投稿日 : 2020.07.01

梅雨とジャズを楽しむ─ 映画『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』

文/村尾泰郎

ウディ・アレン新作─雨の季節に日本公開

『雨の日のジャズ(Songs for a Raney day)』(スー・レイニー)というアルバムがあるけれど、ウディ・アレンの新作『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』は、雨の日にジャズが聴きたくなるロマンチストに捧げたような物語だ。舞台はもちろん、ニューヨーク。郊外の大学に通う学生カップル、ギャッツビー(ティモシー・シャラメ)とアシュレー(エル・ファニング)が、ニューヨークに週末を過ごしにやってくる。

ギャッツビーはニューヨークの裕福な家で生まれ育った生粋のニューヨーカー。勉強をしなくても成績優秀な天才肌だが、何よりギャンブルに才能を発揮する。一方、アシュレーはアリゾナの銀行経営者の箱入り娘で純情無垢。ジャーナリストになることを夢見る彼女は、ニューヨークで憧れの映画監督、ローランド・ポラードに取材できることになって張り切っている。

そして、ポラードがアシュレーを気に入り、ギャッツビーが元カノの妹、チャン(セレーナ・ゴメス)に出会ったことで、週末旅行は思いがけない展開になっていく。

アクシンデントの連続で、なかなか約束の場所で会うことができないギャッツビーとアシュレー。そんなか、思いがけない成り行きでギャッツビーがチャンとキスをしたときに雨が降り始める。雨が流れる車のフロントグラス越しに、二人を捉えた名カメラマン、ヴットリオ・ストラーロのカメラが美しい。

エロル・ガーナーの名曲が演出

経済的に満たされた生活を送りながらも、家族や社会に馴染めない変わり者のギャッツビー。雨は面倒、という現実的なアシュレーに対して、雨の中を歩くのが好きなところは『ミッドナイト・イン・パリ』の主人公と同じ。雨はロマンスの始まりを告げ、ギャッツビーもアシュレーも雨に濡れながらニューヨークをさまよい歩く。

映画はビング・クロスビーのレイン・ソング「I Got Lucky in the Rain」で幕を開けるが、ジャズを愛するアレンが、雨のニューヨークのBGMに選んだのはエロル・ガーナー。「Misty」をはじめガーナーの名曲の数々が物語を彩り、その軽やかにスウィングするピアノのタッチは雨粒のようだ。思えば「Misty」を収録した『Erroll Garner Plays Misty』(1961年)のジャケットは、雨に濡れた窓越しに捉えた美女のポートレートだった。

『Erroll Garner Plays Misty』(1961年)

チャンの家で「ラウンジピアノが好きなんだ」と呟いて、戯れにピアノを弾き始めるギャッツビー。そこで囁くように歌うのが「Everything Happens To Me」だ。フランク・シナトラが1940年に初めて吹き込み、その後、様々なシンガーが歌ってきたスタンダード・ナンバーだが、ここではチェット・ベイカーが1958年にニューヨークで吹き込んだヴァージョン(『It Could Happen To You』に収録)を思わせる雰囲気だ。いつも何かをしようとするとトラブルが起こってうまくいかない。思うようにいかない人生をコミカルに歌ったこの失恋ソングは、ギャッツビーの心情を表すと同時に、波乱に満ちたアレンの人生のテーマソングのようにも思える。

現在、アレンは、かつて恋人関係にあったミア・ファローの娘を虐待をしていた容疑がかけられ、アメリカで強いバッシングを受けている。警察の捜査を受けたアレンは証拠不十分で罪には問われなかったが、世論は今もアレンに疑いの眼差しを向け続けている。その影響で、本作はアメリカでの配給が中止され、シャラメ、ファニング、ゴメスの3人はギャラを社会団体に寄付した。役者たちの間では、もうアレンの作品には出ないという批判派と、アレンの無実を信じる擁護派(そのうちの一人は、かつての恋人ダイアン・キートン)に分かれて大騒ぎ。

Photography by Jessica Miglio ©︎2019 Gravier Productions, Inc.

雨どころか暴風雨状態のなかで公開される本作は、そんな生臭い現実とは裏腹に、自分がまだ何者かわからない若者たちが大人の世界に触れる様子を、みずみずしいタッチで描き出す。ギャッツビーとアシュレーはそれぞれ迷いを抱きながらニューヨークをさまうが、そこで彼らが出会った大人たちも人生の迷子。人生とは迷い続けるもの。トラブルのタネは尽きない。そんなものさ、と肩をすくめながら、そんななかで愛を見つけることが人生の慰みになると信じているアレンは、ギャッツビー同様に雨とジャズを愛するシニカルなロマンチストなのだ。

『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』

7月3日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

Photography by Jessica Miglio ©︎2019 Gravier Productions, Inc.

監督・脚本:ウディ・アレン
出演:ティモシー・シャラメ、エル・ファニング、セレーナ・ゴメス、ジュード・ロウ、ディエゴ・ルナ、リーヴ・シュレイバー
原題:A Rainy Day in New York
日本語字幕:古田由紀子
提供:バップ、シネマライズ、ロングライド
配給:ロングライド
公式サイト:longride.jp/rdiny/