投稿日 : 2025.12.26
大和田俊之が選ぶ「2025年のベスト」3作品

大和田俊之
慶應義塾大学教授
専門はポピュラー音楽研究。『アメリカ音楽史』(講談社)で第33回サントリー学芸賞(芸術・文学部門)、『アメリカ音楽の新しい地図』(筑摩書房)で第34回ミュージック・ペンクラブ・ジャパン音楽賞ポピュラー部門著作出版物賞受賞。他に編著『ポップ・ミュージックを語る10の視点』、長谷川町蔵との共著『文化系のためのヒップホップ入門1、2、3』(アルテスパブリッシング)、また『山下達郎のBRUTUS SONGBOOK』では解説を担当した。
石橋英子『Antigone』

ギリシャ神話上の王女の名を冠したアルバム。アンチゴネを家父長制に反逆する人物として捉えるフェミニズム的解釈も一般的だが、石橋英子はインタビューでこのギリシャ悲劇において王の権威と神の掟が衝突する「埋葬」という営みに言及する。「埋葬」──その追悼と鎮魂をめぐる(不)可能性こそ、本アルバムに通底するテーマではないか。
梅井美咲『Asleep Above Creatures』

気鋭の(ジャズ)・ピアニストによる傑作アルバム。生演奏とエレクトロニクスなどで構成される全ての音が瑞々しさに溢れている。本人のソロはもちろん、アントニオ・ロウレイロの声と小金丸慧のギター(かっけー!)が交錯する「Go around in circles」をはじめ、すべての曲がワンダー(驚異)に満ちた作品。
岡田拓郎『Konoma』

黒人アーティスト、シアスター・ゲイツが提唱する「アフロ民藝」を契機に、日本人がアフリカ系アメリカ人の音楽を演奏することをアフロ・アジア的な枠組みで考察した作品。冒頭の「Mahidere Birhan」とは、エチオピアの外交官で作家ヘルイ・ウェルデ・セラシエの著書「Mahidere Birhan: Hagre Japan」(光の旅──日本という国、1932)に基づくが、歴史的にエチオピアと日本は西欧の植民地化を逃れた有色人国家として、たとえばアフリカ系アメリカ人指導者が「日本はアジアのエチオピアである」と評するなどその類似性が指摘されてきた。この曲で演奏されるテーマはエチオピアと日本の伝統的な音階の「近さ」──たとえばキネットと都節音階など、♭2度(や♭6度)を含む五音階──を感じさせる旋律であり、アルバムのコンセプトを明示した楽曲といえる(・・・など私自身の関心にも近く、とにかく素晴らしい作品)。



