2015.12.25

井上由紀子(『nero』founder/editor in chief)|2015 Best Disk Review -あの人が選ぶ3枚-

井上由紀子(『nero』founder/editor in chief)

音楽とアートを中心としたバイリンガルのカルチャー雑誌『nero』のfounder/editor in chief。大学在学時代に小山田圭吾とunit(Lollipop Sonic)を結成。後に小沢健二を含む5人組となり、89年に『海に行くつもりじゃなかった』Flipper’s Guitarとしてメジャー・デビュー。バンド脱退後、『POPEYE』や『TVブロス』などで執筆をスタート。洋楽を中心に現在も雑誌/CDライナー(Feist、Phoenix、Chilly Gonzales、Mark Ronson、Belle and Sebastianほか)、選曲(ユニバーサルから主筆を務めるneroのコンピ発売中)などで活動中。

私見かもしれないが、年々シェアが減りつつある洋楽。Jポップのサウンドやビートに違和感を覚える著者としてはそれは死活問題であり、その上にその小さなシェアの中で起こりつつある二極化には言葉を失うばかり。ちょうどそれは、ファッションにおけるファストファッションとハイエンドのようにガチガチに加工され、売れることにフォーカスした高性能な“ショッピングバッグ”ミュージックと、宅録世代を象徴するどこまでも細分化された、ど・インディーミュージックにパッツリ分けられているようにさえ感じる。誰もが口ずさめるポップ(普遍性のある作品)という意味では前者を、しかし、個性溢れるリアルなものという意味では後者に思い入れのある著者のようなリスナーとしては、その両方を凌駕したしなやか且つクレイジーな間にあるモノに常にシンパシーを抱いてしまうのだが、そういう観点からみて、選出の3作は非常に精密に作り込まれた私的な作品であり、同時に万人の胸を打つエンターテインメント性も兼ね備えた作品であるように思う。選出の3作の他にもオンリー・リアルやペティート・メラー、邦楽でもDYGL、YKIKI BEATの2バンドをかけ持つ秋山信樹氏のバランス感覚/タレントにはこれまでの邦楽の枠を越えた可能性を感じた。

 

  • Grimes
    Art Angels

    年の瀬近くにいきなりリリースされ、今年の音楽の記憶をすべて吹き飛ばしてしまうような強烈なエネルギーとパワーを持った作品。1stの時点で既に“今”を象徴する、宅録世代のスターであることに間違いないと確信していたけれど、本作はオタクカルチャー~アウトサイダーアートなど、不思議でグロテスクでありながらポップで斬新な彼女の世界を濃厚に、絶妙のバランスで表現した内容に。その強い個性を音楽的にも最大限魅惑的に表現できる左脳的スキルも圧巻。ジャケット同様、第三の目/第六感を変幻自在に駆使するシャーマン/エンジェルの現時点での最高傑作。

     

  • Jamie xx
    In Colour

    音楽は目には見えない心の中の感情を表現できる最高の手段であると思うのだけれど、どこかで歌詞(目)からそれを読み取る習慣を持ちつつある筆者。本作はそんな筆者が音楽の虜になった理由を今一度想起させてくれるような純度の高い、エモーショナルで感覚的な作品。燃える黄昏時の切なさ、静寂の瞬間に感じる個の存在や生命のパワー、喧噪の中拠り所なく佇む心、作品のそこかしこから感じるのは極プライベートに感じた強烈な感覚の記憶。言葉を越えてこんなにたくさんの喜怒哀楽の感情や感覚を想起する作品に出会ったのはいつ以来だろう? タイトル通りカラフルな人生を象徴するような傑作だと思う。

     

  • Blood Orange
    Sandra’s Smile

    ここ数年で最も気になるアーティストのひとり、デヴ・ハインズ。これまでも注目していたけれど、刑務所で亡くなったサンドラ・ブランドのために書かれたという本作でさらに注目度アップ。先日、ソウルの聖地、NYのアポロシアターで行なわれたライブに足を運ぶまでに。最近の彼の作品にはマイケルやプリンスの継承者というスタイルの部分を越えて、ブラックミュージシャンの慟哭や憤り、芳醇な愛の歓びなど非常にリアルな魂を感じる作風に変化しつつあるように思う。実際、本作もサンドラのニュースを耳にし、頭ではなく、衝動の赴くままに一気に書き上げた作品だと語っている。来るべく次回作の深さ、正直さを垣間みる1枚だ。