投稿日 : 2020.10.01

【シャーデー/Sade】現在の活動状況は? バンドの歴史と代表曲を解説

シャーデー(Sade)は1984年にデビューしたイギリスのバンド。女性ボーカルとバック・ミュージシャンで編成され、これまでに6作のスタジオアルバムと2作のライブアルバムを発表しています。ジャズやソウルを基調に、カリビアンなエッセンスをちりばめた音楽性で多くのヒット曲を生み出してきました。

また、グループの中心人物でボーカリストのシャーデー・アデュも、優雅で艶やかな歌唱とミステリアスな存在感で、ファンを魅了し続けています。

バンド「シャーデー」のデビューまで

シャーデーがデビューしたのは1984年。このときのメンバーは、スチュアート・マシューマン(ギター/サックス)、アンドリュー・ヘイル(キーボード)、ポール・スペンサー・デンマン(ベース)、シャーデー・アデュ(ボーカル)の4名。

きっかけは80年代の初頭のこと。ボーカルのシャーデー・アデュ以外のメンバーたちが結成していた「プライド」というラテン・ファンクのバンドに、バッキング・ボーカルとしてシャーデー・アデュが参加。バンドのレパートリーとして、当時の彼女が自作した曲「スムース・オペレーター」を演奏していたところ、これがレコード会社の目にとまり、「シャーデー」というグループ結成の契機になりました。

こうしてデビューしたシャーデーは、彼らの最初のシングル「ユア・ラブ・イズ・キング」(1984年)でイギリスのヒットチャートのトップ10入り。同年にはファーストアルバム『ダイヤモンドライフ』を発表し、世界で600万枚を超えるセールスを上げる大ヒットを記録します。

また、その翌年に発表したセカンド・アルバム『プロミス』(1985年)も全英チャートで初登場1位、グラミー賞の最優秀新人賞も獲得し、世界的な名声を獲得します。

デビュー時の彼らは、その音楽性が高く評価される一方で、ボーカルのシャーデー・アデュのルックスにも注目が集まります。たくさんのメディアが彼女を紹介し、雑誌の表紙にも数多く起用。彼女自身は、当時のことを「マーケティングのためにルックスを売りにしたのではなく、ただありのままの自分を見せただけだった」と振り返っていますが、彼女のボーカリストとしての技量や曲制作のセンスはもちろん、エキゾチックで洗練されたルックスと存在感が、聴衆を魅了していたことは言うまでもありません。

シャーデー・アデュの人生

そんな彼女が生まれたのは1959年のナイジェリア。父はナイジェリア人で、経済学を教える大学教師。母はイギリス人の看護師でした。彼女は4歳まで同地で暮らしましたが、両親の別居とともに母親とイギリスに移住します。

幼少期の彼女は、アメリカのソウルミュージックを好んで聴き、特に1970年代のカーティス・メイフィールドダニー・ハサウェイなどのシンガーがお気に入りだったようです。また、彼女が10代の頃、ロンドンのレインボーシアターでジャクソン・ファイヴを観て感銘を受けたとも語っています。

その後、彼女はアートスクールで服飾デザインを学びますが、このとき知人のバンドに誘われたことがきっかけで本格的に歌い始めます。その後は、先述のとおり「プライド」というバンドに参加し、これが「シャーデー」というグループに発展。84年のデビューアルバムがヒットしますが、その当時の彼女の生活は、人気シンガーのイメージとはほど遠いものでした。

デビュー当時(1984年)のシャーデー・アデュ

彼女はその頃の暮らしを振り返り「私たちはいつも凍えていた」と語ります。当時の彼女はボーイフレンドとともに、ロンドン郊外の消防署を改装した粗末な建物に住んでおり、暖房設備もない部屋で凍えながらの生活。着替えもベッドの中でおこなうほどだった、と語っています。

こうした生活から脱し、彼女は89年にスペイン人の映画監督カルロス・スコラと結婚。94年に離婚後、新たなパートナーとの間に子供をもうけますが、この出産を機にバンド「シャーデー」の活動が休止してしまいます。

シャーデー活動休止と「スウィートバック」の結成

グラミーを獲得した大ヒット作『プロミス』(1985年)以降も、3作目のアルバム『ストロンガー・ザン・プライド』(1988年)を発表。さらに4作目『ラヴ ・デラックス』(1992年)もリリースし、セールス的にも順調でしたが、シャーデー・アデュの妊娠、出産をきっかけに活動を休止。彼女自身もメディアへの露出を嫌い、1996年にはロンドンを離れ、田舎のグロスターシャーへ移住します。このときの彼女は、ミュージシャンとしてのキャリアよりもプライベートを優先するようになっていたようです。

ボーカルのアデュが活動を休んでいる間、メンバーのマシューマンヘイルデンマンの3人は新たなプロジェクト “スウィートバック”を始動。1996年にはボーカルにアメール・ラリューを迎え、アルバム『スウィートバック』を発表し、「ユー・ウィル・ライズ」などのヒット曲を生み出しています。

2000年から現在までの活動状況

そんなシャーデーが再始動するのは、じつに8年後の2000年。5作目となるアルバム『ラヴァーズ・ロック』を発表し、本作は第44回グラミー賞「最優秀ポップ・ボーカル・アルバム」を受賞します。ところがその後、さらに10年の休止期間を経て、次作『ソルジャー・オブ・ラヴ』を発表。

本作のタイトル曲も第53回グラミー賞「最優秀ボーカル・パフォーマンス」を受賞しており、キャリア3回目のグラミー受賞となりましたが、2000年の再始動後は寡作となり、リリースはこの2作にとどまっています。

“売るための音楽”をリリースすることには関心がない。シャーデーはブランドではないのだから」という彼女の言葉の通り、商品としての音楽ではなく、彼女自身の創作動機や意欲を重視しているようです。

スタジオ・アルバムの発表は2010年以降(2020年現在)ありませんが、2012年にライブ盤『ブリング・ミー・ホーム:ライヴ2011』をリリース。また、2017年には映画『妻たちの落とし前(原題:Windows)』のエンディング曲「ザ・ビッグ・アンノウン」を制作。

さらに翌年、ディズニー映画『五次元世界のぼうけん(原題:Wrinkle in Time)』のために、新曲「フラワー・オブ・ザ・ユニバース」を書き下ろしています。

これと同時期(2018年)、音楽誌『Rated R&B』がおこなったインタビューでは、シャーデーの新アルバムを制作中であることが明かされています。メンバーのマシューマンによると、収録曲のいくつかは既に完成しているが、特にアルバム発表の期限は設けておらず「納得できる仕上がりになれば、みんなに聴かせるよ」とコメントしています。

さらに、最も新しいトピックとしては、2020年10月9日にアナログ盤ボックスセット『ディス・ファー』がリリース。このボックスセットは、シャーデーの全6作のスタジオアルバムをリマスターし、アナログレコード化したもの。音質を追求した仕様となっています。

シャーデーの代表曲

スムース・オペレーター(1984年)
Smooth Operator

ゆったりとしたラテンビートに、気怠くムーディーな旋律。温かみのある優しいボーカルと、ふくよかなサックスの音色も特徴的。歌詞の内容は、カフェソサエティ(セレブが集うカジュアルな社交界)を拠点に、詐欺師のようなビジネスをする悪辣男を描写。グローバル資本主義への痛烈な皮肉、と捉えることもできる。デビューアルバム『ダイヤモンド・ライフ』収録曲。


ザ・スウィーテスト・タブー(1985年)
The Sweetest Taboo

セカンドアルバム『プロミス』収録の大ヒット曲。軽やかでダンサブルなカリビアン・ビートと、情感を込めたソウルフルな歌い回しが印象的。恋人との甘く濃密な性愛が、女性の一人称で語られている。先に紹介した「スムース・オペレーター」に続き、UKチャートや米『ビルボード』のアダルト・コンテンポラリー部門などで1位を獲得。


パラダイス(1988年)
Paradise

哀愁あふれるメロディながら、キャッチーな一曲。ファンクで躍動的なドラムや、弾力に満ちたベースラインによる効果も大きい。メディア登場時はいつもクールで笑顔をあまり見せない彼女だが、本作のミュージックビデオでは子どもたちと楽しそうに戯れる姿が印象的。サードアルバム『ストロンガー・ザン・プライド』収録。


キス・オブ・ライフ(1992)
Kiss of Life

4作目のスタジオアルバム『ラヴ・デラックス』に収録。これまでの楽曲に顕著だったラテン風味やパーカッション要素を抑え、92年当時に勃興していたUKソウルやアシッドジャズ、グランドビートなどのマナーを採用。清涼感のある、甘く切ないメロディが美しい。


ラヴァーズ・ロック(2000年)
Lovers Rock

レゲエのサブジャンルとして知られる“ラヴァーズ・ロック”を冠した曲タイトル。楽譜の作りも、いわゆるラヴァーズ・ロックの様式を踏まえており、浮遊感のあるビート&甘美なメロディ。本作が収録された同名のアルバムはグラミー賞「最優秀ポップ・ボーカル・アルバム」を受賞。


ソルジャー・オブ・ラヴ(2000年)
Soldier of Love

スタジオアルバムとしては最新となる『ソルジャー・オブ・ラヴ』(2010年)のタイトル・トラック。曲名どおり、戦闘的な雰囲気のミュージックビデオで、マーチングドラムのリズムも新奇。これまでの、たおやかでオーガニックなイメージを覆すような、勇猛でワイルドな楽曲に仕上がっている。