投稿日 : 2015.11.05 更新日 : 2019.02.22

【フローティング・ポインツ】博士号を持つ音楽家。フローティング・ポインツが5年間の抑制を経て生み出した“コズミック・アート・ジャズ”

取材/松浦俊夫 構成/Arban編集部

フローティング・ポインツ

作曲家、プロデューサー、DJとしてロンドンを拠点に活動し、Eglo Recordsのレーベルオーナー、さらには神経科学のサイエンティストでもあるという、多才な顔を持つフローティング・ポインツ。2009年に限定7インチレコード『For You/Radiality』をリリースしデビュー。以降「Vacuum Boogie」や「Love Me Like This」といったクラブシーンで人気を博した楽曲をリリースしながらも、なぜかアルバムのリリースはなかった。デビューから6年、待望のファーストアルバム『Elaenia』が11月4日(水)にリリースされる。なぜ、デビューからこれほど時間がかかったのか?

——『Elaenia』(2015年11月4日発売)、とても良いアルバムですね。ファーストアルバムが出るまでにすごく時間がかかったと思いますが、その理由は何でしょうか。

「ありがとう、泣きそうだよ。5年かかったね。5年間ロンドンの大学(ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン)に通って博士号を取るために勉強をしていたから忙しかったんだ。音楽のアイディアが浮かんだりするのに、科学のことで頭が一杯で苛立つこともあった。でも科学の勉強に集中することに決めたんだ。その後、博士号を取得できて、すぐにトラック制作に取りかかったよ。頭のなかに充分なスペースができたから、数か月でアルバムが完成した。ほかの人の手を借りたり、メディアで宣伝することはしないで、さらっとリリースしたんだ」

——Plutoという新しいレーベルを作り、そこからリリースしていますが、その理由は何でしょうか?

「ビジネス的な理由だけど、著作権の問題をシンプルにするために新しいレーベルを立ち上げたんだ。同時に今作の展望が見えたというか、新しいミュージシャンたちと新しい環境からリリースしたかったという気持もある。Egloレーベルを立ち上げた時と同じ気持ちだね。Egloは、すでに、しっかりとしたアイデンティティが確立されていて、今回のアルバムを出すレーベルとしては少し違うと思ったのも理由のひとつかな。でもEgloから手を引くわけじゃなくて、まだ僕のレーベルだからこれからもきちんと続けていくよ」

——このアルバムを聴いて、私が感じたことを一言で表すと“コズミック・アート・ジャズ”。そんな印象を受けました。ミュージシャンたちと一緒にセッションする構成を考えたのはなぜでしょうか?

「自分の音楽のなかで表現したい音の質感が、本物の弦楽器、ベース、ドラムを使った生音だったんだ。作曲の早い段階から弦楽器を使うことは構想にあって、ピアノを弾いていてもほかの楽器のメロディが聴こえてくるほどだったんだ。『忘れろ』っていうのは無理な話で、頭に浮かんだ弦楽器のメロディをすぐに書き留めてたよ。ミュージシャンの友人もたくさんいたから、そんなに大変じゃなかったよ。最初に曲のほとんどを作っておいて、そこに弦楽器を加えていったんだ」

——2009年にMyspaceで「Love Me Like This」を聴いたのが、あなたの音楽との初めての出会いでした。初期の頃からダンスミュージックのカテゴリーのなかにいたわけですが、音楽のバックグラウンドは何でしょうか?

「ダンスミュージックを作ろうとして作ったことはないんだよ。DJをする時も、ダンスフロアに合うトラックを選んでるわけじゃない。ダンスフロア向けじゃない楽曲をアレンジして、みんながクラブでどんな風に踊るかリアクションを見るのが楽しいんだ。ファラオ・サンダースのレコードをクラブでかけたりするよ。純粋に音楽をみんなとシェアしてるんだよ。いいDJであれば、どんな音楽でもダンスフロアでみんなを踊らせることができると思っている。今日、ジョー・パスの『Better Days』を買ったんだ。カテゴリーはラウンジ・ジャズなんだけど、1曲だけ暗いダンスフロアで大音量でかけたらヘビーなダンストラックになり得るって思った曲があったんだ」

——ソロでDJをやる時と、フォー・テットやカリブーとバック・トゥ・バックをやる時もありますね? その違いは何でしょうか?

「フォー・テットやカリブーもそうだし、ミスター・スクラフとプレイすることも多いんだけど、彼らとDJをするのは楽しいよ。フォー・テットやカリブーとは、毎日のようにレコードについて話したり情報交換をしているんだ。それに、一緒にDJをするとお互いの音楽へのアプローチの仕方がよくわかるんだ。バック・トゥ・バックが最近ポピュラーになってきていると聞いたけど、ほとんどの場合1人の方がいいDJができると思う。でも、音楽的に本当に理解し合えて、リラックスしてプレイできる相手とならとても楽しむことができる。もちろん1人でDJする時も、最初から最後まですべて自分でコントロールできるからすごく楽しいよ。技術的な問題が発生しない限りね」

——2014年ぐらいに、あなたが開発に加わったDJミキサーがIsonoeからリリースされるという話がありました。その後プロジェクトはどうなっていますか?

「6年前にIsonoeのデザイナーとBozakをリリースしようという話があったんだ。Bozakは、良いDJミキサーとして位置づけられていたけど、自分のスタジオにある機材の方が良い音だったんだ。だからIsonoeの社長のジャスティンに、最高のDJミキサーを作ろうって話を持ちかけて作ったんだ。52キロもある重くてすごく高価なものをね。配線から細かなパーツまでかなりこだわって作ったから値段は高い。実際市場には出ているんだよ。でも、とても高価な商品だからDJショップには置いてないんだ。DJショップに行った人が『これいいね、買おう』とはならないと思う。今まで何回かオーダーはあったよ。でも完成するまでに数か月かかるんだ。部品は世界各国から取り寄せているから揃うまで時間もかかる。だからミキサーは完成しているけど、オーダーしないと買えないんだよ」

——ちなみに価格は?

「約15,000£(約270万円)」

——自動車並みの値段ですね。

「車より価値があると思ってるよ(笑)」

——それでは最後に、あなたの人生を変えた1曲を挙げるとしたら何でしょうか?

「人生を変えた……。本当に難しい質問だね。聴いていて楽しくなる、聴くたびに新しい発見がある素晴らしいレコードならあるよ。トーク・トークというポップ・バンドのラストアルバム『Laughing Stock』。トーク・トークは、すごく有名だからカラオケにも入ってるんじゃないかな? 『Laughing Stock』は、内省的でディープでリッチで静かで、底の知れない美しさを秘めたアルバムだよ。聴くたびに自分の鼓動がゆっくりになって、すべてが止まっているように感じるほど素晴らしいレコードなんだ。僕の人生にかなりの影響を与えたバンドだね。もうひとつは、スティーブ・キューンのアルバム『Steve Kuhn』だね。収録曲すべてが美しい。ストリングスの作曲においては、アレトン・サルヴァニーニの『S.P. 73』から影響も受けたな。いろいろな音楽的影響を受けてきたけど、人生を変えた1曲となると、常に環境も変わっているわけだし選べないよ」

– リリース情報 –

タイトル:Elaenia
アーティスト:Floating Points
レーベル:Pluto/Beat Records
価格:2,000円(税別)
発売日:2015年11月4日(水)

■Beat Records
http://www.beatink.com/Labels/Beat-Records/Floating-Points/BRC-487/

トラックリスト

1. Nespole
2. Silhouettes (I, II & III)
3. Elaenia
4. Argente
5. Thin Air
6. For Marmish
7. Peroration Six
8. Precursor(Bonus Track for Japan)