投稿日 : 2025.06.12

【インタビュー|ラルフ・ハイデル】「私のあらゆる感情を投影した…」最新アルバムに三宅純が参加

ラルフ・ハイデル(Ralph Heidel)はベルリン在住の音楽家である。作曲家として、またマルチ楽器奏者として、サックスやフルート、クラリネット、ピアノ、シンセサイザーなどを操り、多彩な作品を生み出している。

彼は2017年までミュンヘン音楽大学でジャズサックスと作曲を学び、ジャズと現代クラシック、電子音楽などを融合させた作風で楽曲を制作。デビューアルバム『Moments of Resonance』を2019年に発表し、以降も独自性の高い音楽を提起し続けている。

また、プロデューサー、アレンジャー、音楽監督としても活躍しており、舞踏・演劇用の作曲や、美術、インスタレーションのための音楽づくりにも着手。その一方で、ドイツ国内で高い人気を誇るポップミュージシャンやラッパーのプロデュースや音楽監督も務める。

そんな彼が今年、自身の最新アルバム『anyways.onto better things』を発表した。本作には、欧州で活躍する優れた音楽家たちがゲストとして迎えられるなか、日本人ミュージシャンの三宅純も参加している。彼の私的なストーリーをもとにしたという本作、さらに彼の音楽家としての実像を探るべく話を聞いた。

──あなたの作品は多様な音楽を内包していると思いますが、これまでにどのような音楽から影響を受けてきたのでしょう?

ポストロックの影響が強いと思います。

──ポストロック自体、さまざまなジャンルを取り込んだ音楽ですね。

その通り。だから私自身は特にジャンルを特定して音楽を聴いているわけではなく、ジャズも聴くしロックも聴く、クラシックや現代音楽、エレクトロミュージックやラップミュージックも好きですね。

──ジャズだと、どんな人に好感を持っていますか?

最近よく聴いているのは、たとえばジョエル・ロスとかイマニュエル・ウィルキンス…、LAの新しい世代のジャズとか。

──大学時代はジャズを学んでいたのですよね?

最初に音楽を始めた時はクラシックですが、大学ではジャズを学んでいました。作曲を勉強していたときはストラヴィンスキーとかバッハを研究していましたね。現在の私の作品にもバッハの影響は大きいと思います。

──現代音楽からの影響も色濃く感じます。

そうですね。特にライブに行くときはコンテンポラリーミュージックがおもしろい。ジャズも同様ですが “今そこで起こっている事”がとても興味深いし “体験する価値” を感じます。

──あなたは、作曲家であり様々な楽器を演奏するマルチプレイヤーでもありますが、メインとなる楽器はサックスでしょうか?

メインの楽器はアルト・サックス。作曲はピアノで行います。大学時代はジャズサックスを学んでいたので “ジャズ出身”だけど、いま自分が創る音楽はアンビエントや電子音楽の影響を受けていて、それらの音楽とジャズの中間にあるようなスタイルだと思っています。

──まさにそのような雰囲気の最新作『anyways. onto better things』を聴きました。アルバム1曲目が「End Credits」という曲で始まり、最後の曲が「A New Start」。“エンド・クレジット”からスタートする、その意図は?

いい指摘ですね。このアルバムを書き始めた時、私は人生における非常に困難な時期を過ごして、その終わりを象徴する曲として、この曲を書きました。

──なるほど。新しいスタートは、まず困難を乗り越えるところから始まる、と。

それによって新しいことを始める準備ができた。と同時に、私はベルリンのスタジオに毎日通って、あらゆる感情や感覚を投影した楽曲を録音し続けました。結果、このアルバムが完成したのです。

──あなたの私的なストーリーを投影した、まるで一本の映画のような作品。

確かにこれは私の個人的な物語が発端になっています。でもそこはあまり重要ではなくて、聴く人が私の物語を共有する必要はないと思っています。人々はそれを漠然と感じたり、自身に投影したり、音楽そのものに入り込んでくれればいい。背景にある私の個人的な出来事よりも、実際に耳に聞こえる「音」の方が重要ですから。

──1曲目で“苦難”が去り、2曲目は「Wake Up」。まさに“始まり”を想起させるわけですが、この曲には日本人アーティストの三宅純が起用されています。三宅さんとの共演はこれが初めてですね?

そう、この曲が初めてのコラボレーションです。私が彼のことをいつ頃知ったのか…はっきりとは覚えていないけれど、ずっと以前から知っていたし、彼の音楽は常に私のお気に入りでした。というのも、私は以前ミュンヘンに住んでいて、そこではジュン(三宅純)はよく知られた存在でした。ミュンヘンは音楽に対する意識が高い都市だし、ジュンの作品をヨーロッパでリリースするエンヤ・レコードの拠点、そういう土地柄も関係しているのかもしれません。

国籍も世代も違いますが、彼の音楽は、私にとっては身近なものでした。例えば、私はピナ・バウシュ(※)の大ファンでコンテンポラリー・ダンスの公演にもよく行きましたが、彼はピナの作品に素晴らしい楽曲をたくさん提供しています。

※Pina Bausch(1940-2009)ドイツのコンテンポラリー・ダンスの振付家、舞踊家。彼女の舞台作品『Vollmond』の音楽を三宅純がプロデュースしている。

もちろん彼自身のアルバムも大好きです。お気に入りのミュージシャンは数多いるけれど、いつの間にか聴かなくなってしまう人も多いもの。しかし、ジュンの作品は、何年ものあいだずっと聴き続けていて、いつも私のそばにいる…そんな感覚です。

photo:Lisa Harres

──彼の音楽に、自分の音楽との共通点を感じますか?

彼はジャンルの境界を恐れずに、多彩な音楽を自由に採り入れる。そしてオープンな視野を持っている。ここは自分と共通している部分だと思います。

私の音楽は彼よりもエレクトリックな要素が多いし、完全に一致しているわけではないけれど、彼も私に対して何らかの共通点やポジティブなものを感じてくれたからこそ、一緒に創作できたのだと思います。

──コラボレーションする上で、彼にどんなことを期待しましたか?

私は彼の演奏、彼のトーンが本当に大好きです。ジュン・ミヤケは偉大な作曲家ですが、今回は演奏家として彼にフリューゲルホルンを吹いてもらいたかった。それが唯一のオーダーでした。それ以外は自由に演奏してもらえれば…、そんな想いで連絡をしたのですが、幸運な事に快諾してもらえました。

ただ、ちょうど彼がニューヨークに引っ越しをするタイミングだったので、しばらく待って、半年くらい経った頃だったかな…、彼からいくつかの録音データが送られてきました。

──あなたが作った基本トラックに合わせて、三宅さんが演奏したデータが送られてきたのですね?

そう、それは最初から完璧な演奏でした。修正したい部分なんてなかったし、期待以上のものでした。その録音には、彼が繰り出す音の空気感が全て封じ込まれていて、とても生々しく、自然で、そして美しい。本当に素晴らしかった。

その演奏を聴いた瞬間、まさに新しい空間が開けていった。私自身も触発されて「もっと積極的に演奏しよう」と思ったくらい。それで彼の演奏に合わせて、さらに自分のプレイを加えていき、曲の構成や設計も大きく影響されていった。

この曲はいくつかの異なる音の質感や余白によって展開されていくのですが、導入部はかなりドライ、その後に広大なリバーブを湛えたアンビエント・パートがあり、最後にモノラルで超ドライなサウンドに戻っていく。この着想は、アルバム全体にも大きな影響と作用をもたらしたのです。

三宅純をフィーチャーした楽曲「Wake Up」

──このアルバムでは、三宅さん以外にも、さまざまなミュージシャンとコラボレートしていますね。

ダグラス・デア(Douglas Dare)はロンドン出身のシンガー。とても素晴らしいアーティストで、私にも多くのインスピレーションを与えてくれた。2年前に彼の作品で私がフルートとサックスを演奏した経緯もある。

それから、チェロ奏者のマリ-クレール・シュラメウス(Marie Claire Schlameus)。彼女もこのアルバムにとって非常に重要な存在です。

そしてシンガーのリサ・ハレス(Lisa Harres)とフィン・ロンスドルフ(finn ronsdorf)。この2人も優れたシンガー・ソングライターで、一緒に「Friends with Oranges」というレーベルをやっている仲間でもあります。私のプロデュースで彼らのアルバムもリリースしています。

──あなたはプロデューサーとしても、じつに多彩な作品に参画していますね。たとえばラッパーの作品とか。

実験的なラップ音楽や、歌詞にオープンなラッパーとコラボすることが多いです。たとえばApsilon。彼は政治的なラッパーで、私のことをとてもよく理解してくれているので、彼らと仕事をするのはとても楽しいですね。

──日本のミュージシャンでコラボレーションしたい人はいますか?

ヨシ・ホリカワ。彼のサウンドは大好きです。コウキ・ナカノ(中野公揮)もとても興味ぶかい存在。それからマサカツ・タカギ(高木正勝)。彼の音楽は本当にユニークで特別だと思います。チャンスがあればぜひ一緒に音楽をつくってみたい。

──今後、どんなプロジェクトを予定していますか?

いまトリオ編成の新しいバンドを始動して、これは私にとって過去最高のバンドだと思っています。すでにドイツで3公演をやって観客の反応も上々でした。私がピアノとシンセサイザー、ボーカル、サックスを担当して、もう一人のサックス奏者のモリッツ・シュタール(Moritz Stahl)と、ドラマーのダニ・シェフェルズ(Dani Scheffels)という編成。彼らもそれぞれ自身の作品を発表している優れたミュージシャンで、これを機にぜひ知ってほしいですね。

──今回はプライベートな来日とのことですが、次回はぜひ日本でのライブパフォーマンスを期待しています。

はい、そう遠くない未来に実現させたいですね。

取材・文/原田潤一

【ラルフ・ハイデル 公式サイト】

https://ralphheidel.com/