファッショニスタ、ジャズピアニスト。小学6年生の時に始めたインスタグラムをきっかけに、ファッションスナップサイトでブロガーデビュー。同じころ様々な雑誌のストリートスナップにも登場。ファッションアイコンとして業界の注目を集め、東京コレクションのフロントロウに招待される。以降、ファッション誌の連載やモデルとしても活躍。2017年から都内のライブハウスを中心にジャズピアニストとしての活動を開始。2018年5月にファーストアルバム『PLANKTON』でメジャーデビュー。http://mahirucoda.com/

甲田まひる a.k.a. Mappy
『PLANKTON』

 

●アルバム『PLANKTON』より「クレオパトラの夢」