投稿日 : 2023.03.07

セッションのレパートリー1曲できたら直行! ─錦糸町「J-flow」レポート【ジャムセッション講座/第9回】


これから楽器をはじめる初心者から、ふたたび楽器を手にした再始動プレイヤー、さらには現役バンドマンまで、「もっと上手に、もっと楽しく」演奏したい皆さんに贈るジャムセッション講座シリーズ。

今回は東京都墨田区最大の繁華街として知られる錦糸町の「J-flow」に突撃。ほぼ毎日のようにジャムセッションが開催される同店は、城東エリア屈指の人気スポット。その秘密を探る。

【今回の現場】
Jazzセッション Cafe J-flow(ジェイ・フロー)

「ほぼ毎日ジャズのセッションをする店」として2009年に誕生。初心者向けのワークショップなども定期的に開催している。東京近郊だけでなく全国各地から演奏者たちが集まる。料金の基本設定は、テーブルチャージ(2200円~※ホストによって値段は変わる)+1オーダー制。
東京都墨田区亀沢3-13-6 岩崎ビル2F/℡ 03-5637-7577

【記者】
千駄木雄大

千駄木雄大

ライター。29歳。大学時代に軽音楽サークルに所属。基本的なコードとパワーコードしか弾けない。セッションに参加して立派に演奏できるようになるまで、この連載を終えることができないという十字架を背負っている。今回からついに顔出しを決意。最近、マジメなニュース番組にコメンテーターとして出演したが、SNS上では「風貌が気になりすぎて、話が入ってこない」というコメントばかりになった。

明るく開放感あるステージ

JR新宿駅から中央線と総武線を乗り継いで約20分。錦糸町駅の北口を出て、北斎通りを10分ほど歩いた道沿いに「J-flow」はある。これまで取材してきた場所と違って、同店はビルの2階にあり、外から見るとまるでカフェのようだ。

錦糸町J-flow

防音の都合上、こういったお店は地下に構えることが多いですけどね。当店は2階にあって店内が明るく開放感もあります。女性客が多いのも、それが大きいと思いますよ

そう語るのは、このお店の “ママさん”。彼女は2009年に突然「ジャムセッションができるお店をつくりたい」と思い立ち、J-flowをオープンさせた。過去に音楽関係の事業を行った経験はなく、直感と情熱にまかせてスタートしたという。

当時、東京の西側にはジャムセッションができる場所がたくさんありましたが、東側は少なくて『東京下町にも演奏ができる場所が欲しい』という思いもありました」(ママさん)

錦糸町駅はJR総武線と東京メトロの半蔵門線が乗り入れる、乗り換え駅である。そのため、J-flowには東京の東側の住民だけではなく、神奈川、埼玉、千葉から訪れる客も多い。ホストプレイヤーの中には、鳥取から毎月「地元ではプレイできない面々とプレイできるから」という理由で上京するプレイヤーもいるという。

そんな同店に足を踏み入れると、意外にもシンプルで洒落た空間。店奥に飾られた、ジャズ・ジャイアンツたちをモチーフにした絵画が真っ先に目に飛び込んでくる。フロアには、客席とグランドピアノ、コントラバス、そしてドラムセットが置かれている。

店内には調理ができるカウンタースペースもあり、そこで特製スパイスカレー(1000円)を仕込んでいる人がいる。彼は前出のママさんとともにこの店を創業した “マスター”だ。文字どおり、店のマスターとして立ち回りながら、ドラマーとしてセッションにも参加している。

このお店をやる前までは都内の公共施設を借りて、毎週セッションをやっていました。あと、たまに知り合いのライブハウスを借りて大人数で演奏したり」(マスター)

彼は「死ぬまでにいろいろなジャンルの演奏を経験したい」と思うほどの音楽好きだが、ジャズに目覚めたのは40代になってから。ママさんと同様、音楽の事業に関わったのはこれが初めてだという。

“演奏したい衝動” の受け皿に

そんな2人で、リーマンショックの直後に J-flowをオープンさせた。東日本大震災や新型コロナウイルスの蔓延など、激動の日々を経験しながら、今年で開業14年目を迎える。かつて計画停電やまん延防止等重点措置などで店を閉じなければならないこともあったが、現在は火曜の定休日以外、ほぼ毎日ジャムセッションを開催している。

思い立った時に演奏できる。それがセッションの良さであり醍醐味ですよね。いつでもふらりと来て演奏できる場があれば、音楽をあきらめていた人も、もっと人生を楽しめるのではと思っています」(ママさん)

この日のホストプレイヤーは岡崎好朗(トランペット)、田中菜緒子(ピアノ)、吉武健次(ベース)の3氏。この店に出演してもう10年近く経つという岡崎さんが語る。

このお店の特徴はアットホームなところ。それから、基本的にいつも複数名のホストプレイヤーを立てている。そこも特徴の一つだと思います。今日みたいに3人のホストがいれば、そのぶんお客さんたちも演奏しやすいし楽しみ方の幅も広がると思いますよ

筆者が店を訪れたのは火曜日で、本来なら定休日。そのため、マスターは「18時の開店直後はそんなにお客さんが来ないかもね」と語っていたが、いざオープンすると続々と常連客と思しき人たちが入店。彼らは慣れた雰囲気でステージへ上がり、ホストプレイヤーたちと息の合ったセッションを繰り広げていく。

このようにジャムセッションを存分に楽しめる場でありつつ、J-flowは初心者向けのワークショップも定期的開催している。

セッション経験の少ない方でも安心できる、ゆるい ”練習会セッション” をワークショップの形でやっています。もちろん、当店の一般セッションでも初心者の参加は大歓迎です」(ママさん)

ちなみに一般セッション時には、常連客と初心者に配慮した独自のルールがあるという。

ジャムセッションにはベテランから初心者までさまざまなレベルの人が集まります。ただし、どんな人が来るかは当日になってみないとわかりません。そんな状況のなかで私たちは、ベテランと初心者がお互いに納得できるようなセット(演奏の組み合わせ)を組んでいくのです。メンバーの割り振りは最も気を遣うところです」(ママさん)

初心者同士のセッションには限界がある

セッション・メンバーの采配は通常、ホスト奏者が行うことが多いが、J-flowではマスターが執り行う。

マスターは創業時から現在まで、延べ人数でいうと万単位の人のセッションをほぼ毎日サポートしてきましたからね。常連さんはもちろん、そうでない方々もお顔やプレイスタイルは大体は頭に入っています。セッションでは、その日の込み具合、途中参加される方、楽器のパートの偏りなどもあって、どうしても単純に順番や回数平等で振り分けられない難しさもあります。進行する側にも、やはりそれなりの経験値が必要になるのです」(ママさん)

楽器ごとに一律に演奏順が回ってくるシステムのほうが平等でいい。と思いがちだが、ここは敢えてマスターがディレクションする。ただし、漫然と初心者同士で組み合わせるようなことはしない。

もちろん、初心者だけで演奏しても面白いし、それなりの発見や学びもあると思います。セッションを楽しむ動機も人それぞれですが、上昇志向の強い人ほど上手な人と一緒に演奏し、上手な人の演奏を聴く場に身を置くようにしていると思います。ベテランのプロ奏者を前にすると、自分の技量を見透かされるから怖いかもしれません。でも、そういうプロの演奏を聴き、演奏後にアドバイスをもらうことで、上達に結びつくポイントを効率よく身に着けることができるのです」(マスター)

レパートリーの少ない初心者が数人も集まれば、弾ける曲が被ってしまうことも当然ある。セッションでは “同じ曲を何度も演奏しない” という暗黙のルールがあるが、そのことにも配慮して、J-flowでは “手持ちのレパートリーが少ない人” に対して「事前申告」を勧めている。

初心者はまず、スタンダード曲の中でも特に有名な『枯葉』や『酒とバラの日々』のような曲から覚えていきますよね。当然ながら、そうした曲は(他のプレイヤーの希望曲と)被りがちだし、すでに演奏された曲を『もう一度リクエストするのは気が引ける』という人もいます。そこで、当店では初めて来るお客さんや初心者の方に、事前にレパートリーを申告してもらうことをお勧めしています。例えば『枯葉』しか弾けないお客さんが来たら、その人のために『枯葉』は残しておいて、他のお客さんが『〈枯葉〉をやりたい』となっても初心者の方が優先的に演奏できるように調整していきます」(マスター)

同様に、場の秩序を保つ役割もマスターが担っている。

たとえば、滅多にいませんが、セッションに慣れている方が初心者を困らせるような場合は、それとなく諌めたり、うまく取り計らう必要があります。そこはホストプレイヤーさんの領域でもありますが、セッションの場を運営する者として意識しながらステージを見ています。だから、初心者の方もぜひ安心してご来店いただきたいですね」(マスター)

よくよく考えてみれば、初めて会う大人同士が楽器を持ち寄って、互いの実力もわからないまま演奏を繰り広げるなんて、かなり難易度の高いコミュニケーションの取り方である。っていうか、そもそも初対面の人間同士でやるような行為ではない……。だからこそ、J-flowは初心者も常連客もそれぞれが満足してプレイできるような環境づくりを心掛けているのだ。

これからセッション・デビューしたい方のへアドバイスとして、ママさんはこう語ってくれた。

とにかく自分が弾けるレパートリーを1曲でも準備しておくこと。まずはそこからスタートです。そして、弾き終えたら他のプレイヤーたちの演奏をしっかり観て聴く。セッションは演奏のヒントの宝庫でもあるのです。この人はこの曲をどのように演奏するのかと関心をもって聴くと、とても参考になるもの。実際の演奏では、ときにはお客様同士で予想を超えた化学反応も起きる面白い世界です。その面白さを共有できる仲間が増えていくと、もっともっとセッションが楽しくなってくると思いますよ」(ママさん)

筆者はいま追い詰められている。そろそろセッションに参加してもいい頃だろう? と担当編集者が思い始めているのだ。楽器(ギター)は弾けるもののジャズは初めてで、まだまだ練習段階。レパートリーもなにも、まだテンションコードの押さえ方を必死に覚えている真っ最中だ。そんな段階でジャムセッションに参加しても、ライオンの檻に入れられたウサギのごとく、とんでもない目に遭ってしまうだけだろう……。

 だからこそ、J-flowの「レパートリーの事前申告」制度や、初心者向けの「練習会セッション」といったワークショップも非常に心強く思えた。いずれ、初心者を脱却したら、マスターの特製スパイスカレーを食べながら、J-flowのセッションに参加してみたい。

取材・文/千駄木雄大
撮影/加藤雄太

ライター千駄木が今回の取材で学んだこと

① 外の景色が見えるステージっていいね
② セッションは “思い立ったが吉日”
③ プロは初心者の心をすべてお見通し
④ レパートリー1曲できたら即来店OK
⑤ カレーは数に限りがあるのでお早めに

【Jazzセッション Cafe J-flow】
https://j-flow.net/

その他の連載・特集