投稿日 : 2020.09.08

ジャズ・ベーシスト、ゲイリー・ピーコック死去

ゲイリー・ピーコック(左)。長年活動をともにしたキース・ジャレット(中央)、ジャック・ディジョネット(右)と。2004年、フランスのジャズ・フェスティバル「Jazz a Juan Festival」のステージにて。

多くの巨匠や日本人ミュージシャンと共演

ジャズ界の多くの巨匠と共演した名ベーシスト、ゲイリー・ピーコックが9月4日、米ニューヨークの自宅で死去、85歳だった。死因などは明らかにされていない。

1935年アイダホ州生まれ、ワシントン州育ち。高校時代にはピアノやドラムを演奏していたが、陸軍入隊後に勤務したドイツでベーシストに。帰国後ロサンゼルスで暮らし、50年代後半からアート・ペッパーやバド・シャンクなどウェストコースト・ジャズのミュージシャンらと共演。60年代にニューヨークに移り、ポール・ブレイやアルバート・アイラーなどフリー・ジャズのミュージシャンらと演奏。マイルス・デイビス、ビル・エヴァンス、トニー・ウィリアムズらとも共演した。

演奏活動を一時中止し、京都で72年まで数年間生活。日本語や東洋思想、自然食、座禅などを学び、菊地雅章、村上寛と共に初のリーダー・アルバム『イーストワード(Eastward)』を発表。その後米国に戻った。

1970年に日本で録音されたアルバム『イーストワード』

77年には、キース・ジャレット、ジャック・ディジョネットとの初共演となったアルバム『テイルズ・オブ・アナザー(Tales of Another)』を発表。3人はその後、通称「スタンダーズ・トリオ」として活動し、『スタンダーズ Vol.1(Standards, Vol.1)』『スタンダーズ・ライブ(Standards Live)』『Tokyo 96』などの数々の名盤を発表、たびたび来日公演を行った。デイビス死後にはトリビュート・アルバム『バイ・バイ・ブラックバード(Bye Bye Blackbird)』を制作し、死を悼んだ。

『テイルズ・オブ・アナザー』(1977年)

70年代後半から教壇に立って若手の育成に努める一方、ソロ活動を継続。リー・コニッツ、ビル・フリゼール、マーク・コープランドらと共演し、富樫雅彦、山本邦山ら多くの日本人ミュージシャンとも演奏を続けた。