【小川隆夫 インタビュー】“衝撃的著作を連発”のジャズ・ジャーナリストに訊く

取材・文/楠元伸哉

2017.05.09

小川隆夫 インタビュー

書店でジャズ関連のコーナーを眺めていると、必ず目に飛び込んでくる「小川隆夫」という著名。さまざまな媒体への寄稿はもちろん、これまでに50以上の音楽関連書籍を上梓している著述家だが、整形外科医としての顔も持ち、音楽プロデューサー兼プレイヤーとしても活動。本人は「ジャズ・ジャーナリスト」を自称するが、ロックやブルース、ソウルミュージックへの造詣も深い。ちなみに、これらのジャンルを融合したジャズマンの代表がマイルス・デイヴィスだが、そんなマイルスから慕われた人物であることも容易に納得できる。

きっかけは“二人の訪問者”

──私が小川さんの存在を初めて知ったのは『ジャズ批評』の別冊『全ブルーノート・ブック』でした。たしか80年代半ばの刊行だったと思います。

「ああ、あれは1986年ですね」

──あの本はブルーノートレーベル作品を番号順にカタログっぽく紹介したガイドブックですけど、小川さんや行方均さんによる座談会みたいな記事も載っていて。

「そうだったね。そもそも僕がこの業界に入ったのは、行方さんが見つけてくれたっていうか、彼がいろんなきっかけを作ってくれたことに始まっているんですよ」

──これは多くのジャズファンが知るところですが、当時、行方さんは東芝EMIの洋楽部にいて、ブルーノートの諸作品を担当していました。

「かつてブルーノートの日本盤はキングレコードが出していたんだけど、1983年に東芝に権利が移って、その時の担当ディレクターが彼だった。で、まずは、出す作品のジャケット写真を撮らなきゃいけない、ということで、渋谷のJAROってレコード店に相談したらしいんだ。すると店主が『だったら小川さんって人が持ってるよ。ただしニューヨークに住んでるけどね』と。そんなわけで、当時ニューヨークに住んでいた僕を訪ねてきた。ちなみに、当時『スイングジャーナル』の編集者で、のちに編集長になる中山(康樹)さんも一緒に来た」

──当時、小川さんはニューヨークの大学病院に勤務していた。

「そう。でもレコードは日本にあるから、貸す約束だけして。それで日本に帰ってきて、行方さんと中山さんと僕の3人でメシを食いながら話してた時に、ジャケットの提供だけじゃなくて、ライナーノーツも書いてみては? って提案があったんです」

──そんなに詳しいなら解説も書いてくれ、と。

「僕は文章なんか書けないって言ったんだけど『何でもいいから書けそうなやつ選んで、好きなこと書けばいいから』って言われて。そしたら中山さんからも『ニューヨークにいると、いろんな面白い話あるでしょ? それ書いてください』って言われて、スイングジャーナルにも書くことになった。“もの書き”としては、そこがスタートですね」

──それまで、ジャズに対しては“いちファン”として接していたけれど、報じたり論じたりする側になった。

「意識としては、いまだに“ファン”ですよ。自分じゃ絶対に“評論家”とは名乗らない。ジャズ・ジャーナリストとか言ってるけど、ただのジャズファン。そもそも僕は評論とか、そういうものは書けないと思ったのね。だけど、例えば“ミュージシャンの言葉”は伝えられる。あと、当時はしょっちゅうニューヨークに行ってたから、そこで起こってることとか、最先端の情報を自分で伝えられると思ったわけ」

──そのスタンスって、レポーターに近いですよね。

「そうです。ある事象を客観的に見て『いま、こんなことが起こっていますよ』とレポートする。そこに僕の意見は入れない。でもまあ、ジャズ・レポーターよりはジャズ・ジャーナリストの方が聞こえがいいかなと思って」

著作にも顕れる“ドクター気質”

──小川さんの著作はいろいろなテイストのものがありますが、ほぼすべてにおいて、そのスタンスは共通していると思います。徹底した取材と調査を基にした“データ主義”です。

「うん、それはあるかもしれない」

──ひとつの事象に対して、まず徹底的に材料や証拠を集める。もちろん反論や反証も集める。マスコミ的には「ファクト(事実)」という言葉を使いますが、医学的には「エビデンス(根拠)」といったところでしょうか。

「そうだね。医者だから、っていうのはやっぱりあると思う。最近は書いてないけど、学会で論文とか発表するんですよ。そうすると過去の論文を全部精査して、それを盛り込んだ上に新しい論説を自分なりに述べないと意味がない。例えば、ある病気に対して、自分としてはこういう発見をしました。でも、過去にはこういう発見とこういう発見とあって……って、いろいろぶつけるの。一方通行じゃないんです。いくつもの意見をミックスした上で自分の論を述べないと、医学論文って成立しない」

──そういった、ドクターとしての気質みたいなものが著作にも顕れている?

「そう思います。あとね、僕は整形外科だから手術をすることが多いんですよ。そうすると責任はすべて僕にかかってくる。手術は一人ではできないから助手が二人いて、僕がメインで手術して看護師がいてチームでやるんだけど、何かあったら僕が全部の責任を負わなきゃいけない。で、責任を負うからには、それぞれに確認しなきゃいけない。麻酔かかりました、はいどうぞ、って。綿密な確認の上に成り立っているわけです。確認しておかないと心配で仕方ない。そういう癖というか性分が、こっち(音楽)の仕事にも出るんだろうね」

──ときに、医師というより刑事を連想させるときがありますよ。

「いや、その疑り深さも、やっぱり医者なんですよ。例えばマイルスが『あのときは、こういう経緯で、この曲を演奏した』って言ってるけど、本当かな? と。まあ、本人が言うからには本当だろうとは思うけど、でも、聞くチャンスがあれば他の当事者にも『マイルスがこう言ってたけど本当にそう?』って聞くんです。そこで違う答えが出ても、別に悩む必要はない。両方書けばいいんだから。そういうスタンス」

──ことの虚実はさておき「当事者たちはこう言っている」という現実をまず揃えるわけですね。それぞれの言い分に食い違いがあっても、「食い違いがある」という現実を提示する。著書『マイルス・デイヴィスの真実』でも、そういうくだりがありますね。

「マイルスはこう言った。だけど本当かどうかわからない。そうするとサイドマンのハービー・ハンコックにも聞くし、他のサイドマンにも聞く。皆が同じこと言う場合もあるし、それぞれが違うことを言う場合もある。もちろん“印象”の面で食い違う場合もある。でも、それらは全部述べちゃった方がいい。で、あとの判断は読者の皆さんに任せます、と。それが僕の基本的な手法。だから、ひとつの出来事に対しても、できるだけいろんな人に話を聞くんです」

──その取材姿勢で大きな成果をあげたのが、一昨年に刊行された『証言で綴る日本のジャズ』だと思います。あの本は“戦後日本のジャズの実態を探る”という内容で、しかも当事者の証言を軸に構成されています。

「昔から、日本のミュージシャンの話を聞きたいと思ってはいたけれど、発表の場がなかった。発表する媒体も決まってないのに取材するのは申し訳ないから、ずっと心の中ではスタンバイしてたんです。で、あるときラジオ番組で扱えることになって、そこから始まったんですね。戦後のジャズって、僕は全く知らない世界だったから、進駐軍のシステムも何も知らないゼロの知識から聞くわけ。そこで得た知識を踏まえて、また次の人にも聞く。そういうことを繰り返して、積み重ねながら、完成させました。あの本は僕にとっての学習過程の歴史ストーリーでもあります」

──取材を進めるうちに、少しずつ人間関係や事実関係がわかってくる。それを読者も疑似体験できる、という作りですね。

「そう、僕の学習の過程が分かる。最初のうちは知識がないから質問内容も稚拙なんですよ。だんだん知識が増えてくると、おのずと『聞くべきこと』がわかってくる。だから実際にインタビューした順番に並べたわけ」

──あれは本当に優れたドキュメンタリーだと思います。私もあの時代の日本人ミュージシャンについては「伝説」でしか知らなかったので、驚きの連続でした。

「僕も当事者から話を聞いてゾクゾクしたよ。あの本では、基本的に70歳代後半から80代前半くらいの元気な人に聞いてるんだけど、じつはまだやりたいことがある。その次の世代まできちんと検証したいんだよね」

──日本のジャズ・ミュージシャンを追った本としては、『スリー・ブラインド・マイス コンプリート・ディスクガイド』も該当すると思います。こちらはディスクガイドですけど、図らずも、日本のジャズ・ミュージシャンたちがどんな表現をしてきたのかが浮き彫りになっている。

「スリー・ブラインド・マイスは、日本で最初のインディペンデントなジャズレーベル。その全作品を紹介した本ですね」

──そのひとつ前に出された本『ジャズメン死亡診断書』も非常に刺激的でした。こちらは「ジャズ・ミュージシャンの死」を扱った本ですが、以前に弊誌で書評を掲載させていただきました。

「読んだ! あれは嬉しい書評だったなぁ。あんな読み方をしてもらえるなんて、本当に嬉しかった」

──あの本の面白いところは、記者として求める「ファクト」と、医師として求める「エビデンス」が見事に両輪として機能している点です。そこで質問ですが、ファクトとは全く関係ない、音楽作品の“良し悪し”という“不確かな現実”に向き合わなければならないことがありますよね。

「それも大事なところですね。例えばソニー・ロリンズの『サキソフォン・コロッサス』は名盤であると言われているけど、その評判だけを鵜呑みにして『これは名盤である』と判断するのはおかしいよね」

──しかし、小川さんが「これは素晴らしい演奏だ」と言えば、私は自動的に「これは名演だ」と思ってしまうかもしれません。

「僕がいつも心しているのは『人が言ってることは参考にするけど信じない』ってこと。自分で耳で聴いて『これは名盤だ』と思えるならそれでいいんです。とにかく自分で確認しないと嫌なんだよね」

──小川さんは、まず純粋に「知りたい」という欲求があって、その欲求の源泉は好奇心なんですよね、きっと。

「まあ、基本はファンだから。33歳でこういう仕事を始めるようになって、周りの人と比べたら、完全に遅れてきた新参者なわけ。とりあえず評論家にはなれないな、とは思ったけど、知識はあるよ、と。例えば、こういうことやる前から『俺はブルーノートには詳しい』という自負があった。どんな評論家にも負けない知識とデータを持っている。そういうファンがいてもいいんじゃないの、と」

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