投稿日 : 2026.01.22
【小曽根真|インタビュー】TRiNFiNiTY 2作目のアルバム『For Someone』発表─ その制作過程で得た “不思議な感覚” とは
Photography: Steffen Schmid
小曽根真が新作『For Someone』を発表した。本作は小川晋平(ベース)と、きたいくにと(ドラムス)を擁するトリオ “TRiNFiNiTY(トリンフィニティ)”によるアルバムで、この名義で2作目となる。
このアルバムの制作過程は「まるで何かに導かれるようだった」と語る小曽根真に、その詳細を聞いた。
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──今回のアルバムを制作する上で、はじめに全体の青写真というか、方針みたいなものは設定しておいたのですか?
今回はこういう曲を書こう、という方針みたいなものは何もなかったです。ただ、シンガーのアナ・マリア・ヨペックに参加してもらうことは決めていたので、どストレートなスイングではないってことはイメージできていました。
それからもうひとつ、アルバムの方向性というか性質を決定づける要素があるとしたら、昨今の世界情勢です。たとえばウクライナやパレスチナのことがどうしても頭から離れなくて。
──アルバムの1曲目「Untold Stories」には、アラビックな旋律が出現しますが、そうしたことと関連が?
はい。これはあえてそういう風に書きたかったんです。たとえばガザに住むアラブの人たち。今そこで苦しんでいる人たちがいるのだから、何かを届けたいという思いはずっとありました。でも僕は音楽しかできないから、この音階を聴いた人たちが、共鳴できる何かがある、そんな曲を書きたいと思いました。ただし書いてみるまで、こういう形の曲になるのなんて予想もしなかったし、この曲に限らず、今回の収録曲はすべて今まで僕が書いたことないような曲ばかりです。
──誤解を避けるために念のため申し上げておきますが、小曽根さんは、宗教や国家間の争いに対して、どちらかの味方に付こうとしているのではなく、その諍いによって悲惨な状況に追い込まれた、いわゆる「無辜(むこ)の民」すべてに想いを寄せている。ということですよね。
もちろんそうです。いま僕はパレスチナを挙げましたけど、イスラエルから発信される音楽にも僕はすごくシンパシーを持っていて、以前にはアヴィシャイ・コーエンとのデュオで2年くらいヨーロッパを巡ったりする中で、彼は持っている音楽的なボキャブラリーに強く惹かれて、僕自身の中にもそれを宿すことができました。
──ユダヤ音楽を調べていくと、ものすごく面白いですよね。
そう、複雑で繊細。なのに強靭。そんなふうに胸がえぐられるような、心にグッとくる音楽に出会う機会が、自分としてはだんだん少なくなっていて。もちろんそこは自分の好みが変化してきていることもあるのだろうけれど、そういう意味でも今回はあえてオーソドックスなジャズの様式には拘らずに曲を書いてみようという気持ちになりました。
──アルバム制作に着手したのはいつ頃ですか?
2025年の5月から再びニューヨークに住んでいるのですが、その下準備のために2月に一度訪れました。そこで、昼間はアパートを探したり、いろいろ作業をしたのですが、時差ボケのせいで夜中に目が冴えてしまって。
だったらもう、この機会に作曲しようと思って。夕方に少しだけ寝て、夜7時くらいからピアノがあるスタジオに行って一晩中ずっと曲を書く。そんな日が5日間くらい続いて、このアルバムのほとんどの曲が書けていました。
ちょっと、今まで経験したことのない書き方で。そういうのは初めての感覚というか体験だったので、ちょっと不思議な気分でした。
──というと?
いつも結構苦労して迷いながら書くのですが、今回なぜか迷わず書けた。スラスラ書けたわけではないけれど、迷わず、少しずつ、着実に曲ができていく感じ。しかも何曲か並行して出来ていったんです。
いつもは1曲書き上げてから次に行くことが多いけど、今回は4、5曲を並行して最初の30秒ずつぐらいサッと書ける。そこで止まっても無理に続きを書こうとせず「まぁ、いいや」と一旦置いといて、じゃあ違う感じの曲を書いてみよう、と新たな曲を書き始める。ちょっと悩んだら、またさっきの1曲目に戻ってみると「あっ!こんな展開もあるな」といった具合に積み上げていく感じで。ちょっと不思議な書き方というか、なんだか “書かされた” に近い感覚でした。
──何か不思議な力に導かれた感じが。
うん、ありましたね。
──今回はボーカル曲が4作品、という部分も特徴的です。
先ほども話した通り、今回はアナと一緒にアルバムを作ることは決めていました。 彼女とは、アルバム『Haiku』(2010年の録音)以来ずっとやってなかったのですが、今回あらためて彼女自身が持っている「音楽への情熱」はもちろん、「人としての愛」の強さを実感しました。このアルバムのために彼女が持ってきた「バンドスカ」という曲は、トラディショナルなワークソング(労働歌)で、ポーランドの人々がかつて畑仕事をやりながら歌っていたような曲だそうです。

──いわばブルースに近い。
まさにブルースです。歌詞を見ると「私は足が痛くてこれ以上歩けない」といった描写があったり。先ほど話した通りこのアルバムは、傷ついている人たちに寄り添いたいし、困難を抱える誰かの心に響いて、その結果として癒しになるような、そんなアルバムにしたかった。
だから彼女にも話したんです。「目の前に困っている人がいたら助ける。そんな当たり前のことを大事にして、そのことをちゃんと思い出せるようなアルバムにしたいね」って。そうしたら、彼女がこの曲を持ってきました。
──アルバム制作のスタート地点はアメリカでしたが、終点はヨーロッパですね。
そう、ドイツのバウワー・スタジオで録って、マスタリングもそこでやりました。じつは『OZONE』(小曽根真のデビューアルバム/1984年)をミキシング/マスタリングした場所なんですよ。僕にとっては原点とも言えるスタジオです。
これも何かに導かれるような流れがあって、5年ぐらい前に演奏でシュトゥットガルトに滞在したとき、少し時間があったのでレンタカーで30分くらい走ってバウワー・スタジオに行ってみたんです。
懐かしいなぁ…と思いながら中を覗いていたら「なんですか?」ってスタッフが出てきて、「じつは40年前にここでレコーディングしたマコト・オゾネっていう…」「おお! 中に入りたい?」「もちろん」みたいな感じで、あの思い出のスタジオと再会させてもらえて。「もし何か機会があったらまた是非来て」と名刺をいただいたんですよ。

自分の原点とも言える場所に、今の自分がとても大事に思っている小川晋平、きたいくにと、という次のジャズ・ジェネレーションたちを連れていきたかった、という気持ちもあって、そこにアナ・マリアも来てくれてレコーディングしました。サウンド的にはまさに“ヨーロッパの響き”という感じで今回の音楽にもマッチしていて、とても気に入っています。

──アナ・マリアさんは隣の国、ポーランドなので移動の負担は少なくて良かったですね。
確かにそうなんですけど、ドイツとポーランドの歴史的な背景を考えると、アナ・マリアがこのレコーディングのためにわざわざ国境を越えてドイツまで来てくれたことは、このアルバムにとってとても深い意味があると僕は感じています。終戦からまだ100年も経っていない出来事ですから。
──しかもそれは、先ほどおっしゃったイスラエルの話とも複雑に絡み合っていますね。
そうなんです。だからこそ今の時代、僕の周囲のミュージシャンも、自分なりの方法でお客さんを笑顔にしたり、民族や宗教や国境を越えて一つになれるような、人間同士の心が繋がるライブや楽曲を発信しています。
それがまさに音楽ができるすごく大事なことの一つなので、僕は今回はこの方法でお客さんたちと繋がって、お客さん同士の心も今まで以上に繋がりが出来ればいいな、と考えています。

アルバム発売記念ライヴ開催
小曽根真トリオ TRiNFiNiTY “For Someone”
〈小曽根真(p)、小川晋平(b)、きたいくにと(ds)〉
●2026年3月4日(水) 5日(木)/ブルーノート東京
●2026年3月9日(月)/ビルボードライブ大阪
*12月には各地ホールツアーを予定
小曽根真が新レーベル「Mo-Zone」発足
国内外のさまざまな音楽家と共演を重ね、次世代ミュージシャンの育成にも力を注いできた小曽根真が、これまでの活動を包括するかのようなレーベルを発足。その内容は、ジャズをベースに創られた音楽のプロデュースと制作。そして国内外を問わず新しい音楽家の発掘とアルバム・プロデュース。さらに海外でのコンサートの制作・プロモートも連動させる。今回のアルバム、今回のアルバム、小曽根真 TRINFINITY 『For Someone』(1/21 発売)はその第一弾作品となる。
今後も、壷阪健登 のアルバム『Lines』(2/18 発売予定)を控えており、本作は小曽根真のプロデュースによるニューヨーク録音。デイヴ・キング(ds)、チャーリー・リンカーン(b)とのトリオで、全編オリジナル曲で構成される。
さらに3月には、同じく小曽根真プロデュースによる Okazaki Brothers の新作をリリース。本作は岡崎好朗(トランペット)、岡崎正典(サックス)兄弟による初の双頭リーダー・アルバムで、小曽根真(p)、小川晋平(b)、高橋信之介(ds)がバックを固めたストレートアヘッド・ジャズ作品となる。
小曽根真 公式サイト(ユニバーサルミュージック)
https://www.universal-music.co.jp/makoto-ozone/



