投稿日 : 2023.06.06

ジャズ業界は異常? 素人の僕が“セッションの現場”を1年間取材して分かったこと【ジャムセッション講座/第12回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座。

今回は、ジャムセッションの現場を体験してきたライターの千駄木雄大が、この1年間の取材で感じてきたことを編集者のヤマシタにぶちまけていきます。

【今回の登場人物】

編集サトウ

編集者 ヤマシタ
本誌編集者。40代男性。ライター千駄木とともに当連載企画をスタート。音楽はジャンルを問わずなんでも聴く。ライター千駄木に無理難題を吹っかけて楽しむ悪人。


千駄木 雄大(せんだぎ ゆうだい)
ライター。29歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。この連載中に初の著書を出版したり、TV番組やラジオに出演する機会もあり、激動の1年だった。

 

ジャズ&セッションは完全にイカれた世界?

編集ヤマシタ(以下、編集) この連載も12回目を迎えました。千駄木くんはジャムセッションやジャズの世界を全く知らない状態でこの連載を始めて1年。いろんな識者の話を聞いたり、実際の現場を体験し続けて、いまどんな実感がある?

千駄木 ジャムセッションもジャズも、完全にイカれた世界だなと思いました。

編集 あらら、うんざりしてる?

千駄木 うんざりすることもあるし呆れることもあるし、驚いたり感心することもあります。つまり、良くも悪くも “常軌を逸した世界” だな、という印象。

編集 なるほど。具体的に “異常だな” と感じた部分を教えてよ。

千駄木 ジャムセッションで必須とも言える “黒本”ってありますよね。

編集 ジャズ・スタンダードが200曲くらい載ってる譜面集ね。

千駄木 いくらプロだからって、あの膨大な数のスタンダード曲を覚えてるって、やっぱり普通じゃないですよ。他の音楽ジャンルを比較すると、そこはかなり特殊だと感じました。

編集 演奏する技術も必要だけど、まずは「スタンダード曲」っていう共通言語を覚えないと、コミュニケーションに参加できないわけだ。

千駄木 そう、そのもどかしさをすごく感じました。ただし、一度そのコミュニティに入れると、すごいプロと一緒に演奏できたり、直接アドバイスをもらえたり、大きな喜びと興奮が待ち受けている。ほかにも、有料の個人レッスン練習会みたいなものも盛んに実施されている。要するに、プロとアマの実力差は大きな開きがあるけど、そのプロに接するチャンスが多いし距離も近い。そこもすごいと感じました。

ただ結局のところ、ジャムセッションの作法を知ったり演奏技術を向上させることよりも、まず “ジャズそのもの” について理解を深めないと何も始まらないんだな…ということもよくわかりました。

“ジャズと自分” を語りたい人たち

編集 ほかに驚いたことはある?

千駄木 驚いたというか意外だったのは、みんな優しい、ってところですかね。現場に行ってみると若い子は多いし、みんなウェルカムでいい人たちなんですよ。ジャズの世界って、排他的で暴力的な雰囲気が漂っていると思っていたので、これは意外でした。

編集 一体いつの時代のイメージだよ……。ちなみに、友人とか仕事関係者とか、周囲の反響はどう?

千駄木 「ジャムセッションの記事を書いてる」と話すと、「楽器やってるんですか? 僕も学生時代にギターを…」とか、「ジャズといえばさ…」という具合に、話が広がるということを知りました。

ただし僕と同世代だと「ジャズ」に反応する人は少ないです。40〜50代の人はバンドブーム(80〜90年代)のおかげか楽器演奏の経験者が多いみたいで「セッション」というワードに反応する人は結構います。

編集 その世代だと圧倒的にロックだよね。

千駄木 そうですね。あと、ヒップホップやクラブカルチャーを経由したジャズファンも、その世代には結構いると感じました。ただ、彼らはいろんな音楽を同等に好きなので、ことさらジャズに執着しているわけではない。だから「ジャズの記事を書いてます」って言って、強く反応してくれるのはもっと上の世代が多いです。とは言え、僕はあくまでも素人という立場で書いているので「え? ジャズ好きなの? 俺も!」って食いつかれると困るんですよね。

編集 ジャズ・マウンティングおじさんに絡まれたり、面倒なことに巻き込まれてない?

千駄木 それはまだないですけど、普通に「俺のジャズ論」を語りたがる人って結構多いんだな…とは感じています。例えば、AmazonのレビュージャズのCD長大な文を、まるでライナーノーツみたいに書いている人が大勢いますよね。

編集 ああ、よく見かけるよね。

千駄木 あれもちょっと不思議な現象だなと感じます。例えば、マイルス・デイヴィスの名作のリイシュー盤があったとして、外国人のレビュアーは「今回のリマスターはホーンの音がクリアになって前面に出ているね。そういう音が好きな人にはおすすめだよ」とか「ジャケットの仕様が特殊だから棚に収まりにくいかもね」みたいな感じで “製品”として見て、購入する上で役立つ情報を端的に書いてくれる人が多い。

ところが日本人のレビュアーは「小生、マイルスを聴き始めたのは、かれこれ40年以上も前のことである。マイルス作品との初めての出会いは…云々」みたいな、自分語りエッセイを3000字とか書いてる。そんな人が大勢いるんですよ。他にも、ブログとかで熱心にジャズの作品評を書いてる人が、ものすごい数いるんですね。あれは日本のジャズファン特有の現象だと思いました。

編集 ジャムセッションの現場にもそういう “ジャズを語りたがる人”っている?

千駄木 プレイヤーでそんな人には会ったことないです。同じジャズファンでも「鑑賞専門の人」と「演奏もやる人」ではメンタリティが違うんですかね。

編集 そうかもしれないね。ジャズが好きで、それを評論家っぽい物言いでアウトプットしたい人って、意外と多いんだと思うよ。いまはブログとか、AmazonレビューYouTubeのコメント欄が、そういう欲求の受け皿になっているのかもしれないね。

千駄木 あと、ジャズ関連のウィキペディアにもそうした雰囲気を感じます。書き手の思い入れを抑えきれず、おかしな記述になってしまってソースも不明という項目がすごく多いですよね。

編集 確かに。「Yahoo!知恵袋」のジャズ・カテゴリにも同様の雰囲気を感じるな。でもまあ、他ジャンルと比較したデータも取ってないし、あくまでも我々の「印象」でしかないよね。その辺をちゃんと調べて、ジャズファン特有のメンタリティ習性をつぶさに観察すると、マーケティングの参考にもなるかも。

千駄木 はい。そこが分かれば対策も打てるので、僕もジャズ関係者と少しはうまくやっていけるかも知れません。

ジャムセッション参加者は裕福?

編集 これまで、高田馬場「イントロ」、水道橋「東京倶楽部」、錦糸町「J-flow」など、実際のジャムセッションの現場でいろんな人に会ってきたと思うけど、セッションの現場に集う人たちって、どんな感じだった?

千駄木 コミュニケーション能力に長けている人が多かったです。あとは、経済的に裕福な人も多い気がしましたね。

編集 それは、世代や性別を問わず?

千駄木 そうですね。若い世代だと、僕が会ったのは音大生が多くて、みんな爽やかで品の良い感じでした。

編集 まあ、音大もそれなりに裕福じゃないと通えないからね。

千駄木 40〜50代の人も、たとえば会社役員とか医師とか、社会的にもきちんとした立場があって、経済的にも安定した人が多くて驚きました。仕事もしっかりやって、さらなる充実感を得るためにジャムセッションに参加している、という感じ。

編集 みなさん、仕事趣味人間関係も充実している。

千駄木 そう、 “リア充” です。もっとこう、ハングリーで眼光鋭い野良犬みたいな連中が集まって、しのぎを削りあってるイメージだったんですけどね。

編集 どういう世界観だよ。

千駄木 あ、でも高田馬場「イントロ」は、ちょっとピリッとした雰囲気がありましたね。あと、外国人の多さにも衝撃を受けました。

編集 うん、あれは驚いた。コロナ禍が明けた今はさらに増えているかもしれないね。

千駄木 ただ、いつも思うのは「よく、みんなすんなりとこの場に入り込めるなぁ」ということです。

編集 どういうこと?

千駄木 初めての飲み屋ひとりで入るだけでもハードルの高さを感じるのに、ジャムセッションの場合はそれに加えて初対面の人たちと楽器演奏するわけですからね。一見さんでも入りやすい作りになっているとはいえ、相当な度胸が必要ですよ。それを苦もなくやってる様子を見ていると、やっぱり「この人たち、どうかしてるぞ」と思います。

編集 好きなことだから抵抗なく自然にできるんじゃないか? 数ある“ライター仕事のひとつ”として仕方なくやってるキミとは根本的に違うんだよ。

一筋縄ではいかない…ジャズ業界の取材の難しさ

編集 「ジャムセッションのお店」の経営者に会ってみて、何か思ところは?

千駄木 これも “異常なこと” だと思うんですが、一度たりとも、すんなり取材できたことがないです。

編集 毎回のように苦戦してるよね。店舗取材でこんなに手こずるって、確かに異常な事態だと思うよ(笑)。具体的にはどんなことがあった?

千駄木 まず、メールを見てもらえない。返事ももらえない。電話にも出てくれない。

編集 そこから(笑)? まあ、みなさん毎日お忙しいだろうし、取材なんて迷惑でしかないだろうから。仕方ないよ。

千駄木 それで何度か電話したら「昨日も着信あったけど、お前は誰だ!」っていきなりキレられたんですよ? そんなことってありますか? あと、あるお店に取材依頼のメールを送ったら「取材したいという情熱が伝わってこない」という旨の返答をもらったことがあります。

編集 なんだそれ……。

千駄木 お気に召さないのであれば、その時点で取材を断ってもらえると助かるんですけど「まずは俺のこのモヤモヤした気持ちをスッキリさせろ。取材を受けるかは、それから決める」みたいなことを言うんです。

編集 えっ? そのお店の人は、具体的に何に対して怒ってるの?

千駄木 まず最初に取材依頼のメールを、お店のホームページの問い合わせフォームから送ったんです。当然、お店のメールアドレスに送っているので、宛名を「ご担当者様」と書きますよね。

編集 うん、そうだね。いろんな内容の問い合わせがあるだろうし、それぞれの担当者さんの名前や組織の構成も知らないから「取材のご担当者様」って書くのが普通だよね。

千駄木 これに対して、オーナーさんが「なぜ、俺宛に送ってこないのか。 俺のことを知らないのか? 調べてもいないのか? 失礼な奴め」みたいな感じで怒っていまして。

編集 なんか、すごいな(笑)。

千駄木 さらには『ARBAN』に掲載されている記事の内容が気に入らない、と。「過去に〇〇という店を紹介しているけど、あそこは俺の店のシステムをパクってる。そんな店を載せるているのが気に入らない」とか。

編集 そんなこと言われてもなぁ…。

千駄木 あと「シナトラがボサノヴァだとかいうワケのわからない記事が載っている」とか怒っていまして。

編集 それって、この記事『ボサノヴァの神」としてのフランク・シナトラ』のこと?

千駄木 そうみたいです。

編集 本文どころかリードすら読まずに怒ってるのか…(笑)。っていうか、このタイトルを誤解する人いるかなぁ…。

千駄木 そうなんです。だから、これはさすがに話の通じる相手ではないと思って、こちらから辞退しました。後日、改めてそのお店を検索して「Google Map」の口コミを見たところ、なかなか香ばしいタイプのオーナーさんだと知りました……。

編集 まあ、皮肉にもその方のおっしゃる通り「事前にご本人やお店の評判をしっかり調べるべきだった」ということになるね。

千駄木 それは取材に限らず、ジャムセッションに参加したい人も同様。お店の評判は事前にしっかり調べたほうが良い、という教訓でもあります。

千駄木、まさかの「渡辺貞夫と共演」

編集 ほかに、お店とはどんなトラブルがあった?

千駄木 トラブルというか、理不尽な要求もありますね。たとえば、掲載前に原稿を先方に見せて、発言や事実関係に間違いがないか確認しますよね。その際に、 “地の文(発言以外の本文)”にもびっしり赤を入れて返ってきたり。媒体の表記ルールも受け入れず、構成や表現にまで注文をつけられたり。

編集 ミュージシャンの方々はそんなことないでしょ?

千駄木 そうですね。難航するのは、お店や裏方さんの取材だけです。僕も一応これまでいろんな媒体さまざまな業界の人に取材を行ってきましたが、この連載だけ異常なんですよ。セオリー通りに丁寧に取材を進めているのに、毎回びっくりするような出来事や、信じられないトラブルが起きたり、理不尽な思いをする。それって “ジャズ業界あるある” なんですか?

編集 まあ、これまでメディアの取材を受ける機会もなくて、対応の仕方や振る舞い方がわからない、っていうのはあるんじゃないかな。ただ、さっきの「自分語りのジャズ評」の話でも感じるけど、他の音楽ジャンルとか他の趣味の世界と比べると、かなり特殊なメンタリティのファンや関係者が多いのかもな…とは思う。

フリーダムな音楽と思いきや「ジャズはこうでなければならない」と頑なな人は一定数いて、「お前は間違ってるから認識を改めろ! 反省しろ」みたいなことを言われたり。「あいつを出すな」とか「あれをジャズと呼ぶな」みたいなことを言う人もいるよ。

千駄木 なんか面倒くさいっすね。

編集 面倒くささは、どの音楽ジャンルも同じだよ。例えば “ヒップホップ業界あるある” で「ガチでやばい人と対峙する」ってのあるじゃん。

千駄木 ありますね。普通に執行猶予中とか保護観察中の人をインタビューしてる状況も珍しくないです。彼らは社交的でオープンマインドな人が多いので、取材じたいはスムーズですけど、うっかり揉めてしまったときのヤバさは半端じゃない。リアルに身の危険を感じますよね。

編集 そんな感じで、各音楽ジャンルにそれぞれ特有のクセとか面倒くささがあるわけだ。だからジャズ業界に応じたシフトで臨むしかないんだよな。不快な思いはしても、ガン詰めされたり監禁されることはないから安心してよ。

千駄木 っていうか、そもそもジャズ素人の僕が取材したり記事を書いたりするのが、単純にムカつくんですかね。ジャズ・ヒエラルキーの最下層にいるお前が、ジャズで原稿料をもらうな! Amazonレビュー書いて修行しろ! みたいな。

編集 まあ、千駄木くんをフルネームで検索すると胡散臭い風貌の写真がたくさん出てくるから、相手側も警戒するんじゃないの? 今後はそういう “ジャズ業界の不思議や理不尽” に対して、一歩引いて面白がりながら取材するといいかもね。あと、何度も言うけど、いつかジャムセッションにも参加してもらうから、ちゃんとギターの練習しといてね。

千駄木 そこは心配しないでください。なんせ僕はあの渡辺貞夫とセッションしたことがある男ですから。

編集 は? そんな話、初めて聞いたぞ。

千駄木 これが証拠です。

千駄木  場所は大分県の中津文化会館。小学生の頃に、市民コーラスの一員として共演しました。

編集 それをセッションと呼ぶのか? まあ、いいや。今後はプロフィールに「渡辺貞夫と共演歴あり」って書くといいよ。きっとまたジャズ関係者に怒られるから。

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① 「セッションのお店」に取材するときは覚悟が必要
② 取材前に必ず「googleマップの口コミ」を見ておけ
③ Amazonレビューでの “自分語り” は控えめに
④ 非ミュージシャンで “ジャズ=人生” の人はちょっと面倒くさい
⑤ ナベサダさんの演奏(20年前)は今でもはっきり覚えている

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