投稿日 : 2020.07.29 更新日 : 2021.08.31

「サンダーキャット」って何者? 世界の批評家を感嘆させる怪腕ベーシスト、奇抜ファッション、日本アニメの大ファン…

サンダーキャットの写真

サンダーキャット( Thundercat )は、アメリカ・ロサンゼルス出身のミュージシャン。ベーシストボーカリストプロデューサーとして自身の作品制作のほか、さまざまなミュージシャンとのコラボレーションでも知られています。

“天才ベース少年”の初ステージ

サンダーキャットの本名はステファン・ブルーナー。1984年、アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス生まれの彼は、父がプロ・ドラマーという音楽一家(注1)に育ち、5歳からベースギターの演奏を始めます。父の友人であるジェラルド・ブラウン(注2)から演奏の手ほどきを受けたことが、彼の大きな飛躍につながりました。

注1:父はダイアナ・ロスやテンプテーションズなどのバックで活躍したドラマーのロナルド・ブルーナー。兄のロナルド・ブルーナー・ジュニアもドラマーで、弟のジャミール“キンタロー”ブルーナーは鍵盤奏者。それぞれプロ音楽家として活動している。

注2:マーヴィン・ゲイやフレディ・ハバードなどのバンドで活躍したベーシスト。

サンダーキャットにとっての初めてのステージは、兄のロナルドと一緒に出演した地元のクラブ。そのとき彼が参加したバンドは、同郷の友人で、現在大活躍中のサックス奏者、カマシ・ワシントン(注3)が率いるグループでした。その時の映像はYouTubeで観ることができます。

注3:米カリフォルニア州出身のサックス奏者。2000年代の米西海岸ジャズムーブメントを牽引する存在。同郷で同世代の仲間(サンダーキャット、ロナルド・ブルーナー・ジュニア、ブランドン・コールマン、ライアン・ポーター、キャメロン・グレイヴスなど)とともに、演奏家集団「ウエスト・コースト・ゲット・ダウン(WCGD)」を結成。

兄のバンドで世界デビュー

彼が14歳になる頃、すでにプロの楽器奏者として活動を開始。その後、兄のロナルドが在籍していた人気ハードコア・バンド、スイサイダル・テンデンシーズ(注4)に加入し、スターダムへの第一歩を踏み出します。

注4:米西海岸の代表的なハードコアバンド。1980年代初期はスケーターズロック、以降はスラッシュメタルやファンクを取り入れた「クロスオーバー・スラッシュ」の先駆者となった。

このとき彼はまだ16歳でしたが、ベーシストとしての腕前を買われ、その後も エリカ・バドゥ(注5)やスヌープ・ドッグ(注6)といった大物ミュージシャンのバンドに抜擢されていきます。この頃の代表的な客演作にはエリカ・バドゥの『New Amerykah』(2008年)などがあります。

注5:米シンガー・ソングライター。1997年のデビュー作『バドゥイズム』で全米2位/グラミー賞2冠に輝いた米国の人気ミュージシャン。ヒップホップやR&Bにジャズを融合したスタイルで“ネオソウルの女王”とも称される。

注6:米カリフォルニア州出身のヒップホップMC。1993年にデビューアルバム『ドギースタイル』発表後、ヒット作を連発。映画やドラマなどで俳優としての活動も。

フライング・ロータスの助力

サンダーキャットは、友人でもあるミュージシャンのフライング・ロータス(注7)に「ひとりのアーティストとして活動するべき」といった助言を受けていました。そんな折、彼が所属するスイサイダル・テンデンシーズがセルビアの音楽フェスに出演。このフェスには、彼がバックバンドを務めるエリカ・バドゥも出演していたため、サンダーキャットは2ステージ連続で演奏することになります。しかし、その状況に対して周囲の出演者たちは何の関心もない様子。この出来事が「ソロ活動に専念するきっかけになった」と彼は後年に語っています。つまり、周囲の人間は、彼を“ただのバックバンド要員”としか見ていないことに気づかされ、これではいけない、と一念発起したようです。

注7:ジャズ、電子音楽、ヒップホップなどのさまざまな音楽を内包するサウンドで知られる音楽プロデューサー。自身のレーベル「Brainfeeder」を主導し、サンダーキャット作品はすべてここから発表。サンダーキャットとは音楽フェス「SXSW」で友人を介して出会っている。

こうして彼は、ステージネームの「サンダーキャット」名義で初のソロアルバム『The Golden Age of Apocalypse』(2011年)をリリース。このデビューアルバムは、フライング・ロータスが全面プロデュースを手がけ、エリカ・バドゥカマシ・ワシントンなども参加。デビュー作から異例の豪華ゲストを迎えた作品となります。

この頃にはスイサイダル・テンデンシーズを脱退し、ソロ活動に専念。2013年にはサンダーキャット名義で2作目となる『Apocalypse』をリリースします。ここまでの2作は、一部の音楽愛好家からは高い評価を獲得しますが、一般的な知名度を得るには至りませんでした。

ブレイクの決定打! グラミー受賞

彼のブレイクを決定づけたのは、米人気ラッパーのケンドリック・ラマー(注8)のアルバム『To Pimp a Butterfly』(2015年)への参加でした。

本作でサンダーキャットが参加した楽曲「These Walls」は、第58回グラミー賞「最優秀ラップ/サング・コラボレーション賞」を受賞し、サンダーキャットはグラミー受賞アーティストとなります。これにより、彼の名はより多くの人たちに知られ、ファン層もさらに拡大していきます。

注8:米カリフォルニア州出身のラッパー・ソングライター・プロデューサー。2010年代から目まぐるしく活躍し、“ヒップホップ界の新ヒーロー”として注目される。2015年に発表したアルバム『To Pimp A Butterfly』は、米グラミー賞で11部門にノミネート(マイケル・ジャクソンに次ぐ記録を樹立)し、5部問を受賞した。2018年にはヒップホップ史上初のエミー賞も受賞。かつてサンダーキャットは、ケンドリック・ラマーの『GOOD KID M.A.A.D CITY』(2012年)にも客演している。

出世作『ドランク』の豪華ゲスト

そんな追い風が吹く中、彼は3作目のソロ・アルバム『Drunk』(2017年)を発表。過去最高のヒットを記録した同作は、ソフトでポップなボーカル曲が多数収録され、前出のケンドリック・ラマーファレル・ウィリアムスといった米国ヒットチャートの常連たちが参加。さらに、意外なゲスト・ミュージシャンも大きな話題となりました。

このアルバムの収録曲「Show You The Way」には、ケニー・ロギンス(注9)とマイケル・マクドナルド(注10)をフィーチャー。両者は、サンダーキャットと親子ほども歳の離れた、アメリカン・ロックの大スター。作曲や歌唱の面で、彼らから大きな影響を受けていたというサンダーキャットは、とあるラジオ番組で二人の大ファンであることを公言。これをきっかけにコラボが実現したそうです。ちなみに大御所の二人がオファーを承諾した理由は「子供がサンダーキャットのファンだったから」だそうです。

注9:米シンガー・ソングライター、ギタリスト。映画『フットルース』や『トップガン』の主題歌でも広く知られる。

注10:米シンガー・ソングライター。スティーリー・ダンやドゥービー・ブラザーズのメンバーとしても活躍。ブルー・アイド・ソウルを代表するボーカリストの一人。

日本アニメの熱狂的ファン

サンダーキャットを語る上で欠かせないのが日本文化に対する深い愛情です。特に『ドラゴンボール』などの日本アニメの大ファンで、これらはサンダーキャットの音楽やファッションにも強く反映されています。

日本アニメとの出会いは、子供のときに歯医者でもらった『ドラゴンボールZ』のブレスレット。イラストを見た瞬間「なんてクールなんだ!」と驚いたそうです。『ドラゴンボールZ』が日本のアニメだったと知り、「もっと日本のアニメを知りたい」と思った彼は『北斗の拳』や『超時空要塞マクロス』などのアニメやマンガ、ゲームにも没頭していきます。

そんな憧れの日本を初めて訪れたのは、彼がまだ10代の頃。2002年にリオン・ウェア(注11)の単独来日公演にベーシストとして同行したときで、それ以来、公演で何度も来日しています。来日した時の体験や日本への想いは「Tokyo」という楽曲に凝縮されています。東京・秋葉原をはしゃいで回るミュージック・ビデオは、なんとも愛らしいです。

注11:米デトロイト出身のソウル・R&B歌手、作曲家、プロデューサー。アイズレー・ブラザーズ、マイケル・ジャクソン、マーヴィン・ゲイなどへ楽曲提供でも知られる。

名前の由来はTシャツのキャラクター

ちなみに、サンダーキャットという名前もアニメに由来しています。彼が子供の頃、大好きだったTVアニメ『サンダーキャッツ(ThunderCats)』のTシャツばかり着ていたことから、友人たちから「サンダーキャット」と呼ばれていたそうです。この名前は、エリカ・バドゥたちとの仕事を通して定着したと自身で話しています。

 

ド派手な髪型やファッションも彼のトレードマークのひとつです。これには「クリエイティブであれ」という母親の教えや、子供の頃から絵を描くことが好きだったことも影響していると自身で語っています。

前出の通り、彼の日本アニメへの愛はファッションにもたびたび現れており、近年のミュージック・ビデオでも『北斗の拳』がプリントされたTシャツや『ドラゴンボール』の刺繍が施されたハーフパンツを着ています。

 

来日公演も大盛況

アルバム『Drunk』(2017年)のリリース以降、多くの人に認知されたサンダーキャットは、日本の音楽フェス「FUJI ROCK FESTIVAL」や「SUMMER SONIC」にも出演し、単独での来日ツアーも成功させています。

2019年には日本アニメとのコラボレーションも実現し、渡辺真一郎監督のアニメ作品『キャロル&チューズデイ』(注13)に楽曲を提供。作中には、サンダーキャットをモチーフにしたと思われる「スキップ」というキャラクターも登場し、劇中のライブ・シーンでは自身の楽曲「Unrequited Love」が歌われています。

注13:フジテレビの深夜アニメ枠『+Ultra』などで放送されたテレビアニメ作品。フライング・ロータスやサンダーキャットが音楽を手掛けたことでも話題に。監督は『カウボーイビバップ』や『サムライ・チャンプルー』『坂道のアポロン』などで知られる渡辺真一郎。

2020年の最新アルバム『It Is What It Is』

2020年4月には、通算4作目のアルバム『It Is What It Is』をリリースします。この作品には、彼の友人でもあった人気ラッパーのマック・ミラー(2018年9月に死去)に対する喪失感が現れており、その心情はジャケットのアートワークにも反映されていると自身で語っています。

▶︎参考記事:サンダーキャットが 亡友マック・ミラーに捧げた新曲「Fair Chance」を公開/2020.03.18

本作のリリースに伴い、2020年4月には単独来日ツアーも予定されていましたが、こちらは新型コロナウイルスの影響で延期となり、翌年1月に持ち越されることになりました。深刻な状況下でも来日を切望するあたり、彼の日本に対する愛情の深さが伺えます。

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