投稿日 : 2020.03.07

ジャズ・ピアニスト、マッコイ・タイナー死去

マッコイ・タイナーの若き日の写真

米現地時間3月6日(金)、ジャズ・ピアニストのマッコイ・タイナーが81歳で亡くなった。訃報は彼の公式SNSで伝えられている。

「悲しいお知らせですが、ジャズ・レジェンドのアルフレッド・マッコイ・タイナーがこの世を去りました。マッコイは、自分の人生・アート・家族・スピリットに献身的な素晴らしいミュージシャンでした。彼の音楽と遺産はこれからの世代のファンや未来の才能を刺激し続けるでしょう」

1938年、米ペンシルベニア州フィラデルフィアで生まれたアルフレッド・マッコイ・タイナーは、13歳でピアノを始め、20代の時に加入したアート・ファーマーとベニー・ゴルソンの6人編成グループ「ジャズテット(Jazztet)」でキャリアをスタート。

1960年にジョン・コルトレーンのグループに加わり、名盤『My Favorite Things』や『A Love Supreme(邦題:至上の愛)』といった作品にも参加。ジミー・ギャリソン(b)やエルビン・ジョーンズ(ds)とともに「黄金のカルテット」とも称された。

1965年、同カルテットの脱退を機に自身のグループを組織し、バンド・リーダーとしてのキャリアをスタート。マイルストーンやブルーノート、インパルスといったジャズ・レーベルから諸作を発表する一方で、ジョー・ヘンダーソン、ウェイン・ショーター、フレディ・ハバード、ソニー・ロニンズ、スタンリー・クラークらとも活動をともにした。

2001年、マッコイは『A Love Supreme』に参加したときの気持ちを以下のように述べている。

「シンプルだよ。私は偉大なバンドでプレイした。そしてバンドはひとりの人間のように機能した。4人がそれぞれのプレイをバラバラに演るのとは違うんだ。言い換えれば、あの関係はなるべくしてなった。考えるより先に体が動く、私にとって素晴らしいものだった」

「人生や社会において礼儀を尽くすことは、他人と自分との関係を考えること。自分が何をしたかは他人に影響を与えるし自分ひとりでは何も機能しない。これを意識しなきゃいけない。もしそんな状況に出くわしたら、何が演奏され、何が自分に影響し、自分はそれをどう返すのか、考えるときだよ」

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