投稿日 : 2026.04.03
記者が出会った “メタル好きアメリカ人キッズたち” の生態─ ひとりぼっちの日本人少年を救ってくれた奇人たちの話【ジャムセッション講座/第40回】
これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。
今回は、当連載を執筆しているライター千駄木雄大とは何者なのか? を読者の皆さんに知ってもらうため、連載開始4年目にして、ようやく「自己紹介」をしてみようという企画である。
【今回の登場人物】
千駄木雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。32歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。今年の目標は弾き語り。せっかくなら、12弦ギターでやったろ……。そう思って「ヤフオク!」で2万円で購入した何十年も前の謎の12弦アコースティックギター。何時間もかけて弦を張り替えてチューニングしてようやく弾いてみようと思ったら、あまりに弦高が高くて押さえられない。
編集者 ヤマシタ
本誌編集者。40代男性。ライター千駄木とともに当連載企画をスタート。音楽はジャンルを問わずなんでも聴く。千駄木に無理難題を吹っかけて楽しむ悪人。
祝4周年だけど「あなたは誰?」
千駄木 急に呼び出されたんですけど、何事ですか?
編集 最近よく「千駄木雄大って何者なんですか?」って聞かれるんだよ。
千駄木 で、なんと答えてるんですか?
編集 「よく分かんないんですよ」とぼかしているよね。
千駄木 なんで、ぼかすんですか……?
編集 だって俺もあまりよく分かってないから。担当編集ですら千駄木雄大が何者なのかよく分からないまま読んでいる。唯一の情報はプロフィールの近況コメントくらいじゃない。
千駄木 まあ、確かに。
編集 というわけで、この連載も4年目で今回が40回目だし、せっかくだから「千駄木雄大のプロフィールを掘り下げる回」にしたいのよ。“人となり”をわかってもらった方が、読者も感情移入しやすいだろ?
千駄木 そういうの、40回目じゃなくて最初にやることだと思うんですけど…。まあ、話しますけど、そんなに面白くはないですよ。
とにかくモテまくりの幼少期
千駄木 じゃ、まず幼少期の話から始めますけど、僕は1歳からアメリカのロサンゼルスに住んでいまして、しばらくそこで育ちました。
編集 もう、いきなり面白いじゃん。帰国子女なんだ。ロスのどの辺に住んでたの?
千駄木 アーバインのオレンジカウンティです。
編集 おお! いいところだね。きれいな海岸がいっぱいあって、ディズニーランドとか高級ビーチリゾートでも有名なエリアでしょ?
千駄木 はい。僕が住んでいた家も区画整備された住宅街で、広い庭と自分の部屋もあって、そこの住民ならいつでも入れるプールもありましたね。
編集 なんかムカつくな。当時は地元の幼稚園とかに通ってたの?
千駄木 はい、現地の子どもたちと一緒に、プレスクールとキンダーガーデンに通っていました。

編集 べつに変なことは言ってないはずなのに、なんか生意気に聞こえるんだよ。当時はどんな子どもだったの?
千駄木 とにかくモテましたね。
編集 ウソつけよ。
千駄木 本当なんです。もちろん当時は恋愛感情なんて分からない年齢ですけど、ことあるごとに女の子が僕の隣に座ってくるんですよ。
で、あるとき急に女の子同士が取っ組み合いのケンカを始めて、慌てて先生が止めに入って。理由を聞いたら「ユウダイの隣に座りたいの」と泣きだしちゃって。その日から、何をするにもその子たちが一緒で、本当に両手に花みたいな状態でした。
MTVを見ながらレッチリを聴く幼稚園児
千駄木 あと、近所にニーナちゃんという女の子が住んでいて、彼女とおままごとセットで庭遊びをしていたんですよ。
編集 ほほえましい光景だね。
千駄木 夫婦ごっこという設定だったので、隙を見てお互い右手で口を隠しながらキスのまねをしていました。
編集 ニーナちゃんに、現在の千駄木雄大(32歳/彼女なし/挙動不審)を見せてやりたいな。モテ期が子どもの頃に全部来たのかね。
千駄木 その分、ガキ大将みたいなやつにも目をつけられました。当時(90年代半ば)ポケモンがアメリカでもすごく流行っていて、日本の祖母がポケモンカードや指人形を送ってくれるんですよ。それを近所で自慢していたら、ブライアンという年上の男の子に「キラカードよこせ」と言われて、全部カツアゲされました。

編集 映画やドラマでよく見る、典型的ないじめっ子だ。
千駄木 そうなんです。初めて『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見たとき、ビフのキャラが完全にブライアンと一致していて、トラウマがよみがえりました。
編集 あはは。ちなみに当時は音楽への興味はあった?
千駄木 5〜6歳の頃によく聴いていたのはポケモンの歌ですが、毎週日曜日にはMTVでヒットチャートをよく見ていました。西海岸に住んでいたこともあってか、両親はレッド・ホット・チリ・ペッパーズやシュガー・レイが好きだったんです。
編集 お母さん、レッチリ好きなんだ。
千駄木 かなり好きで、2023年と2024年の来日公演にも行ってましたよ。
編集 かっこいいママだね。ちなみに小学校も現地の公立校だったの?
千駄木 はい。でも7歳のときに帰国することになって、大分県の中津市に引っ越しました。
編集 ああ、それは知ってる。以前にこの連載で「小学生の時に大分県のホールで渡辺貞夫さんとセッションした」ってウソ話をしてたよね。
千駄木 いや本当に渡辺貞夫さんの公演でステージに上がったんですよ。前半は普通のコンサートなんですけど、最後に2〜3曲、地元の子どもたちと一緒にセッションするコーナーがあって、そこにコーラスとして参加しました。

レンタルCDをパソコンに取り込む小学生
編集 1歳から7歳までアメリカで暮らして、いきなり大分県で日本生活が始まったわけでしょ。カルチャーショックはなかった?
千駄木 子どもなのでそこは順応できましたが、かなり浮いてたと思います。クリスマス会で「何歌う?」となったとき、みんなは「きよしこの夜」などを挙げるのですが、僕はメキシコ文化にも慣れ親しんでいたので、「『フェリス・ナビダ』を歌いたい」と言ったんです。
編集 スペイン語で歌うやつ?
千駄木 英語とスペイン語が交じった曲ですね。
編集 LA育ちのガキが、九州の小さな町でそれを歌わせろと言ったの?
千駄木 一瞬で却下されました。
編集 こましゃくれた子どもだな……。10代はどんな感じだったの?
千駄木 ちょうどiPodなどMP3プレイヤーが出た頃でした。当時はまだレンタルDCやビデオ店が全盛期だったので、自転車で店に行って100円のシングルCDを借りてパソコンに取り込んで、その日のうちに返すという生活をしていました。
編集 どんな学生生活だよ、それ。
千駄木 僕と同じようにCD音源をパソコンに取り込んでいる友達が何人かいて、そのうちのひとりがギターを買ったんです。セルダーのアンプ付きで1万5000円くらいの初心者セットです。それが羨ましくて「僕も欲しい」と親に頼んで買ってもらいました。
編集 雑誌の巻末ページに載っているようなブランドだね。でもまあ、いよいよ現在の千駄木雄大の原型みたいなものが見えてきたね。
千駄木 ところが、中学2年生のときにまたアメリカに行くことになります。
編集 また移住?
赤ちゃんみたいな喋り方の転校生
千駄木 今度はテネシー州のナッシュヴィルの近く。ジャックダニエルとかギブソンの本社がある街ですが、ロサンゼルスと比べると田舎という感じでした。
編集 でもカントリーやブルースの本場じゃん。音楽好きの中2男子にとってナッシュビルは刺激的だと思うんだけど。
千駄木 そうなんですよ。それでめちゃくちゃワクワクしてました。というのも、その頃にはブルースにも興味があったし、洋楽もかなり聴いていたので、現地の人とそういう話をしたいと思っていたんです。
でも当時、世間で流行っていたのは、ソウルジャ・ボーイとかリアーナ、クリス・ブラウンなどで、当たり前ですが目論見が外れました。
編集 ちょうどポップスの中心がロックからヒップホップやR&Bに移っていった時代だね。学校はどうだった? 7歳までアメリカに住んでたから、わりとすんなり溶け込めたんじゃない?
千駄木 それが、幼稚園の頃の英語で止まっているんですよ。だから赤ちゃんみたいな話し方しかできなくて。
編集 赤ちゃんみたいな喋り方の転校生がやってきた(笑)。むしろ人気者だろ。
千駄木 いいや、逆でしたね。相手が言っていることは分かるんですけど、それに相応しい返事ができないので、かなりもどかしかったです。結局、家と学校を往復するだけの生活でした。
編集 そんな中でも楽しみはあるだろ?
千駄木 いや、ないです。唯一あるとしたら、授業中に頭の中で「僕が考えた最強の『ミュージックステーション』の放送回」を想像することくらいですね。
編集 なんだそれ。
千駄木 脳内でいろんなミュージシャンを登場させて順番にプレイさせて、それを鑑賞する遊びです。
編集 楽しいけど哀しい遊びだな…。友達はいなかったの? ロサンゼルス時代はモテモテだったじゃん。
千駄木 当時の僕はデヴィッド・ボウイに憧れて、前髪が短くて襟足だけ長い、いわゆるマレットヘア(※)でして。
マレット(Mullet)ヘア:前髪とサイドを短くし、襟足(バック)を長めに残すヘアスタイル。70〜80年代に大流行したが、90年代以降は「史上最悪のヘアスタイル」と呼ばれるなど、ダサい髪型の代名詞となった。が、近年は “ダサかっこいい髪型”として人気が再燃しているらしい。
編集 マレットかぁ…。

千駄木 それで赤いフレームのメガネをかけて、豊天商店の「こビール」とか「知らんプリン」とかダジャレのTシャツを着た、まともに英語も話せないやつだったので、誰も近寄ってこなかったですね。
メタラーの友達がたくさんできた中学時代
千駄木 そんな感じで、学校では誰とも話さなかったのですが、ある日、街で同世代の男に声をかけられるんです。そのとき僕は、日本のヴィレッジ・ヴァンガードで買ったザ・フーのトートバッグを持っていまして、それを見た彼が「お前、フー聴くのか?」と声をかけてきました。
編集 何者?
千駄木 死んだ目をしたメタラーです。金髪のロングヘアで、ラム・オブ・ゴッドのTシャツを着ていました。

千駄木 それを機に彼と仲良くなって「友達紹介してやるよ」と言われて、腰まで髪があるヒッピー崩れみたいなメタラーたちとつるむようになりました。そのうち家に泊まりに行くようにもなって。
編集 どんなご家庭?
千駄木 えーと、僕が初めて彼の家に行ったとき、まず彼の父親はずっとYouTubeでトルネードが街を破壊する動画を見ていて、まったく相手にしてもらえませんでした。あと、夕食にオートミールを出されました。
編集 オートミールは朝食のイメージだけど。
千駄木 僕もそう思ったんですけどね。しかもやたら甘かったので、コーヒーをもらったらスティックシュガーの代わりに飴が刺さっていました。
編集 そうか…。で、結局そのメタルの子たちとは仲良くなれたの?
千駄木 はい。何しろ名前が「雄大(ユウダイ=You Die)」なので、メタル的な評価は抜群でした。
編集 確かに、超イケてる名前だわ。
千駄木 でも学校内での存在感は相変わらずでしたね。
編集 学内ではいろんな派閥あるでしょ。たとえば、LA時代のいじめっ子いたじゃん。バック・トゥ・ザ・フューチャーのビフみたいなやつ。
千駄木 ああ、ブライアンですね。彼はいわゆるスクールカースト(※)で言うと、典型的な「ジョック」タイプです。
※学園内のヒエラルキー。上位はアメリカンフットボールなどの花形スポーツマン「Jock」と、人気女子「Queen Bee」。さらにジョックやクイーンズの取り巻き「Sidekicks」や、その子分「Pleaser」「Wannabe」と続く。ほか「Preps(文化系のお坊ちゃん)」や「Slacker(お馬鹿キャラ)」「Nerd/Geek(おたく)」「Goth(ゴス系)」など。映画やドラマなどで描かれるおなじみの相関だが、実際はこれほど単純ではない。なおスクールカーストは日本特有の語で、米国では単に「clique(派閥)」と表現される。
編集 じゃ、友達になったメタルヘッド(ヘヴィメタルのファン)は、学園内ではどんな位置にいるの?
千駄木 彼らはスクールカーストの外です。ちなみにガチの不良少年とか、不思議ちゃんみたいな子も外側の存在です。
編集 要するに “やばいやつ” って扱いなのね、メタルは。
千駄木 しかも結局、その子たちとも高校で別々になっちゃいました。
編集 またひとりになるのか…。
日本オタクの同級生に狙われる
千駄木 そんなわけで、ひとりぼっちの高校生活を送っていたら、ある日また声をかけられるんです。「おまえのこと、前から気になっていたんだ」って。
編集 どんな人?
千駄木 金髪ロングヘアの男です。
編集 またメタルか…。
千駄木 彼は『どうぶつの森』のTシャツを着ていまして。日本のアニメも大好きで、バンドをやっていて、マンガ『BECK』にハマっていました。

千駄木 どうやら彼は、学内で見かける「メタリカのTシャツを着たマレットヘアの東洋人」にずっと話しかけるタイミングをうかがっていたらしいです。
編集 また変な人に目をつけられた。っていうかキミの服装もちょっとメタル寄りになってきてるよね。
千駄木 話してみたらお互いギターを弾くということで意気投合して、「今度セッションしようぜ」と言われたんです。
編集 おっ、いい流れ。
千駄木 ところが僕はFコードをやっと押さえられるくらいの初心者。一方、彼はすでにバンドもやってるベテラン。しかも彼はマンガ『BECK』にハマってるので「日本人の超絶ギタリスト、竜介みたいなやつが来た!」と期待していたそうで、露骨にがっかりされました。
編集 期待値高すぎるだろ。
千駄木 その代わり、日本のバンドをいろいろ教えてあげて仲良くなって、裸のラリーズのブートレグとか一緒に聴いていました。

編集 彼を特殊な方向に導いてないか?
千駄木 そのうち彼から「俺の友達も紹介したい」と言われて、キング・クリムゾンしか聴かないプログレマニアとか、ドアーズのジム・モリソンのモノマネ芸人を目指している人とか、いろんな変人に会いました。
編集 もれなく全員ヤバいのよ。キミもよく今日まで真っ当でいられたね。
千駄木 はい、実際に当時の僕も「このままアメリカにいたら俺はダメになる」と思って、日本の大学に行く決心をしました。

そして日本の大学へ…音楽サークルで熱烈歓迎
千駄木 最終的にアメリカには合計で10年いて、大学入学を機に日本へ戻りました。中央大学にAO入試で合格して、ジャーナリズム研究会とルナタンゴに入りました。
編集 サラッと言ったけど、ルナタンゴは何のサークル?
千駄木 軽音学部です。新歓でいろいろなサークルを回ったのですが、当時はKANA-BOONやKEYTALKみたいなロキノン系が全盛で、ザ・フーや裸のラリーズが好きな自分はどこにも居場所がなかったんですよ。
編集 そりゃそうだろうな。
千駄木 なので「大学の軽音もこんな感じか」と思っていたら、トーキング・ヘッズの『リメイン・イン・ライト』をモチーフにした立て看板を出しているサークルを見つけたんです。
編集 青地にメンバーの顔に赤いモザイクがかかったジャケットね。
千駄木 気になって「トーキング・ヘッズやるんですか?」と聞いたら、先輩部員たちが “わかってる奴が来た!” みたいな感じで歓声を上げて「よく来た」「待ってたよ」と歓迎してくれたんです。そこは、BUMP OF CHICKENのような邦ロックではなく、ヨ・ラ・テンゴ、ヒカシュー、ポップグループなどを演奏するサークルでした。
編集 また極端なサークルだな。その頃にはもうギター弾けるようになっていたの?
千駄木 まだパワーコードくらいしか弾けなかったんですけど、英語の発音だけはいいので、歌でごまかしながら4年間活動していました。

編集 アメリカでの経験が生きたね。そこからライターになって、この連載以外にもいろんな媒体で書いているけど、最近気になっているテーマとかあるの?
千駄木 「ヴィンテージ2.0」というテーマで取材と執筆をしていきたいと思っています。以前、この連載で「コロナ禍の巣ごもりとアニメ作品で楽器人口が急増中! いま楽器マーケットで何が起きている?」という記事でも書きましたが、中古の国産ギターがものすごい勢いで値上がりしていて、海外に大量に買われているんです。楽器だけでなくゲームも同様の現象が起きていて、ゲームボーイカラーが1万5000円くらいで売られています。
編集 80〜90年代はアメリカの古着やレコードが大量に日本に入ってきていたけど、それが逆になっているんだね。
千駄木 和モノやシティポップのブームもありましたが、次に来るのは7インチシングルだと思っています。じつは7インチにジャケットが付いているのは日本特有なんですよ。
編集 確かに。アメリカやイギリスだと簡単な無地の袋に入っているのがほとんだよね。
千駄木 例えばデヴィッド・ボウイの「世界を売った男」に日本独自ジャケットがあったりして、海外のファンが注目しているんです。
編集 なるほど。以前から日本独自のジャケットや帯(レコードジャケットに巻かれた販売促進用の紙帯)は一部のマニア間で高値で取り引きされてきたけど、円安とか新規マニアの増加も相まって、再び盛り上がってるんだね。そうやって、かつて日本で作られたものが今どんどん海外に流れているわけだ。
千駄木 そうなんですよ。今は「えっ、こんなものが?」という中古市場がどんどん伸びている。そういう分野を僕は「ヴィンテージ2.0」と呼んでいて、密かに売れているジャンルや市場を探っていきたいと思っています。
編集 意外とちゃんとしたビジョンはあるんだな……。これからも無茶振りすると思うけど、連載よろしく。
構成・文/千駄木雄大
ライター千駄木が今回の取材で学んだこと
1.子どもの頃にモテ期を迎えたらもうおしまい
2.マレットヘアという髪型はやめておけ
3.見た目は怖いけどメタラーはやさしい
4.「裸のラリーズ」で日米の高校生が盛り上がることもある
5.大学のサークル選びは重要





